ロダンの『考える人』ってなにを考えてるんでしたっけ。
たしか地獄の門の前で…
とか、そんなんがあったと思うんですけど。
めっちゃ気になってます。

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A 回答 (4件)

>なんであの人の像一人だけがこんなに有名になってるんでしょうか



「地獄の門」の中で「考える人」の像だけが有名になったのは、ロダン(1840-1917)がこの像を「地獄の門」の最重要部分として構想したため(「地獄の門」の主題は、ダンテ『神曲』の「地獄篇」からとられた地獄に落ちていく人々を見つめる人物像=「考える人」)で、ロダンはのちに「考える人」の部分だけを独立した彫刻として「詩人」という題名で公開してもいます。

>『地獄の門』っていうのは、一つの作品ですか?いくつかの作品を集めた作品ですか?

「地獄の門」は、ロダンが1880年にパリ装飾美術館の入り口の装飾として政府から依頼されて制作を開始したものですが、次第に構想が複雑化し、手を加え続けているうちに、ついに完成にまで至らずロダンは亡くなってしまいました。つまり作品としては未完成なのです。
「地獄の門」は一つの作品です。上野の国立西洋美術館の前庭に、「地獄の門」のブロンズ像が飾られています。もし可能であれば、一度ご覧になられることをお勧めします。

>考える人っていうのは、作品の一部なんですか?

「考える人」は「地獄の門」の扉部分の上部装飾中央に設置されている坐像です。もともとロダンはこの部分にダンテの像を置く予定だったようです。
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地獄に落ちる罪人を「見ている」もの。



「考える人」はもともとロダンの「地獄の門」という大作の一部。
「地獄の門」はボードレールの「悪の華」やダンテの「神曲」などの
文学作品や、ミケランジェロの芸術作品を参考にして作られたもの。
高さ6メートル幅3メートルの門の形をしていて、
そこに罪人たちが落ちていく地獄絵図の立体版なのです。
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この回答へのお礼

そうなんですかあ。
っていうか、作品の一部だったら
なんであの人の像一人だけが
こんなに有名になってるんでしょうか。
『地獄の門』っていうのは、一つの作品ですか?
いくつかの作品を集めた作品ですか?
考える人っていうのは、作品の一部なんですか?

お礼日時:2001/06/06 23:57

地獄の前で罪人達を見ているみたいです。



参考URL:http://www.fureai.or.jp/~kikuchi/zatu10.htm
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この回答へのお礼

まじですか。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/06 23:54

ずばり下のサイトに答えがのっていました。


他にもいろんなサイトを見つけましたが、ここが一番なるへそ、でした。

参考URL:http://sumomonga.virtualave.net/rodan.htm
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この回答へのお礼

ほんまですかあ。
ありがとうございました。
ロダンはほんまは何を考えて作ったんでしょうねえ。

お礼日時:2001/06/06 23:53

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Qロダン 考える人

箱根のユニマットの芦ノ湖美術館で見たのですが、(数年前ですが)
ロダン 考える人 これのサイズが、人のサイズの 1/2くらいの大きさだったのですが、これって、本物ですか
オリジナル実物は 1/2 なのでしょうか。

勝手な思い込みで、1/1とばっかり、思っているものですから

よろしくどうぞ

Aベストアンサー

「地獄門」の上の方に付いている「考える人」は小さいのですが、
「考える人」だけの像は大きいものです。立つと3メートル位の大男です。
上野の国立西洋美術館で見た感想です。
日本で鑑賞できるロダンの作品は、ここが一番揃っていると思います。

Qクールベの『アトリエ』。ミレーの『両親の家にいるキリスト』。ロダン『黙想』

と。いう作品を探しています。
作品名を検索できるいいサイトをご存知でしたらおしえてください。

Aベストアンサー

英語でOKなら「OCAIW(Ozanio Centaro's Art Images on the Web)」などいかがでしょう?
取り上げられている画家(Painters)・写真家(Photographers)・彫刻家(sculpters)
ならば、写真の下の「ENTER」をクリックすれば作品リストが見られます。
検索するときは「Search Artist by Name」と「Search Artwork by Title」に
しかるべき条件を与えてください。

・クールベ(Courbet, Gustave)
http://www.ocaiw.com/catalog/index.php?lang=en&catalog=pitt&author=315&page=1
「アトリエ」は「L'atelier del pittore」でしょうか。

・ミレー(Millais, Sir John Everett)…「落穂拾い」のほうじゃないよね?
http://www.ocaiw.com/catalog/index.php?lang=en&catalog=pitt&author=540&page=1
http://cgfa.sunsite.dk/millais/p-millais3.htm

ロダン(Rodin, Franc,ois-Auguste-Rene')
http://www.ocaiw.com/catalog/index.php?lang=en&catalog=scul&author=834&page=1

参考URL:http://www.ocaiw.com/index.php?lang=en

英語でOKなら「OCAIW(Ozanio Centaro's Art Images on the Web)」などいかがでしょう?
取り上げられている画家(Painters)・写真家(Photographers)・彫刻家(sculpters)
ならば、写真の下の「ENTER」をクリックすれば作品リストが見られます。
検索するときは「Search Artist by Name」と「Search Artwork by Title」に
しかるべき条件を与えてください。

・クールベ(Courbet, Gustave)
http://www.ocaiw.com/catalog/index.php?lang=en&catalog=pitt&author=315&page=1
「アトリエ」は「L'atelier del ...続きを読む

Qわざわざ難しく考える人は、頭が悪いのではないのか?

わざわざ難しく考える人は、頭が悪いのではないのか?

先日、仕事先の人と昼食休憩に将棋を指した。
僕は昔将棋に凝っていたので、割と早く指せるだが、その人は
勝負にもこだわっているのだろう、一手一手慎重に長く考える。

そして僕はいつも思うのだが、長く考える人に強い人はいない。
正解がでるのに時間がかかる。ということだからだ。
その人も例外ではなかった。


一手一手慎重に考え、挙句の果ては一手に10分も考えたこともあった。
この人はいったい休み時間が何分あると思っているのか?
そして挙句の果てに指した手が、まったくの的外れの筋の悪い手で、
10分も考えて、いったいこの人は何を考えていたのかが気になり、
読み筋などを聞いてみた。

確かにヘボはヘボなりに考えてはいるが、わざわざあまりにも難しく
考えすぎているようだった。


そこで僕は思う。
簡単に考えればいい事を、わざわざ難しく考える人。
簡単に言えばいい事を、わざわざ難しく言う人。
そういう人は、頭が悪い人ではないのでしょうか。

Aベストアンサー

 「わざわざ難しく考える人は、頭が悪い」といえるかどうかということは、
 例に挙げていらっしゃるような将棋のケースでいえば概ねその通りだと思います。同意します。
 しかし、それを将棋以外のケースに一般化して「頭が悪い」という表現を使うことができるかどうか、という問われれば、まったく同意しません。

●同意できない場合が存在する理由について:「簡単である」とはどういうことだろうか?

ある問題Xという問題が「簡単」な問題として捉えられるか、「難問」として捉えられるかは、問題の評価枠組み次第で変わる、と思うからです。

A.将棋における知性の評価
 例えば、将棋は、差し手の棋力というものも、明確に分かれるゲームです。ある局面における悪手・良手の評価というのは、上級者であればあるほど、手筋の評価がある程度似通ってくる(むろん、本当に高度な妙手などの評価は難しいでしょうが)。将棋においては問題自体の難易度評価も、指し手の、棋力の評価もある程度、合意される水準というものが成立しえます。

B.ファッションにおける知性の評価

 次に、「今日、どのような洋服を着て外出しようか」というような問題の場合を考えてみましょう。
 洋服に興味のない人が気にする要素は、おそらく二つぐらいしかなくて(1)フォーマルな格好をすべきかカジュアルな格好をすべきか。(2)外の気温や天気に沿った格好かどうか といったところぐらいだろうと思います。
 一方で、洋服に興味のある人が気にする要素は、遙かに膨大になりますドレスコード、季節感、天気といった要素に加えて、配色、素材感、ブランド、自分自身の自己イメージ、今日自分が出会う人達のファッション感覚、今日出かける街の雰囲気etc....。
 このとき、「洋服に興味のない人」と「洋服に興味のある人」とでは、同じ問題であっても評価枠組みはまったく違っています。興味のない人には、簡単な問題。しかし、興味のある人にとっては、複雑さをもった問題です。
 ファッション好きな人からすれば、おそらく服を着る、という行為を「簡単なこととして<しか>捉えられない」ということ自体が、「この人はファッションに疎い人なんだな」と判断するはずです。
 このような時、問題を、複雑な問題として捉えることができるということそれ自体が一種の「知性」であると言っていいのではないか、と思います。

 また「洋服の良し悪し」「ファッションの良し悪し」というのは、将棋のように一義的に決めるのは困難です。ある程度の良し悪しの水準はありますが、ある人が「いい」というファッションが、別の人は「だめ」と言う。それが、頻繁に起こります。そのとき、なぜ、ある同一の服装が、褒められたり貶されたりするのか。そのメカニズムを理解することができる、ということも、一つの知性だろうと思います。

●知性はランク付けできるのか?

 問題の難易度や、解答の質を明確な基準によって測れるようなケースを作り出すことは我々には可能です。そして、そのような問題に対する成績によって、我々は、個々のヒトの<知性>という曖昧なものに強引にランク付けをしてみることは一応可能です。IQなどを測る知能テストや、将棋、学校の入学試験などは、そういう類のものです。こういうタイプの問題では、簡単な問題にわざわざ時間を使いすぎる人を<頭が悪い>と表現してもいいかもしれません。問題に慣れていないため考えなくてもいい余計なことを考えてしまったり、何度も類似の問題を解いても余計なことをわざわざ考えてしまうのは、問題を解くための効率が悪い人だと言えます。

 しかし、世の中には、ある問題が「簡単」であるかどうかを決めることの出来ない問題が数多くあります。夕飯を食べるとき、栄養バランスだけを考えればいいわけではありませんし、自分の人生の進路を決めるという問題の「難易度」は全く謎に満ちています。評価の要素が多い問題は、解答の質を簡単に決められません。

 短期記憶/長期記憶、相互のトピックごとの関連性の理解、手続き記憶/意味記憶、論理展開能力、空間把握能力、言語能力……人間の知性というのは極めて多種多様な要素が複雑に絡みあうなかでできあがっています。我々が、学校のテストの成績などの結果をもとに<頭がいい>と言っているのは、人間の知性の一部の話に過ぎません。
 様々に存在する知性の中で、多くの人がそのようなIQ的知性を、重要な知性だと信じているから、IQ的知性が<頭の良さ>だと思われている。それだけだ、と私は思います。

 こう書いている私もまたIQ的知性を<頭の良さ>と感じることの多い一人です。IQを頭の良さと感じる感性の中では、質問者さんの疑問に共感するところはあります。しかし、論理的な一般化については全く同意できません。

 「わざわざ難しく考える人は、頭が悪い」といえるかどうかということは、
 例に挙げていらっしゃるような将棋のケースでいえば概ねその通りだと思います。同意します。
 しかし、それを将棋以外のケースに一般化して「頭が悪い」という表現を使うことができるかどうか、という問われれば、まったく同意しません。

●同意できない場合が存在する理由について:「簡単である」とはどういうことだろうか?

ある問題Xという問題が「簡単」な問題として捉えられるか、「難問」として捉えられるかは、問題の評価枠...続きを読む

Qロダンの言葉

ロダンの言葉で、「美しいものよりもっと美しいものは、美しいものを壊したもの」というようなことを言っていたのですが、正確になんと言っていたのか知っている方、教えてください。
どんな書籍にのっているか。。。至急調べたいのです。
お願いします~~!

Aベストアンサー

こちらの本に載っていそうですね。

◎ロダンの言葉抄/高村 光太郎 (翻訳)/岩波文庫 青 554-1

または、↓の中にありませんか?

参考URL:http://www.melma.com/mag/90/m00034490/a00000005.html

Q考える人について

ロダン作『考える人』は、発表時どんなタイトルだったでしょうか?

Aベストアンサー

撤回。「思想を練るダンテ」ではなく「詩想を練るダンテ」でした。

Q『作品』と『製品』について

芸術においての『作品』と『製品』の相違点と類似点を教えて頂きたいのです。
できれば、そうなった原因や背景等も教えて頂くと有難いです。
レポートの題として課せられたのですが、何分美術や芸術とは縁がないので、概要すら浮かんでこないのです。
どうか、ご指南くださいませ。

Aベストアンサー

こんにちはー。芸大生です。が、あんまり自信を持ってお答えできないんです。一応あたしの意見としては、と言うことで。

 私が思うに、作品と製品の決定的な違いは、製品には「これは作品だ」という人がいないということではないでしょうか。
 
 普通に見たら製品にしか見えないものも、その作者とかが「これは作品」といってしまえば、作品になってしまう気がします。
 
 もっといえば、作者はそれを作品だとは思ってなくても、まわりが「すばらしい作品だ!」とか何とか言ってしまうと、作品になってしまう場合もあります。
・例えば古い工芸作品など。当時は製品だったけど後世になって作品になってしまった、みたいな。

 その反対で、作者は「作品だ」と言ってても、まわりが「これは製品だろう」と言うこともあるでしょう。でもだからと言ってそれが本質的に製品になってしまうかと言うと、やはりそんなことはなく、本質的には作品のままにしかならないのではないでしょうか?
・近代あたりからの工業デザインや、アーツアンドクラフト運動などかな?自信はないけど。

 芸術か非芸術かの境目と似ている気がします。言ったもん勝ち。

 原因や背景は…やはり産業革命以降の、ものごとを量産する、という形態が生まれたことかなぁ…。様々な生産形態が次から次へ誕生したことで、作品と製品の物理的な境界線が引けなくなってしまったからではないでしょうか。

 あーごめんなさい、あやふやです。
とにかくレポート頑張ってください。あたしはもう夏休みになりました!

こんにちはー。芸大生です。が、あんまり自信を持ってお答えできないんです。一応あたしの意見としては、と言うことで。

 私が思うに、作品と製品の決定的な違いは、製品には「これは作品だ」という人がいないということではないでしょうか。
 
 普通に見たら製品にしか見えないものも、その作者とかが「これは作品」といってしまえば、作品になってしまう気がします。
 
 もっといえば、作者はそれを作品だとは思ってなくても、まわりが「すばらしい作品だ!」とか何とか言ってしまうと、作品になっ...続きを読む

Q何故、室内で動く子供撮りたいと考える人が多いのか?

何故、室内で動く子供撮りたいと考える人が多いのか?
動く子供は動作予測が難しく昼間でも上手く撮れればラッキーなのに

さらに条件の悪い室内で動く子供撮りたいと考える人が多いのでしょう。
夜更かしさせずに早く寝かせて、公園や野原で遊ぶ子供を撮る方が確実と思うのですが。

Aベストアンサー

おはようございます。

んー。別に暗い中で写真を撮りたいというわけではなく、ただ撮り
たい瞬間が来るのが(昼間も当然来ますが)夜でも来るというだけ
だと思うのです。

そしてカメラを趣味にする人間ならわかると思いますが、その夜に
撮りたい画像の多くは翌日の昼間に撮れるわけではなく、その瞬間
しか撮れないと考えている人が多いということでしょう。誕生日
のろうそくの炎がきれいなのは周りが暗い時だと思うのです。

子供の写真なんて、小さい頃はそれこそいつ何時でもカメラを離せ
ない親バカな人もいると思うのです(そしてカメラの性能と子供の
動きの関係で、残念な写真がとられていると思うのですが)。

以下雑談
それでもうちのアルバムをみると昼間の方が多いですね。昼の方が
イベントが多いので当然でしょう。

Qピアノは『打楽器』?『弦楽器』??

傍らの娘に突然尋ねられました。

んで、実はこの件に関しては、
かなり以前に調べた事がありました。

自分的には、内部にハープのような、
弦楽器が内蔵されているので、
弦楽器だと思っていたのですが、
ハンマーで、弦をたたく事から、
『打楽器』だと言うのがその時の結果でした。

という事を文字で見せてやろうと、
検索したところ、
『ピアノは打楽器だと言う人がいる!』
と言う記述をいくつも見付け、
「え゛? 汗;」と思った次第です。 

長くなりましたが、
ピアノは、『弦楽器』『打楽器』、
どちらに区分されるのでしょうか?


納得行くように娘に説明したいと思いますので、
きちんとした理由とともに回答お願い致します。
m(_ _)m

Aベストアンサー

音楽之友社の音楽大事典によると、ピアノの楽器分類は、正しくは、「有鍵弦打楽器」というそうです。

でも、私たちの中では、昔からずっとピアノを弦楽器だとか、打楽器だとか、そういう意識で見ていないですよね?
ピアノは他の楽器に比べると、非常に個性的で、独特な音色、固有な形をしています。
なので、ピアノはピアノ、と思っているのが、一番いいのではないかと思います。ただ、学術的に楽器の分類をするなら「有鍵弦打楽器」です。

古典派・ロマン派の多くの作曲家(ベートーヴェン、シューマン、ブラームス、ショパン)も、ピアノを弦楽器とか打楽器とかそういう意識で捉えて作曲した人はいないです。ピアノはピアノです。
ところが、そのうちに、ピアノを打楽器的な扱いで演奏して、今までに誰もやったことのないような音色で新たな音楽を書いてみようと、という試みが、20世紀初頭にバルトークによって行われました。
ピアノを初めて「打楽器」として扱ったのはバルトークが最初です。その理由は、新たな音色、新たな音楽を求めて、です。

その後、ピアノを打楽器的に扱うことで、今までにない急進的な試みができる、ということに多くの作曲家が気がついて、ピアノの鍵盤を腕を使って押しつぶしたり、ピアノの横を太い棒を使って叩いたり、ピアノの弦の部分を指でひっぱたり(弦楽器的な扱い)、様々な音楽が生まれたことは確かです。

でも、それは特殊な音楽であって、通常は、ピアノは、私たちの一般的な視覚・聴覚の認識では、打楽器でもなく、弦楽器でもなくピアノはピアノだと思います。

音楽之友社の音楽大事典によると、ピアノの楽器分類は、正しくは、「有鍵弦打楽器」というそうです。

でも、私たちの中では、昔からずっとピアノを弦楽器だとか、打楽器だとか、そういう意識で見ていないですよね?
ピアノは他の楽器に比べると、非常に個性的で、独特な音色、固有な形をしています。
なので、ピアノはピアノ、と思っているのが、一番いいのではないかと思います。ただ、学術的に楽器の分類をするなら「有鍵弦打楽器」です。

古典派・ロマン派の多くの作曲家(ベートーヴェン、シューマン...続きを読む

Q考える人

有名な彫刻「考える人」は
その名の通り「考える人」としてのモチーフで各方面(CMやドラマ)で使用されています。
ですが、あの男性は実は考え込んでいる訳ではないと、つい最近知りました
亡者達がのたうち回っている様子を見下ろしているらしいですね。

そこで、あの「考える人」の全体像が知りたいのですが
・どこの何と云う建造物に彼はいるのか
・正式名称があるのか。あるならば何と云うのか
を教えて下さい

申し訳ございませんが、我が家にはネット環境がありませんので「ここに載ってるよ」等の回答は遠慮致しますm(_ _)m

Aベストアンサー

>我が家にはネット環境がありませんので「ここに載ってるよ」等の回答は遠慮致しますm(_ _)m
失礼しました。


作品解説をコピーしました。

1880年、ロダンは新しく建設される予定のパリの装飾美術館のために入口の門扉の制作を政府から依頼された。ダンテの熱烈な愛読者であり、既に1876年に『神曲』に取材した群像《ウゴリーノと息子たち》を制作していた彼は、ためらうことなくこの門扉を「『神曲』を表わした低浮彫」の連作によって作りあげようと決心をした。そして構成の形式をフィレンツェ洗礼堂のギベルティの《天国の門》にならって、直ちに制作にとりかかった。最初の構想スケッチでは、左右の扉がそれぞれ縦に四つのパネルに区切られ、全体で8面の浮彫によって「地獄篇」の情景が表現され、中央に巨像が置かれる構成であった。しかし、想を練るにつれてダンテの神学的秩序は失われ、次第に渾沌たる世界に変わっていった。ダンテよりも、むしろボードレールの『悪の華』に表現された人間自身の「地獄」の世界に踏み入って行ったと言えよう。石膏着彩の《「地獄の門」のマケット(第三構想)》は、粘土による立体的な習作の第三段階、すなわち最終的な構想を示しているが、主題内容の変化とともに構成形式も渾沌とした様相に変貌し、ほぼブロンズの完成作の全体が姿を現わしている。ダンテに取材したモチーフは最早「パオロとフランチェスカ」と「ウゴリーノと息子たち」の2つに限られ、門の中央には「詩作にふけるダンテ」に代わり、《考える人》が置かれている。以後、ロダンは終生この大作の制作に取り組み、彼の多くの独立した作品が《地獄の門》に関連して生み出された。タンパンの中央に坐って墜ち行く人々を凝視する男は《考える人》であり、門の頂に立つ《三つの影》は《アダム》と密接な関係を持っている。夕ンパンの右端に《立てるフォーネス》と《瞑想》、左手に《オルフェウスとマイナスたち》のマイナスたち。右扉の下部に《フギット・アモール》、左扉中央に《ネレイスたち》、左の付け柱に浮彫の《美しかりオーミエール》、その柱の上に《うちひしがれたカリティード》、右の付け柱の上部に《私は美しい》の浮彫があり、この二人の男女を離したものが《考える人》の左の《うずくまる女》と左扉の上部から身をのけぞらせる男である。この大モニュメントは、しかし結局実際には使用されず、ロダンの生前にブロンズに鋳造されることもなかった。1920年代になって漸く鋳造が実現し、最近の鋳造を含め現在世界に七つのブロンズが存在する。当館のコレクションのブロンズは、松方幸次郎氏の注文による鋳造である。(出典: 国立西洋美術館名作選. 東京, 国立西洋美術館,

>我が家にはネット環境がありませんので「ここに載ってるよ」等の回答は遠慮致しますm(_ _)m
失礼しました。


作品解説をコピーしました。

1880年、ロダンは新しく建設される予定のパリの装飾美術館のために入口の門扉の制作を政府から依頼された。ダンテの熱烈な愛読者であり、既に1876年に『神曲』に取材した群像《ウゴリーノと息子たち》を制作していた彼は、ためらうことなくこの門扉を「『神曲』を表わした低浮彫」の連作によって作りあげようと決心をした。そして構成の形式をフィレンツェ洗礼堂の...続きを読む

Q『作曲』と『転調』について、教えてください。

『作曲』と、特に『転調』について、教えてください。
なんなく、わかるのですが、どうも、しっくりしません。
よければ、『作曲』と、特に『転調』について、
お話したいのですが? (^^

Aベストアンサー

どんなことをお知りになりたいのか分かりませんが、取り敢えず「転調」について。

転調と言うのは曲の途中で違う調に移調することをいいます。たとえば、有名な曲で例に挙げます。モーツァルトのトルコ行進曲をご存知ですか??

シラ#ソラド レドシドミ ファミレ#ミシラ#ソラシラ#ソラド・・・

というあの曲です。この曲はイ短調の曲ですが、途中で

ラシ#ド ラシ#ドシラ#ソ#ファ#ソラシ#ソミ・・・

という明るい雰囲気の華やかなところがありますよね。あそこは「イ長調」なんです。つまり、イ短調からイ長調に転調したことになります。私は多少作曲を習っていたことがあるのですが、作曲の過程で転調をさせるとき、いかに自然に転調できるか、というのが難しいところでもあるんです。

一般に用いられるやり方としては、次の転調する調のV度の和音を間に入れて転調する。例えばハ長調からト長調に転調する場合を考えてみます。コード進行で考えるとC(ドミソ)→D(レ#ファラ)→G(ソシレ)という感じで転調させます。この場合、Cはハ長調のI度の和音ですが、次にト長調のV度の和音であるDを間にクッションとしておきます。そしてト長調のI度の和音Gを持ってきます。すると、自然な転調になるわけです。

ここで、モーツァルトの話に戻ります。モーツァルトの曲でももちろん様々な場面で転調するところはたくさん出てきます。しかし、彼の場合、私が言ったような技法をあからさまには使いません。とても自然に転調させるんです。そういった意味では転調のプロですね。

tom0120さんは、他にどんな事を作曲や転調についてお知りになりたいのでしょうか??

どんなことをお知りになりたいのか分かりませんが、取り敢えず「転調」について。

転調と言うのは曲の途中で違う調に移調することをいいます。たとえば、有名な曲で例に挙げます。モーツァルトのトルコ行進曲をご存知ですか??

シラ#ソラド レドシドミ ファミレ#ミシラ#ソラシラ#ソラド・・・

というあの曲です。この曲はイ短調の曲ですが、途中で

ラシ#ド ラシ#ドシラ#ソ#ファ#ソラシ#ソミ・・・

という明るい雰囲気の華やかなところがありますよね。あそこは「イ長調」なんです。...続きを読む


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