初歩的な質問になってしまいますが、
日本が太平洋戦争、ないし大東亜戦争を起こすきっかけになったものが、当時のアメリカによる経済封鎖だったのは理解しています。
ですが、最大のきっかけになっているハルノートについてどうにも要領を得ません。
この場合、総括すると、日本に対して「自分からアメリカの軍門に下れ」というものであったとの解釈でよろしいのでしょうか?

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A 回答 (3件)

「米国が、それまでの外交交渉の経緯一切を無視して、いきなりとてつもなく無礼な文書を通告してきた」と日本政府の要人が解釈して開戦へ突っ走った……というところだと思います。


戦後の東京軍事裁判で、インドのパル判事がハル・ノートの「無礼さ」を責める判決理由書を書いています。『このような無礼な外交文書を提示されれば、ルクセンブルグ大公国のごとき小国でも、米国に対して武器を持って立ち上がっただろう』……と。ハル・ノートが当時としては「それまでの外交経緯を踏みにじった、我が軍門に降れと言わんばかりの無礼で脅迫的なな通告」と解釈されるべき側面は確かにあったようです。

ハル・ノートの主要な条項を上げれば、こういった内容でした。
1) 英中日蘭蘇泰米間の不可侵条約締結、2)仏印の領土保全、3)日本の中国印度支那からの撤兵、4) 日米の中華民国の承認、5) 日米の海外租界(と関連権益の放棄)、6) 通商条約再締結のための交渉開始、7) 米による日本在外資産凍結解除、8) 円ドル為替レート安定に関する協定締結、9) 第三国との太平洋地域における平和維持に反する協定の廃棄、10) 本協定内容の両国による推進。
この内、日本政府が耐え難い条項と見なしたのが、3)、4)、9)。
特に、3)の「中国」が満州(現在の中国東北部)に対する日本の権益放棄を要求したと日本政府が解釈したことで、日本政府にとって宣戦布告に等しい通告と解釈された、と言われています。つまり、それまでの日米間の外交交渉で、日本政府は米国が満州においての日本の権益を認めていると解釈していたため、ハル・ノートのこの条項が「掌を返したように、日本に屈服を迫るもの」と解釈されました。満州地域の領有に関しては、当時の日本政府の要人が『たとえ日本全土を焦土と化しても、絶対に守りきる』と公言したほどで、絶対に譲れない条件と、当時の日本政府の中では考えられていました。ゆえに、ハル・ノートが『日本の焦土化』を要求したとの解釈に直ちに結びついたと考えられます。

また、4)に関しては、当時の日本政府が、日本政府の援助で南京に樹立された王兆銘政権を正規の中国政府として承認している事実の無視。近衛文麿首相が『国民政府を交渉相手とは認めず、これを抹殺するまで戦う』と宣言していますので、日本政府としてはメンツに拘わる条項でした。

9)については日独伊三国軍事同盟の破棄を要求するものとして、当時の日本政府としては受け入れがたい条件と捉えられました。これもヒトラー・ドイツと外交的な同盟を結ぶ唯一の大国(当のヒトラー自身の述懐によります)となった日本のメンツにかかわる問題でした。

以上、一応ハル・ノートに焦点を絞って回答してみました。
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この回答へのお礼

回答ありがとう御座います。
なるほど、確かに3と4と9は日本にとって死活問題に直結しているようですね。
これを戦争をしてはいけないと考えこのまま受け入れてしまった場合、日本は間違いなく今のような世の中にはなっていないと感じます。
誇りのために戦ったという言葉も、4と9に関連してくるように思います。
この後にさらに要求を突きつけられることも予想されたのでしょうね。

解釈にも問題があったと思われますが、当時の植民地支配と西欧列強の帝国主義の中の世界情勢では、日本側がそう解釈してしまうのも当然だったのでしょうか・・・。

どうにも年号が混じってしまい、何がどういう原因だったか分からない部分が要領を得ました。
ありがとう御座いました。

お礼日時:2005/09/15 20:36

質問主さんから要請のあった事項について再回答させてもらいます。




>(アメリカとうまく協調し、中国を巡る市場競争でたがいに利益を得られるようにすることが)現実的に当時の世界情勢で可能だったのでしょうか?

日本がアメリカと対立し、戦勝することが、現実的に当時の世界情勢で可能だったと思いますか?
(その答えならすでに出ていますが)


>当時の日本が西欧列強の植民地にならないために行ったアジア政策

まず、この決め付けを改めてください。
あなたの思想傾向はご理解できますが、それが他の方々の意見、それから史実と一致するとはかぎりません。
「富国強兵」に励んでいた維新後まもない頃の政策を、
三国同盟時代の対外方針とおなじに捉えるのはまったく適当とは思えません。


>東南アジアは既に西欧列強の植民地になっていたはずですが、そう言ったアジアの黄色人種軽視の時代の中で、対等に利益を分け合えることが可能だったのでしょうか?

東南アジアがすでに西欧列強の植民地になっていた明治の頃でさえ、
西欧諸国は日本が台湾や朝鮮半島に権益を獲得することを認めてくれましたが。
それから、「アジアの黄色人種軽視の時代」と申されましたが、
その「アジアの黄色人種」の国である日本が対等の立場で結んでいた、
ヒトラーやムッソリーニとの軍事同盟のことは
どうお考えですか?


>アメリカが日本に経済封鎖を仕掛ける力を持つ国で、ご自身が「弱小な日本」と仰られているような国が、対等な国交は可能だったのでしょうか?

回答文をよくお読みください。
「弱小な日本」という言葉は、
「ハルノートに追い詰められた」と言い張りつつ、
東南アジア全域に大規模な軍事行動をおこない、甚大な惨禍をもたらした
大日本帝国の被害者ぶった加害者ぶりを強調するための逆説的表現にすぎません。


>アメリカと協調路線をとれていたら、中国や日本はどうなっていたとお考えですか?

これは大きな問題なので、後日にまた回答いたします。


最後に。
質問主さんにはハルノートそのものへの認識が欠落されているように思えました。
そこで、こちらに参照URLを。また重くて開かないかもしれませんが。

参考URL:http://akabori.web.infoseek.co.jp/b-01e.hull%20n …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとう御座います。

他回答でも記載していますが、日本が意識したのは勝つことだったとは思えません。
ヒトラーやムッソリーニ、ないしドイツ、イタリアなどとの同盟は利害関係の一致で同盟をしたに過ぎないと考えます。
必ずしも対等に見ていた証明と考えるにはあまりに安直ではありませんか?
そちらのお考えでは日本はかつて弱小では無かったようですね。
大変参考になります。
アメリカと戦争していないこと=ハルノート無いしその以前からの要求を受け入れたことに繋がり、最後の質問と直結するのですが、戦争をしなかった場合、ルーズベルトはどういう要求をしたのでしょうか?

参考URLは全て確認させて頂きました。
他での議論と、歴史に自信はないが勉強をし直した方々の理論でしたね。
色々なとらえ方があること、同時の取るべき方向性の検証、色々勉強させて頂きました。
そう言えばハルノートのとらえ方はよく勉強させて頂きましたが、東郷が提示したと言われる改案や、ハルノート以前の日米交渉、ルーズベルトが要求していた内容には全く触れないのですね。
勉強させて頂いて為になります。

最後にハッキリと申し上げますが、
ハルノートの理解の仕方、とらえ方を聞きたくてここに投稿したのです。
自分の結論ありきで議論をするために投稿したのではありません。
それとも、自分の結論を持っている人間以外質問してはいけなかったのでしょうか?

結論としてNO.1の方が、当時の日本がハルノートをどう捕らえたか的確に提示して頂けていますので、それ以前の流れからは参考URL等を利用して勉強させて頂きます。

お礼日時:2005/09/16 21:39

「アメリカの軍門に下れ」ではあまりにも硬直的すぎる解釈ですよ。


底流にあるものは、日本とアメリカとの中国市場をめぐる帝国主義闘争です。

『そもそもハル・ノートは突如として降りかかった災厄ではない。
その時までの長期にわたるわが国の対アジア政策が招いたものであり、日本は外国人にもっと親切にしてやれば、つまりアメリカとうまく協調し、中国をめぐる市場競争でたがいに利益を得られるようにしていれば、もたらされることなく済んだかもしれないからだ。』
(『第二次大戦小史』より引用)

http://www3.ocn.ne.jp/~storm/world-war.html#japan


こちらのトピでも主張しておきましたが、
大東亜戦争を起こしたきっかけが「弱小な日本」の自存自衛のためとはどうしても思えませんね。

参考URL:http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1596912
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この回答へのお礼

回答ありがとう御座います。
そうなんです。
印象的に”アメリカの軍門に下れという内容に近かった”のは書物で理解していたのですが、どうにも内容の把握が出来なかったので質問をさせて頂きました。

参考URL先がどうにも重く開いてくれませんでした。
時間が出来た時にゆっくりと確認させて頂きます。

引用の中に
>日本は外国人にもっと親切にしてやれば、つまりアメリカとうまく協調し、中国を巡る市場競争でたがいに利益を得られるようにしていれば、もたらされることなく済んだかもしれないからだ
とありますが、現実的に当時の世界情勢で可能だったのでしょうか?
当時の日本が西欧列強の植民地にならないために行ったアジア政策を、そう簡単に放棄できるものなのでしょうか?
また、東南アジアは既に西欧列強の植民地になっていたはずですが、そう言ったアジアの黄色人種軽視の時代の中で、対等に利益を分け合えることが可能だったのでしょうか?
この場合、日本とアメリカが対等に対話をもてる事が条件だったはずですが、アメリカが日本に経済封鎖を仕掛ける力を持つ国で、ご自身が「弱小な日本」と仰られているような国が、対等な国交は可能だったのでしょうか?
それと日本がもし受け入れていたら、ないし、アメリカと協調路線をとれていたら、中国や日本はどうなっていたとお考えですか?

お手数ですが、もう一度ご回答頂けませんでしょうか?

お礼日時:2005/09/15 20:50

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Q【戦争の対義語が平和ではないことに気付いてしまった人類】 戦争の対義語が平和と習うが、戦争が無くな

【戦争の対義語が平和ではないことに気付いてしまった人類】

戦争の対義語が平和と習うが、戦争が無くなれば本当に平和になるのかというと平和にはならないでまた別の問題で争っていることだろう。

平和の対義語で該当するのは個人の喧嘩くらいだろう。

喧嘩が無ければ平和。

個人的には。

平和でなければ戦争なのかと言えばそうでもない。

なんだ?

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今は戦争を無くすために戦争をしている。

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そうなれば、史実と違いフィリピンは米領ですし、グアムなども日本は占領していません。旧英領、オランダ領の占領と維持のために多くの艦船と部隊が必要ですから、フィリピンやグアムを占領するための艦隊と地上部隊は限定されたものになるでしょう。またフィリピンから出航した潜水艦部隊が史実のように通商破壊戦を行えば史実以上のハイペースで南方補給路線は干上がったと思われます。

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自衛論にハルノートを持ち出して云々するのはいかがなものでしょうか。。。
確かにハルノートを突きつけられればルクセンブルクやモナコなど平和を愛する小国でも自衛の為に立ち上がるでしょう。この場合は立派な自衛戦争と言えます。
しかし、当時の日本は平和を愛する国とはいえません。既に10年余りの間(途中に停戦はありましたが)中国を侵略しつづけていたのです。その10年間米英は数々の警告(日本の侵略は九ヵ国条約違反の為)を発しますが日本は無視し続け、結果として経済封鎖やハルノートに至ったのです。
封鎖されるべくして経済封鎖され、突きつけられるべくしてハルノートを突きつけられたのを、日本の自衛戦争に結び付けられるでしょうか。

又、ソ連の脅威があるからといって、日ソ両国間の間にある国を占領してよい、ということにはなりません。
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「満蒙は日本の生命線」だったのでしょうか。。。
この言葉は柳条湖以前から言われていたようですが、当時の満州における日本の既得権は、関東州(遼東半島の先端部分)と満鉄付属地だけであり、面積比で満州全土と比べればハナクソ程度のものです。とても生命線などと呼べる代物ではありません。
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又、満州族が東三省(満州)を中心に住んでいたのは清朝前半までのことであり、清の中国統一後に民族の流入出が起きた為、柳条湖の頃には東三省にいる満州族の割合は1割にも満たないものでした。満州国の建国は満州族の自主的独立を助けたものだ、などとは言えないはずで、石原莞爾などが考え出した対外向けの宣伝文句に過ぎません。

自衛論にハルノートを持ち出して云々するのはいかがなものでしょうか。。。
確かにハルノートを突きつけられればルクセンブルクやモナコなど平和を愛する小国でも自衛の為に立ち上がるでしょう。この場合は立派な自衛戦争と言えます。
しかし、当時の日本は平和を愛する国とはいえません。既に10年余りの間(途中に停戦はありましたが)中国を侵略しつづけていたのです。その10年間米英は数々の警告(日本の侵略は九ヵ国条約違反の為)を発しますが日本は無視し続け、結果として経済封鎖やハルノートに至ったの...続きを読む

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Aベストアンサー

手持ちの「反対語辞典」(中田武司 監修)には

幸い ⇔ 災い 

とあります。

参考までね。

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大東亜戦争(太平洋戦争)での日本兵の戦い方について
戦争映画が好きで、よく第二次世界大戦のものを見ます。
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それで、日本兵の描写について少し気になるのですが・・・
日本兵が大声を上げ、九九式短小銃を構えて私を撃ってくださいといわんばかりに敵めがけて突進していくのですが、アメリカ兵に射撃されてしまいます。
うまく説明できないのですが、戦時中本当に日本兵はこのような戦い方をしていたのでしょうか?
万歳突撃等が有名ですが、あまりにも自殺行為な気がしてなりません。
アメリカ海兵隊のような感じではないですよね
銃撃シーンもありましたが、部隊が全滅後にに上記のような感じです(万歳突撃でしょうか)
お国を守ってくれた英霊についてよく知りたいと思い質問しました。
わかりにくい質問かと思いますが、当時の日本兵の戦い方、戦術、環境などを教えていただければ、と思っています。
そこら辺詳しくお願いします!

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現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退してくれたのです。だから、知らず知らずのうちに日本軍の中で「突撃すりゃなんとかなる」というノウハウが積み上がってしまったのです。

それが甘い考えだったと思い知ることになったのがノモンハン事変を始めとするソ連軍との国境紛争でした。一般的に、ノモンハンの敗戦は「現場部隊がフヌケだった」ということで総括されてしまったといわれていますが、実は日本軍とてバカじゃないのでちゃんとそれはそれで調査はしました。しかし、その結論というのが絶望的なものだったのです。
どういうことかというと、ソ連軍は日本軍より大砲の性能が優れていて、弾薬量も格段に多かったのです。しかし、これはどうしようもない問題でした。なぜかというと、製鉄技術がソ連に比べて劣る日本では、ソ連軍に対抗しうる性能の大砲はどう頑張っても作れませんでした。さらに、弾薬についても当時の日本ではそんなに湯水の如く使えるほどの大量生産をすることはできなかったのです。なにしろ当時の弾薬の生産といったら関西の町工場でちまちま作っていたのです。ご存知のように、大量生産するためには大規模工場が必要で、それによってコスト圧縮効果が発生するわけです。ソ連やアメリカのような重工業の大規模工場なんてものが当時の日本では作れなかったのです。
だから、それを認めると「もう国として日本はソ連に対抗できない」という絶望的な結論に至ってしまうので、「現場が悪い」と責任を押し付けてしまったのです。

緒戦の勝利による驕りもあり、日本軍は米軍に対しても自信満々で突撃戦術をかましましたが、諸兵連合効果の戦術を得意とする米軍によって叩きのめされてしまいます。どうも米軍相手に突撃じゃ歯が立たないと分かって、The Pacificで再評価されることになったペリュリュー島戦から持久戦術に切り替えることとなります。The Pacificでも原作として使われているユージン・スレッジ氏の回顧録を読むと、ベテランの海兵隊員がペリュリューで「日本軍がバンザイ突撃をしてこない」と戸惑っている姿が描かれています。

この持久戦術は大変に効果的で、ペリュリューのノウハウを積極的に取り入れた硫黄島戦で米軍が大変な犠牲を強いられたことはご存知のとおりです。
しかし、日本人つーのは大変にストレスに弱い民族でございまして、この「押されてもじーと我慢して粘り強く戦う」つーのはなかなか耐えられないんですね。いいや、日本人は粘り強いだろと思うかもしれませんが、日本人てのは自分たちで思っているほど粘り強くありません。てか、逆境にはとても弱いんですね。なぜかっていうと、サッカーで日本代表が相手チームに押されると見てる方がもう耐えられなくなりますよね。大概「負けてもいいからもっと積極的に攻めないとダメだ」と批判されます。これが南米のチームなんかだと相手に攻めさせて、それでいてカウンターの機会を粘り強く待っています。そういうことができない。
だから、沖縄戦では持久戦術を主張する八原参謀に対し長中将が「こんなグダグダやってないで一発突撃でパーッといけ!」と主張して司令部は内部崩壊します。

また、捕虜についてですが、日本兵は捕虜になってはいけないと教えられていたので、基本的に捕虜も取りませんでした。また、味方の兵士を救出しようとする米兵にも容赦なく銃撃を浴びせました。また死体のフリをして近づいた米兵に襲い掛かることもよくやったようです。それを米兵は分かっていたのである意味当然なのですが「相手が捕虜を取らないんだから、こっちも捕虜を取る必要はない」と負傷している日本兵も情け容赦なく殺しました。ユージン・スレッジ氏の回顧録にはそういった「むき出しの獣性と敵意」が戦場に満ちていたことが書かれています。太平洋戦線で日本兵の捕虜が極端に少ないのは、「生きて虜囚の辱めを受けず」という思想が根本にはあったのですが、そういった事情も影響していたようです。

現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退...続きを読む

Q「確認」の対義語?

ある人から「確認」の対義語は「疑う」だと言われましたが、「疑う」の対義語は「信じる」ではないかと思います。「確認」≠「信じる」ではないかとおもうのですが・・・「確認」の対義語は何でしょうか?

Aベストアンサー

確認の中のどの意味に対して言っているのかでもかわるのでは?

確認するのうち「確かめる」の意味だと反対は確かめないことなので、不注意などが入りそうですが

軍隊の映画などで使われる「ターゲットを確認しました」の反対は見失うことなので「ターゲット喪失」などになると思います。

交通事故などの安全確認の反対は安全不確認ですし
UFOは「未確認」飛行物体です

ただ疑うでは・・・ないと思うのですが・・・。

確認は「見て確かめる」という意味合いが強いので
「ウソだと思う、物事を違うと感じる」意味の疑うでは反対たりえないのではないでしょうか?

Q太平洋戦争中、日本にいたアメリカ人

の処遇を教えてください。

Aベストアンサー

『軍事板常見問題』から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html
「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FAQ」より
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html
「異邦人・帰化者関連」
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html#00831g
ここにある回答集を参照されるとよいかと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【質問】:東亜戦争中、アメリカやイギリスといった、連合国側から帰化した日本人に対して、法律によって監視したりしたことはあったのでしょうか?

【回答】:日本国内にいた、日本国籍を持つ欧米系外国人は、スパイの疑いがあるとして、憲兵による監視下に置かれていました。
 かのグラバーの子息倉場富三郎や外交官寺崎英成の妻女(娘マリコの名が日米交渉の暗号に使われたのは有名)など、かなりひどい目にあったようです。

 日本国籍を持たない外国人は、開戦と同時に拘束された後、日本と連合国が行った在留者相互交換により本国へ強制送還されました。
 日英および日米の交換船は、合わせて4回、抑留者の交換を行っています。(名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE他)

 例えば、最近亡くなった英会話教師J・B・ハリス氏の苦労話が残っている。
 ハリス氏は父が英国人、母が日本人で、日本兵として従軍。
http://miyazaki.cool.ne.jp/keiji99/ARHAT/harisu/JBH.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
連合国側以外にも、枢軸国側、両者に属さない在日外国人の処遇なども回答されています。

参考URL:http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html

『軍事板常見問題』から
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/index02.html
「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FAQ」より
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html
「異邦人・帰化者関連」
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08c.html#00831g
ここにある回答集を参照されるとよいかと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【質問】:東亜戦争中、アメリカやイギリスといった、連合国側から帰化した日本人に対して、法律によっ...続きを読む

Q対義語はどこかに出典が有るの?

中学校の学校教育では「対義語」と云うものを教えます。
小学校でもあったかなぁ。

例えば、類義語は通常複数ありますが、
対義語はどうも「決まり」があるようで。
何でコレが対義語でアレではだめなのかと思うこともあります。

対義語はどこかに出典が有るのでしょうか?
国語審議会のような団体が決めているのでしょうか?


御存知の方がいらっしゃいましたら、是非御教授ください。

Aベストアンサー

決めている団体はないと思いますが。
似た概念の言葉をグループ分けしてまとめた本としては、国立国語研究所が出している「分類語彙表」という本がありますが、対義語には触れていなかったように思います(現物が手許にないので、うろ覚えですが)。考えられることとして、どこかの出版社の出した国語辞典が「対義語」を項目として挙げたのに他の出版社も倣っていくうちに定着した、ということではないでしょうか(その最初の国語辞典はどこの出版社のものか、私も興味がありますので、知っている人は教えて!)。
あと、単語のレベルではいくつもあるように見えても、その単語を使った例文を考えた場合、入れ替え可能で正反対の意味の文ができる、という条件を満たすかを検討すれば一つに絞れることもあるのではないかと思います。この質問の二つ前の質問の回答で、弛緩と尊重の対義語について考察してみましたので、よろしかったらご覧ください。

Q太平洋戦争におけるアメリカ側の失策等について

こんにちは。太平洋戦争におけるアメリカ側の失策等について質問したいと思います。

先日図書館にて歴史に関する雑誌を立ち読みしたのですが、その中に南太平洋海戦
というあまり馴染みのない海戦についての記事が乗っておりました。

その海戦は戦闘では日本側の勝利に終わったようであり、その勝利の要因の中には
アメリカ側の失策もあったように読めました。

また逆に日本側がかなり合理的に空母を動かしているようにも思えました。つまりその
記事を読んでみて、意外と日本人もしっかり考えていたのだなと思ったのです。

そもそも私は太平洋戦争のおける日本の緒戦の勝利は連合国側の油断と二線級の部
隊によるものであり、アメリカが本気を出した後はなすすべもなく負けたと思っていました。

さらに具体的にいえば、非合理で精神論だけで最初の勢いで勝っていた日本が、合理
的で冷静で理知的なアメリカに最終的には完膚無きまでに叩きのめされたとイメージし
ていたのです。

しかしその記事を読んでみてアメリカも意外と失策をしているのだなという事と、日本も意
外としっかり戦っていたのだと思うに至りました。記事を読んでいても南太平洋海戦の時
点ではアメリカが油断しているようにもみえませんでしたし、また二線級の部隊で手を抜い
ているように見えなかったからです。

そこで太平洋戦争を語る時に勝ったゆえにあまり語られることのないアメリカ側の失策、
もしくは無能な司令官、または無意味な作戦などアメリカの不合理な点などを教えてい
ただけたらと思います。

もちろんこの質問でアメリカという国をことさらに貶めるつもりはありません。ただ私個人と
しては、100%合理的という事も100%不合理な事もないと思うので、アメリカ=合理的で理
知的で冷静というイメージとは違うアメリカを見てみたいと思っております。

こんにちは。太平洋戦争におけるアメリカ側の失策等について質問したいと思います。

先日図書館にて歴史に関する雑誌を立ち読みしたのですが、その中に南太平洋海戦
というあまり馴染みのない海戦についての記事が乗っておりました。

その海戦は戦闘では日本側の勝利に終わったようであり、その勝利の要因の中には
アメリカ側の失策もあったように読めました。

また逆に日本側がかなり合理的に空母を動かしているようにも思えました。つまりその
記事を読んでみて、意外と日本人もしっかり考えていたのだなと思...続きを読む

Aベストアンサー

(1)開戦劈頭、ハワイを奇襲された事。
ハル・ノートを日本側に渡した翌日の11月27日に、米海軍のスターク海軍作戦部長は、ハワイのキンメル太平洋艦隊司令官にあてて警報を発しています。「本電を戦争の警報とみなせ。日米交渉は終わりを告げ、日本の攻撃的行動がここ数日中に予想される。・・・」と。
米陸軍のマーシャル陸軍参謀総長も同じ11月27日に、ハワイのショート陸軍部隊司令官に警報を発しています。「日米交渉は日本政府から継続の申し入れが無い限り終わったように思われる。日本の今後の行動は予測できないが、すぐにも敵対行動が始まる可能性がある。・・・」と。
そして、この警報を受けとったハワイでは、その日のうちに陸海軍合同の幹部会議が開かれます。
しかし、そこでの判断は日本軍によるハワイ攻撃はありえないと判断するものでした。
そしてハワイ周辺の哨戒については月曜から木曜まで毎日、訓練を兼ねた哨戒機を飛ばしていましたが(北と北西にも哨戒機を飛ばしていました)、金曜から日曜日にかけては、哨戒機の整備とパイロットの休日にあてていました。
そして、ハワイの現地時間で12月7日の日曜日に、日本軍による真珠湾奇襲を受けます。
このハワイに奇襲を受けた事について米国は原因を究明するために調査委員会を設置しますが、キンメル太平洋艦隊司令官とショート陸軍部隊司令官に誤りがあったと結論が出ました。
警報を受け取っていたにも関わらず、警戒を強化するどころか日本軍を侮って奇襲を受けたキンメル、ショートの両人は、大きな判断ミスをしたと言えるでしょうし、両人が責任をとらされ解任されたのも当然かと思います。
ちなみに真珠湾攻撃前に、陸軍のマーチン少将や海軍のベリンジャー少将は日本軍による真珠湾攻撃の可能性をありえると声をあげていましたが、彼らの発言が受け入れられる事はありませんでした。

(2)開戦初期、フィリピン防衛に失敗した事。
日本軍がフィリピンを攻撃して来た場合、米軍はバターン半島に撤退して抵抗する作戦でした。計画では4万3千人の6ヶ月分の食料を運び込み、米本土から救援が来るまで6ヶ月間持ち堪える作戦でした。
しかし、開戦となるとマッカーサーは一説によるとマニラ市に保有する自分の財産を保護・処理するためにマニラからの撤退を遅らせます。実際、バターン半島での篭城命令は12月23日になってようやく出されます。しかし、この遅れは致命的で食料は2ヶ月分しかバターン半島に運びこめず、抵抗の準備は遅れました。
しかも、その後のマッカーサーの指揮ぶりも優れたものを見せる事はなく「カムバックした元チャンピオン・ボクサーが久しぶりのリングの上でとまどう姿を思わす」と酷評される始末です。
兵士達までもが、コレヒードル島要塞に篭ってなかなか姿を見せないマッカーサーを「穴堀りダグは、岩の上、ぶるぶる震えて身を伏せる・・・」と馬鹿にした歌を作って歌うしまつです。
フィリピンの早期陥落はマッカーサーの指揮に問題があったと言えるでしょう。

(3)ロサンゼルスの戦い。(情報の問題&米国内のパニック)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
上に貼ったウィキを読めばわかりますが、1942年2月25日、米軍は幻の日本軍相手に戦争しています。
なお、これより前の1941年12月8日にはサンフランシスコが爆撃されるとか、12月9日には日本艦隊がサンフランシスコとロサンゼルスとの間を航行中とか、12月11日には日本の主力艦隊がサンフランシスコ沖に到着などという情報が、米本土西海岸を防衛する米第三軍司令部に寄せられています。
当時の第三軍司令官は12月11日の日記に「全軍警戒態勢を発したが、どう対応すべきか見当もつかずに部屋をぐるぐる歩き回るばかり」と書いています。
これらは不正確な情報に踊らされた例ですが、こうした事例はこれだけでなくもっとありますから、いかに当時の米軍の情報収集態勢に問題があったか分かろうと言うものです。

(4)潜水艦の魚雷問題。
開戦初期、米潜水艦は魚雷の低性能と不良品に泣かされました。
日本の輸送船、第三図南丸などはいいで例で、米潜水艦から5本も魚雷を命中されましたが、なんと全部不発で爆発しませんでした。
米潜水艦の艦長達は魚雷の欠陥の報告をしましたが、米海軍軍需局と魚雷研究センターは魚雷の欠陥を当初は全く認めず、攻撃が失敗するのは米潜水艦の艦長と乗員の腕のせいにしました。
最終的には魚雷の欠陥を軍需局も認めますが、新型のまともな魚雷は1943年秋になってようやく配備されるようになりました。つまり、米潜水艦は開戦から約2年近くもの間、欠陥魚雷を使わされ、戦果を台無しにされ続けていたのでした。

(5)人種問題。
米国には激しい人種問題の対立があり戦争遂行に障害となっていました。軍内部でも黒人対白人の対立があり、ルイジアナの暴動では28人の黒人兵が射殺され3千人が逮捕されています。3千人と言えば丸々1個連隊に相当します。
第二次世界大戦中の米本土での人種対立については、以前ここで「日本が太平洋戦争で犯した最大の失策」という質問で、私はNo.14で回答していますので、それを読んでいただけたらと思います。
「日本が太平洋戦争で犯した最大の失策」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7671998.html

(6)訓練プログラムの問題。
よく日本軍は精神主義で科学を疎かにしたと言われます。
その逆に米軍は精神主義を疎かにしすぎました。
その結果は米軍の兵士が戦争神経症にかかる割合が日本軍やドイツ軍の三倍にもなるという数字です。
さらには、敵と交戦した兵士達のうち実際に発砲した兵士の割合は25%であり、4人に3人は敵に発砲せず、人を殺すことに対する道徳的葛藤や、発砲すれば今度は自分が敵の的にされるという恐怖から逃れられなかったという問題です。
科学を疎かにしてはいけませんが、精神も疎かにしてはいけません。

(7)米軍によるキスカ攻略作戦。
日本軍の撤退を掴めず、さらにキスカ攻略作戦では同士撃ちで100人死亡という無駄な損害を出しています。
「キスカ島撤退作戦」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%AB%E5%B3%B6%E6%92%A4%E9%80%80%E4%BD%9C%E6%88%A6

(8)台風に2度、突っ込み無駄に損害を出す第38任務部隊。責任は査問会でハルゼー提督とマケイン提督にあるとされており、マケイン提督は更迭されます。
「ジョン・S・マケイン・シニア」・・・下のウィキの「神風と台風」の項目をお読み下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBS%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%82%A2#.E7.A5.9E.E9.A2.A8.E3.81.A8.E5.8F.B0.E9.A2.A8

○まあ、他にも細かい事を言えば色々ありますから、結構、米側も失策を犯してますね。

(1)開戦劈頭、ハワイを奇襲された事。
ハル・ノートを日本側に渡した翌日の11月27日に、米海軍のスターク海軍作戦部長は、ハワイのキンメル太平洋艦隊司令官にあてて警報を発しています。「本電を戦争の警報とみなせ。日米交渉は終わりを告げ、日本の攻撃的行動がここ数日中に予想される。・・・」と。
米陸軍のマーシャル陸軍参謀総長も同じ11月27日に、ハワイのショート陸軍部隊司令官に警報を発しています。「日米交渉は日本政府から継続の申し入れが無い限り終わったように思われる。日本の今後の行動は予測で...続きを読む


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