牛、豚、鶏、どれか一つ食べられなくなるとしたら?

これまでweb小説を読む時間のゆとりがなく、最近、素人の小説投稿サイト(複数)を見て回っていて、非常に気になることがあります。

閲覧したサイトの作者さんたちは、みな、10代、20代の若い世代で、男性も女性も、ゲーム作品を自分の趣味で(ファン作品として)、投稿している人たちです。


で、質問です。

地の文
地の文
地の文

(一行の空行)
「会話」
「会話」
「会話」
(一行の空行)

地の文
地の文・・・


という、形式で書かれたものが、ほとんどでした。(僕の閲覧した投稿小説のすべてがそうでした)
これは、どういう文化なのか、こうした形式の文体は、初めて体験しました。

通常の小説では、例えばですが、


地の文、
地の文、
「会話」
 と、彼女は言いながら席を立ち、
「でもね、あたしは…」
 顔を伏せて、言いよどんだ。


すみません、即興で適当な例ですが、
こんな具合に、会話だけが独立していることはないように思います。
これまで、多くの書籍に触れてきましたが、空行を開けて、会話文だけが独立している書き方では、二人の会話は成立しても、三人以上での会話を表現するのは、難しいだろうと感じました。(僕の閲覧した投稿小説は、すべて二人での会話でした)

それに、これが一番気になったのですが、その会話がどういう感じで話されていたのか、「会話文」のあとに、なにもない。場面によってはそうした小説の表現もあると思いますけれども、とにかく、みな一様に、独特の文体が使われていました。
これが最近の若い人たちの書き方というものなんでしょうか。


マンガの影響なのかなと思いましたが、みなさんのご意見を伺いたく思います。
とても気になります。
(僕は、ゲームを一度もしたことのない中年世代でして、もしかするとゲームのシナリオの書き方の影響なのだろうかとも考えています)

…うまく、聞きたい内容が書き表せたか心配です。

A 回答 (2件)

>会話文の前後で、"必ず" 一行空行を開ける、文の頭で、字下げしないという"文法"(新作法?)です。



これに関しては、Web小説だからでしょうね。

PCやケータイで読む場合スクロールが必要になるわけで、どこを読んでいたか見失いがち。
空白行は文章を探す際に目安となりやすいという利点があります。

同様に、短いセンテンスを繋いで書くのも、Web小説の特徴と言えます。
紙の小説なら長い文章で書いていても、読者が一瞬混乱しても目がすぐに前の文章を追って混乱が解消されますが…。
ケータイ(とくにガラケー)で読む場合、ちょっと戻る場合にもスクロールが必要なので、必然的に短いセンテンスを繋いだ方が読み易い。

PCでも同様で、なんだかんだ言われていても紙媒体が無くならないのは、紙媒体の絶対的ななんらかの優位性があるんでしょうね。


同様にケータイのように文章途中で折り返しが避けられない幅の狭い媒体では、頭下げの効果があまり見られない、むしろ1文字でも多く同時に表示される方が読み易いと…まあ、これは個人的な感覚ですが。

貴殿の書いたこの質問文も空白行多用、頭下げなしですよね。私の回答文もそうです。
読み手の読み易さを意識した結果だと思いますが、Web小説でも同様なんでしょう。


あるいは、極々レアケースとしてフォーマットとデータにこだわって、頭下げ嫌いの作者も居るかも…私はその一人なんですが。

頭下げの為に、空白文字を入れるという事が嫌い。
空白文字はデータなんです、頭下げってのはフォーマットなんです。
フォーマットの為にデータを挿入するのは、データとしておかしいんです…。
って言っても理解して貰えないかも知れませんが。(こんなのプログラマ特有のこだわりのような気がする)
※Web小説であればHTML、<p></p>で括ってCSSで頭下げすれば頭下げとデータとフォーマットの分離を同時に実現できるんですけどね、という余談。


話は変わりますが、紙媒体の…特にエンターテイメント小説によくある本来の文法(小学校で習う作文の文法)を無視した文体もありますよね。

「会話文」地の文「会話文の続き」

って文体。

「それはそうだけど…」彼女は一瞬だけ言い淀むような様子を見せたが、すぐに思いなおした様子で言葉を続けた「でも、ウンタラカンタラホニャララピーなんですよ」

例に出すと、こんな感じでしょうか。

「それはそうだけど…」
彼女は一瞬言い淀むような様子を見せ、一瞬言葉を詰まらせた。
「でも、ウンタラカンタラホニャララピーなんですよ」
すぐに思いなおした様子で彼女の口から続けて出たのは、やはり否定の言葉だった。

本体はこう書くべきかも知れませんが、冗長でテンポもありません。
※私本人の文章力のなさは棚に上げている

あるいは「」内にしても、本来は句点が必要ですよね。

「こんにちは。」

のような感じですかね。
多くの小説家は、『」』で閉じる前の句点を省略します。本来の文法では必要ですが。


話を戻すと、Web小説も読み手の読み易さや、文章のテンポ等を考えて、あえて小学校で習う作文の文法を無視したエンターテイメント作品なんだと思います。
エンターテイメント作品なので、文法よりも読み手への配慮、あるいはストーリーを伝えることが重視されると…。

その書き方に引っ掛かりを覚えたとしたら…まあ、単に作者の負けですね。
文法が…という引っ掛かりなど吹き飛ばす程、作品世界に引き込んで「面白い」と思わせないとエンターテイメント作品としては失敗です。
(まあ、そこはWeb小説なんて所詮素人の発表でしかないのでご勘弁)


>この新文章作法はいったい、いつ、どこから来たのか
私が思うに、ブログからです。
現在はたぶん、Web小説文体とでも言えばいいのか、既に定着した先人が書いた新文章作法を元に独自発展を遂げているとは思いますが、あくまで元祖はブログなんじゃないかなと…ま、あくまで個人的意見。

ブログは空白行を多用してなるべく読み易く、そして内容の引き延ばし(文章量を多く見せかける)という手法(?)が使われています。
センテンスの短さという特徴も共通しています。

ブログシステムを使って小説を発表する際に、今のような新文章作法が生まれて定着したんじゃないかなという気がします。
※厳密にはブログシステムというよりもCMSと言った方が正しい気はしますが…話を判り易く、ブログと考えて貰っても基本的に問題ない
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この回答へのお礼

いやいやいや、こういった<ご意見・ご回答>が聞きたかったのですよ!! 長年(←おおげさですが) の疑問が、しっくりと臓腑に落ちました。

/p> …な部分は、HTML形式で見たことがあるかもしれないなあ、くらいにしかわからない、全くのド素人ですが、言わんとされているところは、十分伝わってきました。理解のほどは、素人なりにではありますが。

ブログ! そうですそうです! いつから出現したかと言えば、みながみな(日本国民全員ではないにしても)、手軽にネットで発信できるようになってからですね。

文章作法といっても、紙媒体で見やすいようにと発達したわけで、ご意見のように、ガラケーにはガラケーでの見やすさ、スマホではスマホの見やすさというものがある。見る人のことを考えた『作法』こそ作法で、昔はこうだった! とこだわるのもバカなことだと、今、納得しています。

「ウンチャラ カンチャラ、ホニャラ ピー」の例文(笑)、よくわかりました。エンターテイメントな小説群、またそれ以外でも、ノッて読んでいるときには、もう文章を読んでいる感覚すらありませんが、そうした文章が、必ずしも学校時代の作文文法を厳守しているわけじゃありませんね、確かに。

それから、自分でも気付きませんでしたが、こうして字下げなし、空行多様で投稿しています。こうでないと、字が詰まって見にくいだろうと、無意識に思ったようです。そうか、そういうことですね。目からウロコが落ちました。

余談ですが、(笑)という書き方も、昔はなかったものですね!

CMSという単語は知らなかったので、今、検索してみました。なにやら難しいことが書いてありますが、ブログのコンテンツを集め、SNSとしてまとめる機能のようなものでしょうか。解釈が間違っているかもしれませんが、とにかく、web小説の書き方は、どうやらブログでの表現方法が元祖のようですね。

いやあ本当に、こういったご意見と説明をうかがえて感謝しています。これで、webも、新視点をもって、こだわりなく楽しめそうです。どうもありがとうございました。

お礼日時:2014/08/14 23:11

32才 女性です。


web小説は読んだことがありませんので、参考になるかわかりませんが、書き込みさせて頂きます。

一言で言えばやはり今風ということなのでしょうか。書き手も読み手も力不足。
書き手の側から言えば、直接話法(会話)で攻めていけば頁数を稼げる。

読み手の側から言えば、間接話法で物語を進められるよりもスンナリと心に入ってくる。
想像力や思考力が不足していても楽しめる、といったところではないでしょうか。
web小説に限らず、今の若い方達に人気の小説は、会話形式を多用して地の文も短いセンテンスというのが多いように感じます。
小説というより脚本のような。

やはり仰るように漫画の影響は大きいのでしょうが、それぞれに美点があるわけで互いに侵食してはならないと思いますけどね。

赤川次郎さんですが、あれだけのベストセラー作家でありながら、書評などでは(軽すぎる、脚本みたいだ、)と酷評されることもあったそうです。
それに対し「読書嫌いの人、凡そ、本など読んだことがない人が、読書のきっかけ、読書の楽しみを知ってもらう道標のような存在に自分の作品がなれたら…」と仰っていました。

実際彼の作品から読書好きになった人も多いでしょう。私も小学生の頃、好んで読みましたし、今でも懐かしくなり時々手にすることがあります。

web小説も、そんな役割を担ってくれたら若い方の活字離れをふせげるのかな、と思いますね。
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この回答へのお礼

丁寧な感想をいただきうれしく思います。そうです、マンガはマンガのよさがあり、小説は小説、映画は映画、どれもそれぞれ良いものです。こういったことを話せる者が身近にいないもので、こうしたSNSも良いものです。

で、問題の若者文体ですが(苦笑)、本当に、一様に同じ書き方なんです。言ってみれば、テンプレートが同じといった感じで。

なにか彼らが手本にしている「元」のものがあるはずだと思い、これを投稿してから、探していたところ、セガのゲーム、公式サイトで、ストーリィ紹介の部分の書き方が、まったく同じでした。

会話文の前後で、"必ず" 一行空行を開ける、文の頭で、字下げしないという"文法"(新作法?)です。

単に、会話文が多いといったことではなく、web用の文章規則と言えるようなものが、知らないうちに存在しているのです。

こうして、知らないところで、文化は知らないものに、変化していくのかと考えるとさみしい思いです。
この新文章作法はいったい、いつ、どこから来たのか、もう少し、どなたかの回答を待ってみようと思います。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2014/08/14 00:24

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