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 日本語を勉強中の中国人です。高浜虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の中の「貫く棒」とはいったいどんなことを指すのでしょうか。「貫く棒」と言うと、皆さんの脳裏で浮かび上がったのはどのようなイメージでしょうか。評価が高い俳句のようですが、日本語が下手なので、難しくてよく理解できません。ネットで調べてみたのですが、解決できませんでした。ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

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A 回答 (7件)

年末は大晦日。


年初は元旦。
と、特別な呼び名が付いています。
大晦日にはカウントダウンもあるでしょうし、「年越しそば」も食べます。
元旦には年賀状が届き、「お雑煮」も食べます。
学校はもちろん、殆んどの会社も休みになります。
このように、年の変わり時をお祝い事とする風習が定着していますが、
よく考えてみれば他の日と何も変わることはないはずだ、と感じた時の句のように思います。

『まるで、全く別の新しい日が訪れるかのように有り難がっているが、
あたかも一本の太い棒で貫かれているかのように、しっかりとした【一貫性】のある時の流れの一部にすぎないのだ』
と、言っているようなイメージを受けます。

やや意味は違いますが、新年をありがたく思うだけの心を茶化したような歌もあります。
「正月は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
一休禅師

想像して頂けると思いますが、
「正月と言って有り難がっているが、またひとつ年を経たという証でもあるのだから、死へ一歩近付いたということになり、
(新年だから)めでたいとも言えるが、そういうことを考えれば必ずしもめでたいとばかり言うことはできない」
といったような意味です。
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この回答へのお礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。よく分かりました。一休禅師はアニメの一休さんですか。一休禅師の句も視点がすばらしいですね。大変参考になりました。 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/21 09:56

「去年今年」とは「こぞ・ことし」と読み、新年の季語です。

(と言っても元旦にしか使えない季語ですね)
意味は「去年から今年にかわる瞬間」のことです。

この年の変わり目は、迎えるまでは特別な感じがするものです。しかし、実際に迎えてみるとなんのことはない、ただカレンダーが新しいものに掛けかわるだけ、時計が0時を迎えるだけのこと、あっと言う間のことだという感覚を詠ったものですね。

何かを棒で貫く、何かに棒を突っ込む、串刺しにする、
このようにあっと言う間のこと、瞬時の出来事と一緒であるという喩だと思いますが、なかなか思いつく表現ではないということがあらためて解ります。
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この回答へのお礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。違う視点の解釈もあるのですね。大変参考になりました
 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/21 09:45

何かを成し遂げようとする、強い意志

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この回答へのお礼

 再びありがとうございます。来年の日記の扉にこの句を記そうと思いました。外国人の私までもその気迫が十分伝わってきました。感動されました。
 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/20 23:46

どうも文の切り方を間違っているようですが、



去年今年貫く/棒の如きもの

と読みます。「去年今年"を"貫く」と「を」を補って読むと分かりやすいと思います。この「を」は俳句のリズムに合わせるために省略されています。
「貫く棒」というものがあるわけではありません。
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この回答へのお礼

 早速のご返事ありがとうございます。お察したとおり、切り方を間違えました。「去年今年/貫く棒の如きもの」のように切りました。「を」を補って読むのではなく、「は」を補って読みました。間違いに気づきました。大変参考になりました。助かりました!
 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/20 23:35

こんばんは。


俳句ですか。日本人にも難しいですね。
色んな解釈がありますが
去年と今年と言っても昨日と今日でつながっている。
年が変わったからと言って、生活、考え方、社会環境などが急に変わるわけではない。

まるで去年と今年を1本の棒でつないだようなものだ
という解釈が多いです。

あと日本語もほぼ完全ですが、強いて言えば
> 皆さんの脳裏で浮かび上がったのはどのようなイメージでしょうか。
→皆さんの脳裏に浮かぶのはどんなイメージですか。

> 日本語が下手なので、難しくてよく理解できません。
→私には難しい日本語で理解できません。

くらいの方がスムーズでしょう。

では頑張ってください。
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この回答へのお礼

 いつもお世話になっております。
 ご丁寧に教えていただき誠にありがとうございます。ご説明はとても理解しやすいと思いました。大変参考になりました。質問文への添削にも感謝いたします。
 本当にありがとうございました。日本語の勉強、頑張ります!

お礼日時:2006/08/20 21:49

 これは俳句なので、比喩表現でして、


日本人でも解釈は難しいので、分からなくて当然です。

 参考までに、「去年今年」は「こぞことし」と読みます。意味はそのままです。

 「貫く棒の如きもの」ですが、これは、太い信念のようなものを引き続き貫いていく
といったイメージの表現です。

 つまり、この句は、去年の自分と今年の自分は太い棒のように一貫しており、
針金のようにねじまがるような軟弱な生き方はしないぞ、
自分を信じて今年も強く生き抜くぞという決意を表した句なのです。
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この回答へのお礼

 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。とても理解しやすいと思いました。斬新ですばらしい比喩ですね! その気迫に押されました。大変参考になりました。
 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/20 01:18

>「貫く棒」とはいったいどんなことを指すのでしょうか。



「人生哲学」
「信念」
「座右の銘」
「目標」
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この回答へのお礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。参考にさせていただきます。
 本当にありがとうございました。

お礼日時:2006/08/19 22:05

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Q石川啄木の『たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず』について。

石川啄木の
「たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」
という短歌の意味と背景?について詳しく教えてください。

おねがいします!!

Aベストアンサー

そのままです。
軽い気持ちで(あるいは、ふざけて)お母さんをおんぶしてみたら、あまりにもお母さんが軽いので、泣いてしまって三歩も歩けなかった

ただしこれは創作です。
啄木の性格はほかに譲るとして、有名な
「働けど働けどなほわが暮らし楽にならざりじっと手を見る」
なども「あんたが節約すればこんなことには~!」と私などは思ってしまいます。
また啄木から借金をされた金田一家の故・春彦氏(国語学者)は、彼について「石川というのは石川五右衛門の子孫かなにかと思っていた」というエピソードが残っています。


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