外国人です。

「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」
行動の順番はどちらですか?
1. 手を洗う → 食べる
2. 食べる → 手を洗う

よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

「○○したとき、~△△した」 


→ ○○と△△の順序関係は、文の意味内容(と一般常識)によって適切に補完し、判断されます。

A 「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」  
→ ふつう、ご飯を食べる「前」に手を洗う。

B 「(今朝)トイレに行ったとき、手を洗いましたか?」
→ ふつう、トイレに行った「後」に手を洗う。

C 「(昨夜)風呂に入ったとき、髪を洗いましたか?」
→ ふつう、風呂に入っている「間」に髪を洗う。
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日本語は、時制に関してはあまり細かく言わない、というより言えないのです。

No.4の方のおっしゃるように、大抵の人は日常生活において前後関係は適切に判断されるのが普通です。御飯の前に手をあらう。トイレの後で手をあらう。これが常識です。しかし、大事なことは、特に注意して前後を言わなければならないことがあるのは、当然です。たとえば「科学実験」などで前後をはっきりしないと危険を伴います。
 英語だったら、「食事」と「手を洗う」とを同時に言えば、「in front of」のような言葉が多分出て来るでしょう。
 わたしなどは、御飯の前に手をあらわず、後で歯磨きしながら手を洗っています。これは非常識な人ですね。至極常識的な話で済みません。
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答えは、「たぶん1」ですが、そもそも、あまり正しい日本語の表現ではありません。



「食事の前に手を洗う」と言う生活習慣から、多くの日本人は、「たぶん1だろう」と考えるとは思います。

しかし、生活習慣などを無視して、言語だけで考えた場合、「〇〇したとき(時)」「〇〇するとき」と言うのは、普通は「同時」の時制を表現します。

例:今朝あなたがご飯を食べたとき、家族は何をしていましたか?

したがい、「ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」 ですと、「食事の途中で、手を洗いに行ったか?」と質問している可能性が、最も高い表現になってしまいます。

正確に表現すれば、「ご飯を食べる前に」「ご飯を食べた後に」となります。

あるいは、「(今朝)ご飯を食べるとき、手を洗いましたか?」 とすれば、「ご飯を食べ始めると同時に」と言う表現になります。
実際には同時に出来ませんから、「ご飯を食べる前」と考えられます。

例:ご飯を食べるときは、手を洗いましょう。

これを「ご飯を食べたときは、手を洗いましょう」とすれば、食べ終わった後に手を洗うことになってしまいます。

「(今朝)ご飯を食べたとき、手を洗いましたか?」は、日本人である私でも、「たぶん1」としか答えられません。
特に外国の方が、理解ができないのは、当然かと思います。
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ご飯を食べる前に手を洗うのが基本です


トイレの後も同じです
外出先から戻ってきた時も同じです
清潔に心掛けてもらえればよろしいのではないかと思います
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1です



私は日本人ですが、こうして見ると日本語もおもしろいなと感じました。
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Q[国語] 「大きい」→「大きな」、「小さい」→「小さな」 (連体詞、それとも......?)

形容詞である、「大きい」、「小さい」は、名詞の修飾語になるとき、「大きな」、「小さな」に変化しますよね。

(1) これは、形容詞の活用形の例外ケースなのでしょうか?(一般的には、「....な」に変化するのは形容動詞のはず)
それとも、「大きな」、「小さな」は形容詞ではなく、連体詞なのでしょうか?

(2) このような例外(変則)ケース(= 形容詞の「....い」が「....な」に変化する)は他にありますか?
「大きい」、「小さい」以外に思い付かないのですが。


下記の2つのページを読んだのですが、文法の解釈が一意ではないようで、どれが「正解」(正論)なのか、判断がむずかしいところです。

[ 修飾語 連体詞・副詞 ]
http://www.geocities.co.jp/NeverLand-Mirai/3032/kb-syushokugo.html#rentaishi-toha

[ - goo辞書 - ]
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%CF%A2%C2%CE%BB%EC&kind=jn&mode=0&jn.x=48&jn.y=11




[ Google 検索: 形容詞 形容動詞 連体詞 修飾語 活用 ]
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%BD%A2%E5%AE%B9%E8%A9%9E+%E5%BD%A2%E5%AE%B9%E5%8B%95%E8%A9%9E+%E9%80%A3%E4%BD%93%E8%A9%9E+%E4%BF%AE%E9%A3%BE%E8%AA%9E+%E6%B4%BB%E7%94%A8&ie=UTF-8&oe=UTF-8&hl=ja&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja

コメントお待ちしております。

形容詞である、「大きい」、「小さい」は、名詞の修飾語になるとき、「大きな」、「小さな」に変化しますよね。

(1) これは、形容詞の活用形の例外ケースなのでしょうか?(一般的には、「....な」に変化するのは形容動詞のはず)
それとも、「大きな」、「小さな」は形容詞ではなく、連体詞なのでしょうか?

(2) このような例外(変則)ケース(= 形容詞の「....い」が「....な」に変化する)は他にありますか?
「大きい」、「小さい」以外に思い付かないのですが。


下記の2つのページを読んだので...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

 諸説存在するようですが、一般的には、以下のように解釈されていると思います。
 学校文法では、「大きい」は形容詞、「大きな」は「この」「その」などと同じ範疇である『連体詞』に分類されています。「大きな」が『連体詞』とされる理由は、「大きだ」のように活用せず、常に連体修飾のみに用いられているためです。「大きな」を『形容詞』と考えるのは問題があります。「大きな」などの場合はたまたま対応する「大きい」がありますが、これ以外の『連体詞』、例えば「ひょんな」には対応する『形容詞』がありません。
 「大きい」と「大きな」が両方存在するのには歴史的な理由によるものです。もともとは「大きな」のもとである『形容動詞』「おほきなり」が使われていたのですが、後に「大きい」が生じたため、「おほきなり」のほうはもっぱら連体形「おほきなる」が使われ、「る」が脱落して「大きな」として定着したようです。つまり歴史的に見れば「大きな」は形容動詞だったということになります。
 しかし現代語では活用しないので、「大きな」は分類の上では形容詞ではなく連体詞ということになります。

こんにちは。

 諸説存在するようですが、一般的には、以下のように解釈されていると思います。
 学校文法では、「大きい」は形容詞、「大きな」は「この」「その」などと同じ範疇である『連体詞』に分類されています。「大きな」が『連体詞』とされる理由は、「大きだ」のように活用せず、常に連体修飾のみに用いられているためです。「大きな」を『形容詞』と考えるのは問題があります。「大きな」などの場合はたまたま対応する「大きい」がありますが、これ以外の『連体詞』、例えば「ひょんな」には対応...続きを読む

Q伊........人偏が無い,読み教えて下さい。.............ヽ(゜∀゜)ノ

伊........人偏が無い,読み,教えて下さい...............(´Д`)

文字入力しようとしたら漢字が入力出来ず困っています 。.............(*`д´)b

Aベストアンサー

手元の Vista の IME では「いん」で変換するとそのうち単漢字変換になって, さらにしばらく変換し続けると出ますねぇ.

Q日本語の自然な語順は、“時→場所→人”ですね。この順番は、認知症を患ってきた際に、認知できなくなる順

先日、日本語の自然な語順について教えていただきました。例文として「“昨日” “渋谷で” “彼女に” 会った」です。
自然な語順は、“時→場所→人”ですね。ところで、この順番は、以下の説明のように、認知症を患ってきた際に、認知できなくなる順番と同じです。
 * *
 浅野弘毅・阿保順子・編の“高齢者の妄想”のなかの阿保順子・著”虚実と現実が行き交う場所“を興味深く読みました。そこには、次の説明がありました。
<子どもでは、人・場所・時間という順序で認知が進んでいくのに対して、認知症の人々の見当識は、時間・場所・人という子どもの認知の歩み方の逆を辿ることに興味深い。そして、時間の認知が崩れ始める際、過去と現在が一つの場所で混在することが起こってくるようである。>
 * *
 三つの言葉を並べると、その順列はたった6通りしかないのだから、日本語と認知症とで順番が同じになっているのは、たまたま偶然に合い、何の意味もない、とも考えられます。[ただし、これを認めると,以降、思考(無駄でしょうが、楽しいものです)ができなくなるので、私はとりあえず避けます]
そこで、私は、以下のように考えました。日本人は、聞き手に分かりやすいように、認知の難しい言葉すなわち “時“ から述べるのである、です。(理屈らしきものを、無理やりでっち挙げたようで、まるで自信がありません。)
質問は、日本語と認知症との間で、なぜ、順番が同じになったのでしょうか?

先日、日本語の自然な語順について教えていただきました。例文として「“昨日” “渋谷で” “彼女に” 会った」です。
自然な語順は、“時→場所→人”ですね。ところで、この順番は、以下の説明のように、認知症を患ってきた際に、認知できなくなる順番と同じです。
 * *
 浅野弘毅・阿保順子・編の“高齢者の妄想”のなかの阿保順子・著”虚実と現実が行き交う場所“を興味深く読みました。そこには、次の説明がありました。
<子どもでは、人・場所・時間という順序で認知が進んでいくのに対して、認知症の人々の...続きを読む

Aベストアンサー

医学的な根拠はありませんが、それぞれ抽象度で説明が付く気がします。

言葉は具体的なものから覚えていきます。
抽象的な概念は最後です。
よって、子供が人・場所・時間という順序で認知が進んでいくのは自然です。

具体的なものよりも抽象的なものの方が高い認知力が求められるのは当然と思われますので、
習得時には低い認知力のものから覚えていき、
消失時には高い認知力が求められるものから消失していくというのもまた当然かと。

日本語は、大きな概念(抽象度高)から語っていくのが通例ですから、
時間・場所・人という順序になるのもまた自然です。

なぜ日本語は大きな概念から語るのかというのは私も断言できませんが、
大きな概念から説明していく方が自然ですよね。

英語文化圏のように、
番地から住所を記載したり、
ファーストネームから名乗ったり、
日付先行で年月を表現したり、
というのは非常に違和感を覚えます。
英語圏のそれは一体何なんでしょう。
それは私も疑問です。

Q日本人の皆様として多分簡単な質問(複数)... よろしく

1.「千切っては捨て」の「は」は、ただ少し強調な感じがしますよね?意味上では「千切って捨て」とほぼ同じですよね?

2. 「…は…です」という言い方がありますが、「…が…です」という言い方がありますか?「…に…があります」という言い方がありますが、「…に…はあります」という言い方がありますか?

3. 「Vていた」は、以前の動作Vが続けていたが、今は終わり、という感じですか?「Vている」は今までその動作が続いているということですよね?

4.「Vつづける」という言い方がありそうです。「Vつづく」という言い方はありますか?
 このごろ、桜が咲きつつけます。
「桜が…」ですから、自動詞を使うべきでしょう?なので、「桜が咲きつつきます」と言った方が?

5. 「でござる」の前に、動詞の基本形と過去形が来ることができますか?
 すぐ来るでござる。
 もう帰ったでござる。
そして、「でございます」は?
 すぐ来るでございます。
 もう帰ったでございます。

すみません。多分簡単な質問ですが、どうしても聞きたいんです。どうぞご指導ください。

1.「千切っては捨て」の「は」は、ただ少し強調な感じがしますよね?意味上では「千切って捨て」とほぼ同じですよね?

2. 「…は…です」という言い方がありますが、「…が…です」という言い方がありますか?「…に…があります」という言い方がありますが、「…に…はあります」という言い方がありますか?

3. 「Vていた」は、以前の動作Vが続けていたが、今は終わり、という感じですか?「Vている」は今までその動作が続いているということですよね?

4.「Vつづける」という言い方がありそうです。「Vつづく...続きを読む

Aベストアンサー

感覚的な回答ですが、

> 1.「千切っては捨て」の「は」は、ただ少し強調な感じがしますよね?意味上では「千切って捨て」とほぼ同じですよね?

「千切っては捨て」ではなく、「千切っては投げ」が、ごく限られた状況において使われますね。強調というより、少々大袈裟な様子を表す表現です。
「千切って投げ」はまず使わないと思いますが、意味的にはかなり軽くなりますね。(千切って、そして投げるの単調な繰り返しのイメージ)

> 2. 「…は…です」という言い方がありますが、「…が…です」という言い方がありますか?「…に…があります」という言い方がありますが、「…に…はあります」という言い方がありますか?

「…が…です」は、例えば誰かを紹介する時に使うことがあります。
「彼が今ご紹介した○○君です。」(彼を前面に押し出すイメージ)
「彼はとても優秀な学生です。」と続けることもあります。

「御当地の名産品に(・・・はないけど)・・・はあります。」という言い方はします。消極的な言い方です。
「御当地の名産品に・・・があります。」は自慢げな言い方です。

> 3. 「Vていた」は、以前の動作Vが続けていたが、今は終わり、という感じですか?「Vている」は今までその動作が続いているということですよね?

そのとおりです。

> 4.「Vつづける」という言い方がありそうです。「Vつづく」という言い方はありますか?
 このごろ、桜が咲きつつけます。
「桜が…」ですから、自動詞を使うべきでしょう?なので、「桜が咲きつつきます」と言った方が?

桜だとピンとこないので、「雪が」に替えると、「雪が降り続ける」、「雪が降り続く」のどちらも使います。
(「雪が」が可能なので、「桜が咲き続ける」、「桜が咲き続く」も不自然な感じを受けますが、可能なのでしょうね)

> 5. 「でござる」の前に、動詞の基本形と過去形が来ることができますか?
 すぐ来るでござる。
 もう帰ったでござる。
そして、「でございます」は?
 すぐ来るでございます。
 もう帰ったでございます。

現代の日本人は「でござる」は使いませんので、正確なところはわかりませんが、
最初の2つの文章は使えそうな気がします。
(ただし、一つ目は、「すぐまいるでござる。」のほうが良さそうに思います。)

後の2つの文章は、ちと不自然な感じがします。
「すぐまいります。」
(「もう帰ったでございます。」に代わる適切な表現は思い当たりません)

以上でよろしいでござるか?

感覚的な回答ですが、

> 1.「千切っては捨て」の「は」は、ただ少し強調な感じがしますよね?意味上では「千切って捨て」とほぼ同じですよね?

「千切っては捨て」ではなく、「千切っては投げ」が、ごく限られた状況において使われますね。強調というより、少々大袈裟な様子を表す表現です。
「千切って投げ」はまず使わないと思いますが、意味的にはかなり軽くなりますね。(千切って、そして投げるの単調な繰り返しのイメージ)

> 2. 「…は…です」という言い方がありますが、「…が…です」という言い...続きを読む

Q「晩ご飯」「夕ご飯」「夜ご飯」

今朝のニュースを聞いていましたら、「夜ご飯」という表現が出てきました。で、常々疑問に思っていたので、質問します。

私は小さい時から、「晩ご飯」という使い方をしていましたが、「夕ご飯」という言い方もありました。今は「夜ご飯」という言い方の方が多いような気もしますが、この言い方は何となく抵抗があります。昔は使っていなかったと思うのです。
これらの言葉には、使い分けとか、地域差とか、時代変移、或いは意味自体が違うのでしょうか。

因みに、
「夕ご飯」⇒「夕飯」とも「夕めし」とも言う
「晩ご飯」⇒「晩飯」とは言わないが「晩めし」はとは言う
「夜ご飯」⇒「夜飯」とも「夜めし」とも言わない
というのも、何故なんでしょうね。

Aベストアンサー

とりあえず「言海」(明治時代の国語辞典)で引いた結果をつらつらと・・・・。


「夕(ユフ)」日の暮れむとする時。ゆふべ。くれ。晩。
「晩(バン)」(一)ゆふぐれ(二)転じて、夜(ヨ)
「夜(ヨ)」日暮より暁まで。よる。

「夕食(ユフケ)」夕の食事。ユフメシ。
「夕飯(ユフメシ)」ユフケ。夕方の食事。
「晩餐(バンサン)」ユフメシ。バンメシ。(※「晩飯」の項目立てはなし)
「夜食(ヤショク)」(一)昔し、二日二食なりし時、夜に入りて別に設くる食事。(二)今は夕飯。バンメシ。晩餐。

「御飯(ゴハン)」飯(メシ)の敬語。


「夕」「晩」「夜」の使い分けについては、「夕」が日暮れ時、「夜」日暮れから明け方まで、「晩」が元は「夕」の意味、後に「晩」の意味にも転用、といったところでしょうか。

食事に関する単語については、上記の語、読みが記載されていました。おそらく「ゆうはん」「ゆうしょく」という読みは比較的新しいものではないかと思います。「ゆうごはん」「ばんごはん」は、この頃は「御飯」自体が敬語で、今ほど一般的な意味に使われていなかったと想像できますので、これも「御飯」が世間一般に定着した後の語ではないかと推測します。

思うに「夜ご飯」については、#1さんもおっしゃっているように、昔は日が暮れるとともに取っていた食事が、現在ではかなり遅く取ることが多くなったことによって出来た新しい表現だと思います。なお、「夜食」については、現在の辞書には「夕食後、夜遅くなってから食べる簡単な食事」というのが第一義となっています。これも深夜に活動することが多くなった頃から、新たに生み出された意味と思われます。このあたり、図書館で昔の国語辞典を遡って調べてみると面白そうですね。

とりあえず「言海」(明治時代の国語辞典)で引いた結果をつらつらと・・・・。


「夕(ユフ)」日の暮れむとする時。ゆふべ。くれ。晩。
「晩(バン)」(一)ゆふぐれ(二)転じて、夜(ヨ)
「夜(ヨ)」日暮より暁まで。よる。

「夕食(ユフケ)」夕の食事。ユフメシ。
「夕飯(ユフメシ)」ユフケ。夕方の食事。
「晩餐(バンサン)」ユフメシ。バンメシ。(※「晩飯」の項目立てはなし)
「夜食(ヤショク)」(一)昔し、二日二食なりし時、夜に入りて別に設くる食事。(二)今は夕飯。バンメシ...続きを読む


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