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なぜ日本は満州国という独立国を建国したのですか?当時の国際事情や国内事情などを踏まえながら、建国の目的を教えて下さい。

gooドクター

A 回答 (4件)

当時、日本を含めた列強諸国は中国に数多くの利権を有していました。


これはアヘン戦争以来、一世紀近くに渡って列強諸国が鎬を削って中国での利権獲得競争を行った結果でした。
そして植民地獲得競争において出遅れた日本において、満州周辺で獲得した利権はほぼ唯一に近い「海外利権」でした。
このため当時の日本では「満蒙の特殊権益」は「明治以来、先人が苦労と犠牲と投資を重ねて獲得した利権」であり、また「国家の生存に必要不可欠」と認識されていました。
しかも当時は世界恐慌の結果、引き起こされたブロック経済化により日本製品は欧米やその植民地の市場では高額の関税を課せられる事となったために、その重要性がかなり誇大に意識されるようになっていたのです。
誤解を恐れず敢えて言えば「戦後の日本における一時期の憲法9条」のように、その是非を議論すら許されないという風潮があったのでした。
しかしながら第一次大戦以降の世界的なナショナリズムの高まりにより、中国においても列強に奪われた利権を奪い返す国民運動である「「国権回復運動」が起こりました。
ただしこのようなナショナリズムに根ざす運動は、現在でもそうですがしばしば過激化し、外国勢力への排撃運動に近いものになる事もよくありました。
その結果、日本人の多くは中国で獲得した利権が危機にさらされており、それが日本という国家の生存すら危うくしかねないという(現在の視点からすれば)かなり大げさな意識がもたれていました。
これは戦後の日本でも「日米安保は戦争の道」「PKO活動で日本は軍国主義化する」とか後から見ると馬鹿馬鹿しい話が大きな政治問題になったことを考えれば、理解しやすいのではないかと思います。

ただし満州事変当時の日本政府はまだ国際協調路線を取って、交渉で穏便な事態解決を望んでいました。
ところがその前にロンドン軍縮条約で引き起こされた「統帥権干犯問題」のため、政府は軍の統制を取ることが出来ず、満州事変により日本軍は政府の不拡大方針を無視して満州の殆どを制圧し、一気に「特殊権益問題」の解決を図ったのでした。
この行為は現在では「軍の暴走」とされますが、当時の日本ではマスコミは拍手喝采して支持し、事態の不拡大を計った「政府の弱腰外交」を非難しています。
そしてこの国民世論の後押しを受けて建国された満州国について、欧米との対決を望まなかった当時の犬養毅首相は承認を渋りますが、五・一五事件で暗殺され(犬養は統帥権干犯問題を引き起こしてこの事態を招いた張本人のひとりであるので、自業自得の一面もあります)、日本政府は軍の暴走と国民世論に引きずられる形で満州国を承認、欧米との全面対決、そして国際連盟脱退へと向かってしまいます。

このように満州国の建国は決して日本が国家意思として行ったものではなく、当時の日本人の「満蒙の特殊権益」に対する過剰な意識と中国側の反発、そして軍の統制問題などが絡み合ったために、一部の暴走を国家が追認するという非常に危ういものでした。
しかしそれが当時は「大成功」を収め、国民からも高く評価されてしまった事で、その成功体験が後の日中戦争、そして太平洋戦争の遠因となり、大日本帝国を滅ぼしてしまうのです。

なお満州事変当時の日本国民の意識について論じた本で、簡単な書籍としては「日米もし戦わば―戦前戦中の「戦争論」を読む(光人社)」などがあります。
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この回答へのお礼

大変詳しい解説ありがとうございました。ご意見はとても参考になりました。

お礼日時:2014/02/18 07:38

回答


1:当時無法地帯となっていた中国の軍閥から満州地域の日本の権益を守る為。
2:大陸の日本人の保護
3:ソ連に対する防衛上の為。
以上については動画も参照

満州事変当時のアジア情勢についてですが、

最初に満州を【侵略】したのはロシアです。
日本が三国干渉による遼東半島返還後、ロシアが義和団事件に乗じて満州を占領→日露戦争。

日本は日露戦争の勝利により、ロシアから満州鉄道と、旅順、大連の租借権を得ました。
同時に、これらの防衛や現地邦人保護のため、満州へ軍隊を置く権利も得ています。
《当時の満州は無人地帯で(理由は後述)、モンゴルの領有権は中国とソ連も主張しており、日本は国防上の理由から満州を放置できませんでした。》

このように日本は、南満州の特殊権益は国際的に認められていました。
アメリカも1917年の「石井・ランシング協定」により、これを認めています。

一方で、当時の中国は清が滅亡し複数の政権(馬賊や地方軍閥など)が争っている内乱状態で、彼らは大陸の日本領内にも侵入して、破壊活動やテロなどの挑発を行っており、現地の緊張は極限状態に達していました。

当時の中国領には多くの国が投資しており、在中外国人(日本人も含む)も多かった為に、日本政府は彼等の保護を中国に要請してもいました。
当時の世界では、外国人の生命・財産の安全を保証できない国は、それにより被害にあった国が保護監督下におくのも仕方が無いと言う認識が持たれていました。

更に、共産党が勢力を伸ばしていたことも問題でした。
当時の世界では、共産主義はその掲げている理想に関わらず、結果的には国家そのものを滅ぼす思想であると思われていました。(今でもそうですが)
だとすると、当時の中国の状況は、異なるイデオロギー間の内戦ではなく、外敵の侵略に等しい状態です。
そのような国と国境を接し、現実に日本はその脅威を受けていました。

満州国の独立は、以上のように国防上の為のものでありましたが、同時に南満州鉄道を守る為でもありました。
満州事変以前の国境線のまま中国と接した場合、テロや破壊活動を阻止できません。


鉄道の爆破が軍部の独走であるという件については、ソ連共産党の工作説もあり、現在でも日本の謀略とは確定していません。
仮に、日本人によるものだとしても、事件発生当時、関東軍の参謀の中にも知らない者もいたことから、少数の有志(石原莞爾や板垣征四郎等)によるものとも考えられます。(=「軍」の謀略ではない)

以上から、満州事変は【日本軍(関東軍)】としての行動であったとは断定できません。

しかし、それが事実であっても、行動自体は、国内における過程の問題はあっても、国際的には何の問題もありません。
当時の大陸ですが、中村震太郎大尉殺害事件の他に、万宝事件(中国農民が朝鮮農民を襲撃)や、済南事件(中国人が日本人を虐殺)なども起っており、緊張した状態にありました。


満州国の建国について、短絡的に日本の侵略と思い込む意見がありますが、満州という地域の特殊性からはそうとはいえないと思います。

まず、以下の理由で満州という地域が「中国に含まれるのか?」と、
更に、中国内の軍閥政権は(中国人であるというだけで)中国を代表する政府としての資格があるのか?
いう疑問があります。

清国は、もともと満州地方の女真族が南下(万里の長城を越える)して、漢民族を征服して建国した王朝です。
その後、満州地域は、将来女真族が漢民族に追われた時に帰る為の土地として、漢民族の移住は禁止されていました。
以上から、清国の滅亡とは、

【中国(万里の長城以南)を中国人(漢民族)が奪還した=女真族の領土が満州のみに縮小しただけの事】

と考えられます。
これによれば、たとえ傀儡であっても(人間的にクズでも)女真族の皇帝が戴く満州国の方が国民党より正当性があることになります。

更に、これが正しいなら、満州=中国領ではない→満州事変は中国侵略ではない 事になります。
中国はこの事を隠すために、満州を中国東北部(当時はそう呼称されていない)と呼んでいます。


また、満州事変が日本の侵略であるという主張ですが、
その正当性の根拠を「リットン報告書」に拠っているよるものが多いようです。
しかし、報告の内容が正しいという証明や根拠が示されなければ、単なる権威主義による思考停止に過ぎないと思います。

【リットン調査団報告書】(全文)
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/14.html

リットン報告書は以下の内容になっています。

第2章:満洲の発展は日本の努力による。
第3章:日本の満洲での合法的権利と満州国の特殊性、鉄道、商租権その他に関する諸争点、殊に事変勃発前数年間の重要問題・・・満州における朝鮮人の横暴問題、中村大尉殺害事件の詳報等を解説。
第4章:満州事変での日本の行動は自衛の為であるという仮説を排除し得ないと記述。
(→侵略とは言い難い、更に鉄道爆破を日本軍の工作と断定していない)
第6章:満州国は自発的独立国とは言えないが、整った政府システムは人々にメリットがある。
在満中国人は一般に現政府を支持しない。(根拠は不明)
第7章:日本が導入した行政や商業制度に対して、中国人が中華思想による優越感により、満州国の産業の育成阻止を図った不法行為を詳述。
第8章:満洲国の経済基盤(資源および開発)には、日中両国の親善回復が不可欠であると結論付けている。

↑までは、日本の満州の確保と統治を肯定していますが、
9章では日本によって維持されている満州の治安や統治を疑問視しています。
更に10章では、中国の権利も完全には肯定せず、満州の運営は、日中が協力するべきと語っています。

第10章:満州国は、その統治にあたり、諸外国による諮問会議を招集すべきこと、ならびに満洲自治政府には一般条約締結、外交関係設定、税関、郵便、塩 税、印紙税、 煙草税の管理、ならびに行政長官の任命権を与えず、これを中国政府に留保し、特別憲兵隊は外国人の協力を得て組織し、満洲における唯一の武装団体とするため呂国軍隊は全部撤退し、行政長官は外国人顧問を任命し、その大部分を日本人とすべし。

9章、10章ですが、欧米列強が満州の統治(利権)に介入する口実を確保する為のものだと思います。
(日本がインフラを整備して発展させた満州市場を日本から奪う為に、日中の協調と言う建前でトラブルの種を植え込む、)

アメリカは、それ以前から中国市場の世界への「開放」を主張していました。
これは、響きは美しいですが、日本見れば、自分達が血を流して育てた市場をタダで分け与えろという、虫の良い要求でしかありません。

当時の中国政府(蒋介石の国民党)にまともな統治能力が無い事は明らかでした。
国民党は清国が結んだ国際条約を拒否してもいます。
(=国際社会では清国の後継政権とは認められない→満州の領有権もない。)
中国内の他の軍閥政権も蒋介石の政府を認めていません。

私は、彼らとの共同統治などは不可能だったと思います。
また、6章で日本の統治が現地人に不評だったと言っていますが、馬賊や軍閥が圧政を施いていた他の地域と比べれば、治安や行政は比較にならない程良いものであってことは明らかです。
満州の発展は、その為に周囲から人口が流入したからです。
そして、蒋介石がそれをまた狙って、挑発やテロを繰り返した為に、日中戦争が起りました。
更にアメリカが日本を排除して中国市場を獲得しようとして、国民党に支援し日本には経済封鎖をした為に、大東亜戦争が起りました。


↑の当時の状況について、ヘレン・ミアーズ(元GHQメンバー)は著書「アメリカの鏡・日本」(1949年著)で↓のように述べています。
この本の日本での翻訳出版を(何故か)当時のGHQは禁じています。(日本語版は1995年に発刊)

【アジアにいる超大国にはそれぞれの勢力圏の「法と秩序」を維持する責任がある、日本は無法な中国軍をこの地域から追い出すことによって、その責任を果たしたのだ。】

そして、列強の日本への非難は↓の理由によるものであると語っています。
【非難の根拠は、中国国民に対する憂慮ではない。欧米列強は中国における自分たちの地位を心配しているのだ。】

【彼らはいままで日本の勢力圏と認めていた地域に、自分たちの支配を広げたいだけなのだ。】

【つい5年ほど前、米英両国の軍隊と砲艦が自国民の生命財産を守るために中国の「盗賊」を攻撃したとき、両国の世論は中国人を野蛮人と呼んで非難した。
イギリスとアメリカの国民は忘れているようだが、日本人はよく覚えている。ところが、日本が同じように中国の「盗賊」を攻撃すると、同じ国民が日本人を野蛮人と呼ぶのである。】

【国際連盟がリットン報告を受け入れ、連盟とアメリカが満州国を独立国として承認しなかったことから、日本は連盟を脱退した。】

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この回答へのお礼

大変詳しい解説ありがとうございました。ご意見はとても参考になりました。

お礼日時:2014/02/18 07:38

植民地に出来ればそれがベストでしたが、諸外国からストップの圧力がかかるし、その土地の住民感情も問題。


 独立国という形なら、中国内の政治情勢の混乱から一部が独立して国家になったのだから、西洋諸国のみなさん、内政干渉はしないでね。と正論を盾にして、日本のいいなりになる傀儡国家に出来るという考えでしょう。

当時はけっこう人口増えてましたから、農家の二男、三男のため、広い開拓地を確保、また鉱山などの資源もあてにしていたはずです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。ご意見は参考になりました。

お礼日時:2014/02/18 07:17

アジア大陸侵略の橋頭堡やろ。

まあ、戦力が足りなくてどうにもならなかっただけ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。ご意見は参考になりました。

お礼日時:2014/02/18 07:16

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