プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私は、プロの写真家を望んでいるわけではないです
でも、撮るのが好きで、特に、登山が好きで、登山中や山頂での光景は必ず撮ります。
勿論のこと、その出来上がった写真が、誰も見たことのない風景で、朝夕の光線の具合やブロッケン現象などの決定的瞬間は自慢とするところです。
他に、その鮮明さ、そして、構図等全体のバランスも自分なりに満足しています。
それならば、それで終わりですか ?
皆さんの最終目的は何か教えて下さい。

A 回答 (14件中1~10件)

No.3です。

補足します。

”私は、本来、写真の目的は自己や家族の将来の思い出のために残すものと考えていました。”これも同じだと思います。伝えたい相手が未来の自分であり、家族である、と言うだけのことです。
ただ、何を伝えたいか、更に何を伝えなくてはならないか、と考えたら写真もちょっと変わってきました。
たとえば子供の笑顔、素敵ですね。そう感じてシャッターを切ったのに写真を見ると表情が今一つで不自然に見えたりします。ベストの笑顔はその前後、ほんのわずかずれたところにあるはずです。ここで、伝えたいのは最高の笑顔である、と思うとベストの笑顔になる一瞬前にシャッターを切らなくてはならない、となります。また、ピントもこの構図なら右目に、構図にしても、どんなときの笑顔を撮りたいのかによって違って来ると思います。
笑顔、と言うのは一例ですが、運動会なら負けまいと必死に頑張る姿だったりするでしょうし、抜かれて悔しい表情かもしれません。短時間に続けてシャッターを切っていてもその時々で違ってくると思います。

私の場合、何を伝えたいのか、ちょっと考えることで構図なども微妙に違ってくるようになりました。
私は登山の経験は、特に高山は最近はないないのですが、朝夕の光線の具合での決定的瞬間、というのは想像がつきます。本当に短い時間のことと思います。多分、気持ちは同じなのだと思いますよ。

でも・・・そんなに深く考えずにシャッターをまず切ってしまうことも結構あり後で面白いとおもったこともあります。そして、感じたとおりに写っていないな、と思うことも相当あります。
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この回答へのお礼

>・・・そんなに深く考えずにシャッターをまず切ってしまうことも結構あり後で面白いとおもったこともあります。そして、感じたとおりに写っていないな、と思うことも相当あります。

これです。! !
笑顔の瞬間と思って撮っても、以外とそうでないこともあります。
山岳写真でも、「絶対この構図」と考えて撮っても、「少し右側の山を入れたかった。」などあります。
だから、私の場合、行き詰まっているのです。

お礼日時:2012/11/26 09:51

コンテストに出すのもいいし、写真展にだすのもいいですが、人生50年を過ぎて思ったのは、若いとき付き合っていた彼女の写真が出てきて、当時は好きでたまらなく輝くように可愛いと思っていたのですが、今見て平静に見ると平凡な別に可愛いこともないことに気が付きました、当時は平静ではなかった若い自分を思い出します、


 父親もカメラ好きでしたから小さいときの写真があります、かしこまった記念撮影よりも日常の家の前やなにげない写真が多くそのほうが表情がいいですね
 その時の気持ちを記録したい・・・これが写真です・ 気持ちが入った写真は人にも伝わると思います、それには構図や露出などの写真テクニックは必要です、テクニックは良くても気持ちが入っていない写真は伝わらないでしょう

 私の子供が小さいときに鉄道工場の見学に行き工場の人と子供と一緒に撮らせてもらいました、子供より工場のおじさんの表情がとてもよかったです、小さい子供が職場の機関車を見て喜んでいるのをみて嬉しい表情の写真がいいです

 証明写真がなぜ良い写真にならないかは、座ってはいパチでは気持ちが伝わらないからです、アイドル写真集でもただきれいに写っている写真もありますが、とてもいい表情の写真もありますモデルが写真家を安心して気持ちが伝わるように撮影前にただ雑談を延々としてから撮影する写真家もいるそうで、ただいきなりカメラを向けてもいい写真にはならないのだと思います
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この回答へのお礼

文章の、どの点も「なるほど」と思いました。
モデル写真の例も、一般のスナップも共通する点があるようにも思えました。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/12/02 09:37

私は、主に花を撮るわけですが、その時その時の自分自身で感じた通りに撮れる事だと思います。


主題(主役)は何なのか?それによって、撮る方向性が変わってきます。紅葉は、どのように撮ったら綺麗なのか、
光に透かしたように撮ったら綺麗なのか?愛らしい花はどのように撮ったら綺麗なのか?
淡い色を強調出来るように、プラス補正をして撮ったり、マクロレンズを使ったりと・・etc
それには、コンデジでは無理が在りますし、一眼レフを私は使っています。

一番理想なのは、撮った人の心が、見た人にうまく伝わる写真だと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
そのとおりだと思います。
私も、例えば、ハイビスカスの雌しべの先端だけの写真など好きです。

お礼日時:2012/12/02 09:31

写真でいちばん大事たと思うことは、


写真だけが伝えることの出来る、写真を見る人への、
無言のメッセージなんだと思うんです。


私の場合、写真を始めた当初は、
カメラの機種とか、フィルムの種類、露出の調整、構図など、
いろいろ凝った時期がありました。

今はフィルムがデジタルに置き換わって、
フィルムの良さや選択が、ほぼ消えてしまいましたね。
でもデジタルには直ぐ確認できるという利点があります。

写真は、アルバムを後で見返したとき、
当時のことをいろいろ思い出して回想するのは楽しいのだけど、
どういう理由でその被写体を撮ったのか、
まったく分からない写真もけっこうあるんですよね。

それは例えば芸大の学際で、写真展とか見てても思います。
何を撮りたいのか、伝わってこないんです。

つまり、撮り手の想いを写真で伝えるには、
露出や光線の具合でキレイな写真は撮れると思うんだけど、
気持ちを伝えるのは難しいんですよね。

躍動というテーマがあったとすると、
走ってて宙に浮いてる猫や犬の写真からは躍動感が十分に伝わるけども、
証明写真みたいに動きが無いぎこちない絵や、
ふてくされて寝ている犬からは、
躍動感は何も伝わらないですよね。

ポートレートが評価を得やすいのに比べ、
風景写真が難しいというのはそこにあるんだと思います。



自分で満足してる写真、十分気持ちが伝わると思っていても、
そこには伝え手の自分がいるから分かると思っているだけで、

自分以外の人がどう思うかは本当のところ、わからない。

だから、本当に伝わってるか、という確認のために、
公募の写真展とかに出してみるってのもありだと思います。
写真雑誌に投稿してみるってものいい。


私は、そう思います。
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この回答へのお礼

>写真を見る人への、無言のメッセージなんだと思うんです。

この辺、奥が深い感じがしました。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/29 17:16

何かを他の人にも伝えたいから写真を撮っています。


と、えらそうなこと言っていますが、なかなか、うまく表現できないからおもしろいんですよね。

やはり、発表の場があっての写真ではないかと思います。
何でも良いです。
地元で写真コンクールをやっているところはたくさんあると思います。
そういうところに写真を出品して、誰かに自分の感じたことを伝えられたらうれしいじゃないですか。
そうやって出品した作品が、入選、入賞できればなおさらうれしいですよね。

写真は、撮る側に気持ちがあっても、見る側が思ったとおりに見てくれない難しさも有ります。でも、題名などを考えて自分が感じていたことを他の人も同じように感じてもらえるよう、うまく写真で表現できたら、うれしく感じませんか?

結局のところ、自己満足ですが、やはり、何かを人に伝えたくて写真を撮っているんだと思っています。
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この回答へのお礼

>自分が感じていたことを他の人も同じように感じてもらえるよう、うまく写真で表現できたら、うれしく感じませんか?

そのとおりだと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/29 17:13

ちょっと変わってるかもしれませんが・・・。



私は基本が鉄道写真で、スナップも撮りますが、好きなのは
「写真を撮りに行く」という行為そのものです。

確かに撮った結果が良いことは嬉しいことで、同好の士と見せ
合いっこをしたりもしますが、写真展を開きたいとか、コンテスト
で入賞したい、という発想はあまりありません(無いとは言い
ませんよ、無いとは)。

極端なことを言えば、撮影旅行に行った結果、撮った写真が
全部消えたとしても、満足度はそれほど低下しないんですね。

ですので私にとって「撮った」・・・というより「シャッターを切った」
で、基本は終わりです。

結果として、撮影前に発色などを確かめるための試写は結構
しますが、撮影後の画像をすぐに確かめる・・・ってのは、私は
あまりやりませんし、帰宅後データをPCにコピーしたまま現像
せずに放置・・・って事も結構あったりします。
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この回答へのお礼

>・・・好きなのは「写真を撮りに行く」という行為そのものです。

実は、私も、その方です。
撮ることが目的なのかも知れません。
だから「カメラを持って山に行く」又は
「山に行くからカメラを持って行く」
どちらも同じようなものかも知れませんが。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/27 14:09

スナップと記録写真を撮っていますが、、


スナップは良く出来た写真は公開して、
記録写真の方は、保存して終わりです・・・(あとで見る自分用と言った所)
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この回答へのお礼

分けて考えるのですか、
それもあるのかも知れません。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/27 08:01

私はどちらかというと「他人に見せないことが多い」ですから、そういった意味では「自己満足」なんでしょうね。


私の場合、おそらくは他人が見ても「なんじゃこりゃ?」というような写真を好んで撮っているところがあります。
昔々の言葉で言えば「コンポラ写真」という奴ですかね?。
今流で言えば「現代写真」というやつですか。

なぜそんなものを撮るか?というと、これはすごく単純な理由なんです。

「好きだから」

…この一言に尽きます。

私が好きな写真家…エリオット・アーウィットにせよ、ヨゼフ・クーデルカにせよ、純然な意味での報道写真という感じではありません。
しかし、その時々の場面を切り取っていく時の「ここ!」という瞬間(ピーク)を「どこにもっていくか」ということに対して「自由」なのが、写真というメディアの芸術性だと思いますし、私が一番「気を引かれる」部分なのです。

だから、私の「最終目的」というのは、特に無いのです。
名声が欲しいわけじゃないし、写真をほめられたいとも思ってないですからね。
ただ、個展等が出来ると仮定した場合に、ギャラリーの人の中に
「一枚の写真をずっと見てくれている人」がいて、その人と話など出来れば一番楽しいかな?とは思っています。
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この回答へのお礼

全文を繰り返し拝読しました。
「そうですか」と言う部分もありますし、
「なるほど」と言う部分もあります。
それにしても、tombanさんは、
相当、高度な芸術家とお見受けました。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/26 10:01

究極のスペックおたく。



能書きと屁理屈はだれにも負けない。

そして、それを実画像で証明すること。
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この回答へのお礼

OR_54さんの文章は、少なくても私には、単文で理解に苦しみます。
究極的な表現能力に基づくものであるか、
又は、真っ向から、その逆かもわからないです。

お礼日時:2012/11/26 09:40

私の場合、昭和40年代SLブーム到来から鉄道写真と風景をメインに撮っています。


学生でお金が無いので、野宿同然。駅の待合で一夜を明かしたり、夜汽車を乗り継いで遠回りしたりと東西奔走してました。
その時、見様見真似で暗室技術も会得しました。

そうして撮り溜めたSLの写真は、同好の士数名で自費出版も行いました。
社会人になってからは、職域・地域のクラブにも加入し、プロの講師を招いての月例会にも参加しました。
今でも、偶にはフォトコンにも応募します。

最終目的は、自己満足に終わらず、発表の場がある事。
他の人から評価して貰える事が、励みに繋がると思います。

昭和44年10月
参宮線・宮川鉄橋
「写真の目的は何ですか ?」の回答画像5
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この回答へのお礼

拝見しました写真、
勿論SLが主役でしようが、鉄橋の✕部分
これは感動しました。
ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/25 17:02

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