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今読もうとしている本のいちばんはじめに、

「中国という名称には日本を東夷と蔑む概念が含まれているため、本書では中華人民共和国を中共と記し、歴史的及び地理的名称としてはシナを用い、人種及び国籍を指す場合は中国人と記している」

と書いてありました。

この本はタイトルだけで選んでしまいましたが、私が読むには少し難しい本だったのかもしれません。

でも中国という名称は一般的に使われていると思うので、このように記載してあるのはどうしてなのか、どなたか、わかりやすく教えていただけないでしょうか。

よろしくお願いいたします。

A 回答 (13件中1~10件)

昔の中国では中央から見て、東西南北の土地の事を


東夷、西戎、南蛮、北狄と呼んでいました。

そのため、中心を意味する中国という名称と
東夷などの差別用語とセットになっていると考えられます。


また、中国には文明の中心という意味があるため、
その名称を外国の人間が使用すると、

中国が文明の中心であり、
自分が文明の中心から外れた場所に住んでいる事を認める事になる。


と考える人がいるからではないでしょうか?



元々『東夷』という言葉は差別用語ではなかったらしいのですが、
19世紀に外国から『夷』という文字は差別用語だとクレームがついた事もあって、
完全な差別用語になってしまったようです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

なるほど、著者の考えでもあるのかもしれませんが、いろんな考え方をする人がいることを認めているからこその記載かもしれないですね。

なんか、納得できました。

お礼日時:2006/03/25 02:12

> 宣戦布告の日に何で酔っ払ってたんでしょうね。


> やる気がなかったのか、諦めからなのか。。

 歓迎会か歓送会か忘れましたが、内輪の宴会です。
 戦争前夜、緊急の打電があることは十分予測できたのに要員をスタンバイさせていなかったのは、やる気が無かったと解釈するしかありません。

> 省庁の役人なら国民のために奔走しなければならないでしょう。

 そういうべき論で考えていたら、世の中を完璧に読み誤ります。

> そう出来なかったのは、そうしなかったのはなぜなのか。
> 選択の余地などなかったのかもしれない。
> いや、国民のためだと信じてたのかもしれない。

 それは、「省益あって国益なし」という言葉でほぼ説明が付くことです。
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この回答へのお礼

わー、お答えいただきありがとうます。

えっ、内輪の宴会ですか?
確かに何があるかわからないのに、そんな事してたのは、やる気が無いと思うしかありませんね。
うーん、そうか。ひどいですね。

べき論、なるほどそうですね。
むなしい理想でしかないことは承知していながらも、誰もそう思わなくなったらますますひどくなるんじゃないだろうかという気持ちを込めてでした。
…てか、これ以上ひどくなることはないのかな。。なったら目も当てられない。
ミグ25事件ではソ連の抗議声明に対して真っ当な反論が出来てたのにな。。

「省益あって国益なし」ですか。
国益を考えていないというのはわかりますが、どんな省益があるんでしょう。
省として権限が大きくなる?機密費やプール金となどの金銭がらみ?
つい先だっても、ODAをめぐり財務省とコソコソやらかしてたそうですが、ODAが外務省にもたらす権益というものがどういうものか、威張れた話ではありませんが具体的には知りません。

もっと勉強しないとだめですね。がんばります。

お礼日時:2006/03/31 23:55

再々度失礼します。



No.6の私の回答に対するコメントの中に、「著者は…、リアリズム国際政治学、地政学、法哲学、国際関係学、軍事学、優生学…と研究分野は多岐にわたっている」とあったのが、ちょっと気になって、調べてみました。
優生学というのは、凄く簡単に言えば「人間の良いタネをどうやって残すか」という学問で、ナチスドイツのユダヤ人・障害者迫害と深く結びついた為に、戦後は、学問の一分野としてはなくなってしまい、「優生学」という言葉には、非常に否定的な意味が固定されてしまいました。だから、自分の事を優生学者と呼ぶ人は、まずいません。(人生○十年、一度も聞いた事が無い)だから、例えば「ハンセン病患者に対する半強制的な断種・中絶政策と優生学との関係を研究した」というような意味で、優生学と社会の関係を研究する、というのは、考えられますけど、優生学自体を学問として研究した人は、生きていても相当な高齢のはずです。

そんなわけでちょっと不思議に思ったので、検索してみたら、ぴったりの本がありました。↓
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4884710665.h …
もし、お持ちの本がこれであれば、話はかなり簡単です。このURLの出版社の宣伝と思われる部分を信じるならば、この著者は、いわゆる「歴史修正主義者」と呼ばれる人で、基本スタンスは、今一般的に理解されている歴史は、間違ったもの(例えば洗脳された結果)であり、それは修正されなければならない、というものです。
ですから、自分達が少数派である事を意識して、逆に言えば少数派であるからこそ、洗脳されている多数派を啓蒙しようとしている訳です。中国を「中共」と呼ぶのも、そのつながりで理解した方がいいと思います。つまり、世間は、中国という言葉に日本を蔑視する意味が含まれている事をちゃんと理解していないから、自分はそれを認識させなければならない、という事ですね。

因みに、↓のページにあるこの本の引用が正しいのなら、この著者は、「日本は神国である」「日本は人類の進化のために選ばれた国」と考えている(本ではp.574だそうです)のだから、中国という国名を使うのは許しがたいでしょうね。一番は、絶対日本でないとね(^^)v
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/08/post_8b8 …
(↑のブログの内容に私が賛成している訳ではありません。あくまで本の内容を提示する為だけです。念の為)

ずばりこの本でなくても、同じ著者であれば(まさか、優生学を研究したと宣伝でかかれるような人がそんなにたくさんいるとは思えない)、私の回答は的外れではないと思いますが、著者も違っていたらごめんなさいです。

ところで、この本(?)の宣伝にある「エール大学選定図書」ってなんでしょうね。エール大学が何のためにどういう本を選んだ中にこの著者が編纂した本が入ったのでしょうね…。興味が湧きますね。
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この回答へのお礼

あ、そうです。その本です。
でも、私は本の宣伝になってしまうかと思って控えたのですが、出しても大丈夫なんでしょうか。

優生学のこと、知りませんでした。勉強になります。

確かに私は中国という名称に日本を蔑む意味が含まれているということを知らなかったので、今回この本を手にしたのをきっかけに、ここで皆様にいろいろと教えていただき、大変勉強になりました。

日本は悪いことをしたという人と、日本は悪くないという人の言うことに気をつけて、歴史を、史実を学びましょうと教わりました。
ですから本を読むときは、その本の主張と対極にあたる意見の本も読むようにしています。
そこから自分の考え方を積み上げていきたい。そう思ってこの本も読んでいます。

588ページに渡り、ものすごくギッシリと字が詰まってるので、読むのが大変です。(^-^;)


エール大学選定図書の件ですが、深田匠さんが編纂者として田中正明さんの諸論文を纏めた「新しい歴史観の夜明け」という本は市販されていないそうです。
私は田中正明さんの本はまったく読んだことがないので、どんな感じかわかりません。
それで、選定図書はどういう傾向の本が選ばれているのかを、発行元に電話で問い合わせてみたのですが、著者に確認しないとわからないらしく、問い合わせがあったことを伝えておくと言われました。

ですので選定図書に興味が湧いたのであれば、選ばれた本の発売元、「日本歴史修正協議会」に直接問い合わせたほうが教えてくれるかもしれません。


いろいろ教えていただきまして、ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/31 14:03

> でもやっぱり外務省って、この当時からそんな風だったんで


> しょうか。

 私はそう考えています。
 宣戦布告の日によっぱらって仕事をしなかった所です。綱紀が緩みきって、今に至っている所だとしか思えません。
 組織論から言えば、こういう綱紀の緩みはトップがぬるいからです。今の外交無策を見るに、また杉原千畝や佐藤優のように、個人レベルでまっとうな仕事をすると却って酷い目に遭うという状況を見るに、そう判断して良いと私は考えます。

 自国の残滓と言いますが、国会議員ではなく省庁の役人の意識が、国民の意識を反映しているかというと、そんなことは全くありません。繁栄するメカニズムが無いのですから。今の天下り天国の状況を見ても、民の意識を反映しない組織であるということは言えます。
 特に、終戦直後は、外務省は GHQ に人間ごと存続を許された組織でしたから、日本のためではなく GHQ のために奔走しました。いわば転びキリシタンであり、そういう状況に置かれた人間は、転びキリシタンがキリシタンにいっそう残酷になったように、生粋の反日組織よりも反日になります。そうでなければご主人様の GHQ の不興を買うという恐怖を勝手に抱くからです。杉原千畝を冷遇したのも、その一環の自主規制と言えます。
 そういう組織が、日本の自国意識を持っていたと考える方が、私から見れば不自然です。

> それから、#3の方のご回答では支那と呼ばないでくれと日
> 本に公式通達を出したのは、中華民国とありますが、両方か
> ら出されたのでしょうか?

 私の想定していたケースは、中華民国です。ちょっと混乱していました。失礼しました。

 あと、ついでに。

No.8
> ロシア語のキタイは、北方民族の契丹が語源と考えるのが
> 一般的です。

 契丹ですね。こちらが正しい。ここも訂正しておきます。
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この回答へのお礼

再度の回答ありがとうございます。

宣戦布告の日に何で酔っ払ってたんでしょうね。
やる気がなかったのか、諦めからなのか。。

省庁の役人なら国民のために奔走しなければならないでしょう。
そう出来なかったのは、そうしなかったのはなぜなのか。
選択の余地などなかったのかもしれない。
いや、国民のためだと信じてたのかもしれない。

私が戦後の日本に生きていたらGHQのために奔走しないかと言えば自信はありません。
自分だけならともかく養うべき家族がいれば余計に。

今回の質問は、いろんなことを考え、学ぶきっかけになりました。
ほんとうにありがとうございました。

お礼日時:2006/03/31 13:57

改めて少し調べてみました。


支那と呼ばないようにと日本政府が一応の通達をしたのは2回ほどあります(ただし中華民国からきた要請通達はおそらくさらに回数が多いはずです。黙殺もあるはずですので)。
まずは1930年10月29日。しかしこの時の通達は、その後の歴史を見ればわかるとおり、ほとんど無視されています。おそらく政府が徹底しなかったためと思いますが・・・

次に1946年。ちょっと日時は不明ですが、一応の徹底をされます。この通達で一応公式文書やマスコミからは消滅しています。
中国共産党になってからも見解を出しており「支那」は不許可、近年だした見解ではシナは一応の容認としていますが・・・当たり障りのないようにするならばどちらも使わないほうが賢明かと思います(その点で、公人がシナとか発言するのは大いに問題があるかと)。


ここからは蛇足ですので読み飛ばしても差し支えないですが・・・とあるサイトなどで言われているものについてですが
・向こうは日本をちゃんとした発音で呼んでいない
発音は関係ありません。「日本」と呼んでくれていることに変わりはないです。日本だっていまだに毛沢東はモウタクトウ、金日成は、(一昔前の人は)キンニッセイと呼んでいますしね。それと同じです。
・日本という言葉は周りへの蔑称を含んでいない
前に書いたとおり日本の意味は「日の昇るところ」とかそういった意味です。つまり考えようによってはほかのところは「太陽の昇らないところ」という、一種の自国中心思想です。考えようによっては中国と同じことでは?と思うのです(私は)
・シナと呼んでもかまわない
およそ公人が言うことではないです。近年では東京都知事が会見でシナと発言したため、中国から非難されました。非難してくるということは呼んでほしくないという意味があるのですから、やはり呼ぶべきではないと私は思います。まして政治について発言力の強い公人は・・・いわずもがなですかね。

ただし、学会でもまだシナ呼称賛成派反対派と分かれているようですね。上は反対派である私の意見ですから、思想的な偏りは多少はあるかもしれません。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/支那
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この回答へのお礼

お調べいただき、ありがとうございました。

教えていただくほどに、自国の呼称について他国に要請を出すってのが、なんかセコくて、大人気ない気がします。
米国って呼ぶなとアメリカから、英国って呼ぶなとイギリスから、要請なんか来てないんじゃないでしょうか。
特に米国の場合、鬼畜米兵と呼ばれたんですから、米という字を国名に使うなと言ってきても良さそうなものなのに。
もう少し大人になったら?って感じです。

オマケの部分では、考えをお聞かせいただきありがとうございます。

1つめの発音は、私も関係ないと思います。
ただ、教科書は中国や朝鮮半島の人名や地名が日本語の読みじゃないですが、日本人は日本語の読みを覚えていても良いのではないかと思っています。

2つめについては、他の方へのお礼にも書きましたが、どこの国も自国中心に考えていても不思議は無いと思います。
日本には自国中心に考えてはいけないという綺麗事を鵜呑みにする愚は犯してもらいたくないものです。
日が昇るところが、そうでないところより上だという価値観のもとでは、おっしゃるように自国中心かもしれませんね。私はどっちが上だという価値観は差別意識の元にもなるので持たないようにします。

3つめは、傲慢にも中国の気持ちをわかったつもりになっているより、自分の歴史観から侮蔑ではないとして使うなら良いんじゃないかと私は思います。

ただ、向こうがそうだから、こっちだって、というのは子供じみてて好きではありません。

色々な考え方をすることや、色々な意見を伺うことが自由に出来る国に生まれて本当に良かったです。

たくさん教えていただきまして、ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/31 13:55

直接の回答ではありませんが、関連情報を...



1.「中国」の呼称は、「自国が世界の中心だ」との、中国大陸に住む人の鼻持ちならない
 気持ちを端的に表すものと一般的に受け取られています。
 基本的にはその通りです。

 しかし、日本でも自国を「中国」と呼んだことがあるのは文献※1でも明らかで、まともな
 専門学者も認めている※2ことです。
  ※1 日本書紀 巻十四 雄略天皇 大泊瀨幼武天皇
     続日本紀 文武天皇三年 秋七月辛未
  ※2 東野治之 『遣唐使船』 朝日選書634 p.35

 つまり、日本人にも「中華意識」ないしは「中華でありたい意識」はあったわけです。


2.「中共」ですが、これは中国共産党の略称です。
 中華人民共和国の略称ではありません。
 ただし、これらのことは「元来は」とか「本家では」の注を付けた方が良いかも知れません。

 というのは、「中共」は元の意味から離れて、別の使われ方が日本・台湾・香港などで一般的になったからです。
 
 1949年に大陸を中華人民共和国が統治するようになって、アメリカはこの国のことを(憎しみ/敵対心を込めて)Communist ChinaとかRed Chinaと一般に呼ぶようになりました。これは台湾をFree Chinaと呼んだのに対比させた使い方です。
 これを日本の政府やマスコミは(本来の意味を離れて)「中共」と訳していました。つまり、元は党(中国共産党)を指した「中共」が国を指すことの方が多くなったわけです。おまけに、「中共」には(Red China同様)常に悪者のイメージがつきまとっていましたし、右寄りの勢力はこの悪者イメージをかき立てる「中共」の呼び方を好んで用いていました。

 「中共」の呼び方は1965年頃まで続きました(※3)が、この間でも心ある人達やまともな人達は「中国」と呼んでいました。
 ※3 全国紙では毎日が最初に表記を中国に改め、産経が最後だったように記憶しています。NHKは両紙の中間だったかと...

 「中共」が中華人民共和国の略称であるとの証左は知りません。知っているのは、あの国が「中共」と俗称/通称されていた時期があるという事実です。もちろん、本家では自国を中共と略称することはありません。本家で「中共中央」は「中国の中央地区」ではなく、「中国共産党中央委員会」です。
☆蛇足ですが。「ベトコン」は漢字では「越共」で、これはヴェトナム(越南)共産党の略称です
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。

#9さんの言葉を使わせていただきますが、他意はありません。

どこの国にも「自国が世界の中心だ」あるいは「自国が世界の中心でありたい」という気持ちはあって当然ですし、同じように、どこの国の人にも「中華でありたい意識」があって当然でしょうね。
だから少しでも自国が有利になるようにしたがるのだし、それが世界というものなのだなと思います。

どこの国も「自国が世界の中心でありたい」と考えないようになるなんて、どこの国の人の「中華でありたい意識」が無くなるなんて、現実を見ればとてもとても考えられません。


>.「中国」の呼称は、「自国が世界の中心だ」との、中国大陸に住む人の鼻持ちならない
 気持ちを端的に表すものと一般的に受け取られています

とするならば、鼻持ちならない気持ちを表すものだと一般的に受け取られているのにもかかわらず、「中国」と呼ぶことが果たして心あることなのか、まともなことなのか、という気がします。

お礼日時:2006/03/29 02:04

>「中共」という表記は中国共産党、というのが一般的なのかどうかは判断しかねますが、私の場合、なるほど中華人民共和国の略称だったのかと素直にインプットされたので、今後はそう認識するのではないかと思います。



まぁ、がんばって説得するような話ではありませんが、はてなダイアリーって↓ですよね。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%B6%A6
「中国共産党、または中華人民共和国に対する呼称。日本政府が中華人民共和国を政府承認して国交を回復するまでは、同国のことをこう称していた。」って書いてありますよね?「同国のことをこう称していた」の「こう」は、国のことだから、その前に二つ書いてあるうち、中国共産党ではなく中華人民共和国の事と読めますよね。つまり、「日本政府が中華人民共和国を政府承認して国交を回復するまでは、同国のことを中共と称していた。」って事ですね。裏返せば、国交回復以降は、中共といえば、残った方の、中国共産党の事を示す、という意味でもありますね。私が書いたのは、はてなダイアリーと同じ意味です。中共を中華人民共和国の意味で使うのが、一般的かどうかは、「中国」や「中共」といった言葉でネットで検索してみるとよいでしょう。でも、突き詰めれば、言葉の使用方法は本人の勝手である事は言うまでもありません。自分か他人をメンドクサクするかもしらん、というだけの話です。

更に、もし中華人民共和国の事を中共という言い方をするのが一般的であれば、質問者ご自身がお持ちの本の冒頭に「本書では中華人民共和国を中共と記し」なんて、わざわざ宣言する必要はないはずですよね。今後も、お持ちの本のように「素直に」認識すると、普通の使い方をしている本の言っている事がよくわからなくなってしまうかも知れません。老婆心ながら申し上げておきます。

それから、書こうかどうか迷ったのですが、やはり書いておきます。ロシア語のキタイは、北方民族の契丹が語源と考えるのが一般的です。

細かい事を長々と申し訳ありませんでした。それでは…。
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この回答へのお礼

いえ、細かい事なんてことはありません。
時間をさいて説明してくださり感謝しております。

ネットで時折見かける「中共」が、どっちなのかわからないでいながら、特に検索して調べもしなかったのですが、たまたま今回の本に書いてあったので、そうか、と思ったのです。
もし、「中国共産党を中共と記し」と書いてある本を先に読んだなら、そう認識したと思います。
どちらにしても、中国という名称の使用が一番多いので、脳内変換が必要なことには違いはないのでしょうけどね。
脳の老化防止には良いかもです。(^-^)


この本の場合、少数だとしても日本には中国という名称では日本を東夷と蔑む概念が含まれると考える人の存在と、そう考える自由を尊重し、また、国家を表すものとして党名の略称としての「中共」より、中華人民共和国を略した「中共」を選択したのではないのかなと思っています。

お礼日時:2006/03/29 00:50

 手元にピンポイントな資料が無いので大意で書きますが、「支那」が差別だなんだといわれるようになった責任のほとんどは、外務省にあります。



 一応、この回答内での定義を述べておきます。

 シナ:歴史上、ユーラシア大陸東部一帯に領土を持つ国家の総称
    秦とか隋とか唐とか清とかをひっくるめて指す場合に使う。
 中国:日本の中国地方のこと

 さて、シナが中華人民共和国いう名称になったとき、公文書にはそう書けと中華人民共和国政府は言ってきたのですが、外務省は無頓着に従来の「支那」を使い続けました。実際、それまでは慣習として「支那」だったわけです。が、終いに叱責(具体的にどういう行動に出たのか未確認)されます。
 で、その挙句外務省は、省内だけでなく外部にまで、「とにかく是非もなくイヤだといっているのだから支那は止めろ」という通達を出しました。それ以来、「支那」は言葉狩り状態に遭っています。

 言いがかりの多いシナ外交ですが、このケースは珍しくシナの方に理があると思われます。少なくとも、原則の無い外務省の対応の方が、より理が無いと言えますから。

 実の所、シナという言葉にシナが文句を言うのは、日本だけです。
 英語の China、ロシア語のキタイ、みなシナと語源は一緒です。日本にだけ文句を言うという点は、やはり日本を各下の東夷と見ているからという要素が、ゼロでは無いでしょうね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

はじめに申しあげますが、回答を否定するつもりは決してありません。

このサイトではないのですが、前に、とにかく日本が悪いということにするためなら何でも利用するやつらがいて、杉原千畝の話も、いいように利用されたということを教えてくださった方がいます。
それからは、日本が悪いと言われると、本当にそうなのだろうかと疑ってみることにしています。
なので当時の外務省の対応も、単に無頓着だったのだろうかという疑問がわいています。

中華人民共和国という名称に変更した時より、いわゆる「戦犯」の釈放を求める署名が集まったのも、遺族援護法改正やら、赦免の国会決議がなされたのも、その後だと思いますから、国会議員や国民の意識は他国に対してだらけた状態であったとも思えません。
このことを考えてみると、合わせ鏡である国民が弛緩している今ならともかく、当時の外務省がそんなありさまだったとは、ちょっと考えにくく、むしろ自国意識の残滓があって無視したというほうが、まだ納得できるようにも思えるんです。
でもやっぱり外務省って、この当時からそんな風だったんでしょうか。

それから、#3の方のご回答では支那と呼ばないでくれと日本に公式通達を出したのは、中華民国とありますが、両方から出されたのでしょうか?

よろしければ、再度考えをお聞かせ願いたいと思います。

お礼日時:2006/03/28 03:19

既に回答された方とダブる部分も多々ありますが、



>中国という名称には日本を東夷と蔑む概念が含まれているため
中華人民共和国の中華は、「真ん中で栄える」というニュアンスで、日本のみならず周囲の国や人を、自分達よりも低く見る意味が含まれていました(あるいは、いる)から、そういう言葉は使いたくない、という事なのでしょうね。

>中華人民共和国を中共と記し
中共というのは、一般的には、中国共産党の省略形であり、かつ、日本が台湾(国名としては中華民国)と国交を持っていた時代には、中華人民共和国を中共と呼ぶ事もよくありました。ですから、その著者のように中華人民共和国を中共と書くと、読む人は、いちいち頭の中で、これは中国共産党じゃなくて中華人民共和国の事だ、と読み替えなくてはならないのでメンドクサイし、また、台湾(中華民国)の方を唯一正統な政府と考えているという、著者のスタンスを示すととられる可能性もあります。No.3へのお礼を読ませて頂くと、国際政治について述べている本と思われるので、読者にとってのメンドクサさよりも、中国という言葉を使いたくない、という意識を優先したのでしょうね。勿論、中華人民共和国は唯一正統な政府でないという事を強調したい、という事も充分ありえます。(本を読んでみないとわかりません。)

>歴史的及び地理的名称としてはシナを用い
一般によく使われる「中国」という言葉を、単にシナと読み替えているだけであれば、著者は「中国」という言葉に抵抗があるのだろう、という以外には、読み替える理由は私には思いつきません。

>人種及び国籍を指す場合は中国人
歴史時代に入ってからも、中国では、それまで別の言語を使っていた北方系の人と、前からの中国人との混血が進んでいて、「人種」としての「中国人」という使い方は、まずしないと思うので、そもそも「中国人という人種」自体に若干疑問を感じますが、とにかく、その著者はそういう定義に意味があると思ったのでしょう。国籍を表す時に「中国人」とするのは、さすがに「中共人」では頭がこんがらがるからでしょうね。

いずれにせよ、研究者・学者・ジャーナリストが本を書く場合は、一般的に使われている言葉を使った方が、読者にとっては読みやすいです。また、自分の著作の一部が他の学者等に引用される可能性を考えると、自分だけ違う言葉を使うのは、他人の面倒を増やすかも知れません。ですから、一般に使われる言葉ではなく、独自の言葉を使う時は、自分が他と違う学説を唱えている事を強調したい、といった何らかのメッセージが込められている事が多いのですが、質問に書いてある内容を読んだだけでは、本文の論旨とは無関係の単なる読み替えの可能性も否定できません。もしそうだったら、結構変わった人だと思いますが、結局は本を読んでみないとわかりません。ご自身で判断ください。

尚、シナや支那に侮蔑の意味があるかどうかですが、支那には侮蔑の意味はあるでしょう。元々は「秦」が語源で、サンスクリット語に音訳され、それが更に漢字表記になったと考えられていて、英語のChinaと同様、侮蔑の意味はなかったのですが、その後の日中関係のせいで侮蔑の意味が加わってしまいました。シナは、東シナ海とかいった言葉があり、中国人の中でも「シナはいいが、支那はダメ」(シナは、その人にとっては戦前の日本に直結しないのだろう)と言う人もいるようなので、微妙なところですが、まぁ、東シナ海といった既に一般的に使われている用法以外は、特に必要がない限り使わないに越した事はないと思います。特に、論文などでは、上にも述べた様に、自分の論旨に関係ない時は、わざわざは使わないでしょうね。(JAPとJPNは元々は同じ日本の略称だが、JAPはダメでJPNはOKなのと、支那、ひょっとしたらシナもダメで、ChinaがOKなのとは、よく似ています。)

英語でJAPといえば、日本人に対する蔑称で、いまは日本人でも知っている人が多いですが、これも元々は略称でした。せいぜい、JAPANとかJAPANESE程度の言葉を略称で呼ぶのは、あんまり丁寧じゃないね、という程度だったのが、はっきりと蔑称になってしまったのは、その後の日米関係によるところが大です。今でも、イギリスでは、何の悪い意味も含めず、Japaneseの意味で、JAPと言われる事があります。(ネットで、"Jap car”で検索してもらうとよくわかります。)それでも、日本人が、「おい、Japって言葉は使うなよな」と言えば、真っ当な人間は「おぉ、悪かった、すまんな」と言って謝ります。どっちでも意味は同じなのに、相手が嫌がる言い方をするのは、ケンカを売るようなものですから。

繰り返しになりますが、質問者の方が買った本が、そういう普通とは違う言葉の使い方を何故するのかは、本文とあわせて考えてみないとなんとも言えません。
長々と失礼しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

今調べてみたのですが、はてなダイアリーにおいて「中共」は、中国共産党、または中華人民共和国に対する呼称、ウィキペディアでは保護中でしたが、両方の略称としてあるようです。

なので、「中共」という表記は中国共産党、というのが一般的なのかどうかは判断しかねますが、私の場合、なるほど中華人民共和国の略称だったのかと素直にインプットされたので、今後はそう認識するのではないかと思います。


著者は日本近現代史研究に加え、リアリズム国際政治学、地政学、法哲学、国際関係学、軍事学、優生学、情報解析学、犯罪心理学、日米独の社会思想史と研究分野は多岐にわたっているので、表記の意味もきちんとあるのだと思いました。

この質問で、私の知らない、あるいは気づかない意図の可能性を皆さんに教えていただいたので、それを踏まえて読みたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/28 01:13

>歴史から考えれば蔑称ではないのですが、中華民国が成立してすぐのころに、日本に対して「支那と呼ばないでくれ」と公式に通達がありましたが、日本はこれを完全無視した経緯があります


>ここがちょっとわかりません。
日本が通達を完全無視したことと、「歴史的及び地理的名称としてはシナを用い」ということが関係あるのでしょうか?

少し言葉足らずでしたね。すいません。日本人にシナと呼ばれるのを中国人が嫌うという事実の例としてだしました。
嫌がるのならば使わなければよい、ということです。私の文の最後に「相手が嫌がっているのは事実です。だから、少なくとも評論などではシナと呼ぶべきではない」といった感じの言葉をつけていただければ、わかるかなあとおもいます・・・たぶん。

日本だって自分の名前を飾っていて、かつその名前を呼ばせているのですから(中国人も韓国人も日本、といっていますね。発音は違いますけど)、相手がそういってほしいと言って来た名前で呼ばずにわざわざ別の、しかも「相手が嫌がっている」名前で呼ぶというのは、少々あれのように私はおもうのです。

日本というのは、字のごとく日の本、つまり日輪の本とか、太陽は自分の国より昇るとかを表すのですが・・・まあ美称なのは確かなわけです。
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この回答へのお礼

再度の回答、ありがとうございます。
お手数をおかけして申し訳ありませんでした。

私が想像して書いたのと違ってたので、お聞きして良かったです。
“嫌がるのならば使わなければよい”でしたか。

そういえば北朝鮮民主主義人民共和国も「北朝鮮」と呼ぶなと言ってきましたよね。
嫌がってる名前で呼んでるのに、誰も何も言わないどころか、テレビ朝日とNHKにいたっては、必ず北朝鮮民主主義人民共和国と言っていたのに、いつのまにか「北朝鮮」です。
とても不思議です。

お礼日時:2006/03/28 00:31

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