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体罰がいいと言いたいわけではないのですが、

自分の子供を多少なり引っぱたいて指導する親はたくさんいます。
自分の指導と、教師の同様の指導をどう整理するのでしょうか?

自分の指導法は体罰とは呼ばないのでしょうか?
それは他人だと全て体罰になるのでしょうか?

どう整理しているのでしょうか?

A 回答 (22件中11~20件)

叱ると怒るの差かなと思います



親でも先生でも知らない人でも
叱るという意味で叩かれた時は痛さより相手の心のあったかさが残ってます
怒りで叩かれた時は痛かっただけで嫌な気持しか残りません

叱る人は相手の気持ちを把握して叱るので相手の心を傷つけません
怒った人は相手の気持ちを把握せず怒るので心まで傷つけます

叱咤激励のつもりで叩いたと言っても
体罰を受けた方があたたかさを感じられなければただの怒りにしかならないという感じで

「叩かれた人がどう感じたか」が全てだと思いますね・・難しいですが・・
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この回答へのお礼

一般論としてはそう言いますが、
現実問題は、そんな簡単な話ではないように感じますよ。
叱ったつもりでも相手に伝わらない経験したことありませんか?
人の教育を簡単に考えているのは、本当の意味で教育したことない人かと。

お礼日時:2013/01/15 17:56

自分の子供をひっぱたいている親です。



以下、あくまでも「自分個人の意見」として回答させて頂きます事、ご了承ください。

まず、正直な話、自分が子供を叩いている時に、「これは子供為なんだ」とか「愛しているからだ」などと思う事は、まずありません。
そう思うのは、いつも「子供を叩いた後になって」から。
つまり、「後付けの言い訳」なんだと思います。

子供を叩く為の言い訳や理由を考えるのは、「自分の躾けが間違っている」と思いたくないからなのか、「理性の効かない愚か者だ」と思われたくないからなのか、それとも、周りからそこまで批判させるほど「自分の子供に対する愛情が足りないからだ」と思われたくないからなのか。。。

他の回答者様が仰られておりますが、子供を叩いている瞬間は、「体罰が良い」とも「悪い」とも、思ってもいないし考えてもいません。

もし、躾けに体罰を取り入れている自分に対し、「体罰は良いと思うか悪いと思うか」と尋ねられたとすれば、それは間違いなく「悪い」と答えるのだと思います。

ではなぜ、親であり大人である自分が、そこまで「悪いと分かっている体罰を子供に用いるのか?」と尋ねられたとすれば、恐らくその瞬間は、「自分自身の悪いと分かっている行動よりも、子供に悪いと教える事の方が優先されるから」だと思うんです。

よく、「悪い事と言っても、何も犯罪など犯していないじゃないか。」
そう仰る方もおります。
しかし、人が人に嫌われたり、人を不愉快にさせたり、人に相手にされなくなったりする原因の大半は、何も犯罪に限った事ではありません。
どうしても自分には、それが子供に取って「悪い事」に思えてしまいます。

愚かですね。
いかにも大人の理性とはなんたるべきか?親の立場とはなんたるべきか?を考えていない、実に愚かな人間、親だと思います。
しかし、ここまで正直に話したのには理由があります。

今回、大阪であった問題の以前より、よく「体罰は良いか悪いか」と言ったような内容の特集を、テレビでやっていたのを覚えています。

自分の子供に対し、体罰を取り入れていない親の話では、

「恐怖や痛みで子供を抑えつけようとするのは野蛮だ」
「子供は、親がちゃんと話せば分かってくれる」
「子供が分かるまで、ちゃんと話して理解させる努力を怠るから体罰を容易に用いる事になる」
「話しても子供が理解しないのは、親にその能力が無いから」

と言った主張をなされておりました。

そう言われて見れば、確かにそうなのかも知れませんし、実際に「躾けに体罰を取り入れていない親」は、体罰を取り入れている親よりも、その苦労や努力は半端なものではないとも思います。

ただ、ここで一つの疑問を自分は持ちました。

自分の家庭内だけであれば、もしくはそれでも良いのかも知れない。
当然のように、自分の愛する子供に対し、それだけの努力や苦労をしても、その為にどれだけの時間をかけても良いのだろう。

ただ、それだけの苦労や努力を知っているのなら尚更、それを「周りにまで押し付ける」やり方はどうなのか?

教師や指導者、周りの人間に対し、「親である自分と同じように」我が子に対して接してくれ!と言っているようなものではないか?

そう思いました。

自分が子供を叩くのは、子供に「恐怖や痛み、恐れを教える為」です。
それで子供を抑えつけようとしていると言われても仕方ありません。
元より、「その為にやっている」のですから。

いつも、叩かずに子供にそれが悪い事だと教える方法は模索しています。
恐らく、これからも自分が親でいる限り、模索し続けるでしょう。
それは、親故の愛情が、子供に対してあるから。
それでも、手が出てしまうのは、自分が「簡単で楽な方を選んでしまう」愚かな人間だからだと思います。

質問に戻ります。

>自分の指導と、教師の同様の指導をどう整理するのでしょうか?

「自分の子供だけが良ければそれでいい」とは思わない。
教師や指導者に対して、自分の子供に「人として簡単で楽な方を選ばないように」と自分が強要する事で、その為に「周りに迷惑をかける」事になるならば、それは本来、自分が子供に体罰を与える目的と変わってしまう事なのだから。

長文になり申し訳ございませんでした。
少しでもご理解頂ければ幸いです。
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この回答へのお礼

まあ、本質的にはそうですね。
あらゆる怒りは、相手への衝動というよりは、自分の描いた通りにならないことへの苛立ちであり、つまりは己の未熟さに対する感情表現ですから。
但し、その怒りとは別に、冷静に指導のツールとする人もいます。
まあ、以前は、体育会系の部活における、よくある指導法のひとつでもありましたね。
お父さんが、悪い事した子供に頭ぐりぐりするなんてのもよくありますよね。
だからいいとは言いませんが、単純に○も×もつける話でもないかなと。

ただ、質問は、あなたは、先生のそれにどう解釈するのかなと。

お礼日時:2013/01/15 15:51

「整理」と言うよりは、「区別が出来ない」と思います。


即ち、「親の体罰であっても、子供の自殺の原因には、なり得る」と言うことです。

実際、そんな原因で自殺する子供が、多数存在する可能性は大だと思います。
しかし、自殺原因が家庭問題として処理され、刑事事件化もしませんし、報道もされませんので、我々の耳にも入らないし、社会的に問題視もされません。

いじめや体罰は、自殺の原因に過ぎず、自殺そのものには加害者はいません。
自殺そのものを問題と捉えず、自殺原因を問題視する限り、この問題は解決しませんよ。

「いじめや体罰が悪い」と言うのは、「犯罪が悪い」と言うのと同じで、小学生レベルの幼稚な話しです。

しかし、社会に犯罪は無くなりませんし、それと同様に、いじめや体罰も無くなることはありません。
むしろ、いじめや体罰ばかりを「悪い」とすれば、犯罪と同様に、陰湿化や巧妙化するだけです。
更には、学校なども隠蔽体質になるばかりです。

従い、「犯罪は悪いが、存在する」と言う前提で、個々に「犯罪被害に遭わない」を考えねばなりません。
「いじめや体罰に遭遇した場合、どう対処するか?」とか、やはり「いかなる事態に陥っても、自殺してはいけない」「自殺からは、絶対に守る!」を徹底せねばなりません。

逆に、自殺原因を問題視する限り、最終的には「たとえ親でも、子供に体罰を加えてはいけない」などと言う、クレイジーで短絡的な解決策になってしまいます。

部活動における顧問の体罰が「本当の問題」であれば、部活動などやめてしまえば良いワケですからね。
いじめが本当の問題なら、パソコンでもを使って、個別に教育を施せば良いです。

解決など非常に簡単です。
しかし、「それがホントに正しい教育か?」などと言う、本質的な別の問題に遭遇します。

「自殺」そのものを、もっと真摯に受け止め、「被害者や遺族が気の毒」などと言う感情論は取り除き、そちらを本質的に考えるべきと思います。
マスコミなども、「いかなる理由があろうとも、自殺者が悪い!」くらいの見解を報道すべきでは?と思わずにいられません。
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この回答へのお礼

あなたはまっとうな感覚の賢い人間ですね。

お礼日時:2013/01/15 15:43

例の事件にからませてのはなしであれば、



暴力と体罰を一緒くたにしているところがいけないですね。

目的 クラブを強くするため
動機 思い通りのプレーができなかった

なんてことのために、でてくる暴力は体罰ではなく単なる暴力でしょう。
元巨人の桑田がスポーツに体罰はダメだといってましたが、
あれも体罰ではなく中身は暴力です。

子供には、やっていいことと、やってはいけないことの区別が
十分につかないことがある。口で説明してもわからない、わかろうとしない時、
世の中には身体の痛みというのがあるということを知らしめるために
ひっぱたくことは悪いことではないですよ。

そういうことを徐々に知らしめておかないと、
大人になったら究極の体罰は死刑なんですから。

いじめ問題の時もそうだったけど、犯罪まがいの行為を
いじめとするから、仲間内のざれごとといじめの区別が
つかないなんてことがまかり通るのです。
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この回答へのお礼

暴力と体罰?
何が違うの?

お礼日時:2013/01/15 15:41

子供をひっぱたいたことのある親です。


言ってわからなければ叩くという事を肯定してたわけじゃないけど他にどうしようもないとその時は思って叩いてしまいました。
でもすぐに後悔したし何年も経った今も後悔しています。

親でも教師でも、暴力に訴えるのは指導力のない証拠です。
はっきり、そう言えます。
体罰、暴力で解決することは何一つない!
身を持ってここに証明します。
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この回答へのお礼

ええと、だいたい指導力なんかないでしょ。

お礼日時:2013/01/15 15:40

コミュニケーション能力がきちんとあれば暴力はいらない。


ないから強制的に暴力で服従させる。
その極致が戦争である。
戦争に対するタガが外れてきたのはここに原因があるかもしれないね。
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この回答へのお礼

いやいや、
それなら、あなたのコミュニケーション能力で、道端でたむろしてる不良どもを更生させてみてください。
暴力団を更生させてください。
コミュニケーション力でどうにかできるならばどうぞ。

お礼日時:2013/01/15 15:37

暴力教師も暴力親も「やり過ぎ」なんですよ。


自分がやられたこと無いから加減を知らない。
やられたことがある者は加減が解りますよ。

私なんかタバコ見つかって体育教師に竹刀で引っぱたかれたり、若ハゲの先生に校内放送で「ハゲ」と言って蹴り飛ばされたり、給食のエレベーターで遊んでゲンコツされたり、・・・・・・・ってほとんど自分が悪いことしたことに対して一撃の制裁をもらってきたわけですよ。
部活で結果が出なくて殴られる??意味解らん。相手がより多くの効果的な練習をしたり、圧倒的なフィジカルの差を持っていたり、生徒自身の努力では勝ることのできない何かがあったとは考えられないやつがアホ暴力教師になる。
親も然り。私は子供が他人の身体を傷付けた時しか殴らん。言葉で傷つければ言葉で傷つける。(まるでイスラム教)
私の親は殴らなかったし、きれい事ばかり並べてきたので、殴ってくれた教師や罵ってくれた友人には感謝してますよ。おかげで人の痛みもそれなりに理解できるようになれました。

結論として「制裁としての適度な暴力(出来れば一撃)」は必要と考えます
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この回答へのお礼

全体的に認識ずれているような。

いや、自分がやられたことあるでしょ。笑
加減がわかるというより、昔より弱くなっている子供に対応できてないんでしょ。

部活で結果が出なくて殴られるのが意味わからんってお幾つの方?
それなりに厳しい体育会系の部活なら、以前はそんなの普通かと。
今でも、プロ野球の監督がしょうもないミスした選手の頭ひっぱたいたりしてるし。

お礼日時:2013/01/15 15:35

なんかさ 最近の親とか子供って甘すぎるよね


親は子を叩かないし 子は大人に叩かれたら親が出てきて体罰だ だの暴行だだのって

だいいち自分の子を叩いて指導してる親は それを体罰だなんて感じてないよ
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この回答へのお礼

結局本質論は、
過保護主義と神経質すぎる日本運営に国民が弱くなっちまったってことなんだろうけどね。

お礼日時:2013/01/15 15:31

痛みを知らないで育つ子どもはロクな大人になりません。


教育法は当人次第ですが、体罰込みで運用するのは至極当然です。

学校の体罰と同列に語る事が間違いなのです。一対一でもないし。
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この回答へのお礼

痛みは教えないとね~。
1対1?

お礼日時:2013/01/15 15:30

質問内容にソースがないので、ずれていたらごめんなさい。



どこかに親の体罰は良いけど 教師の体罰はダメとあったのでしょうか?

基本同じです
整理なんかいりません

もちろん人により幅はありますけど同じことです。

親の体罰に若干の許容があるのは、子ども自身あるいは第三者への危険が
ある場合に即時停止させなくてはいけない機会が、教師よりも触れ合う時間
が長いからです。例えばホームで走るのをやめさせるとかです。

教師の体罰がより制限されると考えられるのは、体罰を受けていることを見ている
第三者の生徒への心理的影響が考えられるからです。
心理的なマイナスダメージや暴力を肯定的に捕らえて、自分もしてみたくなるなどの
行動が例としてあります。

いずれにしても、それをしている大人の感情のはけ口であることが多い
、恐怖感を与えることで子どもの言動をコントロールする方法である
、即効性があるので、他のしつけ方法がわからなくなる
、しばしばエスカレートする
、など安易な誤った指導であることは言うまでもありません。
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この回答へのお礼

教師より親の許される理由が、接触時間の長さと第三者への影響が理由ですか?

お礼日時:2013/01/15 15:30

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