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(1)江戸の銭湯の水源は?
(2)衛生的に良いとはいえない柘榴口が明治まで続いた
理由は?
私の推測
(1)上水のあまり水
(2)蒔と水を限られた量で効率的に利用するには、柘榴口がベストだったから
お願いします

A 回答 (1件)

こんばんは


1)上水が基本でしょう。実際は流し湯の汚水も再利用されたみたいですね。したがって、浴槽内は不衛生であったことは間違いありません。
2)ご推測の通り、初期の風呂は「蒸し風呂」ですね。したがって、薪しか熱源がなかった時代には、蒸気と熱を逃がさない構造として「石榴口」が考案されます。
以下は、余談ですが
明治12年に、政府は「湯屋取締規則」によって「不衛生な」石榴口の改良を指示します。それととも神田連雀町の湯屋が、全国各地の温泉場を参考に改良風呂(石榴口を廃し、湯槽を低く流し場と平坦にした)を考案します。また、明治20年代からは、燃料として石炭が利用されるようになり、改良風呂は明るく衛生的な風呂として好評を博すようになりました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2006/02/12 20:32

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