自由律俳句の一方の雄・山頭火の泥酔は
強迫神経症
のエピファニーであるとする研究書があります。
また、どこかで
飲酒は神経症的な行動である、とする記述を
目にしたことがありました。
楽しむため、コミュニケーションのための
飲酒は、特に神経症的行動とは
思えません。如何なものでしょう?

A 回答 (3件)

私の彼はよくお酒を飲むのですが、最近気づいたのは仕事が次の日にあると量が多くなるということです。

ずっと週末じゃなくて日曜日に飲むのはやめたら、って言っていたんですが、やめられないみたいです。もちろん楽しんで飲む時もありますが。彼の友達も仕事が始まる前に現実逃避で深酒をすると言ってました。
だからお酒を飲む心理状態によるのではないかと思います。
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この回答へのお礼

昔、ある男が結婚しました。
お姑さんは、お嫁さんに一言だけ言いました。
「飲ませてあげてくださいね」

ある男とは、現・東京都知事の弟です。

自分が本当にヤリタイ仕事であれば
前日のセレモニーは必要ないのでしょうネ……

サラリーマンを辞めてから
クリエーターの人たちとの付き合いができました。
その女性たちに絶句しました。
時間なんて無いようなもの
26時を過ぎているのに
サァ、これから飲みに行きましょうか
バンバン煙草を吸って、
バンバン焼酎の、何とか割りを……

お礼日時:2001/07/04 01:52

自分を自虐的にやり切れなくなるまで飲んだり、そうすることによってしか自己を表現できなかったり、山頭火でなくても


戦後日本の文壇には、いわゆる無頼派といわれる方は多いように思います。 (坂口安吾、織田作之助など)

当時は一般庶民も、似たような飲み方をしていて「浴びるほど・・・」「トコトン呑む」の連中が多かったと思いますが、このほうは
表面的に気取っただけで「強迫神経症」とは程遠いものかもしれません。

家庭もかえりみず、クリスマスの晩は意味もなく盛り場で酔いつぶれる妙な奴とか、、、今70才以上の戦後の虚無感を味わった
世代の男には経験者も多いと思います。。。私はまだ冷ややかな目で見ていた餓鬼でしたが!
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この回答へのお礼

ご回答有難う御座いました。

林忠彦さんの「カストリ時代」を時々引っ張り出して
見ることがあります。
アンゴさんと、オダサクの写真も載っています。
キタネー恰好ですネ。
あれが、ダンディスム だったのでしょうネ。……
その頃の

東京オリンピック以降、クレジット社会になって

乖離した、もの言いになってしまって
ごめんなさい!
ダンディスム が消えて、一様になったのかナ
とも思えます。

お礼日時:2001/07/04 02:07

>飲酒は、特に神経症的行動とは思えません。



私もそう思います。飲酒自体にカテゴリーというか枠をはめるのはナンセンスですし、嗜好品をとやかくいうのは思想の強制ともいえるかもしれません。

どの文献から読まれたのかにもよるのですが、ある人物や団体を指して、その人達の飲酒が神経症的な行動と書かれていたのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答誠に有難うございました。

一般人向けの医学事典だったように記憶しています。
その時一瞬、どうしようか?と考えましたが、
現在まで呑み助を続けております。
ただし、
限界を越えて飲んだ日などには、やはり、我乍ら異常とも思えます。

お礼日時:2001/07/03 02:50

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