「学問に王道なし」ということわざがあります。
学問の道を追究するには、安易な方法や楽な道はなく、地道な努力が必要であるという意味だと理解しています。
この事から、「王道」とは、安易な方法とか近道という意味だと思っていました。
しかし、最近、「素材を生かし、かつ熟練された技術で作り上げられた、○○の料理こそ、フランス料理の王道だ。」などという使われ方をよく耳にします。
この場合の、「王道」の意味はニュアンスからは、「正当なもの」、「神髄」、「真っ当な方法」といった意味に聞こえます。
私の所有している「広辞苑」には「王道」という項目は記載されていませんでした。
「王道」の本来の意味を知りたく、お尋ねします。
ご回答をよろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

この質問は面白いですね。

勉強になります。

「王道 学問 安易」でGoogleの検索にかけると、「王道」の辞書上の意味と、実際によく使われている意味とのずれを不思議がっているページがたくさん見つかりました。

たしかに、「王道」は辞書上、「安易な方法」「近道」の意味ですが、実際は「正攻法」とか「定石」「基本」の意味でよく使われているようです。

いままさに、私たちは意味が変化している語をまのあたりにしているのでしょう。「もと誤用」など注釈つきで辞書に載るのも近いかもしれません。
    • good
    • 8
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
私も、上記キーワードで検索をかけてみました。
辞書上の意味と実際に使われている意味とのずれを指摘している方がいて、私と同じ様な疑問を感じている人がいたのだなあと、ちょっと嬉しくなりました。
確かに、言葉は生きていて、日々変化しているものです。
「あたらしい(新しい)」という言葉も、本来は「あらたしい」が正しかったようですが、江戸時代(?)に「ら」と「た」を入れ替えた話し方が流行り、定着したと聞いたことがあります。
その名残か、今でも「あらた(新た)」という言い方は残っていますね。
最近では、「ぜんぜん」という言葉が、本来は否定の言葉の前につくはずが、「ぜんぜん大丈夫」などという肯定の表現に使う人が増えてきました。
これに関しては、一部の辞書では、必ずしも間違った表現ではないとされてきているようです。
大多数が良しとして使うようになれば、日本語として認められる様になるとは思いますが、最近の「王道」の使われ方は、私には何となく違和感が強いので、この様な質問をさせていただきました。

お礼日時:2005/03/27 22:15

手元に資料(根拠)がなくて、記憶だけなのですが。



王道には、2つの意味があります。

「学問に王道なし」の諺はたしか、ローマ時代の話ではなかったかと思いますが。
ようするに王座にあるものは苦労などする必要が無いという、ヨーロッパ系の考えのようです。
たとえば昔はヨーロッパの王室の子供は、当時は悪いことをした子供はムチで叩くのが普通だったのに、王室の子供は本人でなく代わりに叩かれる役目の人がいました。
特権というのではなくて、王の苦労する事は国の事だけであり、肉体的労働は別の人間の分担するべき事という考えです。

王道が正当・正義という考えは中国系の考え方のようです。
もっとも三国志の世界でわかるように当時の王室は公正でも正当でもなかったのですが。
王というものは、そのように行動すべし、という願望なのかもしれません。

最初の学問に王道なしという言葉も、不正という意味ではありません。
余計な(不要な)苦労などせずに、もちろん適正な対価を払って、結果だけを手に入れるという事は学問の世界ではできませんという意味のようです。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
なるほど、ヨーロッパ系と中国系の二通りの考え方があるのですね。

お礼日時:2005/03/27 21:50

漢語で「王道」というとき、まず思い浮かぶのは孟子の「王道政治」です。


 「覇道」:力で制する政治
 「王道」:徳で導く政治

しかし、「学問に王道なし」ということわざは、
 There is no loyal road in learning.
を日本語に訳したもので、loyal road は特別に用意された王様専用の通路のことです。たとえば、赤い絨毯が引かれた豪華な宮殿の中の通路を思い浮かべればよいでしょう。

学問の道は楽に通れるものではなく、険しい道を自ら努力して切り開きながら進むものだ、コツコツ努力することが大切だということでしょう。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
「王道」の本来の意味は、孟子から来ている「徳で導く政治」なのですね。
「学問に王道なし」は英語のことわざから来たものだとは知りませんでした。
非常に勉強になりました。
ところで、私が質問の中で例として上げた、巷でよく使われる「フランス料理の王道」などという表現は、どうなのでしょうか?

お礼日時:2005/03/27 21:44

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qドラマの打ち切りについて ドラマの打ち切り打ち切りってネットで騒がれることがあ

ドラマの打ち切りについて











ドラマの打ち切り打ち切りってネットで騒がれることがあるりますよね、今期でいうと「ラヴソング」「お迎えデス」他。
私からしたら打ち切りじゃないと思うんです。大体ドラマって10話くらいで終わりのはずなのに打ち切りと言われるばかり…今の世の中視聴率悪いって〜5%くらいの事をいうと私は思ってるんですが。

質問はですと、今期のドラマで本当に打ち切りの作品はありますか?
本当に打ち切りになったドラマは過去どのくらいの視聴率だったのでしょうか?

Aベストアンサー

ここ2,3年のドラマは、日本テレビの木曜23時台の枠(今ドクターカーをやってる枠)が基本的に12話で、後のドラマ枠は基本10話予定で力や製作費をかけているドラマだと11話で予定しているのではないかと思います。

1クールフルに使って13話作れますが、最初の週は特番が入る事がほとんどで、大体2週目か3週目に初回の放送があります。
そして最終週も特番が入る事がほとんどだと思います。
したがって、3週目から開始するドラマは最初から10話の予定だと思います。
2週目から開始するドラマは10話のつもりか11話のつもりか判断出来ませんが…もしかしたら、視聴率の動向を見て途中で判断していたりとかあるのかもしれません。

ですから、話数が一桁のドラマは打ち切りの可能性は高いです。
今シーズンは『OUR HOUSE』が打ち切りと言われていましたがそうなのかもなぁ…と思います。
『ラブソング』はどうか分かりませんが、『お迎えデス。』が打ち切りという噂は初めて聞きました。
『お迎えデス。』は4月16日(3週目)放送開始の10話予定だったのではないかと思いますが、熊本地震の特番放送の為に初回放送が23日となった為に、最終話である9話を2時間にして9話10話で放送予定だったストーリーを放送するのではないかなぁ…と思うので、打ち切りではないと思いますよ。

ちなみに、2010年以降、最初に書いた日本テレビの木曜23時台以外で12話以上放送したのは、(今は廃止されたTBSの月曜20時の枠のドラマは除く)2015年4月期のTBS日曜21時の『天皇の料理番』(全12話)、2012年10月期のフジ土曜23時『高校入試』(全13話)、2010年4月期のフジ火曜22時の『チームバチスタ2』(全12話)だけなんじゃないかと思います。(私が把握していないドラマがあったらすいません)

打ち切り判断の視聴率ですが、放送している時間帯も大きいと思いますので、一概には言えませんが、21時22時の時間帯で6%台前半が続いたら打ち切りの危機、それ以降の時間帯だと3%台が続いたら打ち切りの危機だと私は思います。

このサイトがドラマの視聴率は見やすいと思いますので参考までに…。
http://artv.info/ar1604.html

ここ2,3年のドラマは、日本テレビの木曜23時台の枠(今ドクターカーをやってる枠)が基本的に12話で、後のドラマ枠は基本10話予定で力や製作費をかけているドラマだと11話で予定しているのではないかと思います。

1クールフルに使って13話作れますが、最初の週は特番が入る事がほとんどで、大体2週目か3週目に初回の放送があります。
そして最終週も特番が入る事がほとんどだと思います。
したがって、3週目から開始するドラマは最初から10話の予定だと思います。
2週目から開始するドラマは...続きを読む

Q「学問に王道なし」の意味を教えてください。

タイトルどおりです。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

「学問に王道なし」とは、ギリシャの哲学者アリストテレスがアレキサンダー大王の家庭教師として赴任したときの言葉として、あまりにも有名ですね。 


 だれでも苦労しないで知識や知恵、物心両面の豊かな生活を得たいと思いますが、それはできない相談なのです。 様々の経験を積んで悩み苦しみながら、生きる知恵を身につけていくしかないのです。 それを安直に得ようとすればその場はしのげても、いつかは同じような問題に捕まってしまうのです。 しっかりと身に付いていない知識や知恵で、ものこどに対処するから失敗補繰り返し、そして自信を失ったり、相手や社会を恨み、最期には自分さえも恨んでしまうのではないでしょうか。

「人生にも王道なし」
人生にもまったく同じことが言えると思います。 自分に能力や経済力がないのに大きなことに挑戦して失敗するとか、相手に求めてばかりいて自分は相手になにも与えようとしないとか、基本的なことが抜け落ちていることでは、人生は辛くなるばかりだと思います。

Q王道漫画とは何なのか

先々週号のヤングジャンプ掲載の「リアル」の中で
新人の投稿作品は王道漫画がほとんどで、もう王道漫画はいらない
という編集者の発言があり、ふと疑問を覚えました。

王道漫画とは何なのだろうか、と

思い浮かぶのは、ドラゴンボールやワンピースと言った敵をバッタバッタと倒す勧善懲悪なヒロイックストーリー
しかしそれは王道と捉えつつも、それが漫画の正道かと言われると、バトル漫画という一つのジャンルでしかない。
だったらあり方ではなく、勧善懲悪・ハッピーエンドと言ったストーリー的な部分に対して王道と名付けるのだろうか?
だとすると、バトル漫画に限らずほとんどの作品が「王道」になってしまい、王道批判は漫画そのものを批判しかねない。


一般的認識の王道漫画とこの編集者が言う王道漫画は違うのだろうか?
はたまた、ジャンプではドラゴンボールやワンピ系が王道、チャンピオンではヤンキー漫画が王道、サンデーではラブコメが王道というように雑誌毎に違うのだろうか?

漫画の王道とは一体何なのだろう?

Aベストアンサー

王道とは王すなわち先駆者、成功者が築いた道。安直な道。この編集者のいう王道とはいわゆる「ベタ」のこと。
どこかで見たような設定や展開。過去に成功した作品の模倣を感じさせ独創性のない漫画のことを指しているかと思います。

人まねでないオリジナリティのある漫画を期待したいということでしょうね。

Q「細い道」と「狭い道」、「小道」二者との違い

 日本語を勉強中の中国人です。「細い道」と「狭い道」、「小道」二者のイメージはどのように違うのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただけれ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ええと、具体的に例を出した方がいいかな。

自動車運転教習時に「狭路通過」という講習があります。
「狭い道」を通るってことですが、このとき「細道通過」とは
絶対に言いません。

文学の中で「奥の細道」という有名な俳句集があります。
これは「延々と続く細い道」を意味する文学的な表現です
けど、このとき「奥の狭道」とは絶対に言いません。

要は「狭い道」というと、具体的体感的な感覚があるのに
対し、「細い道」というと、抽象的概念的な感覚があると
いうことなんです。

誰かを家に招待するときに、行く方が地図を見て「途中に
細い道があるようだけど?」と聞き、招待する方は実際に
見ているので、「いや、改良されて狭い道じゃなくなって
るよ」と答える・・・というと、イメージできると思います。

Q打ち切りになってほしい番組

打ち切りになってほしい番組、又は打ち切りになりそうな番組。
何かありますか?
ちなみに僕は、ヤッターマンは打ち切りになると思います。

Aベストアンサー

◇打ち切りになってほしい番組
       ↓
  早食い・大食い等の番組
>下品、食べ物を粗末にしてる、マナーやエチケットの全否定
 飢餓や貧困に苦しむ人々のことを少しでも感じ考えたら憂鬱になり
 申し訳なく思う。 

Q「この道より、われを生かす道なし。この道を歩く」の意味は何ですか?

こんにちは。
お聞きしたいことがあります。

「この道より、われを生かす道なし。この道を歩く」
とは、どういう意味でしょうか?何となく、意味は
わかるのですが、よく分かりません。

親戚のおばさまから送られた年賀状に、このように
書かれていました。

どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「今あなたがやっていること(道)をやめるなよ。お前(失礼)が一番イキイキしているのだから。このままやり続けなさいね」という意味だと思います。
簡単に言うと「自分の信念を貫いて、我が道を行け!!」という意味だと思います。

Q本当に打ち切りになるのでしょうか

お昼の定番である「笑っていいとも」が、来年にも打ち切りになるのでは?という噂があるのです。
私は、いつも会社の昼休みに携帯でテレフォンショッキングがすきで見ていますが、
何か放送打ち切りになるような、兆候は見られないのですがどうなのでしょうか?
本当に打ち切りになるのでしょうか?

Aベストアンサー

裏番組の台頭により、視聴率が低下してきたというのが、打ち切りがささやかれている原因のようです。
 今のところ、正式な発表はありませんが、民間放送は視聴率が全てであることに違いありませんから、このまま回復が望めないなら、打ち切りの可能性も充分あると思います。

参考URL:http://rocketnews24.com/2011/07/12/111801/

Q「曲がった道」と「曲がっている道」

先日は「見して」と「書かして」で返答していただいた方々、ありがとうございました!質問が削除されてしまいお礼を言うことができませんでしたので、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

今回は「曲がった道」と「曲がっている道」についてなんですが、
同じような二つの言葉を検索エンジンでどちらがより使われているのか検索したところ、前者が1,080,000件で後者が841,000件という数字が出ました。どうして「曲がった道」の方が使われている頻度が高いのでしょうか?

皆さんの考えや感じたことを聞かせていただけると嬉しいです!

・自分の考え
「~た」完了の助動詞
「~ている」過去・完了の助動詞、状態を表している
1.短い(言いやすい)ので曲がった道と使っている人のほうが多い。
2.曲がっているという状態の説明ではなく、曲がっている「道」についての説明をしようする人が多いので、曲がった道と使っている人のほうが多い。

Aベストアンサー

 まず、助動詞「た」ですが、『大辞泉』には

> 《助動詞「たり」の連体形「たる」の音変化》
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9F&dtype=0&stype=0&dname=0na&pagenum=11&index=12311911072100

とあります。文語(古語)の助動詞「たり」は、おなじく『大辞泉』によれば、

> 1 動作・作用の継続・進行を表す。…ている。…てある。
> 2 動作・作用が完了し、その結果が状態として存在する意を表す。…た。…ている。…てある。
> 3 動作・作用が完了する意を表す。…た。…てしまう。

と3つの用法があげてあり、
> ◆中世以降は、他の完了の助動詞「つ」「ぬ」「り」および過去の助動詞「き」「けり」などの用法をしだいに吸収し、「たる」を経て現代語の「た」に引き継がれる

との但し書きがあります。

 3つの用法のうち、1・2は、高校の古典の授業では「存続」として一つにまとめられる場合も多いと思います。

 現代語の「た」も、祖先に当たる「たり」のその用法(存続)を受け継いでいます。
 先にあげたURLの「た」の項には、

> 4 動作・作用の結果が存続している意を表す。…ている。…てある。「割れたガラス窓から風が吹き込む」

という用法があげてあります。

 ご質問の、「曲がった道」と「曲がっている道」は、どちらも文法的意味は「存続」です。

(もちろん「昨日の地震で曲がった道」(実際にこういう言い方はしないかもしれませんが、「道」でなく「線路」ならあり得ます。)という言い方なら「存続」でなく「過去」でしょうし、「あっ、線路が曲がった。」というように完了になる場合も当然あります。)

 細かなニュアンスが異なるとしても、「存続」の意味が変わらないなら、ニュアンスの違いにこだわらなければ、人は発音の楽な方を選ぶでしょう。

 たとえば「見ている → 見てる」のように語形が変化する場合、短縮される方向で変化するものが多いのです。
 そもそも「 てあり → たり(たる) → た 」という変化も短縮の方向で代わっています。
 また「 パーソナルコンピューター → パソコン 」のような略語の使用にもその傾向は顕著です。

 他の言語でも「 is not → isn't 」のように次第に短縮形が用いられるようになることが多いと思います。  

 「発音変化の経済化」とか言うのでしょうか?
 たとえば、次のURLのページには、

> どの言語でも長い歴史を欠(←原文のまま)けて発音し易いように変化してきましたので

という記述があります。

http://www.eikaiwanopl.jp/information/bestway/misunderstanding.html


 検索結果に有意な差があるととらえて、

> 「曲がった道」の方が使われている頻度が高い

とするならば、人々が、いちいち特別に意識することがないにしても、発音の経済性に従った言い方を選んでいるということが言えるのではないでしょうか。それがキーをたたく際にも影響していると考えられるでしょう。

 したがって「1」のお考えに賛成ということになります。(「た」の用法は「存続」だと考えますが。)

 まず、助動詞「た」ですが、『大辞泉』には

> 《助動詞「たり」の連体形「たる」の音変化》
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%9F&dtype=0&stype=0&dname=0na&pagenum=11&index=12311911072100

とあります。文語(古語)の助動詞「たり」は、おなじく『大辞泉』によれば、

> 1 動作・作用の継続・進行を表す。…ている。…てある。
> 2 動作・作用が完了し、その結果が状態として存在する意を表す。…た。…ている。…てある。
> 3 動作・作用が完了する意を表す。…た。…てしまう。
...続きを読む

Qストーリー設定などの”王道”

とはどういう意味なのですか?
また、漫画の感想サイトに
「王道的なストーリー」とか
「キャラクターの性格が王道すぎる」
などありますがストーリーとキャラクターで
"王道"と言う意味は変わるんですか?

Aベストアンサー

意味は変わりません。
王道=正統派、お決まりのパターン
という意味です。
「王道すぎる」とは オリジナリティがない、という意味です。
王道も時代や流行で変わりますが・・・。

Q学問に王道なし

この言葉は、本来、幾何学に王道なし(ユークリッド)だと思います。なぜ、学問に王道なしになったのでしょうか。統計学のように王道のある学問もあります。

Aベストアンサー

私はその意味を「苦労をせずに高見に登れる学問はない」と言う意味に勝手に理解しています。

ただし近道ならば知っています。これは、私の先生が教えてくれた抜け道です。その先生が言うには、
「学問の高みに登るには、ヘリコプターを使いなさい。自分の足で下から登って行ってはだめだ。途中で息切れがしてしまうから」
だそうです。

この言葉の意味は、
「その学問分野で超一流な先生の弟子になりなさい。正式にその研究室に入った公的な弟子でも、勝手に押し掛けて行って私的な弟子になるのでもでもかまいません。既に大成をしている先生は、それを目指して日夜励んでいる方よりもいろいろな意味で余裕があり、元気な人がこちらから出向いて戸を叩けば、余裕のない先生方より遥かに簡単に弟子にしてくれるものだ。超一流な先生は、何をどう理解したらその学問の核心に近づけるかを貴方に教えてくれるので、それを知っているか知らないかで、貴方のやる学問に雲泥の差が付いてしまう。」
だそうです。

もちろん、弟子に受け入れられた後、「石に齧り付き、血の涙を流す」努力が必要であることに変わりはありません。その意味では、相変わらず「学問に王道なし」といえます。

ついでに言うと、
「どんな学問でも途轍もなく複雑な問題を抱えているで、その分野の中のどんなにつまらない問題でも、それに一生、恍惚としながら、のめり込んで行ってしまう面白さを持っている。実はそれが、学問をやる場合の落とし穴であり、危険なところだ。学問を始めると、どんな問題をやってみようかという入り口を見つけることは、比較的簡単で、誰にでも出来る。一流な先生の違うところは、その落とし穴にはまり込まないように、いま現在のレベルでは、どこでその問題から手を引いて、その分野でまだ残されている他の重要な問題に興味を移して行くかのタイミングや出口を知っている。そして、それを貴方に教えてくれる。そのようにして幾つかの本質的な問題に関わる経験をした後に、場合によっては再び前の問題に帰ってくれば良いのだ。」
だそうです。

もちろん、これは私どものような凡人用の近道です。世の中にはアインシュタイン見たいに、自分の足で一気に上まで登って行けた人達もいましたが、まさか自分がそれに当たっている確率は、限りなくゼロに近いですから。

私はその意味を「苦労をせずに高見に登れる学問はない」と言う意味に勝手に理解しています。

ただし近道ならば知っています。これは、私の先生が教えてくれた抜け道です。その先生が言うには、
「学問の高みに登るには、ヘリコプターを使いなさい。自分の足で下から登って行ってはだめだ。途中で息切れがしてしまうから」
だそうです。

この言葉の意味は、
「その学問分野で超一流な先生の弟子になりなさい。正式にその研究室に入った公的な弟子でも、勝手に押し掛けて行って私的な弟子になるのでもでも...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング

おすすめ情報