1. あらためてすべての知見をエポケーして考えてみたいと思います。質問者の見解を知って回答したいという向きには 次の質問の趣旨説明を参照願います。
Q:真善美のみなもとは 同じひとつであるか?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8423513.html
2. みなさんの見方捉え方を 特に第一次の感覚として 知りたいと考えました。必ずしもアンケートではなく その感覚として表わされた内容から問い求めをすすめて行きたいという心つもりでのことです。
3. たとえば うつくしい・みにくいと よい・わるいとは どう違うのか。同じ要素もあるのか?
4. あるいは 真実かそうでないかと 美しいとそうでないととは どう同じでどう違っているか?
5. よい(良い・好い・善い・佳い)という感覚および認識は どこから来るのか?
6. まこと(真実)とそうではないこととは どこから来てわれわれは知覚し理解するのか?
7. うつくしいという感性とそれとしての知性は どこから来るとお考えですか?
A 回答 (14件中11~14件)
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No.4
- 回答日時:
少ない中から分かち合えるので徳と呼ばれます。
例えにあるように、一時の成金が虚栄心ゆえに醜く豪奢に施しを行っても徳とは呼ばれないでしょう。しかし人は現金なものであり、窮状にある人にとってはそれは幸運と言ってよいかもしれません。私だって、窮状にあって平静さを保てるかどうかと言えば、自信はありません。おそらく、そのラッキーにすがりつくのではないでしょうか。ですから、徳と一言で表される事柄が、容易いことではないということでしょう。 ご回答をありがとうございます。
★ 徳と一言で表される事柄が、容易いことではないということでしょう。
☆ そうすると もっとひどい反論が考えの中に浮かび上がって来るのですが。・・・
無私にて陰徳をなす者は そのことを口に出してはならない。
その無私なる人たちを応援する人びとも その徳のことを宣伝してはならない。
すべて人知れず しずかにおこなうことが肝心だ。と。
ひと言でも無私なる徳をたたえようものなら その徳行を 人びとよ ちょっとは見て欲しいと願ったことになる。
やはりたたえて欲しいというわたくし心がちょっぴりある。ということになりますまいか。
それでもうつくしいと思いますよ。
なぜなら 虚栄心で見せびらかすように徳を積む場合も 行為はうつくしくないとは言えないから。
美とは何でしょうね。
No.3
- 回答日時:
私は、美とは、眼で感じるものではなく心に感じるものだと思います。
ですから、確かに美人には惹かれますが、それは人間的な美しさに惹かれたわけではないと思います。人知れず人助けをするとか、慎みで以って人間関係を護るとか、そういう徳のある事が人間的な美しさなのではないでしょうか。で、そのような徳としての美しさの起源は何処であるかというと、無私ではないかと推測します。無私の心で行うこと、或いは想うことが、自他の隔たりを超えた真(まこと)の現れなのではないかと思います。
では、何故、無私であることを美しいと思ってしまうのでしょうか、それは、人は自分可愛さのあまり、しばしば醜い、自分さえよければそれで良いという考えや行動をとったりすることがあるからです。それが生き残る為であったとしても。
ここが難しいところですが、自身の生死に縛られて、動物的なレベルに終始しない、そういうところに人間性、人間の光というものを感じるのは私だけでしょうか。
人と動物の違いと言えば、人間だけを特別視した人間優位を説いているように思われるかもしれませんが、一つの希望としての、人間だから、という理由付けが、真善美に纏わる話には、可能である気がします。
ご回答をありがとうございます。
いろんな角度から見てみようとしています。
寄せてもらったご回答の内容を一つひとつ受け留めて それとは違う角度からも見ることがありうると思える場合に 天の邪鬼のようにその視点を残しておこうとしています。
★ 私は、美とは、眼で感じるものではなく心に感じるものだと思います。ですから、確かに美人には惹かれますが、それは人間的な美しさに惹かれたわけではないと思います。
☆ そうしますと 美にいくつかの種類があるということにもなるかと思われます。
(あ) 目に飛び込んで来た美。
(い) 人工の美であった場合 それでも美の一種であるとみる場合。
(う) 人については 視覚を超えてその人の人柄など心で受け留めて感じる場合。
ということは うくつしさが よい・わるい 真実・ウソといった区別の問題とも どこかで交わっているかも知れない。・・・のですかね。
★ 人知れず人助けをするとか、慎みで以って人間関係を護るとか、そういう徳のある事が人間的な美しさなのではないでしょうか。
☆ 見てくれの美しさの人も あるいはさらに人工美の人も ひょっとすると そういった陰徳を積む人であるかも知れませんよ。と言いたくなるのは まあいぢわるの虫の所為か または これでも見方にバランスを保とうとしてなのでしょうか。・・・
★ で、そのような徳としての美しさの起源は何処であるかというと、無私ではないかと推測します。
☆ という主題を提起していただいたと思うと 変な見方をも出してみたくなります。
すべて利己のために自己顕示欲を満たすためにおのれの宣伝のために 《徳のある行為》を うつくしくもなく・むしろみにくい恰好でおこなったら それは どういうことか? どうなるであろうか?
弱者のために資材を提供するといった場合。弱者たちは こばむだろうか? それは あまりにも醜いゆえに。
こばまれず 受け取ってもらえたなら その行為は・行為じたいは うつくしいか? 《無私》による同じ行為と どう違うか?
あるいは無私の場合には 陰徳であって 人知れずおこなうのだから くらべられることすらないものか。
No.2
- 回答日時:
3、うつくしい・みにくいと よい・わるいとは どう違うのか。
同じ要素もあるのか?↑
美は、脳で感じます。
では、どういう現象に出会ったときに脳は美を
感じるのか。
健康な人は病気の人よりも、若者は老人よりも
美しいです。
つまり生命エネルギーにプラス方向に働くとき
に美を感じるのです。
だから、カントは美は生命感情の高揚だと
説明しました。
この美に対して善悪は人工的色彩が強いものです。
人間は社会を造らねばどうしようもない動物です。
しかし、社会を造り集団化、組織化すると神のような
力を発揮します。
デュルケームは、この集団化した人間こそ神である
としたぐらです。
この集団、つまり社会などの秩序を守るために
善悪という概念が造られました。
秩序にとってプラスのモノが善で、マイナスが悪
です。
このような概念が何処でもいつでも受け入れられた
のは、人間の脳には、利他の精神ビルトインされて
いるからです。
4、真実かそうでないかと 美しいとそうでないととは どう同じでどう違っているか?
↑
真実かどうかは科学の問題であり、客観性
再現性、論理性の問題です。
美しいかどうかは、感性の問題です。
人間の脳は、本能を司る部分と、理性を司る部分とから
なっています。
美は、本能を起点として理性で感じるのです。
だから、時代や人種、民族などで差異が生じますが
基本的な部分では一致するのです。
ご回答をありがとうございます。
★ 美は、脳で感じます。
☆ よく聞くのですが どちらかと言えば うたがっています。
たぶんそれがマチガイだというよりも 感覚が一次的に起きればそれでよいというかたちで ただいまは保留とします。(脳で感じるのと からだで感じるのと 乱暴にでしょうが 同じだと見てすすみます)。
★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
健康な人は病気の人よりも、若者は老人よりも
美しいです。
つまり生命エネルギーにプラス方向に働くとき
に美を感じるのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ そうですね。第一次の知覚反応を大事にすると言った手前 言いにくいのですが 若者の中にもいろんな姿があり 老人の中にもやはりさまざまな姿があるというように思ったりします。
つまり 若さないし《生命力にあふれた》姿を見てうつくしいと思うこともあれば それは 若さとしてのうつくしさであって 美一般とは少し違うと思ったりすることもあります。
老人が生活力にあふれているのを見ると 美を感じることもあるかと思います。でもそれは 《生命エネルギーにプラスの方向に働》いていると言うよりは 老人としてのそれなりのエネルギーではあるが それでも 落ち着いた安定したチカラが見て取れるといった姿に 美があると思えるときもあります。
なるべく一般理論をめざしていますので こういった天の邪鬼みたいな疑問・反論をならべています。
★ だから、カントは美は生命感情の高揚だと説明しました。
☆ 老若男女を問わず その歳や性に応じた生命感情の高揚があるという見方を提出して 先へすすみます。
★ ~~~~~~~~~~~~~
この集団、つまり社会などの秩序を守るために
善悪という概念が造られました。
秩序にとってプラスのモノが善で、マイナスが悪
です。
~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ そうですね。細かいことは言わないとして でも ややいぢわるな見方をひとつしてみます。
すなわち 先ほど歳相応に生命力のあふれた姿に美を感じると言ったとき その美の姿は 社会をおそらく《よく》推進するのにもはたらくのではないかと考えるわけです。
うつくしく生活していることは 社会の秩序にとって よいことなわけだと思うのです。
と考えるなら
★ 美に対して善悪は人工的色彩が強いものです
☆ というその程度は それほど大きくない。かも知れない。あるいはつまり 両者の突きあわせでは 《人工的色彩》は程度問題であるかも知れない。
生命力にあふれた姿は ちょっとやそっとで 悪のほうに片向くこともないであろうとも考えられますまいか。
いまは反対の見方をふつうに思いつく場合に 提出しています。
★ ~~~~~~~~~~~~
美は、本能を起点として理性で感じるのです。
だから、時代や人種、民族などで差異が生じますが
基本的な部分では一致するのです。
~~~~~~~~~~~~~
☆ この《基本的な部分で一致する》という点を じつは知りたいのですが なかなかむつかしいようでもあります。
つまり
★ ~~~~~~~~~~~~
真実かどうかは科学の問題であり、客観性
再現性、論理性の問題です。
美しいかどうかは、感性の問題です。
~~~~~~~~~~~~~
☆ ということだと思うのですが たとえば《ウソでも うつくしいか》という問題もあり得ます。
もし美が《本能〔的感性〕を起点として理性で感じるので》あるなら おそらくその美を感じる対象は その成り立ちが 真実であることも必要であるかも知れない。・・・といった重箱をつっつくような議論も引きずり出そうと思えば 出て来ます。
真実性と美とは 領域が違うでしょうが その対象となっているモノについて 真実であることと美をもつこととは 共存しているかも知れません。整形による人工の美というのもあるのかも知れません。
おそらく
★ 人間の脳には、利他の精神がビルトインされている
☆ といった存在論・人間観も 関係して来るのでしょうね。
・・・といった具合いで これは なかなかまとまらないかも知れませんね。とりあえずこういった探索を残しておきたいと考えます。ありがごうございました。
No.1
- 回答日時:
美の主要因である色彩の起源が、美の起源につながる。
「色」は、連続的な電磁波の波長の変化であり、物理的には
「色」の実体である、などというものは存在しない。
可視光線の領域は、赤外線から赤を経て黄、緑、青、紫外線
へと一方的に波長が短くなるのであり、そこに「三原色」が
あったり、「色環」を成したりするのは、それぞれに対応した
3種の色覚細胞があるという、受け手の側の都合による。
「赤は青の反対」などといった色彩の特性も、普遍的な根拠
はなく、個別の特性に過ぎない。
「波長の連続的変化」という一次元に、五感の相関した多次
元の経験の蓄積による特定の波長に対する条件反射的な
(その波長に伴う経験の)印象が付加される事で、“多彩”さ
は生じているのです。
「赤は暖かい」や「青は冷たい」といった色の根拠を分析する
と、赤は火(地球の低い酸素濃度での燃焼温度の色)、血や
肉(酸素を運ぶヘモグロビン(鉄)の酸化した色)、花や果実
(緑(葉緑素)の葉っぱの中で目立つ色)といった、原因の
異なる長い波長の光に基づいた経験の総和、青は空(気体
分子は短い波長を乱反射する)や水(液体分子は長い波長
を吸収する)といった、原因の異なる経験が先入化していると
推察できる。
脳の、「五感の相関した経験の蓄積において、次の先行的
感覚の感受(光や音)に対して広くニューロネットを活性化す
る(予測的な感情)」という総和機能によるのだ。
(こうした「経験的に大雑把に捉える」という機能は、不確定
性原理において絶対化(=無限発散)せずに表面的に捉える
事によって有限な性質を生じる、という存在の起源も成す)
この「総和機能」において、人生における快適な経験の総和
における、視覚的刺激パターンが「美」である。
それゆえに、成長期で好奇心旺盛な(しかし経験の蓄積の
少ない)子供の頃は、ケバい色や動くものを好むし、世界
各地で美的センスは異なるのだ(砂漠地域では青や緑が
好まれ、空白恐怖と呼ばれるほど装飾で埋め尽くすといった)。
ご回答をありがとうございます。
小学生のごとくに問いを問い続けます。
★ 3種の色覚細胞があるという、受け手の側の都合による。
☆ それの《都合》は なるほど〔美をめぐる〕世界の一般的な事情を反映していないと考えられますが 翻って考えるに そういった片寄った事情に応じた美の感覚も 人間にはあるということになる。のではないか。つまり それとして 美を感じる仕組みを表わしているように思うのですが そういう見方をしてはいけないのか?
まづこれが ひとつの問いです。
つまり
★ 「赤は青の反対」などといった色彩の特性も、普遍的な根拠はなく、個別の特性に過ぎない。
☆ というその個別的な事情が かえって人びとの美観をかたちづくっていると言えるのではあるまいか? です。
そのあと読み継いで行って はたと止まったところは 次のくだりです。
★ この「総和機能」において、人生における快適な経験の総和における、視覚的刺激パターンが「美」である。
☆ なるほど経験の蓄積つまり慣れや癖で 美の感覚が決まる――とは思うのですが そもそもその経験が始まるのは どういうふうにしてか? という問いもあると思うのです。
つまりは
★ 快適な経験
☆ とは何か? というところに ひとつの問いは しぼられます。なぜなら この《快適さ》が 美の要素であると捉えられているからです。
このクダリに到る過程ではまだ 美の要素(質料や形相ではなく ととのったかたちなどと言った美の要素)については触れられていないと思われます。
また いわゆる善にまつわる《よさ》とくらべるためには まだこの《快適さ》という要素のみで議論するカッコウとなります。
そして 質料および形相から成る物理的現象については その認識のただしさをめぐる真実性については 触れられています。つまりただしそのあと 《真実さ》が 美を感じるに際してどのようにかかわっているか? の問いもあります。
この点が 申し訳ないですが まだ触れておられないところだとは考えます。
それにしても 《快適さ ないし 心地良さ・気持ちよさ・たのしさなど》が 美の感覚にどうかかわって そして他方では 善や真実とは あまりかかわらないのかどうなのか。こういった論点も残っていようかと考えました。
★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
脳の、「五感の相関した経験の蓄積において、
次の〔* =あたらしく起こるモノゴトについて予期するような〕
先行的感覚の感受(光や音)に対して
広くニューロネットを活性化する(予測的な感情)」
という総和機能によるのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ おそらく物理的な現象としては こういった仕組みとして説明がなされるものなのかなと思います。
ただし 赤や青をめぐるそういった説明にもとづく事実認識のただしさと そしてそのあとの美の感覚如何については まだ分からない。というようには思いました。
(これは 《視覚的刺激パターン》といった捉え方で あとのほうで一定の説明がありました。ただし どうでしょう。事実認識やそれとしての説明事項と 美の感覚との区別もしくはつながりは どうなのでしょうとは思いました)。
こういった生物化学物理的な現象の仕組みについては さらに:
★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
(こうした「経験的に大雑把に捉える」という機能は、
不確定性原理において絶対化(=無限発散)せずに
表面的に捉える事によって有限な性質を生じる、
という存在の起源も成す)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ といった《起源》の問題にも触れておられます。
これは 大きな問題であるようで 簡単に通りすがりの考察で済ませるわけには行かないようです。
ただ言えることは 《存在の起源》にもとづくなら 《美を感じるというときに ものごとを経験的に大雑把に捉える》ことが 人間存在にふさわしいということなのですね?
惜しむらくは その《大雑把に捉える捉え方》において 美の感覚に特定した場合は どのようなさらに細かい仕組みであるのか? これの解明が 望まれ俟たれるかも知れません。(快適さだけでよいかなどをもです)。
★ この「総和機能」において、人生における快適な経験の総和における、視覚的刺激パターンが「美」である。
☆ そうですね。ということは この《快適さ》とそして《善にかかわる良さ》や《事実についての認識の真実さ》などとの照らし合わせが 望まれ俟たれるかと考えられます。
もう少し勝手な考えでツッコミを入れるとしますと 《快適さをめぐる視覚的刺激パターン》が 次のような事例として確認されるとのことですが この《視覚的刺激パターン》が そのまま《うつくしいと感じる》こととそのまま一対一に対応しているか? といったいぢわるな疑問をも持ちましたと ひとこと余計な反応をもつけ添えます。
★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
成長期で好奇心旺盛な(しかし経験の蓄積の少ない)子供の頃は、ケバい色や動くものを好むし、
世界各地で美的センスは異なるのだ(砂漠地域では青や緑が好まれ、空白恐怖と呼ばれるほど装飾で埋め尽くすといった)。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ おそらくこれらの《美的センス》は 美を感じさせるものの基礎や土壌をかたちづくっているのではないか? という貪欲な問いを持ってしまったのですが いかがでしょう。
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