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No.15
- 回答日時:
イスラム教徒です。
ちょっと長いので、面倒なら読み飛ばして下さい。
まず、イスラームの真髄は1つにまとめる事ができません。
あえて言うなら『慈悲』
イスラームのベースは貧富の差をなくし、争う事なく平和に暮らす事。
ラマダーンは『空腹や喉の渇きにたえて、貧困者の気持ちを身をもって理解しましょう(そうすれば困った人を見掛けたら、無償で助けてあげる事ができるから)』というものです。
素手で床に座って食事をするのも、スプーンやフォーク類が買えない人でも富裕層の人と臆することなく同等に食事ができるように、また、床で食べるのもテーブルやイスが買えない人でも臆することなく富裕層の人と同等に食事が出来るようにという理由があります。
よく男尊女卑と言われますが、一番女性の権利が優遇されているのもイスラームの特徴です。
イスラム圏に行ったら、どんなに長蛇の列が出来ていても女性が行くと一番前に行けるし、道を歩いていても女性の為に道を開けてくれます。
電車やバスなどで女性が乗ったら男性は怪我や病気でもない限り100%席を譲ります。
他の方も仰ってるように『神の下に人類は平等』なので、『誰が偉い』とかはありません。
金曜の礼拝も先に来た順に並ぶので、会社経営者がタクシー運転手の後ろに並ぶ事も多々あります。
ちなみにジハードについてメディアのせいで間違った認識をしてる人が多いので、ここで説明させて下さいね^^;
ジハードは簡単に言うと大ジハードと小ジハードがあって、どちらも一番近いニュアンスは『Protect(守り)』です。
何から守るのか?というとシャイターン(悪魔)の囁きです。
例えば『豚肉はハラーム(神が許可していないもの)だけど、食べちゃおうかな…』と思ったとして、『いやいや、クルアーンにダメって書いてるんだからやめよう!』…要するに悪い事や禁止されてる事をしてしまいそうになった時、それは悪魔の囁きによって起こるものだと言われていて、その悪魔の囁きから自分自身を守る、これが大ジハードと言う本来のジハードの意味です。
こちらがイスラームではとても重要です。
小ジハードはしばしば『聖戦』と訳されますが、現代においてはほぼ不必要なジハードです。
最初にも書いた通りジハードは『守り』と言いましたよね?
ですから聖戦も『守りの上に成り立つジハード(聖戦)』なんです。
例えば強盗に押し入られて、逃げ場もない場所に追い詰められ、自分が殺られるか相手を殺るか…くらいになった時に発動するもの。
なので現代では何から守ってるのか分からない、テロリスト達が言うようなジハードは不必要と言われています。
ついでにどなたかがイスラームでの挨拶について書いていたのを拝見しましたが、若干間違っているのでこちらも訂正しておきます。
イスラームの挨拶『アッサラーム アライクム(ワラフマトゥーラヒ ワバラカートフ←これが正式)』で、返事は『ワ アライクムッサラーム (ワ ラフマトゥーラヒ ワバラカートフ←正式)』
この意味はざっくり言うと『あなたやあなたに関わる全ての人に平和と慈悲と平穏がありますように』
これを電話に出る時、切る時、人に会った時、別れる時、家に帰ってきた時(ただいま)、家から出る時(いってきます)など、常に使う言葉です。
この挨拶を毎回するイスラム教徒が相手の平和を願わないはずがありません。
No.14
- 回答日時:
よく考えてみたけれども、それぞれの宗教の「真髄」なんて、学者でもなければ言えるものでもありません。
ただ、この質問のそれぞれの宗教の象徴は、3つ埋まりました。
前回の発言を撤回して、
キリスト教の「愛」、仏教の「慈悲」、イスラーム教の「律」
イスラームに関しては、4~5冊調べてみました。
新潮選書の『キリスト教とイスラム教-どう違うか50のQ&A-』(ひろさちや著)に、
「イスラム教に戒律があるかどうか……はまさに愚問であって、イスラム教そのものが「戒律宗教」なのです。イスラム教は、キリスト教を飛び越して、ユダヤ教へ先祖返り(帰先遺伝)をしたことになりそうです。」p100
ということになります。イスラーム教に関しては、アメリカのブラック・ムスリムのマルコム・Xなどが思い浮かんだので、そこに人々が惹かれ入信した理由を考えましたが、もとの宗教の性格からすると、そういう結びになるのことを、受け入れざるを得ませんでした。
イスラームの世界の中で、ウンマ(共同体)というものが、実際の行動を規定するわけですが、おそらくアメリカの社会と、中東とは大きく違っているのではないかと思いました。
仏教に対しては、別に発言がありましたが。
>空は理屈で、無が正しい釈迦の教えと思うのですが。
「空」というのは、大乗仏教の中心的な思想です。「無」というのは、中国の老荘の思想にある、万物の根源は「無」である、という教えからです。仏教とは違います。仏教は、自宗絶対主義は誤りであり、現代人の合理主義とは相容れない部分を、切り捨ててしまおうとするのは、間違った行為です。
仏教では、在家信者に細かく律で規定するということはありませんね。
キリスト教が「愛」というならば、仏教は「慈悲」が相当します。
慈悲は、インドの言葉で慈(マイトリー maitri)悲(カルナ-karuna)
英語ではMercy and Compassion
こうしてみると、イスラームは、またずいぶん違った宗教であるとは言えます。
この回答へのお礼
お礼日時:2018/12/14 21:47
ありがとうございます。とても勉強になります。物事は多面的で、仏教の理想が慈悲、キリスト理想が愛、イスラム教は天国かも。私が仏教を無と思うのは、仏教の行き着く先が永遠の死だからです。その点、永遠の生を求めるキリスト教とは反対ですね。イスラム教の天国はその中間で、現実的ですね。
No.13
- 回答日時:
他の回答者へのお礼欄で質問者さんの疑問がありましたので、それについて。
>仏教も律では?
>仏教やキリスト教も平等では?
>和ならば日本人と似てますね
質問者さんは、宗教はそれぞれに違う本質を持っているはず、とお考えなのですね。
それならば、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの言葉を参考になさってください。
キャンベルは、
人間の肉体の構造、つまり骨格や血管・筋肉・内臓などの配置は人種によって違いはない。
医学書には白人の解剖図、黒人の解剖図、アジア人の解剖図、等が載ってはいない。
人体解剖図は1つで足りる。
肉体構造と同じように、精神構造も、人種によって大きく違うわけではない。
古代、いろいろな地域で宗教が発生したが、人間の考えることは根本的なところでは同じである。
だから、各地の神話には似たような話がたくさんあるのだ。
といったことを述べています。
宗教を一言で表現しようとすると、愛・平等・和など同じ言葉が出てきてしまうのは、人間の精神構造は根本において同じだからです。
人間そのものがアフリカで発生した最初の人類が世界中に広がっていったのですから、根は同じ、です。
地域の環境によって文化に違いが生じたとはいえ、根本は同じ肉体、同じ精神をもった人類なのです。
求めるものは同じ、といえます。
宗教の根本が似通っているのは当然のことです。
No.12
- 回答日時:
イスラムについてさほど知らないのですが、「順」というイメージがあります。
「唯一神に順う」
ユダヤ教もキリスト教も一神教ですが、イスラムはそれをより徹底していると思います。
ことの正邪はすべて神が裁断する。
だから人はそれぞれ「これが神の教えに順うことだ」と信じる行いをして生きるしかない。
そして、それを最後の審判の日に神がすべての人のすべての行いを正と悪とに分別する。
神ならぬ身の人間が、他の人に向かって「これが正しい」と強要するのは、神にとって代わろうとする行為であり、神への冒涜である。
だからイスラムにおいては、聖職者も偶像も認めない。
神以外のものを崇めることを許さない。
聖典とされるコーランやハーディスを読み、自分でこれが正しいと思う行動をし、それが本当に正しいかどうかは神の判断に委ねる。
最後の日に、自分の信じた行いが神の御心に適っていなかったと判明した時は、愚かな自分を泣くしかない。
神を恨むことも人を恨むこともできない。
なかなかに自分に厳しい宗教です。
もう1つイスラムに感じるのは、「寛容」です。
結局のところ、真の正邪を知ることができない人の身では、考えの違う人に「これが正しい」と自分の考えを押し付けることはできません。
神の前では、誰でも平等。
どっちが偉い、どっちが正しいを決めることはできません。
もしかしたら間違っているのは自分である可能性は捨てきれない。
他者に寛容にならざるを得ません。
今の日本のイスラム情報からは、寛容には見えないかもしれません。
日本へ入ってくる情報のほとんどは欧米(ユダヤ・キリスト教視点)のバイヤスがかかっていますし、歴史的経緯、政治的思惑が絡んでいます。
直接にイスラムの本質を見れば、「順」と「寛容」もイスラムの本質の一つだと思います。
もっといえば、宗教の本質は、一言などでは表せません。
「今年の漢字」ってわけにはいかないのです。
No.9
- 回答日時:
神仏や霊の存在を信じない者ですが、宗教の本質を知ることは大事だと思っています。
部外者のため、熱心な信者のように真髄を知ることは出来ませんが、私が考える各宗教の本質は、次のようなことです。
イスラム教は、貧者の宗教というイメージがあり、男尊女卑が徹底しています。また、現代のジハードにおいて、死ねば天国に行けるというのは良いとしても、天国の中身は出血肉林で、多分に俗世的です。
キリスト教は、いかにもエリートな富裕層の宗教というイメージがあり、神との契約や神に対する罪が徹底しています。キリスト教で言うところの愛は、この宗教を信心する者たちだけに対する愛であって、他の宗教を信じる者や奴隷には適用されません。これは、欧米諸国の侵略と略奪の歴史を調べれば簡単にわかることです。大昔の男尊女卑の時代に生まれた教義を、時代の変化に応じて解釈を変えて生き延びてきた姿は、いかにもエリートだと思う反面、姑息だとも感じます。
一方、神に対する罪は摩訶不思議です。これは、信心する者が自問自答して、その行為が神に対する罪でないと思えば罪ではないというしろもので、なんでもありの世界です。しかも、罪は懺悔一発で許されるため、多くの日本人にはとうてい理解できない精神世界だと思います。
仏教には多くの神がいて、他の宗教にはない諸行無常という本質を有していますが、多くの仏教徒は、大事な場面でこの諸行無常を忘れがちです。平等という視点では、仏教がピカ一ですが、これは多くの神を内包していることと無縁ではないと思います。
また、日本の仏教の源は中国仏教のため、儒教の影響を受けた祖先崇拝も含まれていますが、韓国のような異常さはなく、これは時代の変革期に日本人に有利に作用してきた歴史があります。
以上です。
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