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江戸時代までおられたお公家様は明治以降どの様な扱いになられたのでしょうか?
各藩主の処遇は、またどの様にされたのでしょうか?
明治以降男爵とか伯爵といった爵位はどうやって決まったんでしょうか?
詳しく知りたいです。よろしくお願いは申し上げます

A 回答 (2件)

詳しい研究がありますが、莫大なものになります。

それは当たり前で江戸幕府が崩壊したのは1870年頃ですからたった百五十年ほど前。当時の公文書は全て残っており、政治だけでなく財政についても商家との貸借もほとんど残っています。問題は外国為替の変動と明治政府の財政政策による経済統計が面倒だと言うくらい。小さい武家は崩壊し借財しか残りませんでしたが、それも前記の様に商家は取り立てを緩めるはずがなく、そちらから探せば幾らでも掘り返せるものでした。平民、士族、華族、旧宮家の区分のうち、大戦直前には大都市では士族はその意味を失っており、敗戦とともに現宮家以外は法的存在基盤が消失してしまいましたが、これも商家、企業、私的金融機関、公的金融機関の記録のうちGHQの追求から逃れる必要のあるもの以外残りましたし、GHQの追求も厳しいものでしたから、実際上お金の面から追求すれば逃れられる者は破産者でさえ少なかったと言えます。敗戦により、華族制度が崩壊したため華族は明治維新での身分変動を隠す事は出来なくなり、掘り返されれば抵抗出来ず、商家、金融機関は融資取り立ての基盤としましたから、売れるものは全て売られるか債権価値があるとされるかの状態になりました。ですから冷泉家の莫大な文書が生き残ったのはある意味幸運であり、ある意味散逸しなかった方が奇妙だとさえ言えます。売れる物は全て売られたのですから。その点から見ると似ているのが明治維新における廃仏毀釈において国宝級の仏像が流出し、ボストン美術館などにゾロゾロ並び、南方熊楠が激怒した様にご本尊とされていた巨木が切られて売られた、つまり社会構造の革命的変動という面での類似です。情報は多すぎて最大の問題は情報を集める事ではなく、公的な裏付けのないネット上のファンタジーと区別の付かない物が結構あるところの方にあると思います。
既に公的な裏付けのある重要な概要は旧文部省などから資金を得て叢書として刊行されています。また既に有名な「小説」に化けてしまっているものもあり、他方地方の民間歴史家や自治体の保管文書となって眠っているものもあります。
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維新後、公家や大名は爵位を貰い貴族となりました。


維新の功績や朝敵になったならないで差がつきましたね。

誰がどの爵位を貰ったのかは↓のWikiに出ています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B5%E4%BD%8D
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この回答へのお礼

ありがとう

概ね理解できました。
ありがとうございます

お礼日時:2018/04/01 15:41

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