チョコミントアイス

We Can!という小学生向けの英語の教材があります。
小学生向け教材として、ざっと見ると、楽しく学習できそうな、良い教材に見えます。
ところが、
“文法的に見ると、初心者が学ぶには、あり得ないむずかしさであると感じました。これでは、文法の説明をするのは相当むずかしいでしょう”
と批判している人がおり、

≪We can! 1 (5年生)
Unit2のStory Time
I want to speak English more. We are good friends.
…不定詞の名詞的用法(中2の2学期)、we/friends複数が出てきます。「どうしてこうなるんですか?」と生徒に聞かれたら、どう答えますか?説明にものすごく時間がかかると思いますが、説明しなければ納得できなく、英語嫌いな生徒も出てくると思います。こんなむずかしい文法のが、この時期に必要でしょうか。リスニングもリーディングも、習った文法で対応できる教材にするべきと思います。応用は中学に入ってからで十分では?≫

と、教科書がむずかし過ぎると感じる具体例として挙げています。
しかし、私には、we 、friendsのなにが「あり得ないむずかしさ」なのかが理解できません。want to doに関しては「不定詞の名詞的用法」なんて考えてる人は、日本人でもいないと思います。マイナーな熟語とかであれば別ですが、こんな超基本表現、want+to+V「Vしたい」と覚えれば済む話です(もっといえば、「vしたい」という訳語だって丸暗記しなくてもよい)。ただ、初心者相手に理屈で説明する必要はないが、一定のレベルに達したら理屈も必要になってくると思います。一般的な小学生には 理屈は不要、と考えます。

さて、話は変わりますが、私は当時、教師の発音は悪いんだろうけど、まぁないよりはマシだろう、ぐらいに考えていました。
次の動画の1:29を観てください。

もうびっくりしました。発音以前の問題です。(基本単語である)themeは、カタカナ発音しても「テーマ」になることはありません(「テーマ」はドイツ語から来ているそう)。それ以外の点でも、予想以上に発音が悪くて衝撃でした。ネイティブレベルに達しないのはいいとして、手本の発音がこれというのは流石にないだろうと...
こんなものは、時間が無限にあったとしても、やらない方がいいでしょう。

そこで質問です。
これからの国際化で英語がますます必要になってくるという意見を認めるとしても、教える側が、ガチガチの文法と訳読を中心とした昭和の学習法しか知らないので、We Can!のような教材で児童に英語を教えるスキルのない人や、発音がひどすぎて、英語以外の外来語も識別できないような教師が多い現状では 小学校での英語教育は ただの時間の無駄ではないでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 私の大学の英語の講師は発音を重視していました。講師は最初の講義でこう言っていました。
    「諸君は これまで英語を勉強してきて 訳読する力は十分に備えているはずだ。自分で辞書を引きなら難しい英文も読めるはずだ。そこで、私は 高校の英語の授業の延長線のような講義はしない。
    これから、諸君が英語での講義を聴いたり、英語でディベートするには発音が何よりも重要だ。
    先ずは 英語の発音の基礎を1からやり直す。でないと、知っている英語も耳で聞いた時に認識できなくなる。」

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/10/29 15:57

A 回答 (5件)

No.4のお礼に補足します。



10歳ならまだ発音は間に合うとのことで安心しました。それなら意味があると思います。

動画「小学校の外国語教育はこう変わる」をさらっと見ました。
私はてっきりネイティブ外国人講師が日本人の担任の先生と一緒に授業をするのかと思っていたのですが、そうではないのですね。これでは意味がないと思いました。
また、英語を手段として学ぶために街の魅力を伝えるなどの目的をもって英語を学ぶのも悪くはないとは思いましたが、授業後の反省会を見ていると英語力の向上というよりも伝える力とか本質的な力の向上に力点が入っているように見えて、それはもちろん悪いことではないのですが、純粋な英語力を向上させる方法をもっと議論してほしいと思いました。

「テーマ」の発音ですが、私はそもそも今のカタカナ語を廃止して、戦前のカタカナ語に戻すべきと思っています。例えば、アメリカンではなくメリケンに戻した方が通じると思っています。
最近は外来語をそのままカタカナにすることが増えていますが、英語読みではなく、イタリア語読み(ローマ字読み)でカタカナにしています。なぜ英語をイタリア語読みするのか意味不明です。テーマはドイツ語由来とのことですが、カタカナを英語の発音に近いものに修正すれば、教師のこのような間違いも減ってよいかと思います。かなり大がかりな変更にはなりますが、戦後70年以上も英語力が向上しなかったので、やるべき改革と思っています。

お礼に追加された動画について、私は人の発音を訂正できるほどの能力はありませんが、確かにusingの発音では最後に余計なgがついてますね。また、1:59のbeatutifulの最後のエルの発音も少し気になりました。日本語的にハキハキと発音していて、リエゾンの意識が足りないとも思いました。またリラックスした喉が足りず、低音の響きが少なく、高音の一本調子で抑揚が少な過ぎるとも思いました。
しかし、この動画の発音以上のレベルを小学校の先生に求めるのは無理と思います。この動画レベルの発音でさえも求められないと思っています。小学校の先生がこの動画の発音が出来ればむしろレベルが高い方と思います。

やはりネイティブ講師に発音は任せ、担任の先生は裏方に回るのがよいと思いますので、文部科学省は十分な予算を財務省に認めさせるように頑張ってほしいと思います。
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この回答へのお礼

解決しました

再度の回答ありがとうございます。

>また、1:59のbeatutifulの最後のエルの発音も少し気になりました。
そうなんですよ。それと、母音にも意外と無頓着のようです。
ところで、その女性は ご自分のサイト(http://makki-english.moo.jp/6animal.html ) で、 animalという単語にカナで「アニマる」と発音が書いております。
でも、ネーティブの発音では むしろ「エナモー」に近く聞こえますが、「エナモー」も正確な発音ではありません。https://ja.forvo.com/search/animal/en/ で音声を聞いてください。
ちなみに、言語のボタンを フランス語やスペイン語にシフトすると 「アニマる」と聞こえます。まあ 確かに、フランス語やスペイン語の発音でも 英語ネーティブに通じないことはありません。しかしながら、キチンとした発音を身に付けておかないと、ネーティブの発音が聴き取れなくなる惧れが出て来ます。それにしても、英語の学習サイトに フランス語やスペイン語の発音を書いても仕方ありませんよね。

お礼日時:2020/11/02 05:00

文科省が目指す小学校の英語教育の目的がわからないので無駄かどうかもわかりません。



発音の話でいえば、10歳頃までには発音が固まってしまうと聞きます。小学校の英語教育は3年生からということなので、既に脳が日本語に順応してしまっているので、無駄と思います。発音練習をやるなら、まだ脳が柔らかい幼稚園とか保育園でやった方がいいでしょう。

また、小学校3年生以上であれば、既に日本人的な行動が確立していて、例えば、ネイティブ並みに発音したらクラスで浮くだけで尊敬されることはないと予想します。なので、むしろ英語が得意な人が英語嫌いになる逆効果が発生しないか心配になります。

小学校から始める意味は英語への抵抗感を無くすためかもしれませんが、上記と同様の理由で、すでに抵抗感を外すのは難しい年齢に達している可能性があります。但し、最近の子供は精神年齢が低下しているとも聞きますので、まだ大丈夫かもしれません。

なお、英語に点数をつけることになったら、完全に逆効果となるでしょう。私は学校で学ぶ意味は、その教科を好きになってもらうこと、少なくとも嫌いにならないことと考えています。学校で教えられることなど限られており、社会人になってからも自ら学び続けられることが重要です。しかし、嫌いになってしまったら自ら勉強することは難しいでしょう。
なので、いくら点数が100点でも、その教科が嫌いであれば学習効果としては0点と考えています。

私は学校で授業をする目的は、その科目の楽しさを伝えることにあると考えています。小学校の教員が英語の楽しさを伝えられることができるか大いに疑問がありますが、楽しさを伝えられなければ、無駄と思います。

投稿者が仰るように、教員が昭和の学習法しか知らず、英語には苦手意識しかないようでは、正しい内容を教えられるかどうかの本来は前段階である英語の楽しさを伝えることはできないと予想しますので、無駄になる可能性が高いのではないかというのが私の予測です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>発音の話でいえば、10歳頃までには発音が固まってしまうと聞きます。小学校の英語教育は3年生からということなので、既に脳が日本語に順応してしまっているので、無駄と思います。
いや、小学3年生くらいが 英語の初め時ですよ。発音が固まりかける直前ですので まだ間に合います。
ところで、↓の動画の 4:43頃を聴いてください。

https://www.youtube.com/watch?v=Ju2cyG_Q1Nk&feat …
動画の女性が
"Can you make basic sentences with using Ichiro and popular?"
と言っています。全体的に下手ですが、特に気になるのが、usingの発音です。
【júːzɪŋ】と発音すべきろころが、【jɯːdzɨŋg】みたいになっています。

その女性も 中学で英語を習い始め、恐らく、先生も発音には無頓着だったので、このような微妙な発音の違いを識別できないまま 大人になったと考えられます。

お礼日時:2020/11/01 21:33

お礼ありがとうございます。



問題はそこです。

仮に英語教育の目標が、日常会話など外国の方々とのコミュニケーションだけ、または、第一目標とするなら、発音は大切です。
(ただ、お世辞にも上手とは言えない発音の方でも、場数さえ踏めば、それほど支障のない程度には意思の疎通はできるようです。話す側聞く側の双方に理解や配慮があればなんとかなるようです。)

しかし、異文化を理解したり取り入れたりするのが目的であれば、文献に頼ることが殆どですので、発音などはあまり重要ではありません。文法が重要になったりします。以前にもまして、理系や技術系では多くの大学生が英語の文献を読み下すのに苦労するようになっています。これは、中学で以前のようには文法に触れなくなったせいでしょう。

やはり、まず英語教育の目的を明確にして、それが複数あるなら、その優先順位やカリキュラムをはっきりさせるべきだと思います。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。

再度の回答ありがとうございます。でも、いずれにしても、小学生のうちは日常会話など外国の方々とのコミュニケーションに重点を置いた方がいいと思います。また、異文化を理解したり取り入れたりするのが目的であっても 文法は中学からでも遅くありません。

>以前にもまして、理系や技術系では多くの大学生が英語の文献を読み下すのに苦労するようになっています。
これは国語力の低下とも関係あるかもしれません。例えば deductiveという単語がありますよね。辞書には「演繹的な」という訳語がありますが、
「演繹」の意味が分からなかったりすることが往々にしてあります。

1つ言えるのは、学力偏差値が70以上の児童に語学の英才教育を施すと、演繹的な思考に長けていて、しかも 子供の柔軟な感性も備えているので、驚異的な能力を発揮します。でも、英語教育の趣旨って そんなんじゃないはずです。

お礼日時:2020/10/29 15:05

お考え、もっともだと思います。

英語教育の重要性はよく取り沙汰されますが、英語教育が目指すべき方向についての議論がほとんどなく、文科省に至っては、あれこれ文句をつけられない様に内容やカリキュラムを作っている様にさえ見えます。
個人的には、小学校における英語教育は、おっしゃるようにあまり文法にこだわる必要はない、むしろこだわるべきではない、と思います。それ以前に多くの表現、文学的な表現、学術的な表現、日常的な表に表現等々に触れさせるべきだろうと思います。

しかし、私は発音にはそこまでこだわる必要はないと思っています。rとl、thの発音など日本にはない音まで正確に発音させる必要はないと思っています。東南アジアに限らず英語圏でない国々出身の方々のあまり上手でない発音でも、ある程度は聞く側が補ってくれますから。
ただ、themeをテーマと発音するのは明らかな勘違いで、英語教育云々の前に教員の資質の問題だと思います。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>しかし、私は発音にはそこまでこだわる必要はないと思っています。rとl、thの発音など日本にはない音まで正確に発音させる必要はないと思っています。
#1さんの考えに従うのなら、そうでしょう。でも、英語が聴き取れない理由は発音をしっかり学ばないことに原因があります。↓の動画も参考ください。

https://www.youtube.com/watch?v=s66-fCbnrsk

これが出来ないと、洋画を字幕なしで気楽に楽しむこともできません。
例えば、アナと雪の女王の主題歌の Let It Goも レット・イット・ゴーには聞こえません。つまり、文字にすると分かるのに、耳で聞いて分からないことが多発します。


余談ですが、私は大学でフランス語を学習しましたが、発音が上達した学生も多かったです。逆に、英語の方が 中学・高校で変な癖が付いてしまって 癖を矯正するのに、フランス語の発音を覚えるよりも苦労している学生も数多く見かけました。

お礼日時:2020/10/29 08:29

日本での英語の学習は、知能を鍛える手段として英語を利用している、の一言に尽きます


そこが理解出来ていませんね
英語を習得するための英語勉強ではないのです
語学なんてものはその国に行けば幼稚園児だって喋ってる

これは例えば社会科だと顕著ですね
莫大な量の単純な暗記を強要されます
ほぼ、何の役にも立ちません
ではなぜこんな勉強をさせている
それは暗記の能力を身につけさせるため
質問者さんの考えによれば社会科だって殆どは不要だということに

でも言う事は分かる
英語を勉強のための手段としてではなく、語学能力習得のための手段として学習させようとし始めたのはつい最近
現在は試行錯誤の段階ですらないというのが実情です
今から色んな事が必要になって来るのでしょう
批判はごもっともであり正論ですが、時間のスパンをもう少し広く見る事も大事かと感じます
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>日本での英語の学習は、知能を鍛える手段として英語を利用している、の一言に尽きます
なるほど。でも、そも目的なら、外国語は英語でなければならない必然性もなくなりますね。中国語でも韓国語でもフランス語でもいいわけです。

お礼日時:2020/10/29 07:47

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