マンガでよめる痔のこと・薬のこと

男性の名前で「浅利和美 」という名前の読み方を教えてください。

A 回答 (7件)

「あさり かずよし」でしょう、私の叔父も「久美」で「ひさよし」と読みますが、たぶん祖父母が面倒になって女なら「くみ」男なら「ひさよし」と読むことにしたのでしょう。

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本人に訊いてみないとダメです。

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あさり かずみ


男性でも、経験では、かずよし、より かずみ、のほうが多い
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あさりかずみ


あさりかずよし
あさりベンジャミン

人の読みは、本人に聞かないと判らないです、和美と書いて、ドラえもんと読んでもOKなので
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普通「あさりかず(づ)み」か「あさりかずよし」ですけど、こればっかりは本人に聞かないと分からんでしょうね


「かつみ」っていう可能性もあるし
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「あさり かずよし」でしょうか?

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普通に「あさり かずみ」じゃないかな?


私の世代(40歳台)だと、漢字違いも含めて「かずみ」という名前の男性が多少はいました。
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このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q12:00 PM は何時?

12:00 PM
は何時のことだと思いますか。
正午?深夜?

Aベストアンサー

私個人の感覚としては、
 12:00 PM → お昼の12時 
です。
これが「12:05 PM」であれば、午後の12時5分だから明らかにお昼なわけで、だとすると「12:00 PM」もお昼だと考えるのが自然だ、というのが私の感覚です。
他の方の回答にあるように法律でどうなっているかとか国立天文台の見解とか私も調べたことがありましたが、それはそれとして、私の感覚としては上記の通り「12:00 PM → お昼の12時」です。

でもそうすると、No.11さんの回答にあるように、つじつまの合わないことが起こります。
>針が回れば、1 PM と表示になると思います。
>この場合、12 PM から 1 PM に時が逆回転したことになってしまう。
>また、11 PM の次は 12 AM となるのでしょうね。

ただこれについては他にも例があります。
・12 PM から 1 PM に時が逆回転 → 平成30年度12月の次は平成30年度1月

・11 PM の次は 12 AM → 平成29年度3月の次は平成30年度4月

私の場合は、この年度と月の関係のように、午前午後と時刻の関係を別々にとらえているので、12 PM の次が 1 PMでも、11 PM の次が 12 AMでも、違和感はありません。
・12 PM の次が 1 PM
→12時の次が1時なのはそういうものだから。むしろ、12:05などが正午より後なのに12:05 AM とされる方に違和感。あるいは12:00だけがAMで、12:01以降がPMになる、というのでも違和感。
・11 PM の次は 12 AM
→11の次が12なのは何も問題無い。PMからAMに変わるのも、そこが切換えの境界なのだから問題無い。(「11PM」とひとまとめに捉えるのではなく、「11」と「PM」を別物として捉えている。)

私の場合はそんな感じです。


※蛇足
ただ、深夜1:00のことを25:00とする言い方もあって、だとすると冒頭で書いた「午後の12時5分だから明らかにお昼」も明らかではなくなりますね。「正午から12時間5分後」と考えると夜の12時5分になってしまいます。

私個人の感覚としては、
 12:00 PM → お昼の12時 
です。
これが「12:05 PM」であれば、午後の12時5分だから明らかにお昼なわけで、だとすると「12:00 PM」もお昼だと考えるのが自然だ、というのが私の感覚です。
他の方の回答にあるように法律でどうなっているかとか国立天文台の見解とか私も調べたことがありましたが、それはそれとして、私の感覚としては上記の通り「12:00 PM → お昼の12時」です。

でもそうすると、No.11さんの回答にあるように、つじつまの合わないことが起こります。
>針が回れ...続きを読む

Q普通、「歌わないです」は間違った文です、この文「ミュージカル出演、もちろん歌わないですけど(笑)」、

普通、「歌わないです」は間違った文です、この文「ミュージカル出演、もちろん歌わないですけど(笑)」、玉城裕規インタビュー(下)の「歌わないですけど」はなぜ成立できるのか、聞きたいんですが、ぜひ教えていただきたいです。

Aベストアンサー

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認識があったらしい。
ただ、「です」が丁寧語であることから、「ません」よりも丁寧な表現になると思われ、特に若者の話し言葉として浸透していったとのこと。
2008年には、「ないです」の使用が「ません」の使用を約 3 倍も上回る結果が出たという研究結果もあります。↓(けっこう分かりやすい。短いのも助かる)
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/menu7_folder/symposium/pdf/8/10.pdf
因みに、わたしは(若くはありませんが)書き言葉でも使っています。
とはいえ、子供の頃は使っていなかったように記憶している。

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認...続きを読む

Q漢字をひらがなに改める問題文の意味がわからなくて困っています。

「傍線部の漢字を、ひらがなに改めなさい」という問題があるのですが、どう回答すればよいかわかりませんでした。
その為、ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければと思います。

         ___
漢字を、ひらがなに改める

なお、私は下記の2つの解釈が考えられ、1かなと思いました。

1. 「改める」に傍線がひかれているものの、傍線部の漢字は「改」のみのため、回答は「あらた」。

2. 「改める」に傍線がひかれていることから、回答は「あらためる」。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「傍線部の漢字を、ひらがなに改めなさい」

この「の」は、
1ー㋒所在。…にある。…にいる。「大阪の友人」
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/171157/meaning/m1u/%E3%81%AE/
という用法の格助詞と捉えて良いでしょう。

「傍線部にある漢字を、ひらがなに改めなさい」

みなさんおっしゃるように「あらた」で良いと思います。

Q「良かったです」「素晴らしいです」はもう世の中に認められたのでしょうか。

「歌わないです」について、間違った文だという質問が出ています。
(回答しようとしたらこの人からブロックされています。どうしてブロックされたか全く心当たりがありません。仕方なく、質問の形で話に加わります)

 形容詞「素晴らしい」に「です」をつける言い方は、一部の人にあり得ないと判断されています。これは本来、「素晴らしゅうございました」といったものです。ところが「ございます」を使う人があまりいなくなって、「形容詞」を丁寧形で表現することが出来なくなりました。そこで登場したのが「素晴らしいです」です。ところがこれに対する賛成者は<少ないです>。
そして、それに加えて「過去形」までもが加わってきました。「素晴らしっかったです」「よかったです」「楽しかったです」。否定的な人々には、一層違和感が加わりました。ではどう言えばいいのか。「素晴らしゅうございました」「楽しゅうございました」
 いくら何でも、そんな古めかしい言い方に戻れるものかという否定派は今もあります。ところがここでまた、「素晴らしかったです」「よかったです」を、「素晴らしかったでしょう」「良かったでしょう」と、「う」をつければスラスラ通じてしまいます。こんな話がこのサイトでも続けられてきました。
 さて、今度の質問は「歌わないです」が間違っているという話。これが、「美しくないです」だったらどうなるのでしょう。「歌わない」の「ない」は打消の助動詞。「美しくない」の「ない」は形容詞。「形容詞」+「です」は間違いという人がいても不思議ではありませんが、「助動詞(ない)」+「です」はあっても、また不思議ではない。(「ません」が普通ですが)
 皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。

「歌わないです」について、間違った文だという質問が出ています。
(回答しようとしたらこの人からブロックされています。どうしてブロックされたか全く心当たりがありません。仕方なく、質問の形で話に加わります)

 形容詞「素晴らしい」に「です」をつける言い方は、一部の人にあり得ないと判断されています。これは本来、「素晴らしゅうございました」といったものです。ところが「ございます」を使う人があまりいなくなって、「形容詞」を丁寧形で表現することが出来なくなりました。そこで登場したの...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
私の思うに、はっきりした解決、というか、こうなれば落ち着く、ということの言い難い問題です。文法の体系性という点で、小さな矛盾を含んでいると思うからです。

「用言+ないです」のほうでは、「ない」が2種、あるいは3種に分けられるということは、異論の少ない(いろいろ言う人はいますが)ところだと思います。
「形容詞」「助動詞」と、「補助形容詞」。この点については、1311tobiさんが紹介された chiebukuro の解説がわかりやすく、私も勉強になりました。(私は、意味がほぼ同じで活用などが同じなら、品詞をごちゃごちゃ議論することもないだろう、という怠惰な考えだったので、あまりまじめに考えたことがありませんでした。要は、同じ語形が「多少」違った使い方をされるだけで、「基本的な」ところは一緒だろう、と思っているのです。)

皆さんが触れられていない点で、私が重要だと思うのは、「です」にも2種類ある、という考え方です。
これは、たぶん私の学生時代(ン十年前です)から言語学のほうではそうだったと思うのですが、確証はありません。私はずっとそう考えてきました。
今回、改めて国語辞書の記述を見、辞書の付録の「助動詞活用表」などを見て、「です」が一つしかない(「丁寧な断定」という用法)ことにちょっと驚いたくらいです。まあ、国文法の分析が言語学(少し前の「日本語学」)と違うのはよくあることですが。

かんたんに言えば、「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」と、「形容詞+です」の「です(2)」は違うものだ、という分析です。(「形容動詞」を「ナ形容詞」と言い換えるのは、今回はやめておきます。)

上に書いたとおり、「です(1)」のほうは、「だ」の丁寧な形、です。「断定」(この用語は好きではありませんが)の助動詞で、丁寧さによって形が分化します。
   学生 だ/です   まじめ だ/です

それに対して、「です(2)」のほうは、「だ」とは対立しません。
   美しいです (×美しいだ)
この「です(2)」は、「断定」の機能を持たず、「美しい」という、すでに「断定」の機能を持った言い切りの形に「丁寧さ」を加えているだけです。つまり、「断定」の助動詞ではなく、「丁寧」の助動詞です。(動詞文の「ます」に対応します)

また、「です(1)」は活用を持ち、「でした/でしたら」という形になります。
   学生でした   紅葉の名所でしたら、例えば、、、
(「でしょう」を活用形とは考えません。「だろう/でしょう」は一語の助動詞と考えます。)

それに対して、「です(2)」は活用を持ちません。
   ×美しいでした (美しかったです)  ×美しいでしたら (美しかったら)

(ここで、「美しいなら」の「なら」を、「だ」の活用と見るか、という問題も関係するかもしれませんが、まあ、これは「なら」をどう考えるかという、もっと複雑な問題になります。私は、「だ」と「なら」は、少なくとも現代語では、別物と考えます。)

ということで、多少の言い訳を必要としながらも、形容詞文の丁寧体として、「美しいです」は一つの位置を与えられるわけですが、さて、それがなぜ「不自然/不安定」に感じられるのか、1131tobiさんによれば「厳密には誤用」と言われてしまうのか、です。

ちょっと話の流れを変えます。
日本語の文の分析法として、文を「命題+モダリティ」という形で考えるということがあり、かなり一般的になっています。(国語学では「叙述+陳述」という、似た考え方が昔からあります。)

これによれば、文の終わりには、話者(書き手)の、その文の内容に対する「断定」や「推量」など、話者の「意志」、あるいは聞き手に対する「命令」や「勧誘」、「確認」「質問」などの、ある種の「態度」が現れる、とされます。
これは、用言のいわゆる「活用形」や助動詞によって表されるわけです。「ね」や「よ」などの終助詞もモダリティを表すとされます。

ここで問題になるのは、「丁寧さ」というのはモダリティなのか、ということで、どうも文法の中の位置づけが微妙なものです。
前からの呼び方では「文体」の一つの要素なのでしょうが、それは文を文として成り立たせる必須の要素、つまり「文法」の一部なのか。

で、私の考えでは、「形容詞+です」の不安定さは、この、「丁寧さ」が文を終結させるためのモダリティとしては不十分だ、というところにあるのではないか、となります。

「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」は、「断定の助動詞」に丁寧さが加わったもので、立派な(文を終結させる「力」を持った)モダリティですが、
   学生/まじめ です(断定+丁寧)
「形容詞+です」の「です(2)」のほうは、「丁寧さ」だけの機能しかないので、
   美しい(断定?)+です(丁寧)
という形が、文の終わり方としてどうも安定しない、と感じられるのではないか。

「美しいです」が不自然だという人も、「美しいですか/ね/よ」などにすると安定するように感じる、というのはなぜか。これに対するうまい説明は今のところないように思うのですが、どうでしょうか。(単に私が知らないだけかも)
終助詞「か/ね/よ」が文終結のモダリティとしての機能を持つからだ、と考えるとうまく説明できます。
   美しい+です(丁寧)+ね/よ/か(確認/主張/質問など)
もちろん、「でしょう」をつけても、「でしょう」の持つ「推量(あるいは確認)」というモダリティによって文として安定します。
   (たぶん)美しいでしょう。
   (どうですか?)美しいでしょう?

これは、世代が違ってもあまり変わらないようで、今の若い人も「形容詞+です」には何らかの不安定さを感じるようですが、どうでしょうか。
「「ね」や「よ」をつければ自然だから、変じゃないよ」というのは、上に述べたように「形容詞+です」の弁護にはなりません。

以上、私の考えをざっと述べてきましたが、ただ、「モダリティ」という概念は、研究者によってかなり幅があって、不用意に使われすぎている感があります。この概念そのものの検討が必要であり、いろいろ行われているようですが、私は不勉強でよく知りません。
(さらに、「文が終わる」とはどういうことなのか、「文成立の要件」となると、もう、根本的な議論になり、わけがわからなくなります。「文とは何か」ですから。)

この「形容詞+です」の不安定さ加減は、話し言葉では語調によって文の自然さが変わってくるので、微妙です。

   「どうですか?」「いやあ、なかなかがんばってますねえ。面白いです!」

などと、ある種の強調を込めた言い方をすると、それなりに自然な文として成り立つように(私には)思われます。
(語調が(文終結の)モダリティの機能を肩代わりする? 語調が文の意味を変えることは、「ある。」「ある?」など、ごくふつうのことです。単に「歩く。」と言うと描写あるいは意志に過ぎませんが、「(さっさと)歩く!」とある語調で言うと「命令」になります。)

なお、「話しことば」と「書きことば」で、後者のほうが「正式な」ことば、「正しい文法」の基準になるようなものと考えることは、私はしません。

言語学の考え方では、話しことばのほうが言語として自然な形であって、書きことばはそれに何らかの人為的な手が加わっているものだと考えます。(明治期の「言文一致運動」などを考えればよくわかることだと思います。)
言語の音韻や文法は、人間の意図とは別に、それこそ「自然言語」であって、自ずから文法の体系ができあがっていき、また変化をするものだと考えます。

「書きことばの文法」というのは、「規範文法」への傾斜を持ちやすく、「素晴らしい言語文化・言語芸術」がその後ろ盾になります。そうすると、言語としての本来の自由さ・内発的なエネルギーが失われてしまいます。それでも、話しことばはそんなことにかまわず、本来、内部にあった動きがどんどん現れてくるのだろうと思います。
それに対して、より以前の文法を持った世代がいろいろ抵抗感を持つことは、当然のことですが、それはまあ、時代の流れということで。

上に述べた私の考えは、「形容詞+です」に関しては、「単に新たな変化の一つで、そちらへ(いやでもおうでも)動いていかざるをえないもの」というのではなくて、文の作り方として少し無理があり、世代が変われば移っていくものとはかんたんに言えない、という見方です。
あと50年もしたら、どうなっているのでしょうか。あまり変わらず、「ね」や「か」をつけて使われ続けているのでしょうか。(「動詞+ないです」のほうも、興味深い現象ですが、これはまた別の話だと思います。)

もう一つ、「国語審議会」が認めた、という話ですが、「これからの敬語」自体が国語審議会の答申の一つ、ということなのではありませんか?(今、「これからの敬語」のアドレスをコピーしようとしたのですが、なんと「メンテナンス中」だそうです!)

長くなりました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

saburoo

こんにちは。

「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
私の思うに、はっきりした解決、というか、こうなれば落ち着く、ということの言い難い問題です。文法の体系性という点で、小さな矛盾を含んでいると思うからです。

「用言+ないです」のほうでは、「ない」が2種、あるいは3種に分けられるということは、異論の少ない(いろいろ言う人はいますが)ところだと思います。
「形容詞」「助動詞」と、「補助形容詞」。この点については、1311tobiさんが紹介された chiebukuro の解説がわかりやす...続きを読む

Q言葉の質問です。 “良きにはらう” の意味を教えてください。色々検索してみたのですが意味が出てきませ

言葉の質問です。

“良きにはらう” の意味を教えてください。色々検索してみたのですが意味が出てきませんでした。

“変心” これはポジティブな意味で使われる言葉でしょうか?それともネガティブな意味でしょうか?

Aベストアンサー

すでに回答があるとおり、殿様の常套句です。「よきに計らえ」。
突然出てきた「変心」?「変身」?本当はどちらなのですか。「カフカ」以後「変身」が大きな存在になり、実存主義者や現在の村上春樹などにも大きな影響を与えていますが。ただの「変心」(こころ変わり)の方ですか。
 「変心」だったら、やっぱりネガティブですね。

Q「良さそう」を「良さげ」と言うのはずっとどこかの方言だと思ってたんだけど、標準語なんですか?最近よく

「良さそう」を「良さげ」と言うのはずっとどこかの方言だと思ってたんだけど、標準語なんですか?最近よく聞くので。(自分は東京です。)

Aベストアンサー

辞書には「関東方言」として「…そう」の意、と出ています。

Q旅とは文字通り命懸けだった とアニメの冒頭ナレーションを聞きました。 何故「旅」が文字通り命懸けなの

旅とは文字通り命懸けだった

とアニメの冒頭ナレーションを聞きました。
何故「旅」が文字通り命懸けなのでしょうか

Aベストアンサー

この場合の「文字通り」は「命懸け」にかかっているのでは。

 旅とは"本当に"命懸けだった
 旅とは"例えではなく"命懸けのものだった
 旅とは"掛け値なしに"命懸けのものだった

…といった意味合いに思えます。

Q次の文に欠落している「何を」は何のことでしょうか。

これからこの個室で、ご利用者のサービスに還元できるか、スタッフのやり甲斐を見いだせる機会を作れるか、自法人の将来をどう切り開いていくかなど、しっかり熟慮し、実行できるように努めたいと思います。

(出典 https://ameblo.jp/raven-jj-rambo/entry-12404682794.html )

Aベストアンサー

#12です。

>「スタッフのやり甲斐を見いだせる機会を作れるか」は、「スタッフのやり甲斐をどう見いだすか」とすればより自然になるのではないでしょうか。

たしかに。
同意できます。
「見いだせる」「作れる」と可能形が重なっているので良くない。
採点甘すぎましたかね。

>「お楽しみブログだから間違いや意味不明なところがあっても構わない。誤記やてにをはなどをいちいち気にしていたら、楽しくブログを書くことはできない」

程度問題でしょうね。^^;

Qこの漢字、読めますか?

知り合いが書いた字なんですが、読めません。

なんと読めますか?

Aベストアンサー

一字だと潰れているが、
種だと思う。
二字だと木、圭とか。

Q「兎角」(とかく)の語源を教えてください。 なぜ「うさぎ」と「かく」の組み合わせですか?

「兎角」(とかく)の語源を教えてください。
なぜ「うさぎ」と「かく」の組み合わせですか?

Aベストアンサー

http://gogen-allguide.com/to/tokaku.html


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