痔になりやすい生活習慣とは?

突然、子供の頃の嫌な記憶を思い出すことがあります。
思い出された記憶は、非常に嫌な記憶ばかりです。
思い出さないほうがいいのにと思う経験ばかりです。

皆さんもこのような経験をなさったことはありますでしょうか?
どうして、いきなり昔の嫌な記憶が呼び戻されるのでしょうか?
このような嫌な経験を記憶として呼び戻さない方法などはあるのでしょうか?

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A 回答 (4件)

 いわゆるフラッシュバックというやつですね。


 この前たまたまカウンセリングの先生の講演を聴く機会があり、その話の中でも出てきました。
 
 過去に心に大きな傷となるような出来事があった場合、何かが引き金となって、恐怖を感じたり記憶がよみがえることがあるのだそうです。
 過去の心の傷が自覚しているものでも無自覚のものでも、そういう状況はあるようです。

 過去の心の傷というのは、他人からしたら「なんだそんなこと」というものも、本人からするととても重大な事件というのがあるそうです。
 
 例えば、小さいころ自分が泣いていた時に母親から理由も聞かれず「男の子なんだから泣くんじゃない」と叱られ、「きちんと理由を聞いて欲しかった」という人がいたのですが、その人(現在40歳代)はカウンセリングを受ける中でそのことがトラウマであることが判明し、カウンセラーを母親に見立てて「だって○○だったんだもん」と大声で叫んだことで快方に向かったそうです。

>このような嫌な経験を記憶として呼び戻さない方法などはあるのでしょうか?
 日常生活に支障を来たしたり、思い出す内容等から考えてご自身がつらいのなら、カウンセリングを受けてみるのがよいと思います。
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この回答へのお礼

御返答有り難う御座いました。
私もおそらくフラッシュバックであるとは思っていました。私の場合は、恐怖心は全くなく、記憶がいきなり何の前触れも無く蘇って来るのです。
フラッシュバックと言われるように、一度だけ眩しいほどの光を感じたことがありました。とっても嫌な記憶が蘇るには、視覚に眩しさを感じるのですね。不思議です。
日常的な支障は全くありませんし、子どもの頃より精神的にも強くなったのでしょうね。精神的に耐えられないというわけではありません。

お礼日時:2001/12/25 00:51

今、専門家(病院のカウンセラー)とのカウンセリングがスタートしまして、子どもの頃から現在までの出来事を全て話すということをやっています。


これは、ライフイベントの聞き取りといって非常に重要な場面です。

はっきり言ってきついですが、言うことによって多少楽になったような気がするから不思議です。
また、几帳面に覚えているものです。

カウンセラーの方に言わせると、そういうものを貯めておくのはあまりよろしくないみたいです。抑圧に変わるといい方向に向かないということでしょう。

私が心理学を先行していた頃に得た知識では、封印する方法はありません。
忘れていたはずのことでも何かのときに使えるように蓄積(store)されていて、
普段は眠っていて関連する事柄があると目覚める(「旗が立つ」)という風に習った覚えがあります。
今は新しい知見が得られているかもしれませんが・・・。
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この回答へのお礼

記憶とは、封印されているものではなく、蓄積されているものなのですね。普段は眠っていて関連する事柄があると目覚めるということに、安心しました。
御返答有り難うございました。

お礼日時:2001/12/25 00:57

たとえば家庭環境が複雑であったりすると、いろいろと嫌な体験をしてしまうものです。

なぜ、そういうのを思い出すと困るかというと、そのことで気が滅入ってしまったりするとか、そのときの気分をふたたび味あうことになるからです。
きっかけは、何気ない人の会話であったり、テレビやラジオであったり、さらには、きっかけもなく思い出すものなのだろうと思います。
しかし、そういう記憶を持っているからこそ、文学作品の理解が進んだりもします。
嫌なものを思い出したときは、忘れようとして、それにとらわれるのでなく、何か落ち着ける音楽でも聴いてみるのもいいかもしれません。
でも、ひとにより個人差もあり、本当のところは分かりません。
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この回答へのお礼

確かに、自分は複雑な家庭環境であったと思います。
私も、きっかけが明らかな場合と、全くきっかけがない場合があります。
落ち着いた音楽ですね。気持ちを落ち着かせるにはいい方法ですね。

お礼日時:2001/12/25 01:00

あります、あります。



夢にも出てきてしまうほどですから。
思い出すまいと思うほど、どこかで圧迫されているのでしょうな、かえって逆効果だったりします。また、不思議にも、うれしいことや、かっこよかったことなんて、まず思い出しません。(そういう意味で、SMAPの「がんばりましょう」は、名曲中の名曲です。)

できることは、思い込まないこと。それから、『こんなこと相談すると、変人だと思われないだろうか』などと躊躇せず、相談できる相手を探すこと。もちろん、このサイトでもいいでしょう。

思い込みやすい人は、「パニック症候群」になりがちです。まあ、だからいけないとは言いませんが。

余談をひとつ。
私の大先輩の先生と話をしていたとき、先生はこうおっしゃいました。
「最近、事件が起こるたびに、被害者のアフターケアで、パニック症候群のことをやっているよな。被害に遭うと、いかに大きな心の傷を背負って、人にはわからない苦しみが続くとか。そんなこと言ったら、俺たちの世代なんて、みんなパニック症候群だぜ。直接戦災に会っているんだから。」

…いや、先生がおっしゃりたいのは、同じ『いやなこと』があっても、それによってパニック障害になるタイプの人と、ならない人がある、というふうに私は解釈したのですが…

思い出してしまったものは仕方がない。そのつらさととことん付き合う覚悟がいつできるか。私も、難しいとは思っております。でも、いつかその覚悟はできると思っています。克服できるのは、そのときです。

この回答への補足

息苦しさや胸苦はないので、パニック症候群ではないと思っています。

補足日時:2001/12/25 00:40
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この回答へのお礼

夢に出たときもありますね。
結構、多くの人間が経験していることなのでしょうかね。
御返答有り難う御座いました。

お礼日時:2001/12/25 01:02

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Q小さい頃を思い出すと泣けてきます

小さい頃を思い出すと泣けてきます。
毎回、涙が出てきます。

これって精神的にあまり健康でない状態ですか?
不健康な状態であれば、
どうすれば良くなるでしょうか?

思い出す内容は、子供のころ辛かった記憶が多い気がします。
恋人とケンカした後、思い出すことが多いです。

漠然とした質問ですが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

初めに、体験談が主なので非常に長文な事をお詫びを致します。m(_ _)m


>これって精神的にあまり健康でない状態ですか?

はい。良くありません。
子供時代、泣きたかったときに涙を堪えていたあなたが、恋人と喧嘩して孤独になったときに、記憶の淵から蘇ってきて、あなたを泣かせているんです。

「泣いちゃいけない。辛いと思ってはいけない。甘えちゃいけない」
色々禁止して我慢していた 心の中の子供のままのあなたが、泣き叫んでいるんです。また独りぼっちになるのが怖くて泣いているんです。


>どうすれば良くなるでしょうか?

私の場合、母との関係が上手く行っていませんでした。
実家は父親が酒乱で、母はその父の暴力から子供達を守る砦のようでもあったけれど、私が本当に傷ついていたのは、父の暴力ではなくて母の暴言でした。でも、母は私たち姉妹を父の暴力から救ってくれる人。
そんな母が私を愛していないなどと言うことはないと、どのような暴言を吐かれても自分が悪いのだと、母は悪くないんだと、見捨てられたくない一心で母を信じて来ました。

でも、母が心から可愛いと思っていたのは長姉と妹でした。
それを聞かされたのは、妹の結婚式の時でした。
「あんたと△△(次姉)には悪いけれど、お父さん、やっぱり○○(長姉)と××(妹)が可愛いのよ」と泣きながら語っていました。
…心が凍り付きそうでした。

もう、途中から気が付いていました。
母が、「お父さんが~」と言うのは、自分が思っていることなのです。
母は自分を良く見せたいから、その様なことを平然と言うのです。

何故だか母は、私たち姉妹にしてきたことと同じ事を、自分の孫達にもします。母は孫にも“長子と末子には優しい”のです。
初めの子と終わりの子は特別なのです。母自身の兄妹にもそうなのです。

子供の頃から感じてきたけれど、認めたくはなかったけれど、母は長姉と妹には“えこひいき”をします。姉妹で喧嘩などしよう物なら、必ず私や次姉が長姉や妹を傷つけたと激怒していました。

自分だけなら我慢できましたが、それと同じ事を自分の子供にもされたときは、フラッシュバックが起こりました。
母は私の上の子には、とても優しいのですが、下の子には辛く当たります。
下の子は私にとって末子なのですが、母には孫が多いので、下の子は母にとっては中間子なのです。辛いことには耐えねばならない立場にある子だと思っているのだと思います。孫で一番小さいのは妹の子供達ですが、母はこの二人は“ねこっかわいがり”をします。二人はどんなに我が儘を言っても、泣き叫んでも、暴れてもOKなのです。
次姉の下二人の子と、私の下の子には、幼い頃から決して許されないことなのにです。

母の訳の分からない法則には、もう我慢できませんでした。
母は、私の下の子がどんなに泣いて詫びても、いつも決して許しませんでした。いつまでもいつまでも責め続けるのです。
次姉の下二人の子供達には目の前では言いませんが、私たち おばの前で陰口を言います。次姉には遠慮があるからでしょう。結婚式での発言も次姉には言わずに私にだけしました。
それと同じです。私の下の子には、目の前で平気で冷酷なことを言います。
4年前の夏、その事に耐えきれなくなって、ついに私は爆発しました。

母がどれだけ下の子(私の息子)の心を傷つけているか言いました。
母は「はあ?」と言う顔をしました。
鈍い人だと思っていたけれど、ここまで酷いとは…。怒りが収まりません。

「お母さんは、いつも人を差別している。お母さんは私の幼稚園の入園式に来てくれなかった。入園式は、お父さんも誰もいなくて一人っきりだった。遠足だってそうだった。側にいて欲しいときにいつもいてくれなかった」
「だって、仕方ないでしょう。××は赤ちゃんだったんだから」
「子供の時は私もそう思ってた。でも、そんなのはお母さんの言い訳だ。私が上の子の遠足の時に、赤ちゃんや弟まで連れてきていた人だっていたよ。△△ちゃんだって上の子の遠足の時は、下の子はまだ赤ちゃんだったけど、おぶって連れて行ったって言っていたよ。入園式に独りぼっちの子なんか、何処にもいなかったよ、」“お母さんは××ちゃんを誰かにみて貰えば、入園式だって遠足にだって行けた筈だ”――そう言葉を続けたかったけれど、もうやめました。

母にとっては“たったそれだけのこと”だったからです。
母は完璧主義なので、人に頭を下げることなど出来ないのです。
だから、人に赤ん坊の世話を頼むなどと言うことは、端から考えられないことなのです。祖母に頼むなどと言うことも選択肢にはないのです。


私が幼稚園の頃、初めて いじめにあったとき母に相談すると、母は、
「おまえが悪い。太っていたり鼻が悪いぐらいで虐められるわけがない」
妹や姉がいじめに遭うと、あんなにムキになって怒っていたのに…。
そしてその頃、予防注射で熱を出してフラフラしていたときも、
「副作用ね。なんともないわ。いってらっしゃい」でした。

母にとって、次姉は姉妹の仲で一番頭が良くスポーツもそこそこ出来るので、自慢の子。自分の虚栄心を満たしてくれる子。
でも、“父に刃向かう、かわいげのない子”と言ったところでしょう。
そして、私は母の嫌いな父方の“叔父に似ている出来の悪い子”なのです。
母はこの叔父を、父との婚約後に知って「知的障害者が生まれたら困る」と後悔したそうです。母はその様な酷いことを、4才になったか ならないかの幼い私に言ったのです。
自分が母親になって、母が私にしてきたことは理解を超えています。


私は、母には辛かったことは、努めて言わないようにしてきました。
でも、入園式と遠足のことだけは分かって欲しいと思って言いました。
泣きながら、母の腕をたたき付けました。そんな風に取り乱したのも初めてでした。いつも母の前では感情を押し殺していました。
でも、母には私がどの様に淋しかったのか分かっては貰えませんでした。

後に次姉から聞きましたが、母は私が何故怒ったのか分からなかったそうです。それでも、母は私にも人並みに怒りや悲しみがあると言うことだけは理解してくれたようです。以前のような皮肉や嫌味は言わなくなりました。下の子にも優しくなりました。
何故、私が怒ったのかは完全には分からなくても、何か悪いことをして悲しませていたのだと思ってくれたようです。

質問者さんの場合は、精神科に行って親子でカウンセリングというのが理想的なのでしょうが、私は長年押し殺してきた感情を母親にぶつける事によって、呪縛から解かれたように思えます。
全部は分かって貰えなくても、母が変わってくれたのは、母が私にすまないと感じてくれたからなんです。本当に欲しかった言葉は、
「それはすまなかったね。寂しい思いをさせてごめんね」だったのですが、母の“ごめんね”は時折伝わってきます。

暑い中、足が悪いのに歩いて果物を届けてくれたり、お米を妹に届けさせたり…。不器用で変に馬鹿正直なところもある人だけれど、やはり母のことは憎みきれません。母には大切にされていた、可愛がられていた時期があったのも確かだし、幼い頃母が大好きだったのも事実ですから。

私の母への怒りが爆発したとき、父はもう、この世にいませんでした。
父は晩年は良いお祖父さんで、私の良き理解者でした。
子育てに悩む私を励ましてくれたり、夜泣きする息子を上手にあやしてくれました。
幼い頃の私は両親が大好きで、特に父は母よりも好きでした。
晩年の父は、私が幼い頃の父そのものでした。
なのに、あんなに父を憎く思ってしまったのは、父が酒乱で暴力を振るっていただけではなかったのです。父を憎むことで母が自分から離れていくのを引き留めようとしていたのです。

色んな事が分かってくると、心が楽になりました。
質問者さんも、ご両親に思い切って辛かったことを打ち明けると心が楽になると思います。ほんの少しでも伝われば、何かスルスル解けていくのが感じられると思います。

初めに、体験談が主なので非常に長文な事をお詫びを致します。m(_ _)m


>これって精神的にあまり健康でない状態ですか?

はい。良くありません。
子供時代、泣きたかったときに涙を堪えていたあなたが、恋人と喧嘩して孤独になったときに、記憶の淵から蘇ってきて、あなたを泣かせているんです。

「泣いちゃいけない。辛いと思ってはいけない。甘えちゃいけない」
色々禁止して我慢していた 心の中の子供のままのあなたが、泣き叫んでいるんです。また独りぼっちになるのが怖くて泣いているんです。...続きを読む

Q一人の時に過去の嫌な思い出ばかり考えてしまうのは私だけでしょうか?

一人の時に過去の嫌な思い出ばかり考えてしまいます。
実はこのことに気付いたのは最近のことです。
普段「自分は何を考えてるだろう」なんてことはあまり気にしませんよね。
最近注意深く自分の思考を観察してみると、かなりの割合で過去の嫌な出来事のことばかり考えてることに気付きました。
過去の悲しかったこと、恥ずかしかったこと、辛かったこと、許せないこと、寂しかったことなど色々です。
これまで私は自分のことを暗い人間だとは思っていませんでしたが、どうやらネクラのようです。
こういう過去の嫌なことばかり自分でも気付かないうちに考えてしまうのは普通あまりないことなんでしょうか?

また明るいことや楽しいことばかり考えるにはどうしたらいいのでしょうか?
明るい人は意識的にそれらのことを考えてるのでしょうか?
それとも無意識的に明るいことや楽しいことばかり考えられるのでしょうか?
意識的にやってるとしたらしんどくてしょうがないですよね。

私の場合嫌なことを意識的に考えようとしているわけではありません。
気付いたらそうなっているのです。

過去の嫌なことを完全に消し去るにはどうすればいいのでしょうか?
嫌なことを思い出したくありません。
人といる時だけでなく一人の時でも楽しく過ごしたいです。

一人の時に過去の嫌な思い出ばかり考えてしまいます。
実はこのことに気付いたのは最近のことです。
普段「自分は何を考えてるだろう」なんてことはあまり気にしませんよね。
最近注意深く自分の思考を観察してみると、かなりの割合で過去の嫌な出来事のことばかり考えてることに気付きました。
過去の悲しかったこと、恥ずかしかったこと、辛かったこと、許せないこと、寂しかったことなど色々です。
これまで私は自分のことを暗い人間だとは思っていませんでしたが、どうやらネクラのようです。
こういう...続きを読む

Aベストアンサー

>過去の悲しかったこと、恥ずかしかったこと、辛かったこと、許せないこと、寂しかったことなど
 過去のことを意図しないで考えてしまうのは、それらの経験を思い返すことで消化でき、
その時受けた心の傷を癒していると、心理学の先生から聞いたことがあります。
逆に意図せずに辛い体験を考え直さず、表面的に明るいばかりの場合のほうが問題を抱えやすいと聞きます。
普通あまりないこと、ではないと私は思います。ですから質問者様はおかしくなく、普通ということになるのではないでしょうか。

>過去の嫌なことを完全に消し去るにはどうすればいいのでしょうか?
嫌なことを思い出したくありません。
人といる時だけでなく一人の時でも楽しく過ごしたいです。
 そう思うと、苦しくありませんか?抑圧はよくありません。
これも心理学っぽいかもですが、嫌な気持ちを抑圧することなく、
昇華に変える手段として「趣味を持つこと」があります。
嫌な気持ちを創造へ向けたりするのが心の傷を癒す一つの方法です。
ですから熱中できる何かを見つけるというのは良いことですね☆

人は一人でいると寂しいからみんなと過ごすのです。一人でいる時の辛さなども大切ではないでしょうか。
そう考えるときっと前向きになれます。
私も一人でいるとき暇なとき、昔の辛いことたくさん思い返してしまいますが、
その経験も必要だったなあと思うようにしています。

>過去の悲しかったこと、恥ずかしかったこと、辛かったこと、許せないこと、寂しかったことなど
 過去のことを意図しないで考えてしまうのは、それらの経験を思い返すことで消化でき、
その時受けた心の傷を癒していると、心理学の先生から聞いたことがあります。
逆に意図せずに辛い体験を考え直さず、表面的に明るいばかりの場合のほうが問題を抱えやすいと聞きます。
普通あまりないこと、ではないと私は思います。ですから質問者様はおかしくなく、普通ということになるのではないでしょうか。

>過...続きを読む

Qフラッシュバックの症状とは

フラッシュバックとよく言いますが、どういう症状ですか?
気がおかしくなりそうな場合だけフラッシュバックというのですか?
思い出して動揺したぐらいではフラッシュバックとは言わないのですか?

Aベストアンサー

こんにちは。
「フラッシュバック」といいますのは「心的外傷(トラウマ)」の症状に伴い、主に映像や音などの「感覚記憶が再生されてしまう心理現象」をいいます。

「心的外傷(トラウマ)」といいますのは、過去の体験に基づき、「大脳辺縁系(扁桃体)」というところに「特定の情動反応」が学習されてしまうために起こります。この反応と同時に頭の中に過去の情景が蘇ったり、聞こえないはずの音や言葉が聞こえてしまうというのが「フラッシュバック」です。
元々「大脳辺縁系の情動反応」といいますのは過去の学習結果に基づいて「利益・不利益/快・不快」の判定を下すための機能です。ですから、過去の忌まわしい体験というのは誰にとっても大なり小なしストレスなのですが、「心的外傷」というのは大脳辺縁系の正常な学習機能によるものでありますから、これ自体は脳の傷害でも精神の異常でもありません。全ての原因は本人の体験がどのくらい強く刻み込まれてしまったかです。そして、これが頻繁に発生したり反応が強いために「日常生活に支障をきたす状態」になった場合を「病的症状」といいます。
情動反応は神経伝達物質の分泌を促して「神経系の覚醒状態」を亢進させ、自律神経系を介して「身体の生理状態」を活性化させます。これを「ストレス対処反応」といい、通常の安静状態に対しまして、こちらは身体の「臨時の警戒体勢」ということになります。この状態の慢性化したものが「うつ病」であり、「PTSD」では特定の刺激に対してたいへん強い反応が発生します。どちらも心的外傷の症状に含まれます。

では、例えば我々が過去の失恋などの記憶を思い起こし、それでもって胸がぎゅっと締め付けられるというのは、これは「心臓の情動性自律反応」です。ならば、これによって振られた相手の姿を思い出すのも一種のフラッシュバックということになります。
もちろん、失恋したときは誰でも気の狂いそうな状態になりますから、これがそのまま再現されるならば精神や体調までが崩れてしまいます。ですが、通常そうはならないのは、「それは遠い過去の記憶である」と頭の中でちゃんと整理されているからです。
このように、原因がはっきりと分かっているならば理性を以って対処することもできるのですが、「うつ病」の中には本人がストレスの原因を忘れてしまっている、あるいは忌まわしい記憶として封じ込めているという例もあります。また、まだ物心も付かない幼児期の体験といいますのは本人が冷静な判断を下せないまま間違って学習されてしまうという可能性が十分にあります。ですから、この頃の「幼児虐待」といった特殊な体験はたいへん深刻な外傷を残すことになりますし、幼い頃の記憶を辿って正確な原因を特定するというのが極めて困難となります。
「PTSD」といいますのは飛行機事故やベトナム戦争などといった特定の体験によって獲得されます。この場合、本人の記憶や経歴などから原因を特定することは可能なのですが、あまりにも特殊な体験であるため、自覚を持って頭を整理しようとしても中々上手くゆかなくなります。

このように、「心的外傷」といいますのは脳の傷害ではなく、現れる症状といいますのは心身の健康に支障をきたす重大なものもあれば「単なる本人のこだわり」済まされるものもあります。フラッシュバックといいますのはこれに伴う心理現象です。ですから、気分が悪くなるというのは心的外傷の度合いによります。
死にそうな目にあった記憶が蘇るというのもたいへん辛いことですが、外傷の原因を憶えていない場合にフラッシュバックがあるということは、反応の度に身に憶えのない記憶が再生されてしまうということです。これは恐らく本人にとっては途轍もなく奇妙な感覚ではないかと思います。気持ちのやり場がなくなってしまいますよね。

こんにちは。
「フラッシュバック」といいますのは「心的外傷(トラウマ)」の症状に伴い、主に映像や音などの「感覚記憶が再生されてしまう心理現象」をいいます。

「心的外傷(トラウマ)」といいますのは、過去の体験に基づき、「大脳辺縁系(扁桃体)」というところに「特定の情動反応」が学習されてしまうために起こります。この反応と同時に頭の中に過去の情景が蘇ったり、聞こえないはずの音や言葉が聞こえてしまうというのが「フラッシュバック」です。
元々「大脳辺縁系の情動反応」といいますのは...続きを読む

Q幼少時に受けた虐待の記憶は清算できる?

私は20代男です。最近ある女性の友人ができました。互いの共通点の一つに「子供の頃に虐待を受けた」ことがあります。その女性の母親は血の気の多い人で、彼女が小学校の時分悪さをすると焼けた線香を体に押し付けてしつけをしていました。そして「今度やったらおマタだよ」と脅していたそうです。
私の方はというと、やはり母親がすぐ頭に血が上る人間です。小学生時代は同級生が当たり前にやっていることができないと、すぐに怒鳴りちらしました。個性的なことは「変わっている」とみなし時には殴ってまで矯正させ、普通であることを強要されてきました。風呂を洗おうとしてバスタブの前で栓を抜かずボーっとしていたら、突然母が現れて「何やってんだ!」と首を掴まれ、水の中に顔を押し込められました。今でも水に入るのは嫌いです。中学校にかけては怒鳴り散らし、殴るのはもちろん耳を掴んで引っ張りました。「話があるからこっちに来なさい」と耳を掴み、素直に従っても何をされるのかは分かっているので抵抗するとその耳を引っ張ります。耳は「ビキッ」や「ビリッ」という音を立て、ちぎれたかと思いました。幸いちぎれることはなく無傷ではありました。しかし「俺はこうして死ぬんだな・・・」と漠然と考える日々が続いていました。
忘れられれば忘れたいし、それが一番楽だとは思います。しかし普段は忘れていても、ふとした瞬間に思い出すのです。突然暗い気持ちになり、今やっていることに集中できなくなります。その女性の友人とも「忘れたいね」などと話すことがあります。
この気持ちは過去のこととして噛みしめて生きるべきでしょうか。それとも親に問いただし、どう思っているのか徹底的に追及するべきでしょうか。

私は20代男です。最近ある女性の友人ができました。互いの共通点の一つに「子供の頃に虐待を受けた」ことがあります。その女性の母親は血の気の多い人で、彼女が小学校の時分悪さをすると焼けた線香を体に押し付けてしつけをしていました。そして「今度やったらおマタだよ」と脅していたそうです。
私の方はというと、やはり母親がすぐ頭に血が上る人間です。小学生時代は同級生が当たり前にやっていることができないと、すぐに怒鳴りちらしました。個性的なことは「変わっている」とみなし時には殴ってまで矯...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
同じく、両親から虐待を受けて育った者です。
お辛い気持ち、お察しします。

>ふとした瞬間に思い出すのです。突然暗い気持ちになり、今やっていることに集中できなくなります

経験があるので、よく解ります。
過去の辛い記憶を完全に忘れる事は難しいですが、思い出す回数を減らしていく事は可能です。

親と対決もいいでしょう。答えが出ますから。
ただ、親は自分の非を認めない可能性もある、という事は覚悟していてください。
私の場合、子供時代の事を追求したら逆切れして包丁を投げつけてきましたから。
これはもう予測済み(笑) 鍋のフタを用意しておいて、盾にしましたよ。余裕!

大切なのは、引きずらない事。
あぁ、話しても無駄だな、と絶縁しました。
なんら未練なく前進できましたが、性格によるかもしれませんので、
ご自分の心と相談の上、実行するかどうか決めてください。

その他の具体的な方法は・・・

1.嫌な記憶を思い出すのはどんな時ですか?
私の場合はイスに座って勉強したり、事務的な仕事をしている時に多いので、
即座にイスから立ち上がり、トイレで手や顔を洗います。
軽いストレッチも効果的ですよ。
要は交感神経と副交感神経を切り替えるのです。

2.加えて、毎日運動する。
私はジョギングしています。
運動が苦手なら散歩でもOK.ただし、キビキビと早歩きで。
全身を使う運動の際、脳は体を動かす事で手一杯で、嫌な事を考え続ける余裕がなくなるんですね。

3.忙しくなる。
アメリカ滞在中は忙しかったものの、帰国後は余裕が出てきてしまい、またぞろ思い出し始めてしまいました。
で、独学や習い事を始めました。
1)TOEICで満点を取る
2)中国語とフランス語を勉強
3)子供の頃からやりたかったピアノとバレエを習う

だらだらやっても成果は出ないので、期限を決める。○月までに○点・○級!とか。
残念ながら、バレエはそれは無理ですが(^^)
大人になってから180度開脚はできそうにない・・・。むしろ足を痛めちゃう。
まぁ、姿勢や体のラインが綺麗になってきて良いです。

あなたの将来に役立ちそうな資格・勉強、興味のあるスポーツで忙しくなってみて下さい。

あと、読書。
私はアメリカで専門外ではありますが、ついでに「児童虐待学」を学びました。
アメリカはその手の方面では日本より遥かに進んでます。
なぜ虐待は起きるのか、親側・子供側、両方からのアプローチは面白かったです。

オススメ本。
「平気で嘘をつく人たち」M・スコット・ペック著
アメリカで高名な精神科医による読みやすい本。
本著では親による虐待がいかに子供の精神・人格に悪影響を及ばすのか、具体的に専門用語が少なく書かれています。

「邪悪な人は、本人が味わうべき苦しみを、何のためらいもなく他人に負わす」
「自分に非があると認めるくらいなら、ためらいもなく鬱の息子を生まれながらの人格異常者に仕立て上げる」
これこそが児童虐待の根源でしょう・・・。

不幸だった過去への最大の復讐は、幸せになる事。
良い知己を得られたようですし、少しづつあなたの望む人生を目指してください。

こんにちは。
同じく、両親から虐待を受けて育った者です。
お辛い気持ち、お察しします。

>ふとした瞬間に思い出すのです。突然暗い気持ちになり、今やっていることに集中できなくなります

経験があるので、よく解ります。
過去の辛い記憶を完全に忘れる事は難しいですが、思い出す回数を減らしていく事は可能です。

親と対決もいいでしょう。答えが出ますから。
ただ、親は自分の非を認めない可能性もある、という事は覚悟していてください。
私の場合、子供時代の事を追求したら逆切れして包丁...続きを読む

Q子どもの頃の嫌なこと

私は今高校生です。
小学生の頃言われた嫌なことを今でも覚えています。
その時は傷ついたけど、どうせ友達でもない男子に言われたことだったので割と早く立ち直ったはずなのですが、今でも時々思い出して辛くなります。
あの時わけがわからなくて咄嗟に言い返せなかったから特に、今会ったら何か言ってやりたいと思ってしまいます。
楽しかったこともたくさんありますが、それよりは嫌なことの方を些細なきっかけでよく思い出します。
しょうもなさすぎて人にも言えないし…。



一番昔のからだと、8年経つはずなのに未だに覚えている私は執念深い方なのでしょうか。

皆さんはどうですか?
嫌な記憶、何年たっても覚えていますか?

Aベストアンサー

メチャクチャ覚えています

ただ本当に嫌すぎて「忘れたい!」と思った事は
自己暗示の結果でしょうか 上手い事忘れてます。
頑張れば思い出せない事もないのですが、自分の事ながら「そんな事できるんだな」と関心したものです。

多分「こんなの別に大した事ないじゃん~」って普通なら思いそうな些細な事な筈なのに、何故か自分の気持ちがグッサリ傷ついた事だから「覚えている」んだと思います。
引っかかりがあると言いますか、スッキリしないから未だに腹が経つのかと。


執念深いのではなく「理由がある怒り」だから忘れにくいのかな と。


因みに私の場合ですが
父から言われた些細な台詞でグッサリ傷ついた事を今でも執念深く覚えてます。20年も前の事なのに(笑)

Q毎日死にたいと思います。心の病気ですか?

この症状が心の病気なのか、病院に行ったりしたほうがいいのか、教えてください。

症状は3年くらい前から出ているように思います。

・毎日死にたいと思う
最初は夜寝るときだけだったのですが、最近では昼間でも考えるようになりました。
自殺の方法を考えたりすることもあります。
ただ、1度も行動に出たことはなく、妄想してるだけという感じです。

・感情が抑えられない
母親のことがとても嫌いです。
なので、電話がきて話をして電話を切った後、憎悪の感情が押し寄せてきて体が熱くなり、感情が高ぶります。
そんな状態が2時間くらい続くことも。
電話に限ったことではなく、母親のことを考えただけでこうなることもあります。

生活は普通にできているし、食事も普通にできています。
ただ、人と会ったり話したりすると精神的にとても疲れてしまって、起きていられなくなることはあります。

カウンセリングなどに行ったほうがいいのでしょうか?
その場合、カウンセリングにかかる金額も教えてもらえると助かります。

Aベストアンサー

毎日死にたいと思うようでは、実際辛いでしょう。
早く病院に行きましょう。

カウンセリング単独のところもありますが、精神科、心療内科で、カウンセリングを行っているところもあります。

はじめに医師が診察して、カウンセリングが必要だ、もしくは、患者が希望していて妥当だと思うと、カウンセラーの予約を入れてカウンセリングをするというシステムですね。

後者のほうは保険が利きますので、コスト的に大分安くなります。

まずは、医師と相談してみてください。精神科、心療内科といっても、普通の診療科とそれほど違いありません。料金もとりあえず3割負担で1500円程度です。

カウンセリングのことはそのとき話し合えばよいでしょう。カウンセラーがいる精神科、心療内科を探すのは、ちょっと手間ですが、電話帳か、
通信簿.com
http://www.tusinbo.com/
で、根気強く探してみてください。

Q嫌な記憶のフラッシュバック

メンタル面についての投稿です。

わたしは、精神的にとても弱いです。
ちなみに27歳・女性です。

特に人と接することによってさまざまなストレスを感じるので、人付き合いはほとんどしません。
仕事はしていますが、幸い人間関係には恵まれているのでなんとかなっています。

ですので、仕事上はまぁ大丈夫なんですが、プライベートで人と接すると、かなりのストレスで心が傷つきます。

些細なことなんです、原因なんて。
昨日話した相手の目線が嫌だった、とか、話し方がうっとうしかった、とか、言い方が意地悪だった、とか。

とにかくわたしは人がものすごく嫌いなんだな、とつくづく感じています。
歳とともにひどくなっています。

ちなみに通院や投薬はしていません。
そこまでひどくはないので。

でも、その些細な嫌な記憶が起こった直後から何度も何度もフラッシュバックするんです、いつもいつも。
ほとぼりがさめるまで何度でも思い出すんです、無意識に。

そして、あの時こう言い返していればよかった、とか、こういう態度でいればよかった、また、なんであんな言い方するんだろう、とかとにかくその嫌な出来事に関するあらゆる否定的な記憶が蘇ってわたしをすごく苦しめるんです。

何をしてても思い出すんです。
気を紛らわそうと、何かに集中すれば一時的に解消されるんですが。

でも何度もまた思い出だすので非常に不愉快な時間を過ごすことが多いです。

考えすぎだし、被害妄想が強めなんだと思います。
でもこれって、どうやって紛らわしていったらいいのでしょうか?

例えばみなさんなら嫌なことがあった時、人に傷つけられた時など、それ以降はどんなふうに風化してるのでしょう?
興味があります。

よかったら教えてもらいたいです☆彡
よろしくお願いいたします(∀`*ゞ)

メンタル面についての投稿です。

わたしは、精神的にとても弱いです。
ちなみに27歳・女性です。

特に人と接することによってさまざまなストレスを感じるので、人付き合いはほとんどしません。
仕事はしていますが、幸い人間関係には恵まれているのでなんとかなっています。

ですので、仕事上はまぁ大丈夫なんですが、プライベートで人と接すると、かなりのストレスで心が傷つきます。

些細なことなんです、原因なんて。
昨日話した相手の目線が嫌だった、とか、話し方がうっとうしかった、とか...続きを読む

Aベストアンサー

うーん。人が嫌いなのは確かなのかもしれませんが、
実は自分が嫌いなのではないでしょうか。
解ったふりして書いていますが、実は私もこの「自己肯定感の脆弱さ」と格闘しているところです。

自己が脆弱だから、ちょっとしたことで自己が揺らぎ、落ち込んだり過剰反応する、と言われています。
(脆弱-自己評価が低い、あるいは自己評価が高いがもろい)
おそらく、尊大な反応はなく、人付き合いを回避する傾向がありますので、自己評価が低いのでしょう。
自分に自信が持てないのでしょう。

クリストフ・アンドレ「自己評価メソッド」によれば、
現実をそのまま受け入れ、自己のありのままを受け入れることからはじまるとあります。
長いですが読んでみるといいと思います。

あとは、精神的に参りすぎてはいないようなので、
認知療法を試してみるといいかもしれません。
(参っている-抑鬱が重いときには自己否定の印象が強くなってますます落ち込む恐れがあります-
ときはおすすめできません)
「こころが晴れるノート」(大野裕)などで、考え方の癖(
・他人の反応でいやだと思ったのは、何が理由か、
・他に相手の反応の意味は何か考えられないか、
・実はたまたまそう見えただけではないのか、
など考え方の幅を広げる

と向き合ってみてはいかがでしょうか。

いやなことはいつまでも思い出しますよね。不意に。
下田光造という人は、戦争中ぐらいの時代に「執着気質」という概念を提唱しました。これは
・ある事への想いが時間とともに消えずに増幅する
・凝り性で、徹底性、几帳面、正義感や責任感が強い
の2つの特徴で表される性格をいいます。
当時は顧みられませんでしたが、
これがテレンバッハ(現代一歩手前の気分障害の最大権威です)によって再発見されてから、
急速にひろまりました。外人に言われて急に認められるなんて、いかにも日本的ですね。
(テレンバッハはまじめで几帳面などの、鬱になりやすい「メランコリー親和型性格」を提唱した人です)

一応感情は最終的には消えては行くようですが、
くり返しくり返し、自分でもいやなのにしつこく思い出されてしまうところに、
なにか執着気質と共通する面があるようで心配です。
鬱、あるいは双極性障害になりやすい性格と言われています。

そうした疾患の予防としても、前掲書はおすすめです。

また、人との対話がうまくいかない、自分の気持ちをうまく伝えられない、ということがあれば、
アサーションという対話術が有効かもしれません。
木村久子さんや平木典子さんの本がいいと思いますし、
できれば講習会でロールプレイをしっかりやるといいと思います。
(木村先生から5日間実働30時間習いました…非常に有益でした。ちょっと高かったけど…)

いろいろ始める前に「自己評価メソッド」の最初の100数十ページは読んでおいたほうがいいかもしれないですね。
自分をありのまま認め、その上で、変えていく、ことの意味を、
決して自己否定ではないのだ、と理解しておくといいと思います。

うーん。人が嫌いなのは確かなのかもしれませんが、
実は自分が嫌いなのではないでしょうか。
解ったふりして書いていますが、実は私もこの「自己肯定感の脆弱さ」と格闘しているところです。

自己が脆弱だから、ちょっとしたことで自己が揺らぎ、落ち込んだり過剰反応する、と言われています。
(脆弱-自己評価が低い、あるいは自己評価が高いがもろい)
おそらく、尊大な反応はなく、人付き合いを回避する傾向がありますので、自己評価が低いのでしょう。
自分に自信が持てないのでしょう。

クリス...続きを読む

Q愛情不足な環境で育った人間はどう成長するか。

こんにちは。
初めて質問させて頂きます。
唐突なのですが、愛情不足な環境で育った子供は大人になるとどんな傾向があるのでしょうか?

私は母子家庭で育ちました。
親には苦労こそかけましたが、特に愛情不足を感じたこともなく、
今も平和に平凡に暮らしています。

しかし以前、同じように母子家庭で育った友人(こちらの方がもっと複雑な家庭環境だと思われます)から、
「やっぱり、片親で育った人は変わってる。あなたも変わってるもん」と言われたことがあります。
あまり深く突っ込まなかったので真意はわかりませんが、
自分と同じものを感じる、という意味の発言だったようです。

私は貞操観念や倫理観があまりない所があり、
彼女がいる男性のことを好きになることが多いのです。

先日ネットサーフィンをしていて、
『恋人がいる人を好きになり、相手が振り向くと途端に好きじゃなくなってしまうような人間は、
子供の頃十分な愛情を貰って育っていない可哀想な人間』
という記述を目にしました。
相手が振り向くと好きではなくなる、ということはあまりないのですが、
彼女がいる人を好きになる、そういう傾向があるのは確かです。
また、自分に恋人がいても他に好きな人を作ってしまったり、二股していたこともあります。

以前また違う友人(同じく母子家庭)には、
「心理学を勉強している人に言われたんだけど、
母子家庭みたいに男性がいない家庭で育つと、男性との距離感がつかみにくくなるらしい。
父なのか兄弟なのか友人なのか、区別がつかないから、すぐ好きになってしまうんだって」と言われました。
私もその友人も、すぐ人を好きになりやすいので、この話には非常に納得しました。


私は自分の貞操観念や倫理観があまりないこと、また恋愛に一途になれないことが
自分のウィークポイントだと思っています。
どうにか改善していきたいのですが、この今の状況が家庭環境に関係しているのかどうか判断して頂きたいのです。(難しいとは思いますが・・)

ちなみに22歳女です。
よろしくお願いいたします。

こんにちは。
初めて質問させて頂きます。
唐突なのですが、愛情不足な環境で育った子供は大人になるとどんな傾向があるのでしょうか?

私は母子家庭で育ちました。
親には苦労こそかけましたが、特に愛情不足を感じたこともなく、
今も平和に平凡に暮らしています。

しかし以前、同じように母子家庭で育った友人(こちらの方がもっと複雑な家庭環境だと思われます)から、
「やっぱり、片親で育った人は変わってる。あなたも変わってるもん」と言われたことがあります。
あまり深く突っ込まなかった...続きを読む

Aベストアンサー

相変わらず長文です。覚悟して読んで下さい(笑)

> もしかしたら外的要因(この場合家庭環境)もあるのではないか?

なるほど、判りました。

(理想的な両親や母子家庭の場合で)両親がそろっている場合と、
片親だけの場合どのような、違いがあるのか?
考えてますと、以下のような違いがあると思います。

1)親が子どもを叱る(叱られる)場合や親と対立した場合の逃げ道

  ・両親がいれば、片親が怒っても、もう片親が慰めてくれるとかの
   怒りを緩衝してくれる働きや、子どもの避難場所に成ったりもします。
  ・一方、片親だけの場合、緩衝的な役割がなく、直接怒りを受けます、
   子どもにとっては、逃げ道がなく、対立したときには、
   完全に対立したままか、不本意でも親の意見を受け入れざるを得なくなり
   折衷案的な解決方法を経験しないままに大人になると思われます。
   もしかすると、一か八か的な性格が形成されるのかも知れません。

2)もらえる愛情のバリエーションの多さ(二人分)

  ・余り説明の必要はないと思いますが、二人分のタイプの違う愛情をもらい
   愛された経験ができます。
  ・片親だけの場合は、主にひとりの親だけの愛情・・・愛し方を受け入れること
   になります、その分、愛情の濃密度は濃いかも知れませんが、片親では
   経験できない愛情表現があるかも知れません、そしてそれが特に母子家庭の
   場合には、ふた親のそろった家庭との男性からの愛情経験の差・・・が
   男性との関係(距離の取り方)に影響(※)を与えている可能性があります。
   (※惚れっぽいとか、騙されやすいとか、質問にeco39さんが書いてあることです。)

まだまだあるかと思います。この辺が大きな差かなと思います。

3)そして、『倫理観』については、上の両親が居た場合と違って、
 母親の性格的な部分に左右されてしまうことが大きいのです。
 交流分析の理論では、倫理観は主に、父性的な性質をもち、両親が健在の場合
 子どもは、どちらかというと父親側から倫理観を受け取ることになりますが、
 母子家庭で、なおがつ母親がそういった父性的な厳しい部分が少ない場合、
 子どもの倫理観は育たないまま大人になって行くことになります。
 (このことを心配して厳しく躾けた場合や、母親が倫理観に厳しい場合また別ですが…)

兄弟関係だと、兄弟同士の相性問題や親の愛情の取り合いなども有り、
理想的な兄弟関係は、ちょっと考えられないです。
これは↑我が家の愛憎ごちゃ混ぜの兄弟関係が邪魔して考えつかないのかも(笑)スイマセン!

> これは具体的にどのようにすればいいと思われますか?
> 好きという感情をコントロールする術を身につける、

このような、1)2)3)性質が自分の中にあるのを感じたら、
そういう性質が悪い方向に向かわないように、
初期段階で少しづつコントロールすれば良いと思います。

その為に、先ず自分を正確に知ることかも知れません。
カウンセリング受けることや臨床的な心理学を学ぶ事も役立ちますし、
交流分析(※)などは、論理的で解りやすいのでお薦めですし、
意識して、友人や他人との比較することや世間を知ることが、
自分を知ることにつながると思います。自分はいつも他人や世間との
“あいだ”に立現れて来るものです、自分の好み・好きなものを
追求し探してみて下さい。案外好みと思っていたものが、幼い頃の
男性像の残骸なのかも知れません(笑)

 余談ながら、世間で言われる『自分探し』がもっとも自分を解らなくし
 混乱を招く一番下手(上手?)な方法だと私は思います。

最初の一歩はそれ自分の性格を自覚することから始まります、
人は、無意識・無自覚の好みや嗜好に引きずられて、
異性を求めていたりします。無意識に理想の父親像を男性にみていないか?
子どもの頃どんな父親が欲しかったのか?ちょっと思い出して書出してみてください。
その理想の男性(父親)のイメージを、異性に投影していないか?
経験したことのない異性の行動を愛情と勘違いしていないか?
いままでに、好きになった、つきあった男性達を通して共通項を探すのも方法です。
その人達は、無意識に引きずられて好きになったものではないのか?
検証してみる必要があるだろうと思います。

勿論、無意識が幸せに向かっているなら、問題ないでしょうが、しかし、
多くの場合、幼い無意識に支配された嗜好は、不幸な結果を招く事になります、
なんであのような酷い男性を好きになったのかと後悔する場合がとても多いのです。
その為、燃え上がった恋心が長続きしないのです。

 私にも遠い昔(オイオイ!)に経験がありますが、本格的に好きになる前の段階なら
 理性的に、感情を抑え変えることも可能です。最初の段階で徹底的に調べて
 行くか止めるか決めると良いですよ。大火事に成る前に消し止めるのが、
 感情のコントロールの方法です。感情は思考の結果生まれるものです。
 考え方・受け取り方を変えれば、感じ方が変わります。

例えば、倫理観の薄い性格の場合、相手側にも倫理観の薄い人を選ぶ傾向があります、
その結果、不倫や犯罪の被害者や加害者になることさえあります。
「君子危うきに近寄らず」「無事これ名馬」世間で言い継がれて来た言葉は、
やはり、真実を含んでいると思います。

まして、貴方は女性です。倫理観の薄い男は、薄い倫理観を正当化する為に、
自分勝手な倫理観や屁理屈を持っていることが多ようです。
そういった男達とつきあうのは、危険なことでもあります。

そして、科学的な実証はされていませんが、経験上、
江原氏や三輪氏の言う正負の法則は、やはり在るものと思います。
不倫とかの世間に顔向けの出来ない方法で結ばれても、大病したり
別れたり、殺し合ったりと、そういった心理傾向をもつ人達のグループでは
不幸な結果になるプログラムに支配され従って、無意識に動いて居るのですから…

> 男性と接する機会を減らす、等でしょうか。

これは、むしろ逆だと思います、と言っても特定の男性ではなく男性の友人を
沢山作ってみてグループや大人数で沢山の男性と楽しく付き合ってみて下さい。
男性の友人を沢山作ると男性的な思考ややり方、行動、見方を学べますし
相談も出来ます、ひとりの男性に夢中になり他人が見えなくなるのが
最悪のパターンだと思います。まだお若いのですから、誠実で人間として
良い男をとは?どんな行動をするのか?考えて観察して、
ひとりでは心許ないなら色んな友人の意見を取り入れて、
男性を選ぶ眼を養ってみたら如何でしょう。

故事曰く「己を知り、敵を知れば、百戦危うからず」と言うことです。

お節介ながら、お礼の疑問にお答えしますと、

> これは、幼少期のときにということでしょうか?
そうだと思います。

> 父の愛、兄弟の愛が足りなかったから、母との信頼関係が崩れたということですか?
そういうことはありません、元々に父や兄弟は存在しないのですから、
父・兄弟の愛に関わらず、母との関係は親子の二人の間の関係です。
そこに元からなかった愛の不在を感じることは、普通にはあり得ません。

(子どもに限らず)人間は愛が欲しい生き物です、
特に親の愛情は子どもの「心の栄養」と言われています、
欲しいときに親からの心の栄養が十分でないなら、幼い子どもは
「親が悪い(他罰的傾向)」や「自分が悪い=愛される資格がない(自罰的傾向)」の
傾向がつよくなります、心の栄養失調が余りに過ぎると、成長してから
「他人を信じられない」とか「自分を信じられない」とかの要素が強くなり、
 (中には、両方の要素を強く持つ人も多くいます。)
ここに倫理観の希薄さや誤った価値観が重なると、
前者では、最悪の場合「殺人者」後者では「自殺」という結果を引き起こします。
「他人を責めるまたは、自分を責める」このことが人間不信の正体と思います。
このふたつの考え方では、問題は解決しません、子どもの頃なら考えも幼いので
この考えに逃げ込むしか生きる方法が無かったのですが、問題なのは、
大人になってもこの幼い解決方法を自動的に使い続けた結果、
孤独に成って行く可哀相な人達がいるということです。
これは、eco39さんの事ではありませんのでどうぞ心配なさらずに(笑)

> 裏切られない何か、を人間に対して求めることは可能なんでしょうか?

No.1 の回答者さまの論は、何を意図してなのかは、私には判断できませんが、
「裏切り」と感じる為には、そこに何らかの約束や期待があっただろうと思います。
その「約束」は確約なのでしょうか?伝えてあるのでしょうか?
双方の了解事項なのでしょうか?
「人は皆、自分が基準です」しかし。いつも「他人には他人の基準」があることを
無視したり忘れてしまっています。「裏切り」と解釈する一歩前にもどって
どのような「約束」を取り交わしたか、考えて見ては如何でしょうか?
そして、信じる強さは、『相手に期待しない・依存しないで信じること』です。
これは、親の愛、母の愛によく似ていると思います。


※交流分析にエゴグラムという心理テストがあります、
 これがすべてではありませんが、自分を知る為の一助となると思います。
 検索しても色々なエゴグラムテストが出てきますが、参考URLを貼っておきます。

参考URL:http://www.sinritest.com/ego-test.html

相変わらず長文です。覚悟して読んで下さい(笑)

> もしかしたら外的要因(この場合家庭環境)もあるのではないか?

なるほど、判りました。

(理想的な両親や母子家庭の場合で)両親がそろっている場合と、
片親だけの場合どのような、違いがあるのか?
考えてますと、以下のような違いがあると思います。

1)親が子どもを叱る(叱られる)場合や親と対立した場合の逃げ道

  ・両親がいれば、片親が怒っても、もう片親が慰めてくれるとかの
   怒りを緩衝してくれる働きや、子どもの避難場所...続きを読む

Q冷え切った夫婦の間で育つ子供

夫との仲が破たんしています。

原因はいろいろ。お互いに言い分はありますが、私としては夫婦の間でどちらか一方が悪いということはないと思います。私も悪かったけれど夫も悪い。
いまとなってはどうでもいいことのように思います。

夫はもう私に対して、嫌悪を通り越して無感情といった感じです。言葉も交わさなければ挨拶もなし、目も合わせません。
私も最初はそのような状況に焦り、いろいろ迷ったり、悩みましたが、一年以上そんなことが続いて、もう疲れました。話し合いたくても夫のほうが無視して、まともに取り合おうとしません。大の男が無視なんて・・・とはじめは怒る気持ちもあったのですが、夫に対しては何の感情もありません。
夫のように無視、一緒にいても見もしません。
本当に最悪の環境です。
修復なんて不可能のように思えるし、万に一つも夫と修復の努力をしてみたところで、その先に待っているものなんてあるんだろうかと空しさを感じます。

そんな環境の中、心配なのは、まだ幼い子供たちです。

夫も私も子供たちを愛しているのは変わりないので、子供たちのためだったら、お互い親としてすべき責任をきちんと果たそうと日々努めています。
夫は仕事熱心で、きちんとお金を家に入れてくれて、私と子供たちが生活に困ることなどありませんし、私も母親としてすべきことは、完ぺきとは言えないまでも、子供のことを一番に考えて、最大限の努力をしているつもろいです。
子供の前で罵り合いのけんかなどしません。
これくらいのことは、子供を持った人間なら最低限すべきことだとは思いますが・・・。

こんな冷え切った夫婦の姿を子供たちに平気で見せていることに、ものすごく苦しい思いをしています。子供は両親の関係を見て、いろいろなことを学んでいくと思うのです。夫婦でお互い愛情を持って思いやりながら、家庭を築いている両親を持った子供は、異性を思いやる気持ちを持った優しい人間になるのでは、そうでないうちのような家の子は、ひねくれてまともに愛情を表現できない人間になったり、将来家庭をもっても私たち夫婦のように冷え切った家庭になってしまうのでは・・・などと漠然と不安を感じ、子供たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そうはいっても家族が皆で一緒にいれば、私たち夫婦が無視し合っているだけで、私も夫も子供たちとは賑やかにしゃべったり、子供たちも好きなようにふるまって、父親や母親に甘えたり・・・と、今のところは大きな問題になっている様子はありません。
今は子供たちが小さいのでまだ救われているという感じです。

正直何度も離婚を考えていますが、子供たちがまだ小さいこともあり(未就学児)、離婚して、仮に私が子供を引き取っても、再就職も難しく、金銭的に不安なこと、夫が子供を引き取っても仕事をしながら、母親のような世話をするのは困難だろうこと、を思うと離婚に踏み切れないでいます。
夫も今は離婚することは考えていないようです。おそらく子供たちのことを考えてだと思いますが。

何より一番上の子供が、私たちの状況を薄々感じていながらも、お父さんもお母さんも一緒がいいと言います。

それでも、ときどき親の顔色をうかがったり、気を遣ったりしている様子がわかると、こんな小さい子に気を遣わせて、と親として情けなく子供たちがかわいそうになります。

夫にそれを言っても、頭ではわかってはいるでしょうが、私のことが心底嫌だという感情が理性で抑制できないようで、せめて子供たちのまえだけでも普通にふるまうことができそうにもないみたいです。

どうやっても行き場もなく、やりきれない思いで日々過ごしています。
こんな親に育てられた子供たちは不幸になるでしょうか?子供たちに申し訳ないです。
生活が苦しくても、離婚して、親の不仲を見せつけるような今の状況から脱したほうがいいのか、
子供なんてそのうち親から離れていくのだから、夫婦仲が悪く、親としての理想からはかけ離れていても、それまでは不自由なく育ててやるのがいいのか、どちらがいいものなんだろうと悩んでいます。

似たような境遇にある方、私たちのような親に育てられたという方の経験や、ご意見を伺ってみたいです。

夫との仲が破たんしています。

原因はいろいろ。お互いに言い分はありますが、私としては夫婦の間でどちらか一方が悪いということはないと思います。私も悪かったけれど夫も悪い。
いまとなってはどうでもいいことのように思います。

夫はもう私に対して、嫌悪を通り越して無感情といった感じです。言葉も交わさなければ挨拶もなし、目も合わせません。
私も最初はそのような状況に焦り、いろいろ迷ったり、悩みましたが、一年以上そんなことが続いて、もう疲れました。話し合いたくても夫のほうが無視して、ま...続きを読む

Aベストアンサー

お子さんに、夫婦不仲の影響は必ずあるものだと思います。
ですがそれがどういう形で出るかはケースバイケースでもあり想像できません。
一番はお子さんの生まれ持っての性格、性分によるものが大きいと思いますよ。

忌憚を恐れずに言わせて頂くと、例えばいじめられやすい子というのは間違いなくいます。
何故ならいじめと言うのはされた本人が「いじめ」と感じるか感じないかなんです。
同じことをされても跳ね返したり適当にやり過ごせる子もいれば、そうできない子もいる。
育った環境もあるけれど結局は生まれ持った性質だと私は思います。

両親の不仲というものをどう捉えて育って行く子なのかはお子さん自身の力にかかっていると言えます。
食べさせ着せて教育を受けさせてもらえればとりあえず子供は育ちます。
それだけで親の存在価値はあると言って良いわけです。
両親の関係というものが人間形成に大きな影響を及ぼすことは否めないけれど、それでも夫婦協力しあって子供を育てて行くという事には変わりはないものだと思います。

お子さんがこの先いろいろな問題を抱えた時に「やはり夫婦がうまく行ってないからだ」という事に終結することなく、決して諦めず努力して行く態度というのが重要なのではないでしょうか。
昔は非行や不登校は家庭に原因があるものとされてきましたが、近年はそうとばかりは言えません。
何不自由ない家庭で育った子ですら様々な問題を抱えます。
夫婦の不仲を解消できないなら、その逆境のなかでも精一杯子供に向き合って行こうとする姿勢が大事なんじゃないでしょうか。
その結果として結婚を継続するか、離婚を選択するかも答えを出したら良いのじゃないでしょうか。

ご自身も、離婚のネックとなっている経済力にたいしての努力が必要と思います。
その必要があれば離婚という選択肢もある状況を作り出すことです。
離婚できないからしないのでなく、できるけれども選択しない、という状況で結婚を続けることがより健全な家族関係を築ける礎となるのではないでしょうか。
お子さんがある程度大きくなったら社会に出るという準備をすすめてみる事ではないでしょうか。

最後に、夫婦仲が悪い場合、その負担が子供に行く大きな原因となるのが母親の子供への依存です。
お子さんはおそらく両親の不仲を察知して自分が鎹になろうと、離婚を食い止めようと、必死に良い子を演じると思います。
その努力が功を奏して出来の良いお子さんになる可能性も高いでしょう。
そうなると知らずのうちに母親は子供を頼り心のよりどころとし依存してしまうようになります。
これは将来的に本当にお子さんの負担になりますので絶対に避けたいことです。
お子さんを成人させるまでが夫婦の責任と割り切るなら、子供が巣立った後はすっぱりと子離れして自分の老後の生活を確立しましょう。
その心構えを今からできるのなら、仮面夫婦も悪くないのではないでしょうか。

私自身も円満な夫婦に育てられてはおらず両親は熟年離婚しております。
夫の両親は不仲でこそありませんでしたが問題多き親で、早くに親元を離れた夫です。
そんな私達夫婦は、世間様に羨まれるぐらいの家庭を築けたと自負しております。
今年、結婚30年目。反面教師という親も、悪くないものだと思います。

お子さんに、夫婦不仲の影響は必ずあるものだと思います。
ですがそれがどういう形で出るかはケースバイケースでもあり想像できません。
一番はお子さんの生まれ持っての性格、性分によるものが大きいと思いますよ。

忌憚を恐れずに言わせて頂くと、例えばいじめられやすい子というのは間違いなくいます。
何故ならいじめと言うのはされた本人が「いじめ」と感じるか感じないかなんです。
同じことをされても跳ね返したり適当にやり過ごせる子もいれば、そうできない子もいる。
育った環境もあるけれど結局は生ま...続きを読む

Q過去の事を思い出して恥ずかしくなる

皆さんにも、そんな経験があるかと思いますが、
私の場合は、例えばある言葉を別の意味と勘違いしていたとか、
大勢の前ですっ転んだというような種類のものではなくて、
もっと自意識的なものが多いのです。
例えば、数人の知人達との会話で、あまり詳しく知らないことをさも得意げに話してしまったとか(詳しくないのは周囲にはバレバレだったはずです)、
いろいろな場面で虚勢をはってしまったなぁ、とか。。。
当時も、「あ、今のマズかったかな」と思ってはいたのですが、
それをずーっと3年、4年も引きずって、
今でもたびたび思い出しては、なんてバカだったのだろうとか、
皆はきっと「痛々しいヤツだなぁ」と思っていただろうな、と想像しては、恥ずかしくなってしまいます。
これが苦しいのです。
その知人たちとは最近まではあまり会う機会がないのですが
これから会うことがありそうな気配です。
恥ずかしいなぁ。
きっと知人たちは、私を「痛々しいヤツ」と思ってしまっているでしょうし。
自意識が強いのですね。
もっと大人になったら、そんな自分のことも受け入れられるのでしょうか?「ばかだったけど、可愛いもんだ」って、いとおしく思えたりするようになるのでしょうか?
皆さんの「恥ずかしい過去」(自意識的な)ってありますか?
また、そういったことを克服したことはありますか?

皆さんにも、そんな経験があるかと思いますが、
私の場合は、例えばある言葉を別の意味と勘違いしていたとか、
大勢の前ですっ転んだというような種類のものではなくて、
もっと自意識的なものが多いのです。
例えば、数人の知人達との会話で、あまり詳しく知らないことをさも得意げに話してしまったとか(詳しくないのは周囲にはバレバレだったはずです)、
いろいろな場面で虚勢をはってしまったなぁ、とか。。。
当時も、「あ、今のマズかったかな」と思ってはいたのですが、
それをずーっと3年、4年も...続きを読む

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 ええっと、私もあります。
 寝る時とか、静かにしているときに思い出すこととか多くて、ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたくなります。
 電車の中でぼーっとしているときにふと思い出し、照れ隠しが思わず口についてでてしまい・・ということもありました。。。尚更恥ずかしい記憶が増えるうぅぅう(T▽T)。
 
 でも・・茨木のり子さんの本を読んだとき、はっとしました。けっこう有名なこの詩人さんが、自分の好きな国内の詩について語った本だったんですが、その問題の詩は、戦時中の人の詩です。
 戦時中、朝鮮人が差別されていた事実があって(それがもう過去形なのかどうか私は断言はできませんが、このサイトでもたびたび、「韓国人だから悪い」みたいな感情むき出しで屁理屈こねてる人もいて、人種差別の対象になる国だと思われていることは確かみたいですね)、子供は残酷で、みんなでよってたかってチョウセンジン臭い、といっていじめたんだそうです。鼻をつまむ仕種をして・・。
 作者はそんないじめのなかでも素直さを失わない、ほんとうに大事な朝鮮人の友人を一人持っていました。が、ある日、日本人の友達がその朝鮮人の友人をはやしたてる場面に遭遇してしまいます。
 それまで友人と思い、仲よくしていたのにも関わらず、彼は、日本人の友人たちがしているのと同じように、遠くから鼻をつまむしぐさをしてみせてしまった、と書いています。その時のことを思い出すたび、がむしゃらに食堂にかけこんでラーメン屋ら餃子やら、何杯でも口に押し込まずにはいられない、そういう告白でした。
 そのどっちにとっても酷い身を切られるような切ない話を思い返すと、私は、自分が虚勢をはるのに失敗した程度、なんだろう、と思うようになりました。
 結局、虚勢をはって失敗したことで何がそんなに「ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたい」ほど恥ずかしいか、というと、自分かわいさ以外の何者でもない(ごめんなさい、tuliさんを責めてるわけじゃありません)、もし虚勢を張ることに成功していたら、そんなに恥ずかしかったのか?というと、違うと思いました。得意満面で、自分のちっぽけなプライドが満ちて安心していたんじゃないでしょうか。そっちのほうが恥ずかしいのに。
 仮に自分が本当に思い描いたとおりの立派な人物だったとしても、そんなに得意気にしてもいいってわけじゃない・・。謙虚になるべきだ、そう思うようになったんです。
 つまり、思うようにならなかったそのこと自体が恥ずかしく思っているように思うんです。「風とともに去りぬ」の中で、二番目の夫を間接的に死に追いやった罪に怯えるヒロイン・スカーレットに、バトラーが慰めの言葉をかけます。「君は、本当に後悔しているわけじゃない。ただ、地獄に行くのが恐ろしいだけだ。言うなれば、泥棒がつかまって、その盗み自体を反省しているわけじゃないが、罪が露顕して刑務所に行くことになったので残念がっているのと同じだ」と言うんです。
 そんな感じです、わたしの場合。
 ないからない、それは確かに恥ずかしいことで、みじめだけれども、失敗した自分も痛々しく、その痛さは大人げなくて可愛くないが、愛すべき余地がないわけじゃない。
 友人を、もっともひどい方法で傷つけた自責とやりきれなさ、その弱さを自覚しながら一生背負うよりは、まだましだ、みたいな。
 上手くいえませんね・・。
 結局、少しは、「なんてばかだったんだろう、しかも今もあまり変わっていない」と思って焦りますが、ある意味、自分も可愛いな、と思うようになったってことなんだと思います。
 でも同時に、そういう、恥ずかしい、身の程しらずな自分が恥ずかしいという感覚を忘れないほうがいい面もあると思います。分相応を忘れるると、日本の年齢序列制の社会では、厚かましい無恥なおばさん、おじさんに成り果てるような(;^_^A。

 「自分が可愛い」という言葉一つでも、二通りの意味がありますね。両方で読んでください。も、ほんとしょうがないな(笑)、お前って・・な、だめだから愛しい可愛いさと、自分だけが大事だろ!っていう、保身の意味と。

 ええっと、私もあります。
 寝る時とか、静かにしているときに思い出すこととか多くて、ふとんにくるまってごろごろ転げ回りたくなります。
 電車の中でぼーっとしているときにふと思い出し、照れ隠しが思わず口についてでてしまい・・ということもありました。。。尚更恥ずかしい記憶が増えるうぅぅう(T▽T)。
 
 でも・・茨木のり子さんの本を読んだとき、はっとしました。けっこう有名なこの詩人さんが、自分の好きな国内の詩について語った本だったんですが、その問題の詩は、戦時中の人の詩です。
...続きを読む


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