『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

第二次世界大戦で、ドイツやイタリアも、
日本のように、アメリカに絨毯爆撃などをされたのでしょうか?
御存知の方、教えて下さい。

質問者からの補足コメント

  • 皆様、本当にありがとうございました。
    こんなに沢山の方から教えて頂き、有難いです。
    ベストアンサーは、皆様に捧げたいです。

      補足日時:2015/02/17 12:40

A 回答 (8件)

これまでの回答者さんでほぼ出尽くしていますが、ヨーロッパ戦線では、イギリスが前面に出ていたと思います。



ドイツの都市爆撃はすさまじいもので、特にナチス党大会の会場となるニュルンベルク(ここは戦後、戦争裁判の舞台にもなりました)、古都ドレスデンは、見せしめのために徹底的に破壊されました。
現在、あのような古い町並みが残っているのは、ドイツ人の話では「崩れた瓦礫の石を一つ一つ積み上げて再建した」のだそうです。日本と違い、建物や道路の材料である石は燃えずにそのまま残ったので。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AC% …

なお、イタリアは、1943年7月にムッソリーニが失脚してさっさと無条件降伏していますので、それほどの爆撃は経験していないと思います。あまり知られていませんが、イタリアはこの後連合国側に立って「共同参戦国」として、1943年10月にドイツ、そして1945年7月には日本に宣戦布告しているのですよ。(さすがに『連合国』とは呼ばせてもらえなかった)
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:39

No.3です。



おまけで。
英空軍はダムを破壊して下流を水浸しにするとか、えげつない攻撃もしています。
直接、都市や工場地帯を攻撃しなくても大きな被害を与えられるとともに、ダムの
発電機能を失わせることもできる攻撃です。

ダムバスタース
http://oldbattlefield.web.fc2.com/19430517_dambu …
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この回答へのお礼

何度も教えて頂いて、ありがとうございました!
感謝感謝です。

お礼日時:2015/02/17 12:38

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC% …

ドイツで無差別爆撃をやってから、日本に来ています。
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:38

ドイツに対する英米の戦略爆撃は日本に対して行った爆撃のほぼ



十倍に及ぶ激しいものです。昼間は米第8空軍から、夜間は英爆撃

軍団からと、昼夜の区別なく実施されました。

 爆弾投下量は、日本に対しては16万トンでしたがドイツには

160万トンが投下されています。ハンブルグ、ベルリン、ドレスデン

外、ドイツの主要都市は、ほぼ廃墟にされています。

 爆撃機の数も一度に1000機のランカスターやB-17、B-24

が1機当たり4トン~7トンもの爆弾を搭載して来襲し、4000トンから

6000トンの爆弾を投下していました。ちなみに、東京大空襲で投下

された爆弾は、一機当たり4トン×300機で約1200トン程度です。
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:37

派手にやられてたら、歴史的遺産があんなに残ってるはずないとも思えますが・・・

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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:37

ドイツは米英に滅茶苦茶やられてますよ。


米軍は主にB-17、英軍は主にランカスター。
もっとも独軍の反撃も物凄くて、出撃した爆撃機10%以上を撃墜したことも何度もある。
B-17+P-51の戦爆連合になってからは被害は減りましたが。

当時の独軍はジェット戦闘機Me262、ロケット戦闘機Me163なんかも配備していましたし
高射砲以外にも地対空ミサイルを開発するなどして、防戦していました。

イタリアは航続距離の関係から、ほとんど爆撃はされていません。
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:36

昔、頭上の敵機というTVドラマがありました。


B-17爆撃機でドイツに絨毯爆撃を任務とする部隊のドラマです。
ハデにやっていた様子がよく分かります。
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:36

イタリアの場合は、出撃の拠点となるべき根拠地がなかったので市街地や市民に対する無差別爆撃は行われなかったと思われる



がドイツの場合は
大規模な破壊と多数の市民(非武装)の死者を出した空襲がある
ドイツの場合は、米軍+英軍ね

目立つモノでも
・ドレスデン 数万人~十数万人
・ハンブルグ 少なくとも数万人
・ベルリン <-一度に大量のではないが終戦までずっと
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この回答へのお礼

ドイツは日本以上に激しい絨毯爆撃を受けたんだなあと分かりました。
私は、東京大空襲のような残酷な爆撃をドイツもされたのかなと思っていましたが、
ドイツは木造住宅の日本とは違うので、簡単な比較は出来ないと気付きました。
あとは、原爆を何故ドイツには落とされなくて日本に落とされたかですね。
ドイツは既に降伏していたからでしょうかね。
皆様!色々ありがとうございました。
皆様に、ありがとう!の気持ちなので、ベストアンサーは選ばずに締め切らせて頂きます。

お礼日時:2015/02/17 12:36

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Q空襲(無差別爆撃)による死傷者数

こんにちは
先月報道で、終戦60周年の今年、ドイツのドレスデンで
空襲について抗議する極右勢力の集会があった
というのを読み、初めてそういうことが昔あったのだとしりました。
このドレスデン大空襲では3万5千人死者が出たらしいですが、
3月10日の東京大空襲では10万人以上で
日本全体では40万人以上亡くなったとききました。
ドイツで空襲で亡くなった方はどれくらいおられるのでしょうか?
またひとつの都市で亡くなった人の数という意味では
人類史上、広島で起きた事が過去最悪ということになるんでしょうか?

Aベストアンサー

広島への原爆投下によって十四万以上の犠牲者、
東京大空襲で十万人以上の犠牲者、
長崎への原爆投下によって七万人以上の犠牲者というのが
都市への一回の無差別爆撃での犠牲者数のトップ3です。
ただし広島と長崎の犠牲者は放射能の後遺症でその後も増え続け、
最終的には二十数万と十四万人以上に達しました。

ドイツで空襲でなくなった人は累計では六十万人以上と言われています。

アメリカが呉や佐世保を攻撃しなかったのは、
攻撃対象をいまだ大きな被害を受けていない都市に
限定していたからです。
軍港はすでに空爆を受けていてこの条件を満たしていませんでしたし、
日本海軍は事実上壊滅して脅威ではなかったので攻撃の必要はあまりありませんでした。
原爆投下は政治的および科学的な目的の空爆で
原爆の都市への威力を実際に実験し、
かつその威力を見せ付けることで日本政府に無条件降伏を迫るというものでした。
よって民間人の殺害を前提にしており、
軍事施設への攻撃は意図してません。

アメリカは自分の非を認めない国ですし、
退役者団体の政治的な影響力が強いので
過去の戦争を見直すということは全くしませんが、
日本政府が原爆投下や東京大空襲に対して
アメリカに強くいえないのは、
まず第一に戦後一貫して、アメリカ政府の核の傘の下に守られてきたということ、
第二に当初、暗黙の了解で抑止されていた無差別爆撃を
戦争で解禁させたのは日本自身だったということがあります。
日本が1932年に上海事変で行った爆撃がアジアでは初めての行為でした。
また日本の右翼政治家のなかには日本の核武装や再軍備などを夢見るものもいるので、核兵器非難や空爆非難の矛先は弱く、左派系のほうが却って強くなっています。

ちなみにこの非人道性の問題では、
太平洋戦争には完全に日本に非があると全く受け付けないアメリカの右派と、
原爆など非人道的兵器の使用の非は認めるアメリカのリベラル派、
アメリカの行為にも非人道的行為があった他社非難する日本の右派と、
他社非難よりも核放棄・平和維持を目指す左派
といった具合に奇妙な構図になってます。

広島への原爆投下によって十四万以上の犠牲者、
東京大空襲で十万人以上の犠牲者、
長崎への原爆投下によって七万人以上の犠牲者というのが
都市への一回の無差別爆撃での犠牲者数のトップ3です。
ただし広島と長崎の犠牲者は放射能の後遺症でその後も増え続け、
最終的には二十数万と十四万人以上に達しました。

ドイツで空襲でなくなった人は累計では六十万人以上と言われています。

アメリカが呉や佐世保を攻撃しなかったのは、
攻撃対象をいまだ大きな被害を受けていない都市に
限定していたか...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Qドイツの戦車はなぜ空襲で破壊されなかったの?

 第二次大戦の後期、ヨーロッパ戦線は連合軍に制空権を握られていたそうですが、なんで大規模な戦車戦を行えたのでしょうか?
 ヨーロッパ平原では大きな戦車は隠れるところもなく空から丸見えですし、戦車は空からの攻撃に弱いはずです。しかし1943年以降でもヨーロッパ平原の真っ昼間に数千両のドイツ戦車が前線に出て戦ってますよね?前線に出る前にドイツ戦車は空襲で片っ端から破壊されると思うのですが・・・

Aベストアンサー

日本ではバルジの戦い、ドイツではアルデンヌの森の戦い、として知られている
戦車戦ですね。

ドイツが大規模な戦車隊を集結できたと云う事は、奇襲が成功したと云う事です。
奇襲作戦の成功(初期)の要因は:
1)英米側がドイツには大規模反攻の余力が無いと判断していた、
2)ドイツ側は悪天候の冬季、集中した兵力を隠しやすい森を利用した、
3)ドイツ側の周到な準備(兵力は最終的には足りなかったが)、
の3つでしょう。

1)は末期のドイツに大兵力展開の力はもう無いと見て、この地域には小規模な防衛的な
 兵力しか配備していませんでした。
 情報も手薄で、エニグマを既に解読していましたが、フランス国内に於けるように
 占領地のレジスタンス等からの情報もありませんでした。悪天候のため航空偵察でも
 これと言った情報は得られませんでした。
2)ドイツ側が冬にこの地方を選んだのは、まさに航空監視から逃れるためです。
 まずドイツの地形ですが、なだらかにうねる牧草地とそれを区切る様な広大な森が
 特徴です。アルデンヌの森は針葉樹林と広葉樹林の混じった広大な森です。
 針葉樹林は20m程度かそれ以上で、木々の間は灌木の無い下草だけの地面です。
 兵員が縦列で問題無く行進できます。小型車両も特に問題は無かったようです。
 夜間に森まで移動し、森に大舞台を隠すのは容易です。
 戦車に雪を被せれば、高い上空からの視認は困難です。偵察写真も白黒ですから
 解像の問題が有りました。
 それに雪は騒音を吸収します。
3)ドイツ軍は大部隊の集結を悟られない為に、無線封止を行っています。
 通信は主に有線電話と伝令兵で行われていました。
 攻撃開始の日には濃い霧が予想される日を選んでいます。

欧米軍は、霧の森から出てきた大部隊に驚かされます。音を消す雪の中では
戦車の接近もその数も正確に把握できなかったでしょう。守備部隊間の連絡にも、
混乱を来したでしょう。敵がそんなに強大で有るはずが無いと思っているのですから。

ドイツの補給線が延び、天候が回復すると航空機による反撃を受け、反転攻勢は
失敗します。
航空攻撃に弱かったのは、戦車よりもそれを支援する各種戦闘車両と歩兵です。
戦車を有効に攻撃できる航空機は当時は、ドイツのユンカーJu 87Gぐらいでした。
2基の3.7cm対空砲18を装備しPanzerjäger(パンッーアイェーガー、戦車狩人)、
キャノン砲鳥、戦車潰しと呼ばれていました。
この戦いにドイツが動員できたJu 87Gは少なく、反撃する米軍戦車を阻止するには
無力でした。

参考は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
http://de.wikipedia.org/wiki/Ardennenoffensive#Verlauf
http://de.wikipedia.org/wiki/Junkers_Ju_87


若い頃、ドイツの森をよく歩きました。広く木々は高く茂っていますが、その下は
すかすかです。森に戦車の大部隊を隠せると云う事が、日本の森からはイメージ
しにくいと思います。参考までアルデンヌの森です。
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%8C&hl=ja&rlz=1T4RNVC_jaJP575JP575&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=fSkuVI_wDJfZ8gW7l4GICg&ved=0CEkQsAQ&biw=898&bih=487



 

日本ではバルジの戦い、ドイツではアルデンヌの森の戦い、として知られている
戦車戦ですね。

ドイツが大規模な戦車隊を集結できたと云う事は、奇襲が成功したと云う事です。
奇襲作戦の成功(初期)の要因は:
1)英米側がドイツには大規模反攻の余力が無いと判断していた、
2)ドイツ側は悪天候の冬季、集中した兵力を隠しやすい森を利用した、
3)ドイツ側の周到な準備(兵力は最終的には足りなかったが)、
の3つでしょう。

1)は末期のドイツに大兵力展開の力はもう無いと見て、この地域には小規模な...続きを読む

Q急降下爆撃は何故敵艦に対して縦に侵入しないの?

太平洋戦争での敵艦に対する急降下爆撃機は見てると敵艦の腹に対して向かっています。
でもそれだと、雷撃ならいいけど、爆撃ではちょっと間違うと爆弾が敵艦を素どうりしてしまいます。(飛び越してしまう)

それよりも敵艦に対して縦に侵入したほうが、船は縦に長い長いから外れにくいと思います。

どうして縦に侵入しないのですか?

Aベストアンサー

艦船の甲板は厚い鋼鉄でで守られて、少々の攻撃ではダメージを与えられません。
勿論、甲板上であっても艦載物に被害を与え、操舵室等に命中すれば航行不能には出来るでしょう。
それに対して、側面は大変薄く小さな破壊を受けただけで沈没などの大きなダメージがあります。

さらに、正面からの攻撃は上下は的として大きくなりますが、その代わり少しでも横にずれるとダメージを与えるどころか斜めに滑ってしまいます。
その点側面からの攻撃は、上下の正確さえ有れば左右はかなりずれても確実に大きなダメージを与えることが出来ます。

戦闘機の操縦的にも、左右の調節は機体を傾けるなど難しくなりますが、上下の調節は操縦桿の前後操作だけで瞬間的に調節でき、目標を捉える確立も高くなります。

戦闘機を攻撃する船側にしても、船の構造上縦揺れは少なく横揺れが大きくなります。
当然船の前方から来る敵機には照準を併せやすく、横から来る戦闘機は揺れの関係で狙いにくくなるでしょう。

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Qポーランド人は、ドイツ人をどう思っているの?

このところ、第2次大戦の映画を何本かみました。
ポーランドは、ドイツに占領され大変な目にあったようです。戦後、ポーランドの人々はドイツ人をどのように見ているのでしょうか?たとえば、中国と日本と同じような関係にあるのでしょうか?どなたか教えてください。

Aベストアンサー

大学でポーランド文化を研究したものです。

えぇーっと。
ポーランドはフランス革命の頃、ドイツ・オーストリア・ロシアによって分割されましたね。
そして第一次世界大戦後、独立国として承認されます。

ところが、第二次世界大戦でドイツに併呑されてしまいます。
基本的にいい感情を持っているはずがありませんよね。

ですが……
この大戦の後で、ポーランドはソヴィエト連邦に強制的に入れられることになります。
実はこの時ポーランドの国土が本来より西に寄ったりしているのですが、それはここでは些細なこととしましょう。
この共産主義体制というやつがポーランドをずっと支配していたわけですから、短期間占領したドイツよりも傷跡が深いと言えます。
それは確かにドイツの占領もポーランド人にとっては不愉快でしたが、ソ連の体制という戦後の現状の方がもっと不愉快だったでしょうけれども。
また、東ドイツとも運命を共にしていたこともちょっと考える必要がありそうですね。

ドイツに占領されて大変な目に遭ったのは、主にポーランドにいたユダヤ人です。もちろんポーランド人も虐げられましたが。
アンジェイ・ワイダの映画などでは、確か、ポーランド人にもいい人悪い人がいて、ユダヤ人を助ける人と、虐待する人がいたようです。そういう意味からすると、国民の総意というものはないと言えるかもしれません。

この悲劇的な歴史をたどったお国柄から、愛国心は強いですが、だからと言って隣国を尊重しないという人ばかりではありません。もちろん、ドイツ語やロシア語で話されると不快だと思う人は大勢いますが。

大学でポーランド文化を研究したものです。

えぇーっと。
ポーランドはフランス革命の頃、ドイツ・オーストリア・ロシアによって分割されましたね。
そして第一次世界大戦後、独立国として承認されます。

ところが、第二次世界大戦でドイツに併呑されてしまいます。
基本的にいい感情を持っているはずがありませんよね。

ですが……
この大戦の後で、ポーランドはソヴィエト連邦に強制的に入れられることになります。
実はこの時ポーランドの国土が本来より西に寄ったりしているのですが、それはここ...続きを読む

Qアメリカの南北戦争って結局は黒人奴隷の取り合いだったの?

様々な歴史書で紹介されていますが、アメリカの南北戦争は、黒人奴隷制に対する南北間の主張の対立が原因だったと聞きます。

つまりプランテーション農業に要する奴隷の固定化を主張する南部と、工業化が進み労働力の流動化が求められる北部という対立ですね。

子供の頃に読んだ偉人伝で、リンカーン大統領は黒人奴隷を解放しようとして南部に戦いを挑み、その結果勝利し、黒人開放へと歴史は進んだと教えられました。

でもハッキリ言って、当時小さいながらもアメリカ白人が黒人奴隷を解放するために、なぜ戦ったのか不思議に感じていました。  普通考えるとあり得ないですよね。  あまりにもキレイゴトすぎるというか ・・・ もし自分が北部の白人兵士だったら、黒人奴隷を開放するために戦場に行って南部の白人と戦えますか?

結局は62万人もの犠牲を出して戦争は終結したのですが、朝鮮半島のように同胞どうしが国内で戦う悲惨な歴史をアメリカはもっているわけですよね。

そこでお聞きしたいのですが、有体にいってアメリカの南北戦争とは結局は 「黒人奴隷による安価な労働力」 を南北で取り合ったというのが正しい考え方でしょうか?

もしそうなら、リンカーン大統領はなぜ偉人というか歴史に残る大統領として今でも語り継がれるのでしょうか?

仮に 「たしかに労働力の取り合いだったとしても、結果的に奴隷制の廃止、またその後、黒人奴隷の人権も認められるキッカケになったじゃないか」 という意見があったとしても、実際にアメリカで黒人が白人同様の人権を認められるのに南北戦争後、約100年以上もの時間を要しているわけすよね?

つまり奴隷解放、人権回復というのは南北戦争がなくても20世紀に入ってからの時代の趨勢で実現されていたというか ・・・

それとなぜ英語では南北戦争ではなく、Civil War (市民戦争?) と表現されるのでしょうか?

様々な歴史書で紹介されていますが、アメリカの南北戦争は、黒人奴隷制に対する南北間の主張の対立が原因だったと聞きます。

つまりプランテーション農業に要する奴隷の固定化を主張する南部と、工業化が進み労働力の流動化が求められる北部という対立ですね。

子供の頃に読んだ偉人伝で、リンカーン大統領は黒人奴隷を解放しようとして南部に戦いを挑み、その結果勝利し、黒人開放へと歴史は進んだと教えられました。

でもハッキリ言って、当時小さいながらもアメリカ白人が黒人奴隷を解放するために、...続きを読む

Aベストアンサー

南北戦争の原因は諸説いろいろありますが、非常に単純化すれば、北部の新興工業地域と南部の大規模農業地域の対立ということです。

アメリカの農業は既に工業化が発達しているイギリスへ原料となる綿等の原料農産物供給をすることにより発達しました。
南北戦争以前から南部ではイギリスへの輸出のための綿花栽培のプランテーションが大規模に行われていました。南部の大規模農業は奴隷制に支えられ、非常に生産性が高く、安価な農産物を大量に生産できました。競争力ある南部の農業は自由に輸出したいですから自由貿易を望みます。
ところが新興工業地域の北部にとっては、まだ生産性が低い自国製品では進んだ英国製工業製品に太刀打ちでがきません。
イギリスからの輸入品との競争に弱い北部工業地域は、保護貿易を主張します。
南北戦争とはこのような国内産業のあり方、対外政策のあり方をめぐっての戦争だったわけです。
だから南北戦争では北部は南部に打撃を与えるための戦術として奴隷解放を主張したと思われます。(現に「勝つためなら奴隷のことなんてどうでもいい」というような発言も残っています。)

そして北軍の勝利となり、国内産業保護的な政策をとることができるようになり、これを背景としてアメリカ国内における工業が飛躍的に発展するわけです。
これがいわばアメリカ版産業革命です。

Civi lWarと呼ばれるのは多分対外戦争ではないからでしょう。

リンカーンが語り継がれるのは別に奴隷解放を主張したからではなく「人民の、人民による、人民のための政府」という演説が有名になったためでしょう。
日本でのリンカーン人気は、有色人種差別に苦しんだ明治の頃の日本人が、「奴隷解放宣言」を真に受けて広く紹介したためと思われます。

南北戦争の原因は諸説いろいろありますが、非常に単純化すれば、北部の新興工業地域と南部の大規模農業地域の対立ということです。

アメリカの農業は既に工業化が発達しているイギリスへ原料となる綿等の原料農産物供給をすることにより発達しました。
南北戦争以前から南部ではイギリスへの輸出のための綿花栽培のプランテーションが大規模に行われていました。南部の大規模農業は奴隷制に支えられ、非常に生産性が高く、安価な農産物を大量に生産できました。競争力ある南部の農業は自由に輸出したいですか...続きを読む

Q空母のカタパルトは、米国でしか造れない?

ここしかないのでお訊きします。だいぶ前なので、現在は状況が違うかもしれないですが何度か空母のカタパルトについて、イギリスやフランス・ロシア等が開発しようとしたけど無理で米国だけだと本で見たような。これ自体は軍事や戦略等から見ると大した話ではないでしょうが、事実ですか?単に、米国以外は大型のジェット戦闘機を空母から飛ばそうとしなかったり目的・戦略が違っただけとか。それに何年か前に、フランスの今までの原・水爆実験で得た情報と米国の情報を交換するとニュースで見たり、エシュロンという世界規模の盗聴網で米・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・イギリスの白人クラブがあるとEUの議会で取り上げられたのを見るとカタパルトの技術くらい教えそうですが。
それに現在は、先進国間で留学等の知の交流があるし物質工学や工作機械や設計・加工技術等の差がそんなにあるのか疑問ですが。

Aベストアンサー

シャルル・ドゴールのカタパルトはアメリカ製のようですね。

というか、アメリカ以外の最近の空母でカタパルトで離艦するのってってシャルル・ドゴールだけじゃないでしょうか。
なお、フランスの旧艦ですが、クレマンソー級の蒸気カタパルトはイギリス製のようですから、アメリカでしか作れないと言うことではないようです。

ただ、現在、イギリスやロシアの空母はカタパルトではなく、スキージャンプを使った離艦です、おそらく、今後のアメリカ以外の空母はSTOL能力の高い機材で運用というのが世界的な流れでしょう。アメリカにしても、強襲揚陸艦などにはSTOL+スキージャンプというのが登場するかもしれません。

アメリカ以外で蒸気カタパルトを作らないのは、空母の思想が変わってアメリカ以外での需要がないからだと思いますよ。外国で作ったとしても売れなきゃどうしようもないですから。

Q台湾は中国なの?

 率直に聞きますが、台湾は中国なんですか。 国際的に台湾は中国であると認めているんでしょうか。 ていうかそもそも台湾て国なんですか?国じゃないんですか? 台湾が中国なら、なんで台湾生まれの人は中国出身ではなくて台湾出身というのですか?
 
 非常にばかな質問かも知れませんが、誰に聞いてもあいまいな答えしか返ってこないのでよくわかりません。 はっきりとした答えをききたいです。 台湾の人は台湾を中国の一部だとは思ってないとか、ききますが実際はどうなんですか。 ていうか逆? 中国が認めてないの? 誰か分かりやすく説明してほしいです。 
 
 ちなみにこの疑問が生まれたのは、F4という台湾のアイドルグループが流行っていることを「華流」というのをきいたからです。 華は中華人民共和国の華ですよね? 

Aベストアンサー

他の方も言っておられますが、日本政府の立場を一言で言えば「台湾は中国の一部」となっています。これは日本だけではなく、中国と正式な国交を持っている全ての国がそうだったかと思います。逆に、中国と国交を持っていない国が台湾を独立国として認めています(世界中で二十~三十くらい)

ですが、実質的に現在の台湾は独立国のようなものです。独自の政体・軍隊・法体系をもっており、中国とは対立しています。また、2020年のオリンピック開催国に立候補もする話があるようです。

> 台湾の人は台湾を中国の一部だとは思ってないとか、ききますが実際はどうなんですか。

これは微妙な問題です。台湾人もこの問題に関しては一枚岩ではないからです。

現在の台湾の政権は「対中国・親日・親米」ですが、野党の中には「親中国・反日・反米」をスローガンとしている者もおり、またその意見も台湾の人たちの一定の支持を得ています。

極端な人たちの中には、すぐにでも中国と統一すべき、という意見もあります。
しかし、逆に「いや、中国は他国だ。戦争をしてでも我々は独立国家となるべきだ」という意見もあります。
まあ、こういう多様な意見が出る事自体、台湾は一党独裁・言論弾圧の中国とは一線を画した民主主義国家と言えます。

中国にとって、台湾は魅力的な土地ですから是が非でも欲しがります。ここが手に入れば、台湾島を軍事基地化して日本・米国・東南アジア諸国にかなりの圧力を加えられますから。

だから、日本は台湾が中国の一部とは認めていますが、米国との会談などで中国への台湾への圧力を問題視したりしています。米国もこれに同調しています。

本気で軍事力を行使された場合、日米両国は台湾側に付く可能性も否定できないなど、この地域は本当に紛争地帯の様相を呈しています。

他の方も言っておられますが、日本政府の立場を一言で言えば「台湾は中国の一部」となっています。これは日本だけではなく、中国と正式な国交を持っている全ての国がそうだったかと思います。逆に、中国と国交を持っていない国が台湾を独立国として認めています(世界中で二十~三十くらい)

ですが、実質的に現在の台湾は独立国のようなものです。独自の政体・軍隊・法体系をもっており、中国とは対立しています。また、2020年のオリンピック開催国に立候補もする話があるようです。

> 台湾の人は台湾を中...続きを読む

Qドイツがソ連に参戦しなければ戦争に勝っていましたか?

第二次世界大戦でドイツ軍が敗北したのは、ソ連に参戦をしかけ戦域を広げたためだと思います。
もしそれがなければ戦争に勝利する確率はどれくらいありましたか?
あるいはアメリカが参戦した時点で勝てる見込みがなくなっていましたか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構えが必要でした。

スペインから、ジブラルタルを攻撃し、占領。
その後モロッコに軍を派遣し、モロッコの防備を固めます。
一方、リビアのアフリカ軍団を増強し、スエズ運河占領。
さらに、インド洋にUボートを派遣して、通商破壊を行えば、イギリスの占領はできなくても、ほとんどイギリスの無力化ができます。

多分、ジブラルタルかスエズが占領された時点で、チャーチルは、辞任に追い込まれるでしょう。
この時点で、アメリカが参戦していなければ、イギリスとの講和が可能です。

ただ、実際の赤軍は、この時ほとんどスターリンにより無能化されていましたが、この作戦中、ソ連軍がドイツに攻め込む可能性が予想された場合、ドイツがこの作戦を行う事には、危険がともなったでしょう。

ドイツが勝つか負けるかは、スペインを同盟に引き込めるかどうかにかかっていたと思います。
スペインで、足を取られたら、ソ連に漬け込まれる可能性が有りました。

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構え...続きを読む


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