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過去ログにも同様の質問がありましたが少し違う角度から質問させていただきます。

奈良県女子児童殺害事件で本日再逮捕される予定の小林薫容疑者についてですが、手錠部分にモザイクがかけられていました。それを形式的な人権擁護の姿勢と述べるのであれば、手錠などよりも一層配慮すべきと思われる素顔がそのまま映っているのはなぜでしょうか?

手錠などよりよほど人権上の問題があると思いますが。
手錠をぼかし、顔は映す。この関係を上手く説明できる論理はありますでしょうか。

A 回答 (5件)

先日、手錠は形式的な人権擁護である、と述べた者です。



 皆さんがおっしゃるとおり、あくまで、「形式的な」配慮である点が大きいと思います。

 また、少し言い方を変えると、

 手錠をモザイクかける行為は、容疑者の人権を守るのには貢献する(まさに形式的に、ですが)一方、視聴者や読者からすれば、別に見えなくてもいいのではないでしょうか。だから、報道する側も、モザイクをかけるのに、あまり抵抗がない。
 一方、顔をモザイクかけると、容疑者の人権はより守られるとは思いますが、視聴者や読者の要請に応えられないのだと思います。顔をそうしてしまうと、わけがわからなくなるというか、それなら撮りに行かなきゃいいんですよね。


以下、あえて、そういう姿勢を擁護してみます。

 人権について、透徹した考え方をもって取り組む場合は、顔にまでモザイクをかけることで当然でありましょう。弁護士さんでそう言っている方は実際に多いです。
 しかしながら、罪を犯した、その行為は、あくまで、その人間の人格から起こった、その人固有の事象なのですね。すると、だれが起こしたのか、ということが明らかになることは、視聴者、読者の興味だけでなく、今後、同種の犯罪が起こらないようにするための、論議や、考えるきっかけとして大変有用なのだと思います。そういう場合、名前が出てしまっているのですから、顔をわざわざ隠すインセンティブは大きく下がると言っていいでしょう。
 また、捜査の過程で、ありとあらゆる人が取り調べを受けます。すると、「あいつがやったんじゃないか」と周囲から受け取られることがあります。(こういったことは、それこそあまり表に出ませんね)氏名の公表は、その罪を犯さなかった大多数の人の人権保護につながる場合があります。なので逆に、容疑者の氏名を掲載するときに、同姓同名の人がいる可能性がありますので、住所を細かく記し、ほかの方が間違われないような配慮をしています。

 これが、形式主義に堕するからいけないんだ、というのは、たしかにそのとおりなのですが、あくまで別の次元の問題だと思います。


 現に、刑事犯の1%も、新聞には載っておりません。それは、罪の大きさや、社会的影響などによって、きわめて限定的に取り扱われているということです。仮に、罪が重くなくて、ただ、社会的に意義があるとか、読んで面白かろうとか、という場合には、あくまで容疑者の名前は伏せています。
 この場合も、会社によって判断は変わりますので、一社でも、名前を出してしまえば、匿名にしている意味は明らかに失われますし、それこそ2chでは、少年事件であろうとも、名前はおろか、顔までばっちり分かってしまうというところがあり、取り扱いは年々難しくなっています。

 あくまで、形式的な考え方だけでは、人権を擁護する立場の方からの批判には耐えられません。少なくとも、記事を通すデスクは、そういった批判に耐えられる判断をできた場合にのみ、写真の掲載や、実名の公表に踏み切っているという点をご理解いただければ幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます、大変参考になりました。
私はマスコミにある種の厳正中立性を求めていた気がしますが、それはむしろ司法関係者に求めるべき事柄だと思いました。それは、逆にマスコミは視聴者の要求(あるいは、反論ができると踏んだ場合のデスクの見解)に応じる必要があり、それは人権云々よりも先に来ているようだとも思いました。

お礼日時:2005/01/21 10:51

彼は、逮捕前に殺害した少女の写真を行きつけのスナックなどで見せびらかし


ていたという報道がありましたが、そういう写真を見せたいとか見たいという
感性の問題もあるのではないでしょうか?

例の現場検証時の映像も被害者側の家族から見れば、益々傷付くような映像だ
ったと私には思えます。
まるっきり悪びれる様子が見られないあの態度は、もし自分が被害者の家族だ
ったら、あんな映像を見せられて平静ではいられないと思います。

しかし、冒頭にも書いたようにあのような映像を見て、家族の苦しむ姿を想像
して何等かの満足が得られる人種もいると思うし、衝撃的な映像を流せば、視
聴率が上がると思っている、良識もポリシーもない製作者がいると言うことだ
と思います。

又あのように中途半端な映像を流して、視聴者に誤解を与えるような映像は他
にも多々あるように思います。

それと、ドンキの放火事件を模倣した小学校生の事件がありましたが、あれも
マスコミ報道の弊害ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

事実を正確に伝えるということと、事件関係者たちに最大限の配慮をすることと、事件についての価値観を示すことと、視聴者の欲求に応えることとはなかなか一致しないものですね。私は今回2番目を問題にし、4番目と齟齬をきたしたということでしょうか。

お礼日時:2005/01/21 10:34

>手錠部分にモザイクがかけられていました。


>それを形式的な人権擁護の姿勢と述べるのであれば
 
まさにその通りの理由からです。
マスコミは、形式的な配慮だけで、
本質的な配慮は行いません。
さらに言えば、ほとんどの国民も、
それを黙認していますね。
個人的には、現状で問題ないと思っています。         
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
どうやら私自身に今一歩メディア・リテラシー能力が必要なようです。

お礼日時:2005/01/21 10:30

1. 顔そのまま、手錠そのまま


2. 顔そのまま、手錠モザイク
3. 顔モザイク、手錠そのまま
4. 顔モザイク、手錠モザイク

このように並べてみると、上のものほどニュースを見る大衆の要求にかない、下のものほど容疑者の人権に配慮しているといえます。

そして、大衆の要求(この表現が気に入られければ、公共の利益と言い換えても良いでしょう)と容疑者の人権への配慮の兼ね合いを考慮した結果、その報道機関は 2を選んだということだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
おそらく、現実的にはおっしゃるとおりだと思います。

大衆の要求は、でも公共の利益とイコールではないですよね。つまり、人権上の配慮を制約するに足る論理ではない、だからこそ「形式上の」という留保がつくのでしょうね。

結局、顔を出すのはみんなが見たいから。手錠は過去に訴えられた手前ポーズとして、というレベルに落ち着いてしまうのでしょうか・・。

お礼日時:2005/01/19 12:50
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
問題は、手錠はぼかして「顔は露出する」ことです。
同じ人権的な配慮なら顔を隠すのではないでしょうか。

お礼日時:2005/01/19 12:45

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