外国人です。

「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」
行動の順番はどちらですか?
1. 手を洗う → 食べる
2. 食べる → 手を洗う

よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

「○○したとき、~△△した」 


→ ○○と△△の順序関係は、文の意味内容(と一般常識)によって適切に補完し、判断されます。

A 「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」  
→ ふつう、ご飯を食べる「前」に手を洗う。

B 「(今朝)トイレに行ったとき、手を洗いましたか?」
→ ふつう、トイレに行った「後」に手を洗う。

C 「(昨夜)風呂に入ったとき、髪を洗いましたか?」
→ ふつう、風呂に入っている「間」に髪を洗う。
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日本語は、時制に関してはあまり細かく言わない、というより言えないのです。

No.4の方のおっしゃるように、大抵の人は日常生活において前後関係は適切に判断されるのが普通です。御飯の前に手をあらう。トイレの後で手をあらう。これが常識です。しかし、大事なことは、特に注意して前後を言わなければならないことがあるのは、当然です。たとえば「科学実験」などで前後をはっきりしないと危険を伴います。
 英語だったら、「食事」と「手を洗う」とを同時に言えば、「in front of」のような言葉が多分出て来るでしょう。
 わたしなどは、御飯の前に手をあらわず、後で歯磨きしながら手を洗っています。これは非常識な人ですね。至極常識的な話で済みません。
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答えは、「たぶん1」ですが、そもそも、あまり正しい日本語の表現ではありません。



「食事の前に手を洗う」と言う生活習慣から、多くの日本人は、「たぶん1だろう」と考えるとは思います。

しかし、生活習慣などを無視して、言語だけで考えた場合、「〇〇したとき(時)」「〇〇するとき」と言うのは、普通は「同時」の時制を表現します。

例:今朝あなたがご飯を食べたとき、家族は何をしていましたか?

したがい、「ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」 ですと、「食事の途中で、手を洗いに行ったか?」と質問している可能性が、最も高い表現になってしまいます。

正確に表現すれば、「ご飯を食べる前に」「ご飯を食べた後に」となります。

あるいは、「(今朝)ご飯を食べるとき、手を洗いましたか?」 とすれば、「ご飯を食べ始めると同時に」と言う表現になります。
実際には同時に出来ませんから、「ご飯を食べる前」と考えられます。

例:ご飯を食べるときは、手を洗いましょう。

これを「ご飯を食べたときは、手を洗いましょう」とすれば、食べ終わった後に手を洗うことになってしまいます。

「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」は、日本人である私でも、「たぶん1」としか答えられません。
特に外国の方が、理解ができないのは、当然かと思います。
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ご飯を食べる前に手を洗うのが基本です


トイレの後も同じです
外出先から戻ってきた時も同じです
清潔に心掛けてもらえればよろしいのではないかと思います
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1です



私は日本人ですが、こうして見ると日本語もおもしろいなと感じました。
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Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q~する時、  ~する際、

~する時、~する。

という文と、

~する際、~する。

という文の違いがいまいち分かりません。
微妙なニュアンスの違いなどがある気はするのですが・・・。
詳しい方、回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。

「~する場合」というのもありますね。
~するとき
~する際
~する場合

辞書を引いても、この三者には明確な意味の差が認められません。
ただし、「~する際」は、丁寧な表現の中でしか用いられていないように思います!!!

英語では、if と when が、似た使われ方をします。
(in the case of というのもありますが。)

ちなみに、上記のほか、「~する折」も、似た使われ方をします。

Q「絶対」と、「必ず」

たしか以前に、私は、「絶対」は、否定語だから、「絶対に行くよ」とか、「絶対できる」というのは間違いで、「必ず行くよ」「必ずできる」と、言うのだと、教わった気がするのですが、現在、ほとんどの人が、前者に、使用しています。
これは、正しいのでしょうか?
気になるのは、私だけかな?

Aベストアンサー

#3です。
私もちょっと調べてみました。
「絶対(ぜったい・ぜっつい)」はそもそも英語「absolute」の訳語で明治時代に出来た新語ですから、とりあえず明治時代まで遡ってみました。

「明治のことば辞典(東京堂出版)」は明治時代の複数の辞書の内容を単語ごとに横断的に掲載してある辞典で、「絶対」については明治14~大正2年までの20の辞書の内容が書いてありますが、それを見ると概ね「対となるものが無い、他に比べるものが無いもの」という名詞的な意味が書かれており、「絶対温度」「神は絶対である」などの単語や用例が挙げられています。ここから「絶対に」という副詞的な用法は後からできたものであることが想像できます。

ただし、#4さんの挙げられている「日本国語大辞典」に、内田魯庵「社会百面相」(明治35)の「我輩は絶対に相場を否認しないが」という用例が載っていましたので、少なくとも明治後半には副詞的に使われていたことがわかります。

ただ、その後昭和10年代の辞書(「大日本国語辞典」「明解国語辞典」など)までは、明治時代までとさほど変わらず、副詞的意味も載っていませんでした。夏目漱石の「明暗」も大正5年で、既に文学の世界では十分長い間副詞として使われているはずなのですが、なぜか載っていません。「絶対に」の意味合いが現在と違うのか、など考えましたが、よく分かりませんでした。

副詞的用法が出てきたのは昭和30年代(20年代は見当たらなかったので)からです。三省堂小学国語辞典(昭和34年):決して「あやまりは-にない」/必ず「-(に)勝つ」
岩波国語辞典(昭和38年):決して「-そうじゃない」/断じて「-行く」
ここで、後に否定語が続く「決して」という意味と、肯定語が(または否定語も)続く「必ず」「断じて」の意味が両方挙げられています。ですからこの時点で「絶対」には必ず否定語が続くということはない、ということになります。

こうして見ると、「絶対→否定語」というのは自分の思い違いであった可能性が高いような気がしてきました。あとは空白の昭和20年代に内田百閒が「絶対にする」を語法の誤りとする根拠があるのかもしれませんが、調べきれませんでした。

とりあえず、調べた結果のご報告まで。

#3です。
私もちょっと調べてみました。
「絶対(ぜったい・ぜっつい)」はそもそも英語「absolute」の訳語で明治時代に出来た新語ですから、とりあえず明治時代まで遡ってみました。

「明治のことば辞典(東京堂出版)」は明治時代の複数の辞書の内容を単語ごとに横断的に掲載してある辞典で、「絶対」については明治14~大正2年までの20の辞書の内容が書いてありますが、それを見ると概ね「対となるものが無い、他に比べるものが無いもの」という名詞的な意味が書かれており、「絶対温度」「神は絶対であ...続きを読む

Q「まだ+しない」と「まだ+していない」

 日本語を勉強している外国人です。初心者向けの日本語の教科書を読んでいます。教科書にこんな例文があります。

ーもう荷物を送りましたか。
ーいいえ、まだです。

 「まだです」を完備した文で言い換えるなら、「まだ送っていません」なのか、「まだ送りません」なのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 辞書に「新聞はまだ来ない」という文例がありますが、「新聞はまだ来ていない」でもありえるのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 GOOGLEで検索してみたら、「まだ分かりません。」と「まだ分かっていません。」は両方あるようですが、使い分けがよく分かりません。

 「まだ+しない」と「まだ+していない」の使い分けを付けられないので、困っています。教えていただけないでしょうか。

 「日本語を何年間も勉強していますが、まだ文章がうまく書けません。質問文の中で不自然な表現があれば、それも併せて指摘していただければ助かります。質問が多すぎて、申し訳ありません。よろしくお願いします。

 日本語を勉強している外国人です。初心者向けの日本語の教科書を読んでいます。教科書にこんな例文があります。

ーもう荷物を送りましたか。
ーいいえ、まだです。

 「まだです」を完備した文で言い換えるなら、「まだ送っていません」なのか、「まだ送りません」なのでしょうか。もし両方ともありえるならば、ニュアンスの違いを説明していただけませんか。

 辞書に「新聞はまだ来ない」という文例がありますが、「新聞はまだ来ていない」でもありえるのでしょうか。もし両方ともありえるならば、...続きを読む

Aベストアンサー

まず最初のご質問「いいえ、まだです」ですが
「まだ送っていません」がこの場合多く使われます。
「まだ送っていません」は送るべき仕事として私は認識しています、が別の用事があった為に、まだ為すべき事をしていません、というニュアンスです。
「まだ送りません」の方は、送るべき条件が他者に起因する要因によってそろっていない為、要因がそろうのを待っています、といったニュアンスになります。
(こちらは普通使わないでしょう=わざと消印をx日にしたいので待っているような特別なケースです)

新聞はまだ「来ない」「来ていない」は両方とも可です。双方とも待っている物がまだ到達していない、ニュアンスがありますが、この使い分けは明確ではありません。が、私には「来ない」は発言者がその場から動かずに言っており、「来ていない」は新聞受けを見た上での発言のニュアンスで使っています。
例:複数の知人との待ち合わせ場所にて
アナタが最初に来て次にA氏が来た。A氏がアナタに「Bさんはまだ来ていないの?」と質問した時に、
「Bさんはまだ来ない」に比べ「Bさんはまだ来ていない」の方がBさんを待っている度合いが強いと思われます。(少なくとも後者は周囲を見渡した上での発言です)

「まだ分かりません」と「まだ分かっていません」は後者の方が継続調査中で希望が若干ある答え方です。前者はお手上げ状態で、何か新しい進展が無いとこれ以上の情報は提供できません、と言っているのと同様です。
例:災害やテロの被害についての報道
最終的な被害者の数はまだ分かっていません=関係機関が一生懸命調査中です、よって時間と共に明確になるでしょう。
最終的な被害者の数はまだ分かりません=報道している側も第一報を受けただけでこれ以上の情報は皆無です。続報が入り次第、お知らせします。

「まだ+しない」=準備が整っていないので行わない又はもっと良い条件にて行うつもりである
「まだ+していない」=やるべき事であるのに怠って着手していない

宿題を提出日までしないのは「まだしていない」
株券などを売らないでいるのは「まだしない」

といったニュアンスです。
参考になれば幸いです。

まず最初のご質問「いいえ、まだです」ですが
「まだ送っていません」がこの場合多く使われます。
「まだ送っていません」は送るべき仕事として私は認識しています、が別の用事があった為に、まだ為すべき事をしていません、というニュアンスです。
「まだ送りません」の方は、送るべき条件が他者に起因する要因によってそろっていない為、要因がそろうのを待っています、といったニュアンスになります。
(こちらは普通使わないでしょう=わざと消印をx日にしたいので待っているような特別なケースです)

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Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q「とき」を漢字にするときとしないときの違い

~したとき
など、「とき」を感じにするべきかしないべきか迷うことがあります。

「とき」の部分を、「~の場合」などの言葉で置き換えられるときは、平仮名の「とき」
「とき」の部分を、「~のタイミング」などの言葉で置き換えられるときは、漢字の「時」と
学校の先生から教えてもらったんですが、
それだけでは区別がつかないときはよくあります。

どちらに置き換えても大丈夫なときがあるんです。

みなさん、どのように使い分けてますか?

Aベストアンサー

>「とき」の部分を、「~の場合」などの言葉で置き換えられるときは、平仮名の「とき」
>「とき」の部分を、「~のタイミング」などの言葉で置き換えられるときは、漢字の「時」と

同じくです。明確な「時」の意識がないものはすべて平仮名。迷ったときや、平仮名で違和感があるときだけ漢字で書きます。

この手の書き分けは、マスコミの用字用語辞典が参考になるかと思います。具体的な内容は末尾参照。
国の通知文書『公用文における漢字使用等について』の考え方に概ね則っているはずです。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=show&id=1000005543&clc=1000000068&cmc=1000005514&cli=1000005532&cmi=1000005540

-------------------------------------------
■共同通信社 『記者ハンドブック』

時 〔名詞など、主として時間・時刻・時期そのものを示すとき〕
  売り時、書き入れ時、実行の時が来た、梅雨時、時が移る、時が解決する、時々、時として、時と場合、時ならぬ、時には〔たまには〕、時の氏神、時の権力、時の流れ、時の人、時の問題、時は金なり、時を待つ、何時=なんどき=、花見時、退け時

とき 〔主として「…の場合」、大切なとき〕
 行くとき、行けないときは連絡する、いざというとき、(もしも)帰ってきたときは、危急存亡のとき、事有るとき、社員を採用するときは、衆院解散のときは、都合の悪いとき、

〔注〕 書き分けに迷う場合は平仮名書き。

-------------------------------------------
■時事通信社 『用字用語ブック』

時 〈名詞など、主として時間・時刻・時期そのものを示す場合〉
  売り・買い時、書き入れ時、決断の時、梅雨時、時折、時が移る、時が解決する、時がたつ、時たま、時々、時として、時と所、時ならぬ、時に、時に従う、時には、時の氏神、時の運、時の権力、時の流れ、時の人、時の問題、時は金なり、時を得る、時を刻む、時を待つ、何時=なんどき=、花見時、退け時

とき 〈形式名詞、「…の場合」の意味で〉
  行くときは、火事のときは119番、困ったときの神頼み、事故が起こったときの処置、…しようとするとき(に)は

【注】 迷った場合は平仮名書き。

-------------------------------------------

>「とき」の部分を、「~の場合」などの言葉で置き換えられるときは、平仮名の「とき」
>「とき」の部分を、「~のタイミング」などの言葉で置き換えられるときは、漢字の「時」と

同じくです。明確な「時」の意識がないものはすべて平仮名。迷ったときや、平仮名で違和感があるときだけ漢字で書きます。

この手の書き分けは、マスコミの用字用語辞典が参考になるかと思います。具体的な内容は末尾参照。
国の通知文書『公用文における漢字使用等について』の考え方に概ね則っているはずです。
http://...続きを読む

Q「~し」と「~して」の違い。

「~し、」と「~して、」の違いを教えて下さい。

外国の友達から次のような内容のメールをもらいました。

「去年から家庭教師を雇って、毎週日本語を勉強して、今年からあなたとメールのやり取りをしています。」
そこで、「去年から家庭教師を雇って毎週日本語を勉強し、今年からあなたとメールのやり取りを始めました。」と訂正してあげました。
(この文章も何だか変なのですが・・・)

するとその友達から『「勉強して、・・・。」と「勉強し、・・・。」の違いを教えて欲しい」』と言われました。

私なりに考えてみた結果、
「~て、~て」では、同じような表現の繰り返しになってしまい、幼稚な
感じになってしまうので避けたほうが良い。
むしろ、「~て、~て」と繰り返すよりも「雇って、」の句点を取ったほうがスッキリする。

「勉強して、」と「勉強し、」を文法的に説明すると、
「勉強して、」; 動詞「勉強する」の連用形+「て」。
「勉強し、」 ; 動詞「勉強する」の連用中止形。
で、良いのでしょうか?

意味にはほとんど違いは無く、中止形の方が書きことば的だと思うのですが、どうなのでしょうか?

一生懸命日本語を勉強している人に(私よりも目上の方です)対して、
「幼稚な文です。」と言ったら気分を害されてしまうでしょうか?

長文になってしまい申し訳ありません。

ぜひ、ご意見をお聞かせください。宜しくお願いします。

「~し、」と「~して、」の違いを教えて下さい。

外国の友達から次のような内容のメールをもらいました。

「去年から家庭教師を雇って、毎週日本語を勉強して、今年からあなたとメールのやり取りをしています。」
そこで、「去年から家庭教師を雇って毎週日本語を勉強し、今年からあなたとメールのやり取りを始めました。」と訂正してあげました。
(この文章も何だか変なのですが・・・)

するとその友達から『「勉強して、・・・。」と「勉強し、・・・。」の違いを教えて欲しい」』と言われました...続きを読む

Aベストアンサー

たしかに、ひとつの文に「て」が複数あると、見苦しく感じる場合はあります。

ただし、その前に、
「雇って」は「勉強して」を修飾しています。
このような修飾する/されるの関係がある場合は、修飾する側の動詞に「て」を付けないといけません。
よって、
「雇って勉強し」か「雇って勉強して」のどちらかに絞られます。
ここで、「て」が2箇所あると不自然だという考え方を適用して、
「雇って勉強し」
のほうが望ましい、ということになります。
ただし、口で言う場合は、「雇って勉強して」のほうが普通ですね。


本題とは離れるかもしれませんが、
複数の動詞を羅列する場合は、

(話し言葉)
「新宿までバスで行って、山手線で渋谷まで行って、田園都市線でニコタマまで行って、駅から5分歩いて」

(書き言葉)
「新宿までバスで行き、山手線で渋谷まで行き、田園都市線でニコタマまで行き、駅から5分歩き」

ですね。


>>>
「勉強して、」と「勉強し、」を文法的に説明すると、
「勉強して、」; 動詞「勉強する」の連用形+「て」。
「勉強し、」 ; 動詞「勉強する」の連用中止形。
で、良いのでしょうか?

よいです。

たしかに、ひとつの文に「て」が複数あると、見苦しく感じる場合はあります。

ただし、その前に、
「雇って」は「勉強して」を修飾しています。
このような修飾する/されるの関係がある場合は、修飾する側の動詞に「て」を付けないといけません。
よって、
「雇って勉強し」か「雇って勉強して」のどちらかに絞られます。
ここで、「て」が2箇所あると不自然だという考え方を適用して、
「雇って勉強し」
のほうが望ましい、ということになります。
ただし、口で言う場合は、「雇って勉強して」のほ...続きを読む

Q『~のは』と『~のが』という日本語の違いについて

留学生に日本語を教えています。

『~のは』と『~のが』という違いがわからないと言われました。
例文として『結婚式にこの服を着ていくのは、おかしいですか?』
『マリアさんはプレゼントを選ぶのが、上手です。』がありました。
どうやって教えていいのか、悩んでいます。

お返事いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

疑問文ではなく、平叙文で説明します。

「結婚式にこの服を着ていくのは、おかしい」
この表現は、他の服を着ていくのはおかしいかもしれないしおかしくないかもしれない、ということを含意しています。つまり取り敢えず、この服についてだけ述べています。論理的には「結婚式にこの服を着て行くのはおかしくない」ということだけが否定されています。

「結婚式にこの服を着ていくのが、おかしい」
この表現は、他の服を着ていかないのはおかしくない、ということを含意します。つまり「結婚式にこの服を着ていくのはおかしくない」と「結婚式に他の服をきていくのはおかしい」が否定されています。

「マリアさんは プレゼントを選ぶのが 上手です」
これは、いわゆる象鼻長文です。

「マリアさんは プレゼント選びが 上手です。」
この表現はプレゼント選びでないことが上手でないことを含意します。プレゼント選び以外のことが話題になっていなければ問題ありませんが、何か他のこと、例えば御祝いの挨拶のことも話題になっているときには差し障りのある表現です。

「マリアさんは プレゼント選びは 上手です。」
この表現はプレゼント選びでないこと、例えば御祝いの挨拶は上手かもしれないし上手でないかもしれない(そのことは私にはわからない)、ということを含意します。したがって御祝いの挨拶は誰が?ということも話題になっていれば問題はありませんが、プレゼント選び以外のことが話題になっていないときには、「マリアさんはプレゼント選び以外は下手だ」というふうに受け取られてしまう恐れがあります。

疑問文ではなく、平叙文で説明します。

「結婚式にこの服を着ていくのは、おかしい」
この表現は、他の服を着ていくのはおかしいかもしれないしおかしくないかもしれない、ということを含意しています。つまり取り敢えず、この服についてだけ述べています。論理的には「結婚式にこの服を着て行くのはおかしくない」ということだけが否定されています。

「結婚式にこの服を着ていくのが、おかしい」
この表現は、他の服を着ていかないのはおかしくない、ということを含意します。つまり「結婚式にこの服を...続きを読む

Q「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「楽しい」と「嬉しい」の違いは何でしょうか。どのように使い分けるのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「楽しい」は、何かを行うことに対しての感覚。
「嬉しい」は、自分が望んでいる状態になった時の感情。

「嬉しい」の反対語は「悲しい」。
「楽しい」の反対語は分かりません。「楽しくない」かな。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/3622/m0u/%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%81%84/


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