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幕末の論述問題です。
薩長同盟に至るまでの経緯を述べる問題です。以下の答案を作成したのですが、何か誤っている点や改善点があれば教えていただきたいです。

「1863年の薩英戦争では薩摩藩が、また、1864年の四国艦隊下関砲撃事件では長州藩が、列国の圧倒的な軍事力を目の当たりにしたことで両藩ともに攘夷の無謀を理解したため、武力倒幕をし、天皇中心かつ欧米勢力に対抗できる強い政権を作る考えを強めた。こうした中、1866年、薩長両藩は坂本龍馬の仲立ちで薩長同盟を結んだ。」

A 回答 (2件)

四国艦隊→4カ国連合艦隊。

高知県や香川県の四国地方と勘違いしないために。馬関戦争、
攘夷から開国への方針転換。武力で倒幕できるという確信があったわけではない。薩長同盟は、あくまでも目前にせまった第二次幕長戦争にたいする対抗策が主目的。これで幕府側が完敗だったため、勢いで、倒幕やれると考え始めた。
薩長同盟、中岡慎太郎の働きも大きい。
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>坂本龍馬の仲立ち


これ、チョット違いますね。
司馬遼太郎さんが、小説「龍馬が行く」で、作り挙げた事です。
坂本龍馬は西郷隆盛の使い走りの存在でした。
話を進めたのは、西郷隆盛の上司の小松帯刀と桂小五郎なのです。
両人とも、家柄は家老格です、西郷隆盛は病弱の小松帯刀の指示を
受けて、奮闘したのです。
藩同士の取り決めに、下級武士は関与出来ないですよ。
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