都道府県穴埋めゲーム

桑原 隲蔵・宮崎市定
「東洋文明史論」によるとシナでは人肉食やカニバリズムがあったそうです。
ただ、それなら日本には人肉食やカニバリズムが無かったのかというとそんなことなくて、氏家 幹人『大江戸死体考』平凡社でも日本人のカニバリズムについて検証はされています。
本書では明治3年3月付けで刑部省が弁官あてに提出した公文書が引用されていて
旧幕時代から斬罪やさらし首になった罪人の死骸を割いて胆や露天蓋(頭蓋骨)、陰茎等を採取し、売買・食用することが日本全国でひろく広汎に行われています。
これらを食べることが本当に体に良いのか?
大学で調べて欲しいと。
ここでいう大学は文部省の前身。弁官から人の胆や頭蓋骨や陰茎等に薬物としての特別の効能があるかと下問された大学側は、同月14日の公文書で、そんなものを食べることが身体に効くと信じているのは無知蒙昧のなせる業で、病気治療には寸分の効果も無いとのことで禁止される課程も検証されていました。
本書に書いてある通り、
江戸時代は『日本全国で、ひろく広汎に』行われていたわけです。
ゆえに、禁止されましたが、
日本でもシナでも人間の身体を食べることや売買が行われていた、ということは、お隣の朝鮮では、同じことはやってなかったのか?という疑問も生まれました。
実際どうなんでしょう?
人身売買じたいは当時の李氏朝鮮でもあったと思います。
日本軍が朝鮮人従軍慰安婦募集したときに、朝鮮人の人身売買業者が朝鮮人売春婦を集めた記録はあるので人身売買じたいは当時の朝鮮人も、やっていたことは分かりますが、
人間の身体を解体して売買したり、食べることを当時の朝鮮人が、やっていたのか?分かりません。
分かる人いましたら教えてください。

A 回答 (4件)

・人身売買について



朝鮮では白丁のように奴隷階級と言えるものが存在し、
李朝末期ごろから度々四民平等のような通達が出ました。
例えば洪範14条「人は家柄素性に関係なく雇用される」
などもありますが、ほぼ有名無実でした。
奴隷制度が本格的になくなったのは日本に併合されてから。

しかし、慰安婦制度のように雇用契約を逆手にとって
人身売買は行われていました。
よく名前の出る人ではイ・オクソン氏は韓国の公式でも
最初にうどん屋へ売られて慰安所行かされています。
(日本が取り締まれなかった瑕疵はありますが、
 日本が慰安婦にしたわけではないと考えます)
「借金の担保として働かせる」を人身売買と規定するなら
現在でも行われています。


・カニバリズムについて

カニバリズムは食人の習慣を指します。
一方で緊急避難で仕方なく食べたものは共食いで異なります。
日本の場合、ひかりごけ事件はカニバリズムではありませんが
小笠原事件は(本当なら)カニバリズムと言えます。
ソニー・ビーンのような人肉の売買はほとんど見られませんが、
(近年の北朝鮮で飢饉による人肉食があったと報道はあります)
カニバリズムには薬として使用するものがあります。

韓国・朝鮮においては、薬として人肉が使われることがありました。
約10年前に人肉カプセルを中国から輸入していることが判って
問題になりましたが、この原料は胎児や死産した乳児だそうです。
ただし、一部は胎盤が使われているという意見もあり、
胎盤であれば現在でも日本でプラセンタ製剤が使われています。
(過去には産科から廃棄物で一般に出回っていましたが、
 現在は感染症等の理由で特定生物由来製品として扱われており、
 すべて個別に管理されるので、錠剤は一般に市販されていません)

朝鮮では割股といって、病気の親にじぶんのもも肉を食べさせる
という行為が孝行の一つとされていました。
一部で有名な独立運動家の金九も行っていたそうです。
また、子供の生き胆が万病に効くという考えがありました。
特に不治の病とされたハンセン病に有効とされたので、
日本統治時にもそれなりに行われていたようです。
有名なものには「京城府竹添町幼児生首事件」(1933年)
があります。

カニバリズムと言える民間療法の話は世界中にあるので、
韓国・朝鮮だけの特別な習慣というものではないと考えます。
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人身売買とカニバリズムはイコールでは在りません。


人身売買は奴隷としての取引が殆どであり、カニバリズムとは別と考えた方が良いと思います。

人食に付いては、遭難事故や精神異常など非常に特殊なケースはあちこちで見られます。また、一般的に知られていない特殊な事情も考えられますが、これを以て、カニバリズム文化として捉える事は、間違いと思います。同様に、南洋の土人による人食い人種の話しもありますが、噂やデマ、異文化への偏見の類と思います。内容の話が特殊で非常に怪しいです。
つまり、一般的な文化として、広く在ったのかと言う視線が大切と思います。

対して人身売買は、奴隷としての取引が殆どの国でありました。
日本では豊臣秀吉が「天正十五年六月十八日付覚」で「大唐、南蛮、高麗江日本仁を売遣侯事曲事、付、日本ニおゐて人の売買停止の事」と人身売買禁止令を出していますので、在ったという証拠ですね。

以上の前提で、厳密にこれを考えた場合には、
朝鮮と日本にはカニバリズム文化は無かったと思います。
しかし、中国にはカニバリズム文化は存在します。
【資料:食人宴席 黄文雄 p.s.気持ちが悪くて本は捨てました・・・】
大正八年の日本の新聞でさえ「ロシアで支那商人が人肉を販売しているところを、官憲が捕らえて銃殺した」という記録があります。
その他、人食の記録は山ほどあります。中華思想では、周りの国々を東夷北狄西戎南蛮と呼び、獣扱いしています。この辺りの人種差別文化が、カニバリズム文化の発祥元ではないでしょうか・・・
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> 人間の身体を解体して売買したり、食べることを当時の朝鮮人が、やっていたのか?分かりません。



分からないことには変わりがないですが、中国や日本と同様程度のことがなかったと推定する根拠は、ないでしょう。

https://web.archive.org/web/20100123063456/http: …
まず、医薬品製造用の利用について述べる。人体は昔から、医薬品そのものとして、あるいはその原材料として利用されてきた。極端な例としては、人肉が治療のために医薬品として食された例もある(人体の食糧としての利用―カニバリズム ―については前述)。
 中国には、人体のあらゆる部分を医薬品として用いることを述べている本がある。中国の代表的な本草(博物学の色彩をもつ薬物研究)書である『本草綱目』(李時珍著、1596年頃刊)である(人部第五十二巻)。この本は、骨や爪はおろか、髪の毛、陰毛、精液、ふけ、耳垢、歯くそ、大便、尿にいたるまで利用できることを述べている。まさに人体の徹底利用である。この本は後に日本にも入ってきて、翻訳本が出た。
 さらにいうならば、ヨーロッパでは15世紀から17世紀にかけてミイラを医薬品として利用することが大流行した(25)。当時、ミイラは非常に貴重な薬であったようである。これも日本に伝わってきている。ほかに、ヨーロッパでは死体から採取された脂肪なども医薬品として用いられていたようである。
 なお、日本でも昔から、脳(脳漿)、肝臓、肺、心臓、人骨、人肉、胎児などを医薬品として用いた例がある(26)。それらを薬餌として服用するのである。明治、大正時代など、墓を暴いて人骨を盗んだり、火葬中の死体から脳漿を盗んだりする事件が発生している(27)。
 ところで、漢方では胎盤は昔から薬(滋養強壮薬)として用いられてきた。前述の『本草綱目』にも「人胞」(および「紫河車」)の名で胎盤に関する記述がある。現在でも中国では、「紫河車」の名で売られている。なお、日本でも、地域によっては、胎盤を料理に混ぜて食べる風習があった。現在、日本ではヒト胎盤製剤が滋養強壮剤(錠剤)として販売されている。胎盤ドリンクもある。これらは当然、商品である(28)。

(25)ジョージス・マクハーグ(小宮卓訳)『世界のミイラ』(1975年、大陸書房)189頁以下、アンジュ=ピエール・ルカ(羽林泰訳)『ミイラ』(1978年、佑学社)197頁以下等参照。
(26)礫川全次『犯罪の民俗学』(1993年、批評社)69頁以下参照。
(27)たとえば、大審院判決明治26年9月28日、長崎控訴院判決明治42年9月16日、大審院判決大正14年10月16日等参照。
(28)ロート製薬や日本生物製剤などが製造、販売している。ほかに、ビタエックス薬品工業が製造し、それを森田製薬が発売している。私はいくつか試飲したことがある。なお、山口研一郎「授かる子からプログラムする子へ」野田政彰編『あの世とこの世』(1996年、小学館)57頁は、胎盤の各種利用について述べている。
(29)『好色一代男』の中には爪の売買も出てくる。
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中国では天候不順や戦争など人災のために、局所的食料不足がよく起こっているほか、論語に孔子が人肉の塩辛が大好物だったことが明記されているほか、三国志でも劉備一行をもてなすために妻を殺し、その肉で饗応した話もあるように、近世まで公然と人肉の売買と人肉食が幅広く行われていたことは間違いない。


近世には、持ち金を盗まれた商人夫婦が故郷に帰れなくなり、妻が夫に「私を肉屋に売り、そのお金であなただけでも帰ってください」ということで夫は苦悩したものの妻を売ってしまった。さらに苦悩を深めた夫の姿を怪しんだ善意の人が現れ、「そんなことをしてはいけない。私がお金を出そう」と二人で肉屋に駆けつけたが、妻はすでに豚肉などと並んで肉屋の軒先に吊るされていた。という記録が残されている。

さて、朝鮮だが、古代は人体そのもののカニバリズムは風習としては無かったようだ。少なくとも人肉食の記録はない。
精々日本と同じように中国の漢方的考え方の影響から、死体の薬効があると信じられていた部分が治療や強壮の一環として食されていた程度だったと思われる。しかし、朝鮮は中国の影響を非常に強く受けたため、中国的な食料としての人肉食文化は入ってきていたようだ。

その現れのひとつは元寇の記録に残っている。壱岐の島が元軍に攻められ、「男は皆殺しで、女は掌に穴を開けられ縄を通して船縁に吊るされた」と『新元史』に記され、日本側が記録した絵にもその吊るされた女たちが描かれている。

問題は何のために女たちが船縁に吊るされたのかだ。私がその絵を最初に見たのはガキの頃の日本史の教科書だったと思う。その時は何て残酷なことをしたのかと驚いたものだが、いい年になってから知識が深まると、残酷どころの話ではなかったことに気付いた。
これは明らかに食料用に血抜きするために船縁に吊るしていたわけだ。

元軍とはいえ、主力は高麗兵たちだった。元寇で押し寄せていた高麗兵、つまり朝鮮人は人肉食にある程度慣れていたからこそ、何の迷いもなく当然の如く、日本の島女たちを船縁に吊るしていたのだろう。
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