今日、ふと思った違いです。
「たまご」とパソコンで変換すると”卵”と”玉子”の二つが出てきます。
これらの違いは何なんでしょうか?

また、語源も分からないのでもし分かる方いらしたが語源のほうも教えてください

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A 回答 (5件)

一般的に、生物学的な意味での「たまご」=卵、食材としての「たまご」=玉子



たまごの語源・由来
http://gogen-allguide.com/ta/tamago.html

参考URL:http://gogen-allguide.com/ta/tamago.html
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たまごは


殻のある状態のときは“卵”、
料理されると“玉子”と使い分けるんです。
だから、たまごやきは”玉子焼き”と書きますよね。
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他の方の回答も、ひとつの回答と思いますが、


漢字の問題として、ちょっと別な回答を参考まで。

「たまご」っていうのは、やまと言葉(和語)になります。
語源などというほどのこともなく、玉の形をした子どもという理解でよいのではないでしょうか

それで、「たまご」を漢字でどう書くかということですが、書く人の自由ではないでしょうか。
言葉の意味から、「玉」「子」と書く気持ちもよくわかるし、日本でいうところの「たまご」を中国語(漢語)でいうと「卵」であるというところから、「卵」を使うのもよいでしょう。

「この漢字はこう読む」「この言葉はこの漢字を使う」というような固定的な漢字の用法を教え出したのは割りと最近のことで、学校で教えているものも政府としては、みんなが漢字の使い方を習得するのに便利なように「目安」として教えているという考えなのです。

「卵」と「玉子」とどっちが先に使われたかということを考えてもあまり意味のないことで、「たまご」は単に「たまご」ではないでしょうか。「たまご」というやまと言葉が先にあって、それを漢字で書くとしたら、どの字を使うかという問題は後から発生したことのはずです。
どの漢字を使うかというのは、よく使われているかどうかということしか目安がありません。
やまと言葉を表す漢字は全てあて字なのです。

意味が通じれば(+読み方がわかりやすければ)、好きな字を使ってよいと思いますよ。

お尋ねになりたかったことと少し違ったかもしれませんが、参考になれば幸いです^^
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 #1さんがいわれているように、生物学的か、食品かの違いでしょう。


 同様に、「海栗・海栗」と「雲丹」があります(前者が生物、後者が食品)。

参考URL:http://z4food.petitshop.net/ad08/
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 参考URLのページに解説されていますが、「玉子」は、形が球状のため「玉の子」から「玉子」となったそうです。


 「たまご」とよばれる以前は「かひご」と呼ばれていたが、この漢字として「卵子」あるいは「卵」が用いられ、呼び方が「かひご」から「たまご」と変化したため「卵」も「たまご」と呼ばれるようになったそうです。
 「卵」より「玉子」のほうが先だったとは、ちょっと意外な感じがしました。

参考URL:http://gogen-allguide.com/ta/tamago.html
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Qこれらの読み方 これらの違いについて

閲覧 有り難うございます。

皆様は【日本】を『ニホン』と読みますか?それとも『ニッポン』ですか?
お札には『ニッポン』と有った気はしますし、バレーボールの応援で『ニッポン』と言っていることを、良く耳にします。また、外国人が【日本】のことを、『ニッポン』あるいは『ニッポン人』と言っていることも耳にします。『ニホン』と『ニッポン』、どちらが正しいのか気になっています。

また、『障碍者』と『障害者』はどう違うのですか?最近は『障害者』を『障がい者』と書かれるようにもなって来ました。
無知な私に教えて下さい。

私は理解力の乏しいところが有ります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

すでに回答があるように日本の一般的な呼び方についてはざちらでもよろしい、固有名詞についてはきめられていれば決められている方。
国名は直接決めているものはないがローマ字表記されているものはNIPPONになっています。

障碍者と障害者は本来「障碍者」と書きますが「碍」の字が当用漢字(後に常用漢字)に採用されなかったので公文書等で使用できなくなりこの時に発音が同じで似た意味の「害」の字に置き換える事になりました。
その後「害」にマイナスイメージがあることからこの字を使用せず「ひらがな」で「障がい者」を使用することが増えてきました。

Q卵と玉子の使い分け

職場で、ふと話題になった疑問です。卵と玉子の漢字の使い分けはどのようにしたらいいのでしょうか。もともとの意味に違いがあるのでしょうか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考URLが参考になりますよ。

参考URL:http://www.rarara.co.jp/kawaraban/kako/2001/0409.html

Q「卵」と「玉子」

私が小学生の頃、漢字の書き取りの問題で「たまご」を「玉子」と書いたら バッテンをもらいました。しかし、実際には「玉子」という書き方も多く見かけます。
そこで質問です。「玉子」と「卵」はどう使い分けるのでしょうか?

Aベストアンサー

個人的な感覚で言うと、
「玉子」は、"人間が食用に使う鶏のたまご"にしか使わないような気がするんですけど・・・。
「カラスの玉子」とか、「ダチョウの玉子」って、変な気がしませんか?
「卵」はどんな"たまご"でも変な気はしないと思うのですが・・・。
あくまで、個人的な意見ですが。

Qこれらの疑問文受け答える時これらの答え方正ししか

これら疑問文を受け答えるときは、これらの答え方で正しいでしょうか
A
あなた「は」今どこにいる?
わたし「が」今家にいるよ。

B
人「は」飛ぶこと「が」できるか?

人「が」飛ぶこと「が」できません。
人「が」飛ぶこと「は」できません。
人「は」飛ぶこと「は」できません。

C
先生「が」そこまでするの「が」普通ですか?

先生「は」そこまでするの「が」普通です。
先生「は」そこまでするの「は」普通です。
先生「が」そこまでするの「は」普通です。


もし正しければ、
Aの会話文における
「わたしが今家にいるよ」と「わたしは今家にいるよ。」は
ニュアンス的にどんな違いがあるのでしょう?

Bの会話文における
「人は飛ぶことができません。」と「人が飛ぶことができません。」と
「人は飛ぶことはできません。」と「人が飛ぶことはできません。」は
ニュアンス的にどんな違いがあるのでしょう?

Cの会話文における
「先生がそこまでするのが普通です。」と「先生がそこまでするのは普通です。」」と
「先生はそこまでするのが普通です。」」と「先生はそこまでするのは普通です。」」は
ニュアンス的にどんな違いがあるのでしょう?

これら疑問文を受け答えるときは、これらの答え方で正しいでしょうか
A
あなた「は」今どこにいる?
わたし「が」今家にいるよ。

B
人「は」飛ぶこと「が」できるか?

人「が」飛ぶこと「が」できません。
人「が」飛ぶこと「は」できません。
人「は」飛ぶこと「は」できません。

C
先生「が」そこまでするの「が」普通ですか?

先生「は」そこまでするの「が」普通です。
先生「は」そこまでするの「は」普通です。
先生「が」そこまでするの「は」普通です。


もし正しければ、
Aの会話文における
「わ...続きを読む

Aベストアンサー

まず、「は」と「が」の基本的な用法を把握しておくと良いでしょう。
「は」は主題提示(または主題宣言)、「が」は動作や状態の主体の特定です。
他にも色々ありますが、この基本的な用法から敷衍されたものにすぎません。

A
<あなた「は」今どこにいる?>

(ア)
これは、「あなた」に関して述べますが・・・、という意味の構文になっています。
答える側は、「わたし」に関して述べる、という構文で返答する必要があるわけです。
・わたし「が」今家にいるよ。
は誤り。
・わたし「は」今家にいるよ。
と言います。

(イ)
<今、誰が家にいるの?>または<今、家に誰もいないの?>という質問であれば、
・わたし「が」今家にいるよ。
と言うことができます。

B
<人「は」飛ぶこと「が」できるか?>

(ア)
まず、A と同じく、「人」を主題にして述べている構文と解釈することができます。
この場合、「飛ぶことに関してはできない」というニュアンスにしたければ、
・人「は」飛ぶこと「は」できません。
と言います。
「できないのは飛ぶことだ」というニュアンスにしたければ、「できない」ということの主体を特定するために「が」を使って、
・人「は」飛ぶこと「が」できません。
となります。

(イ)
もうひとつ、「(飛ぶことが)できるかどうか」に重点を置いている、と捉えることもできます。
この場合、「人」は主題ではなく、「飛ぶ」という動詞の主体と位置づけられますから、
・【人「が」飛ぶこと】「は」できません。
という表現になります。
【人「が」飛ぶこと】が主題として提示されているわけです。
質問自体は「人は」ですから、「人は~」で返すのが普通ですが、人について述べるというより、飛ぶことができるかどうか、に重点を置いた質問である、と聞き手が解釈した場合、このような構文になります。
・【人「が」飛ぶこと】「が」できません。
という表現もできます。
これは、まず「できない」ということを言いたい文です。
何が「できない」のか、と言えば、その主体は【人「が」飛ぶこと】です、といったニュアンスになります。
猛吹雪でジャンプ競技が中止になる場合などが想定できるでしょう。
「なんで中止にするんだ」
「この吹雪では、人が飛ぶことが出来ないからです」
その時々のシチュエーション次第で、どの表現も可能です。

C
<先生「が」そこまでするの「が」普通ですか?>

この文の骨子は「普通ですか?」です。
「普通」という状態の主体を、「が」を使って、『先生「が」そこまでするの(こと)が』、と特定している構文になります。
(ア)
まず、<先生「が」そこまでするの(こと)>を、確定した事柄と判断して答える場合です。
『先生「が」そこまでするの(こと)』についての質問ですから、それを主題として提示しつつ答えるのがもっとも自然であり、
・先生「が」そこまでするの「は」普通です。
となります。
相手の言ったことを鸚鵡返しに繰り返して、疑問詞「か」だけを削除することで答えにすることもできます。それが、
・先生「が」そこまでするの「が」普通です。
です。

(イ)
次に、「先生というものは」のように主題提示して、自分の意見を述べたい場合です。
相手の定めた、『先生「が」そこまでするの(こと)』という構図を一旦崩し、「先生(というもの)は」と、新たに主題提示し直すわけです。
その後、「そこまでするの(こと)」も主題として扱いたければ、
・先生「は」そこまでするの「は」普通です。
のように言います。
一文で、主題が2度提示されていることになりますが、最初の主題「先生」の範疇で述べていることになります。
「先生というものは、それで普通なのだ」と、あくまで先生について述べたい意図の場合は、
・先生「は」そこまでするの「が」普通です。
となります。

どの文も、主題提示の「は」で示されるものに最も重点が置かれていることになります。
最後の例文、
・先生「は」そこまでするの「が」普通です。
の場合、先生について述べることに最も重点を置いていることになります。
その範囲内で、「(先生にとって)普通なのは、そこまですることだ」と述べている構図です。
「は」がひとつも無い文の場合は、「が」に続く述語部分に、その都度、重点が置かれることになります。
逆に「は」が複数ある場合は、最初の「は」で示されているのが最も中心的な要素になります。
  

まず、「は」と「が」の基本的な用法を把握しておくと良いでしょう。
「は」は主題提示(または主題宣言)、「が」は動作や状態の主体の特定です。
他にも色々ありますが、この基本的な用法から敷衍されたものにすぎません。

A
<あなた「は」今どこにいる?>

(ア)
これは、「あなた」に関して述べますが・・・、という意味の構文になっています。
答える側は、「わたし」に関して述べる、という構文で返答する必要があるわけです。
・わたし「が」今家にいるよ。
は誤り。
・わたし「は」今家にいるよ。
...続きを読む

Q漢字の「罪」の語源について.英語の「sin」の語源について.

若干,英語の罪と日本語の罪とのニュアンスが違うのではと思うので…お聞きしたいと思います.

Aベストアンサー

英語の罪「sin」は「聖書の原則に照らしたときの違反」を意味します。

日本語の罪「つみ」は「道徳上、法律上、してはいけない行い」を意味します。
これはもともと「神の禁忌=[悪、けがれ、わざわい]をおかし、その報いを受けるべき凶事」という「できごと=罰」そのものを指す言葉がだんだんと変化してできた概念のようです。

「悪」は「道徳的なよくないこと」
「けがれ」は「きたないこと、よごれ」
「わざわい」は「わるいできごと」

これがもたらす結果が「罪」というわけですから、すなわち「罰を受けるようなおこない」が「つみ」なのです。

よって、
英語は「聖書に基づいているから罪」で
日本語は「罰があるから罪」
ということですね。

つまり、「罪」と「罰」の関係が、英語の「sin」と日本語の「つみ」では逆ということ?!

もっとも「罰」以前に「神の禁忌をやぶること」というのがあるから、根っこの部分では「つみ」も「sin」も同じでしょうか。
対象となる「神」の違いだけってことですね、結局。


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