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日本はこの大東亜戦争で何を失い、何を得たのか

A 回答 (9件)

〔回答〕



日本はおびただしい人命、海外領土、権益、国際信義、軍隊、国体、国富を失い、平和、民主主義、象徴天皇制、繁栄の礎(いしずえ)を得ました。

〔解説〕

今どき「大東亜戦争」という言葉を使う人は、時代錯誤かネトウヨかと思われてしまいます。
戦後もしばらくの間、使われることはあったんですよ。自民党だけでなく社会党の国会議員なども口にしていました。なにしろ、青春時代が大東亜戦争だったような人たちですから。
しかし、戦後生まれが社会の中堅となって、(公の場では)あまり使われなくなりました。その転換を示す、下記の国会答弁をご覧ください。

衆議院決算委員会 1983年5月19日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/109804103X00619830519
〔引用開始〕
140 三浦久(日本共産党)
 この大東亜戦争という用語が出てきたのは、昭和十六年の十二月八日に当時の東條内閣がアメリカとイギリスに対して宣戦の布告をいたしました。その四日後の十二月十二日に東條内閣の閣議決定が行われまして、「今次の對米英戰は、支那事變をも含め大東亞戰争と呼稱す、」そしてその理由は、大東亜新秩序建設を目的とする戦争だからである、こういうように定義づけているわけですね。そうすると、これは当然、大東亜戦争というのは大東亜の新秩序を形成するための正しい戦争であった、そういう価値判断が入った言葉だというふうに私は思います。
 そういう意味で、私は、今後、政府の公式発言とかまた公式文書、そういうものではこの十五年戦争を大東亜戦争というふうに呼ばない方がいいと思っているのですが、総理の御見解はいかがでございましょうか。
〔中略〕
143 中曽根康弘(首相)
 その問題については、政府は特別の決定をしてないのではないかと思います。ですから、わりあいに自由に、皆さんが自分がいいと思う方法で発言しているのではないか。しかし私は、いわゆる大東亜戦争というものは、私の著書では間違った戦争であると書いてあります。その点はもうちょっとよく調べてもらえばわかります。
 どういうふうに正式に呼ぶかどうかということは、これは法的には法制局長官に聞かないとわかりませんが、私はやはり戦後の政治家として、この大きな悲惨な事実というものを反省して、そしてあのころ東條内閣が決めたそういうものが果たしてそのとおり真実なものであったかどうか、世界の歴史の批判にたえ得るものであったかどうか、これは厳正に検証し批判されなければならぬことがあった、私はそう思いますから、大東亜戦争という名前を私は公式には使わぬ、私自体はそういうふうに考えておりまして、公式には余り使ってないと思います。しかし、私的に使うことは、何しろ飛鳥田さんと同じ時代に育った人間でございますから、言うことはあると思います。
〔引用終り〕

このように、首相が「大東亜戦争という名前を私は公式には使わぬ」と答弁しました。「私自体はそういうふうに考えておりまして」とも断っていますが、実際に中曽根首相以降、公の場で「大東亜戦争」という言葉を使うのは、右翼諸派、あるいは自民党の中でも右派の人たちくらいに減っていきました。そのことは、この国会会議録で検索してもだいたいつかめます。

ネトウヨさんは得意気に、「昭和十六年に東條内閣が閣議決定した」ことを根拠として挙げるのですが、逆にそれが弱点なんです。「正しい戦争であった、そういう価値判断が入った言葉」と言われてしまうからです。
中曽根首相もそこを突かれて、「東條内閣が決めたそういうものが果たしてそのとおり真実なものであったかどうか」、「厳正に検証し批判されなければならぬ」と答弁して、「大東亜戦争」を公式には使わない方向になっていきました。
ネトウヨさんは、「逆にそれが弱点」ということが分からないようです。

また、私は冒頭で民主主義を得たのは戦後と述べましたが、それでは戦前戦中は民主主義じゃなかったのかとさかのぼりますと、政治学でいう「権威主義的民主主義」でした。これは権威主義と民主主義の中間というか、ひどい場合は反民主主義に堕(だ)していました。
ネトウヨさんは、独裁じゃなかったら民主主義と思ってるらしいですが、民主主義の反対は「権威主義」です。権威主義の一種が独裁主義です。

1981年東大入試の日本史で、次のような記述問題が出ています。
「帝国憲法の時代の内閣がこのように短命であったのは、いかなる理由によるものと考えられるか」

ネトウヨさんなら、「短命であったのは、当時の日本が独裁ではなかったから、民主主義だったから」と答えちゃいそうです。
しかし、これの正解例(模範解答)は、当時は内閣が元老・枢密院・陸海軍などの勢力から掣肘(せいちゅう)を受けるような制度だったため、と説き起こしています。そして、内閣に制約を及ぼしたそれらの勢力は、国民(臣民)の選挙で選ばれた民主的な機関ではありませんでした。つまり、「民主主義だったから」などと回答するネトウヨさんは、逆立ちしても得点できないでしょう。
また、戦前戦中の国体と戦後の象徴天皇制との間には断絶がありました(憲法学でいう断絶説)。
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多数の優秀な人材。


残ったのは軍隊という官僚機構のエリートとカスみたいなの。
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大日本帝

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失ったモノ



自立、自尊の精神。
米国のポチに成り下がり、中韓や
北朝鮮に怯える情けない国に
なりました。



得たモノ

経済力、民主制。
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脳内造語を語られても・・・。


(帝国政府制度ねぇ・・・「アメリカ式民主主義」には同意)




まず、間違い探しから。

「大東亜戦争」とは閣議で正式に決定した日本での正式な名称です。
これを変更させるのは、主権や国体への侵害行為。
(バ○が誤解しているように戦勝国なら何でもできるわけではありません)


そもそも日本は明治から民主主義です。
無知ほど独裁やら現人神による専制を騙りますが、明治憲法は立憲君主制です。
天皇の権限は制限されており神ともされていません。
そんな事を謳ったら、諸外国からまともな文明国とは見做されず、憲法を制定した意味がなくなります。

戦前戦中の民主主義が完璧だったとは言いませんが、
上手く機能しない=独裁や民主主義ではない ではないと思います。

そして、私は戦勝国の当時の日本の民主主義への評価を正当なものだと思っていません。
彼らが「民主化」と称して破壊した今の日本を、当時の日本が目指し実現するべき未来であったとも思いたくありません。


軍部が~とか独裁だ~とか言っている人は、戦前に内閣が何度交代したか知っているのでしょうか。
確かに軍と議会は対立していましたが、どちらかが独裁できるなら、交代など起きないと思います。
東條首相も議会とぶつかって辞任していますし。




これも誤解されていますが、天皇の人間宣言はデマです。

そもそも、天皇は最初からカミとは思われていません。
天皇はカミの末裔ですが、カミではありません。
古事記では神武天皇からの世を「人代」、それ以前を「神代」としています。

天皇が現人神として教えられたのは終戦直前の一時期だけです。
戦争とは、国の全てをその為に動員します。どこの国でも自国の正当性を主張する為には、愛国心や正義や民族の優秀性や神話など、使えるものは何でも使います。
戦前の日本では、現人神と教えていたとか言う人達は、そんな時期の教育を受けてしまったり、調べもしないで願望からそれを確信にすりかえて過剰に言っているだけです。


このようなテーマの質問はここでも一部の方が(執拗に)語っているようですが、
それの根拠は1946年のいわゆる「人間宣言」だと思います。
しかし、実際に陛下が発表されたのは【日本建設に関する詔書】というものです。
その詔書では、陛下は「わたしゃただの人間だよ」などと言ってはいません。
「人間宣言」なる語句も使われていません。

「新日本建設に関する詔書」
https://ja.wikisource.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B9%B …


内容は「五箇条の御誓文」を改めて国民に示すものでした。
そして「五箇条の御誓文」自体も話し合いや議会で政治を行う事を宣言したもので、天皇を神格化したものではありません。

【五箇条の御誓文の内容】(原文と口語訳)
https://rekisi.info/gokajyougoseimon.html


この勅書がだされた理由ですが、【「天皇=神 と日本人が思っている」と思い込んでいた】からです。
GHQは日本の神道を衰退させようとしており、「勅書」の前に「神道指令」を出していました。


(3:15 これは前年の神道指令を出すときにすでに予定されていたもので、「神道指令」の大前提として、天皇自身に神格を否定させよう、「人間宣言」させよう、とGHQは考えたのだ。

ただし、この詔書を一読すれば明らかだが、昭和天皇の主眼は「五箇条の御誓文」をあらためて国民に示し、日本には独自の民主主義の伝統がある、ということを思い出させ、日本国民の生きる道を指し示すことだった。
祖父明治天皇が近代日本の国づくりの根本方針として定められていた御誓文を、これからの新日本建設のための拠り所として示すことによって国民の士気を鼓舞しようとするものだった。

3:55  GHQが天皇に「人間宣言」なる意味不明の宣言をさせたわけは、GHQは天皇は西洋のゴッドと同じととんでもない誤解をしていたからである。
日本の神はゴッドとはまったく違う。日本の神は集団の一番上という意味である。)



「人間宣言」という誤解が広まっているのは、とある人達が、自分達の主張を正当化するため、無知な人たちに
【戦前=軍部と天皇が独裁していた暗黒時代】
と思い込ませようと捏造した歴史観です。


また「彼ら」の言い掛かりの始末をさせられる季節が来たのか・・・
(放置すると無知が真に受けるし)
「日本はこの大東亜戦争で何を失い、何を得た」の回答画像5
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『大東亜戦争』なんて単語は、中国がアジアを支配するのと同じロジックを支持するやつが使う言葉ですので、何かに感化されて使っているようなら考え直した方がよいです。


だいたいバカウヨなどは犬をうまいうまいと言って食うようなやつらですから、私は大嫌いですw
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失ったものは、帝国政府制度。

得たものは、アメリカ製民主主義。
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民主化が進んだ事しか思いつきません

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天皇が神様であることを失い、また多くの国民を失い、



アメリカの保護を得た。
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