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コペルニクスにとって、
太陽は神の象徴である。太陽こそが宇宙の中心にあるべきである、と信じていた。
これが地動説の由来であることは本当ですか?

A 回答 (3件)

嘘です。


あくまで、天体観測の結果を分析して天動説では説明できない現象が多かったのに、地動説なら説明がつくという事からの発想です。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
あくまでも、<天体観測の結果を分析して>からなのですね。

お礼日時:2024/08/12 18:21

No.2 です。

誤植あり。

(誤)
「唯一の神が想像されたこの世界」



(正)
「唯一の神が創造されたこの世界」

ですね。
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この回答へのお礼

ご丁寧に

お礼日時:2024/08/11 16:17

コペルニクス(1473~1543)はカトリックの司祭であり、「太陽が神の象徴である」と信じていたのが本当かどうかは本人に聞かないと分かりません。


ただし、天動説では説明の付かない「惑星の運動」を「太陽を中心とする円軌道」を想定するとほぼ説明できることに気づいたことは間違いないでしょう。

その考えに賛同してより発展させたのがケプラー(1571~1630)であり、惑星の軌道を「円」ではなく「楕円」とするなどにより、より精度の高い理論にしました。
ガリレオ・ガリレイ(1564~1642)も地動説を唱えました。
その時代には約100年の隔たりがあり、その間のいろいろな観測データの蓄積や、ガリレオによる「望遠鏡」の発明なども寄与しているのでしょう。

なお、コペルニクスにしてもケプラーにしてもニュートン(1642~1727)にしても、「唯一の神が想像されたこの世界」は「論理的で整合性がとれ、統一された原理」に支配されているはずだという信念に基づいて、「神の創った自然界の原理を探求する」ことを「科学」だと考えていました。
それは、アインシュタインの「相対性理論」や「宇宙論」、素粒子の「大統一理論」などにも引き継がれて現代科学の最先端を突き進む原動力になっています。

日本やアジアの「八百万(やおよろず)の神」という発想や多神教の世界観とは全く異なります。
決して「科学は神を否定する」わけではないのです。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
<「惑星の運動」を「太陽を中心とする円軌道」>なのですね。

お礼日時:2024/08/11 16:16

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