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1848年頃のパリの、1フランは現在ではいくらぐらいになりますか?当時のショパンのピアノコンサートの入場券20フランがどんなものか知りたいのです。

質問者からの補足コメント

  • あくまで平野啓一郎「葬送」の中からです。会場はプレイエル社の建物で、チケットは300枚限定となっていたし、2月革命直前と言うこともあり気になりました。

      補足日時:2017/02/07 13:23

A 回答 (3件)

このサイトによると、


http://herve.laine-bucaille.pagesperso-orange.fr …

En 1832, un ouvrier touche en moyenne 450 francs pour 300 jours de travail (pour une durée de travail de 15 heures par jour), sa femme 180 francs pour 200 jours de travail, 2 enfants, 65 francs chacun, soit un total de 760 francs.
「1832年、労働者は年間300日労働(一日15時間労働)で、平均450フラン、妻が200日働いて180フラン、二人の子供がそれぞれ65フラン稼いで、合計760フラン。」


Le salaire journalier est de 2 francs pour l'homme et de 1franc pour la femme.
「日当が男性2フラン、女性1フラン」


1キロのパン 0.25フラン(1846年)/0.35フラン(1861年)



まあ、20フランだと、
・パン80キロ
・普通の労働者で半月分の給料
・日雇いで一ヶ月分
・一家4人が10日は暮らせる金額

平民には縁のない話ですね。
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この回答へのお礼

具体的に生活がイメージ出来ました。有難うございました。フランス語の訳、素晴らしいです!
20フランのチケット代金はやっぱりスゴいことなんですね。
ショルジュ・サンドの娘婿の借金が25000フラン・・・とは気の遠くなる額です。

お礼日時:2017/02/10 23:03

No.1です。



>会場はプレイエル社の建物で

プレイエル社はフランスのピアノ製造会社ですね。
自社の工房(アトリエ)の中に、演奏用のサロンがあったようです(プレイエル・サロン)。
「チケット300枚」だと「15席 × 20列」ぐらい、テニスコート1面分ぐらいの広さでしょうか。

↓ プレイエル・ピアノ
http://www.gakkinosekai.com/blog/05
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC …
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当時のフランの価値は分かりませんが(比較対象になるような「ビッグマック」もなかったし)、「当時のショパンのピアノコンサート」って、今のような2000人も入るようなコンサートホールで行われたわけではありません。


パリ大改造が行われたのはナポレオン3世の在位中(1852~1870)のことで、代表的なパリのオペラ座(ガルニエ)が完成したのは1875年です。

当時のパリにはもう「貴族の館」はなかったと思いますので、旧宮殿の広間とか、裕福な市民の大広間とかで行われたのだと思います。
「入場券」といっても、庶民(プロレタリアート)が買うようなものではなく、中産階級・富裕市民(ブルジョア)の社交の場の「参加費」(ステータス料)として購入したものだと思いますので、「市場原理」で決まる値段ではないと思います(今でいえば、政治家のなんとかパーティのようなもの)。出席する人は当然正装です。
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