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単純に"平氏(へいし)"は"平家(へいけ)"と呼ぶことがあるのに
"源氏(げんじ)"は"源家(読み?)"と呼ばれることがあるのでしょうか?
 
鶴岡八幡宮にある 源平池は 平家池と源氏池と呼ばれているが
なぜ片方が"家"で もう片方は"氏"なのでしょうか?

A 回答 (5件)

少々混乱しそうですが、以下。


 
https://xn--u9j228h2jmngbv0k.com/2018/11/%E5%B9% …
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平氏は、身分が高くて公の人が多かったので平家と呼ばれていました。

語呂がいいからではないです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2022/03/09 16:44

「源家 (げんけ)」という表現もないことはないようだけどね.



「源氏」全体を指すケースと, たくさんある源氏のうちの 1つを指すケースの両方があるみたい.

Wikipedia でもところどころで「源家」が出てくるよ.
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2022/03/09 16:45

「平」というのは、日本において皇族が臣籍降下するときに名乗る氏の一つです。


「平氏」とは、その臣下に下った平姓のすべての一族を指す言い方です。
一方、「平家」とは、多くの平氏の中の特定の一族だけを指す言い方です。
日本史上「平家」とは、平清盛一家だけを指します。

これと同じことが、皇族が臣籍降下した源氏にも当てはまります。
ところが、「源氏」に対して「源家」と聞くことはありませんね。
源氏は中央政界の権力争いの中で藤原氏に負け、保元・平治の乱(1156年・1160年)で平家に負けたために、一族が全国に散らばって土着しました。
そのため、平清盛一家のように中央に強力なファミリーが現れず、「源家」は生まれなかったのです。

平姓を名乗ることの正当性。
平安時代に平氏が台頭したとはいっても、京都で貴族となった平氏は少数派。
大多数は全国に散って地方の領主となり、武士となっていきました。
その時に、平氏ばかりではややこしいので、それぞれ自分の領地の名前を「苗字」としました。
「北条」とか「三浦」一族もみんな本当は「平氏」で、「北条義時」も正式には「平義時」といいました。

一方、京都の貴族である平氏は、自分たちは本家だと思っているので、苗字を名乗らず、平姓のままで「平清盛」といった具合に名乗りました。
そして、平清盛の「家族」たちはみな京都で貴族をやっている「平家」だったのです。
「平家」とは、武士よりむしろ貴族の家柄、という感じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2022/03/09 16:18

範囲の広さは、氏>家、平家は平氏の中の特定の一家を指す言葉です。



勝てば官軍というように、勝者である源氏によって歴史は作られ(語られ)ているため、平家は悪者にされています。実像の平清盛なんて、かなり好感の持てる人物だったりします。
でも敗者ですから悪者扱いです。他の平氏の人たちに、あれは平氏のことではなく平清盛の平家のことなんですよってことで語っているのです。
逆に源氏のものは、何もしていなくてもオレはあの源氏のものなのだぞと言い張るわけですw
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2022/03/09 16:45

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