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こんにちは。

私は先日ある講演会に出かけました。
そこではある教師が若者の薬物防止に取り組んでいることがテーマでした。その教師は自分で夜回りをし、ある時には自宅に生徒を住まわせて薬物との関係を断ち切ろうとする立派な人です。
 講演ではその教師が関わった生徒のことが語られましたが、ある女の子は夜の町に出て乱暴されてエイズに感染し、それが原因で亡くなったということでした。
 とても悲しい話ですが、私にはわかりませんでした。
確かHIV(エイズ)にはAZTをはじめとする数種類の
薬を同時に服用する「カクテル」と呼ばれる療法があり、
バスケットボールのマジックジョンソンもこの療法で命を保っていると聞きます。

講演の終わりにこのことを試さなかったのかと訊いたのですが、「確かにそんな薬はある。しかし私は医師ではないので」という回答でした。

実はその教師と私は以前にメールのやり取りをしていたのですが、直接会うのはその日が初めてでした。
講演の終了後に私はかつてのメールの主が私であると言ってその教師に挨拶に行き、その日は帰りました。

次の日になってその教師からメールをもらいました。
その内容は、
> 今日のあなたの最後の質問。
> あれは、こころがありましたか。
> **の死、その現実を受け止めることなくの質問、哀しかったです。

というものでした。
私はカクテルがあればもっとその生徒が生きられただろうと思って質問したのですが、私はそんなに悪いことをしたのでしょうか?

もちろん断片的な私の言い分だけを聞いてのことですが、
そんなに悪いことを訊いたと私は思いません。
素朴な疑問です。

私の問題点はどこだったのでしょうか?
忌憚のない意見を求めます。お願いします。

A 回答 (3件)

先生は医師ではないので、薬の処方はできないのです。

だから、「カクテル療法」は試せません。エイズの治療について先生にできることは、せいぜいその子を医者に連れて行ってあげることくらいです。

先生はその子の死に深く傷つかれているのですよ。自分が関わった子の死ですから。たとえ生前はどんなに最善を尽くして接していても、亡くなってみると、あのときあんなこともしてやれたのでは、こういうことばをかけてやればよかったのでは、など、いろんなことが悔やまれるものです。
あなたにとって、その子の話はただの1事例でも、先生にとっては自分が一生懸命関わった、生(なま)の人間だったのです。
あなたの問題点というのはそこだと思います。そういう先生の自責や悲しみを考慮せず、「○○をしていれば助かったのはでは? なぜしなかったのか」といったことです。身近な人に死なれた者として、これを言われるのが最も傷つきます。

でも、講義でその経験を皆に話す以上、どのような質問にさらされるかわからないのは仕方のないことですし、それを覚悟の上で講義すべきだというのが筋だとは思いますが、なかなか人間の心情はそうはいかないことが少なくないみたいですね。

この回答への補足

質問の中で、

>そういう先生の自責や悲しみを考慮せず、「○○をしていれば助かったのはでは? なぜしなかったのか」

と言ったことはないと質問したつもりでしたが、
そう解釈されたのですね。

補足日時:2004/01/08 16:29
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2004/01/08 16:28

この教師の方が「カクテルという療法があって」という事を講演中に話したのであれば、答えられないのも少し問題かと思うのですが、その治療法を話した訳ではないのですよね?



>「確かにそんな薬はある。しかし私は医師ではないので」

でしたら、この答えは、その通りだと思うのですが。

ただ
>現実を受け止めることなくの質問、哀しかった

というのは、あなたが質問した文章が全て分かっているわけではないので、なんとも言えないのですが、その教師の方は先にそのように思ってしまった、という事ではないのでしょうか?

別にあなたが悪かったわけでもないですし、その教師の方が悪かったわけではないと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>別にあなたが悪かったわけでもないですし、その教師の方が悪かったわけではないと思いますよ。

この言葉に私は少し救われた気がします。

お礼日時:2004/01/08 16:26

公演の趣旨(議題)はわかりませんが、少なくとも医師ではないその教師の方の公演なのですから、HIVの治療に関することでないのは自明でしょう。


HIVの治療に関しての質問、少なくともその講師に対してするのは失礼でしょう。
疑問に思う事が間違いだとは言い切れません。だからといって、医師でない講師に対してそういった質問をするのは間違いだと言い切っておきます。

仮にカクテル療法を施したにも関わらず、延命治療も甲斐なくその方が無くなったと知ったことで、その講師の方の公演がより深く理解できるようになるのでしょうか?
逆にカクテル療法を施さなかったため、比較的早く亡くなってしまったと知ったことで、その講師の方の公演がより深く理解できるようになるのでしょうか?

本当にそういった人物がいたのか?公演のためにそういった人物を創作しているのではないか?というかんぐりにも聞こえます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

カクテル療法が万能ではないことは私も知っていますが、
私には「これを質問しなければ、エイズが必ず死ぬ病気であると思われてしまう」という危機感がありました。

お礼日時:2004/01/08 16:24

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