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日本は戦争で負けたのですよね。
日本が降参して戦闘をやめたのですよね。
戦争は勝手に終わったんじゃないですよね。

であれば、敗戦の日、降伏の日、敗北の日とか、
どこかの国のように「国恥記念日」なんてのでもいいですが、
「終戦の日」「終戦記念日」ってのはあんまりじゃないのでしょうか?

そこで質問です。ドイツやイタリアなど負けた国は、
どんな名前で呼んでいるのですか?

また勝った国では、どう呼ぶのが普通なのですか?

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A 回答 (12件中1~10件)

 戦争に負けてしばらくの間は、敗戦記念日という人と、終戦記念日という人が同じぐらいいたようで、当時の国会中継でも敗戦記念日と言っていた国会議員が多くいたようです。



 ところが、その後、敗戦記念日という呼び名を駆逐する運動が始まり、終戦記念日という呼び方以外は認められないようになりました。要するに、政府とマスコミの情報操作で敗戦記念日が使われなくなっただけの話なのです。

 ドイツに関しては以下のリンクを参照してください。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC% …
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この回答へのお礼

ひどい話ですね。ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 13:56

日本帝国がポツダム宣言を受諾した日だから。


ある意味、天皇・皇室の存続アリの条件付降伏だから敗戦でもないし、敗北でもない。

勝った国では普通に戦勝。
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この回答へのお礼

相手は勝ったといっているのに、○○だから負けではないって
どこかの国のような女々しい言い訳ですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 13:59

今日は天気がいいからいっぱい釣れているみたいですね。

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この回答へのお礼

なんのことですか?

お礼日時:2012/08/26 13:51

 終戦記念日というのは通称で、国が定めたものではありません。

もちろん祝日でもありません。

 政府「「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を設け、毎年実施しています。

「戦没者を追悼し平和を祈念する日」について(昭和57年[1982年]4月13日閣議決定)
1.趣旨 先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を設ける。
2.期日 毎年8月15日とする。
3.行事 政府は、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に、昭和38年[1963年]以降毎年実施している全国戦没者追悼式を別紙のとおり引き続き実施する。
別紙 全国戦没者追悼式の実施について
1.全国戦没者追悼式は、天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで、毎年8月15日、日本武道館において実施する。
2.本式典における戦没者の範囲及び式典の形式は、昭和56年(1981年)の式典と同様とする。
3.本式典には、全国から遺族代表を国費により参列させる。
4.式典当日は、官衙等国立の施設には半旗を掲げることとし、地方公共団体等に対しても同様の措置をとるよう勧奨するとともに、本式典中の一定時刻において、全国民が一斉に黙とうするよう勧奨する。

 生まれた時から戦争下にあり、いわゆる少国民として8月15日を迎えた世代としては、これ以上戦争はないという当時の灌漑を率直に表した「終戦記念日」がふさわしい呼称だと思います。なにしろ、その前日には第2次大戦中で最大の空爆を受けたばかりですから、もう死ぬことはないという解放感はいまだに忘れられません。
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この回答へのお礼

日本人って、戦争したのは自分じゃない別の人って思っているようですが、
その原因に終戦の日という言葉があるように思います。
戦争を始める政府にしたのは国民だということをもっと考えるべきでしょうね。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 13:53

ドイツもイタリアも終戦記念日という休日はおそらくないと思います。



日本でも日露戦争とかで勝ったからといって記念日はもうけなかったと思います。終戦記念日は国体が大きく変わったことを強調する意味で敢えて設けられたのだろうと思います。敗戦よりは終戦の方がオブラートに包んだようで言葉としては前向きで良いのではありませんか。
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この回答へのお礼

単に事実から目をそらしているだけだと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 13:54

 「敗戦」か「終戦」かという議論は、戦後かなりされたはずです。

私も戦後生まれですから、記憶も定かではありませんし、議論の内容も承知しておりませんが、そういうことはさておいて、
 
「敗戦」=ただ単に「今回の戦争に負けただけで、国力が付いたら、また戦争を仕掛けるぞ」という意味に取られかねない。

「終戦」=永遠の戦争放棄を目指し、平和国家を目指すという、印象を与えるという周辺国への配慮

というような背景があったのではないかと思います。もちろん当時のGHQの意向も反映されていることは十分に考えられます。
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この回答へのお礼

そういうきれいな配慮なのでしょうか?
というか、あの戦争が日本が悪者になっていることを
是正しなければならないと思っています。
ありがとうございます。

お礼日時:2012/08/26 14:01

>なぜ敗戦の日って言わないのですか?



単にメンツの問題でしょう。
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この回答へのお礼

撤退のことを「転進」と呼び換えていた大本営と
同じ発想ですね。ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 13:57

 先日のTVでは


 国民の士気が下がるからという理由で敗戦ではなく終戦にしたとありました。
 復興の為に立ち上がらなければならないときに、負けて終わったという事実は公表するべきではないと考えたとか。
 国民の半分以上は劣勢を知っていてもう半分は報道通りに勝っていると思って頑張っていたらしいから。

 いつ終わらせるかで相当揉めたとか・・・・。

 早く終わらせれば原爆も落とされずに済んだのにとありました。

 終戦の何がいけないのか・・・・・・が理解できないのは私の頭の知識容量が少ないせいでしょう。すみません。

 アメリカでも終戦と使っているので何らおかしくはないと思いますけど。

 ポツダム宣言でもそうだったし。戦争終結で・・・・・いいのでは?
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この回答へのお礼

ほぼ無条件降伏受託を負けと言わないのであれば、
日露戦争など引き分けに毛が生えたようなものですね。

日露で「勝った・勝った」と大喜びしたのですから、
負けた時もちゃんと負けたと思わなくちゃ・・・・

ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 10:59

正しく言えば 貴方の言う通りです


対太平洋戦争敗戦日
ですね これに間違いはありません
しかし勝った負けたを問題にするよりも
戦争が終わった日
と言う方が国民には馴染めたのでしょう
国民の多くは戦争が終わる事に意味を見出していましたから
それが国民の総意でしょう
勝った負けたは その時の事
それよりも戦争が終わってくれたのだと言う喜びの方が国民の中には強く残るでしょう
終戦の日
と言う言い方は時の軍部特に陸軍が決めた言い方だそうです
この事実から表現方法等は如何でも良いと言うのが判りますね
ちなみにアメリカでは対日戦争の勝利を
JVデー
と呼んでいます
又ベトナム戦争では特に決まっては居ませんが
戦闘を終了した
という風に言っています
勝った負けたではなく 戦闘を止めた日
としています 手前味噌でしょう
でもこれも現実です
わざわざ負けた日とは言っては居ませんし 言う必要もないのです
<(_ _)>
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
負けたことをしっかり認識し、次のステップに生かすのが
普通だと思っていましたので違和感を感じるのです。
単にメンツの問題であれば、敗戦を生かすことはできませんね。

お礼日時:2012/08/26 10:53

わかっていることを聞くのが恥ずかしいことなんだと思うよ。

だけど、君が聞くというのは頷けるというのと同じ理屈だ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2012/08/26 10:38

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Q敗戦の日を終戦記念日という理由は?

どう考えても敗戦記念日だと思うのですよ。国恥記念日でもいいですが。
終戦などという他人事のような呼びかたをするから独立国には防衛する
軍隊が必要であるという世界の常識が身につかないのだと思います。
なぜいつまでも終戦の日・終戦記念日などとよぶのでしょうか?

Aベストアンサー

 仰せのとおり歴史的事実を考えると正に敗戦ですね。終戦という語はその事実の隠蔽とも考えられてきますね。
 この言葉が最初に使われたのは、陛下の終戦の詔勅においてでしょう。
 当時、陛下も国民も決して敗戦という言葉を使いたくなかったのですね。
 そしてまだ戦えるという気持ちを持っている方もたくさん居られました。
 そういう中で、国と国民の疲弊を考え、敢えて戦争を終わらせるのだ。というご意図、お気持ちだったのでしょうね。
 今、落ち着いて事態を冷静に考えると、敗戦という事実をしっかり表したことばにするべきだと思われてきます。
 終戦にという敗戦。敗戦という終戦ですね。
 敗戦にしろ終戦にしろ、国民としてはこみ上げる万感の思いを一言では表せません。
 どちらの語にするか。
 今、長く使ってきた語をここで変更することに反対はないのですが、そこにいろんな意図が介在してきます。
 いろんな気持ちやこれからのことなどが。
 簡単に新しい用語に統一することは、今は控えたい。しかし敗戦である。
 そして陛下の意図からの終戦させたのである。その陛下のお気持ちを大事したいと存じます。

 仰せのとおり歴史的事実を考えると正に敗戦ですね。終戦という語はその事実の隠蔽とも考えられてきますね。
 この言葉が最初に使われたのは、陛下の終戦の詔勅においてでしょう。
 当時、陛下も国民も決して敗戦という言葉を使いたくなかったのですね。
 そしてまだ戦えるという気持ちを持っている方もたくさん居られました。
 そういう中で、国と国民の疲弊を考え、敢えて戦争を終わらせるのだ。というご意図、お気持ちだったのでしょうね。
 今、落ち着いて事態を冷静に考えると、敗戦という事実をしっか...続きを読む


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