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イギリスの国王(女王かも?)は、どの程度の権力を持っているのでしょうか?(日本の天皇は象徴ですよね?それよりは権力がありそうですけど。私のイメージです。)

また、現在絶対王政は無いかもしれませんが、立憲君主制の国はありますか?ほとんどの人が知っているようなメジャーな国でお願いします。

カテ違いでしたらすみません。よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

いつの時代かを言っていただけないと捉えようがないのですが・・・まあ、天皇が象徴と言うことは、現代のこととして答えさせていただきますね。

ざっと流れは説明しますが。

立憲君主制を取っています。立憲君主制の最大の特徴は、王が一番上ではなく、法(憲法)が一番上にあるということです。
結局、天皇と一緒です。つまりマスコットです。

13世紀前半、ジョン王の時代ですが、イギリスはフランスにボコボコに負け、大陸領土を全部失った上に、更なる出兵をジョンは企て、課税を強化します。これに怒った諸侯(議会)は、反乱をおこしました。その結果生み出されたのがマグナ・カルタ。これは、王権を制限するものです。その後、ずっと、絶対王政の元であっても議会は機能し続けます。
しかし、エリザベス1世が没すると、彼女には夫はおろか子供もいませんでした。そこで、彼女の遠縁から王をもってきたのですが、これが、スチュアート朝と呼ばれるスコットランド王室です。
王となったのはジェームズ一世。そしてそのあとを継いだのがチャールズ一世。
しかし、スコットランドに数百年の重みを持つ伝統的な議会政治はありませんでした。そのため、彼らは専制政治を行い、革命を勃発させてしまいます。これが清教徒革命です。その結果チャールズは処刑されます。その後しばらくクロムウェル時代が続き、王政復古となるわけですが・・・
その後、名誉革命をへだてて、王家はハノーヴァー朝になります。で、このジョージ一世、ドイツの生まれで旅行好き、そのため世界中をふらふらしている上にドイツにいることが多く、そもそも英語がまるっきり話せない。しかも国内の政治に興味が無い。息子のジョージ二世も同様でした。そのため議会は大いに栄えます。

で、1721年、ロバート・ウォルポール首相の下、責任内閣制(議員内閣制)が成立します。これは、現在の日本と基本システムはなんらかわりません。議会で優勢な勢力が内閣を作り、議会に対して責任を持つ、というものです。今と同じですね。で、この時の原則が「国王は君臨すれども統治せず」です。

で、これが今現在まで続いているのがイギリス。基本的に権力はありません。

昭和天皇が「好きなテレビチャンネルは?」と言う問いにこう答えました。「最近、民法の競争が激しくなっているので、私個人の意見をいうのは差し控えたい」と言う返答をしました。政治に関与しないというのはこういうことでもあるのです。
イギリスも同様なのです。まあ、日本の天皇よりは、オープンですがね。

なお、立憲王政国家は山ほどあります。絶対王政国家は、現在世界では一応5国のみ存在していますサウジアラビア、スワジランド、UAE、オマーン、ブータンの5つです。しかし、他には北朝鮮も君主独裁の絶対君主制に近い状態ですし、王権がのこっている立憲君主国家も存在しているため、一概には言えません

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/絶対君主制
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
今現在のことを聞いたつもりでした。

英国も日本と同じとは意外でした。

お礼日時:2006/11/17 00:04

No.2です。


「日本には裏天皇がいる」という珍説を読んだことがあります。
陰謀・暗躍・日本を裏で牛耳るというものではなく、日本国家の安定を裏でやっているって感じで書いてありました。

苗字・家紋から辿っていくと、結構遠い親戚だったということもありえるでしょう。

さて、ヨーロッパは。
イギリス王室だけを注目すると見えてきません。
周辺のコネクション、bloodを見てみました。
アニメblood+に赤い盾が出てきます。

アニメではなく小説?の赤い盾に系図が出てきます。
女王陛下の007。 この女王陛下とはエリザベス女王のことです。
映画なので全くのフィクション?
作者イアン・フレミングはただの小説家ではない。
007シリーズは金銀ダイヤを巡る欲望と、核兵器を軸にした兵器、さらには王室など上流階級の華やかな舞台が繰り広げられますが、全てただの創作か。

「ゴールド・フィンガー」「ダイヤモンドは永遠に」「女王陛下の007」
これらのタイトルに現れる金銀ダイヤや王室を裏であやつる世界最大のウラン採掘会社リオ・チント・ジンクの重役が、フレミングの従兄。
南アから金・ダイヤ・ウランなど鉱物資源を掘り出しては全世界に販売していた巨大企業の代表が、ロスチャイルド財閥のリオ・チント・ジンク社。
イアン・フレミングの系図ではある重要人物の名前が落とされている。
即座に答えられる人は世界でも数人しかいないそうです。
イギリスで最大の富豪。エリザベス女王が何故かこの系図に登場するらしい。

一人の保母がイギリス王室に嫁いだ。
シンデレラストーリですが、彼女はただの保母だったのか。
貴族の血を引くことは知られていますが、もう一つ別な血を引いていることを知っている人は少ないようです。
彼女の祖先は南アにおいてダイヤ王として今日のアパルト・ヘイト政策の基礎を築いた、19世紀の伝説の人物セシル・ローズから、ダイアナ妃の高祖父はある企業の支配権を譲り受け財を成した。
母方の曽祖父ファミリーは、南アに直接出征し、自ら武力をもってイギリスの利権獲得に奔走した人物。
イギリス王室にとって利得を産むコネクションですが、それを隠すために、ダイアナ妃は慈善事業に出席し、世界に慈善家という印象を刷り込んでいく必要があった。

アパルトヘイト推進論者のマーガレット・サッチャー、イングランド銀行総裁。
コネクションによってそれら全部が繋がっています。

イギリス王室を助けたのは誰でしょう。
赤い盾。

系図の量は半端ではく一目瞭然とはいきません。
が、ちょっとずつ広げていくと、繋がっていることがわかるのです。

経済・軍事・エネルギー・財宝 それらのトップが全てbloodにより繋がっている。
しかもその影響はイギリスのみにとどまりません。
国境の無い権力です。

イギリス女王がカリスマ性を持っている限り、転覆はありえないと思いますが、次の王はどうなるのでしょう。
それでエリザベス女王は世継ぎを苦心しているのだと思います。
カリスマ性がなければ、誰も忠誠をせず、パワーは失せ、たちまち崩れ去る。
ダイアナはカリスマ性がありました。
子どもが代わってカリスマとなりつつあり、治安が保たれると思ったのですが、、、、
あれほど結婚中に沢山の男と寝た女性ですら、亡くなるとイギリス国民をはじめ全世界の人が嘆き悲しみました。
すごいカリスマ性です。(作られたカリスマですが)
事故にあったとき「leave me alone」と言っていたそうですが、彼女の本音が表れていると思えました。
もう操られたくない 自分の人生を生きさせてくれってことでしょうか。

あとは、、、MI5、MI6なども女王陛下のシヴァリエだと思えます。
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この回答へのお礼

興味深いお話ありがとうございました。

お礼日時:2006/12/19 15:47

英国大使館のHP(参考URLの最初の方)にも書いてありますが、日本の天皇の国事行為と同じく、名目上は議会の召集・解散などを行うことになっていますが、実際には内閣の助言通りにやっているだけなので、政治的な「権力」は、日本と同様無い、というべきでしょう。



なんとなく英国王室の方が、「権力」or「権威」がありそうに思える原因は、
1.天皇の日常生活の費用は、「内廷費」として国から支給され、また皇室財産も国に帰属するが、イギリス王室は、莫大な私有財産をもち、私的な生活に関わる費用は自らが負担する。
2.ゴシップも含めて、マスコミでは、王室記事はタブーではないので王室メンバーの私生活がある程度伝えられていて、そこには個人の性格なども含まれている。また時には政治的な意見も漏れて来る事もある。(参考URLの後の方。但し、政治的中立性が求められるので、ここにあるダイアナ妃の発言は、かなり問題。)
従って、奉仕活動などを支援する場合でも、ある程度王室メンバー自身の意思が反映されていると考えられる。(天皇家の発言&活動は、個人の見解とは思えず、したがって権威もあまりない。)

といったところから、王室の政府からの独立性が日本よりは高く、王室メンバー個人の意見が、役人サン達の作文ではなく、本人の意思に基づくもの、と受け止められる事が、その理由として考えられます。

尚、余談ですが、英国でも「すべての土地が王のもの」という事は全然無いです。税金も、元々は、徴税権が究極には王にあった事から、慣習的に王室は税金を払う義務はありませんが、比較的最近(はっきりとは覚えていませんが、15年ぐらい前かな?)、チャールズ皇太子夫妻の不仲など、不祥事が続いた事もあり、国民からの王室批判を避ける為(と噂された)、自主的に所得税を納めるようになりました。

オーストラリアでは1999年共和制への移行が国民投票にかけられ、55対45ぐらいで否決されましたが、立憲君主か間接選挙による大統領か二者択一だった為、間接選挙に反対する人も、立憲君主維持に投票せざるを得なかったという事情もあり、実際には立憲君主制維持を支持する人は、半分よりもかなり少ない、と言われています。
英連邦(今はCommonwealth)諸国中、英国との一体感は、国によって大きく異なりますが、一体感の源は、英国から移入された教育制度に基づく価値観の共有、等々文化的な側面が強く、王室の存在はほとんど関係ありません。イングランド国王(女王)を君主として仰いでいても、実際に儀式に出てくるのは、ほとんどの場合総督ですから、これでは中々王室の存在を実感するのは難しいです

参考URL:http://www.uknow.or.jp/be/s_topics/political/, http://park5.wakwak.com/~asia/inform/elizabet.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
イギリスの王室の方が力があるように思える理由がよく分かりました。

お礼日時:2006/12/19 15:45

わたしが聞いた話では、ヨーロッパも日本のように○○家って感じで、豪族みたいな人が領土を広めていったらしいんです。


従って、イギリス国民はイギリス王が所有している土地に住まわせてもらっているので、使用料、賃借料みたいな感じで税金を払っているらしい。
で、当の領土の王は自分の所有する土地なので、払う必要が無いのだとか。


どの程度の権力を持っているか?
これはちょっと知りません。
が、イギリスが持っている領土はイギリスという土地だけじゃない。
カナダ、オーストラリアも元首はイギリス女王。

他には、、、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA% …(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%A5%B3%E7%8E%8B)
これだけの国の元首がイギリス女王。

想像するしかありませんが、日本の天皇とは違い、かなり政治に食い込んでいそうで、イギリス相手に喧嘩を売れば、、、、

「なんでイギリスと喧嘩しているのに、お前に国の兵士が出てくるんだよ」と暢気なこと言う政治家はいないでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
イギリスって今でもかなり権力があるのですね。最近はアメリカの方が目立っていますけど。

お礼日時:2006/11/17 00:03

個人的にはwikiの引用ってあまり好きじゃないですが、取りあえず↓



参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%86%B2% …
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この回答へのお礼

早々に回答いただきありがとうございます。

お礼日時:2006/11/17 00:02

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Q世界28ヶ国の王家の中では、天皇家が世界一の格上ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%AE%A4
世界には、日本・イギリス・ベルギー・スペイン・タイ・カンボジア・
サウジアラビア・スウェーデン等28ヶ国に王制が存在しています。
これらの国王の中でも序列というか「格の違い」ってあるのでしょうか?

例えば、「世界の王室が集まった時、天皇が最も上座に座る」と聞いた事が
ありますが、それは天皇家の格によるものでしょうか?
その理由は、この2つです。
・天皇家は世界で最も歴史のある王室である事。
・「King」よりも格上とされる「Emperor」であるから。
 歴史的に言えば「King」よりも「Emperor」の方が格上。「Emperor」は世界でただ一人。

世界的には、「差別や格差はいけない事だ」みたいな風潮がありますが、
そんな事を言ってしまえば王室の存在が崩壊してしまいます。
王族の世界とは歴然とした格差社会であり、格とか身分の差を公認する
社会だそうです。
彼ら王族は「王族の何たるか」という教育を受けているため、天皇家の
格の高さをちゃんと認識しているため上座を譲りますが、天皇家の権威を
よく知らないのは、もしかすると我々日本人かもしれませんね。

さて、世界の王室において、「格の違い」は存在していますか?
日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%AE%A4
世界には、日本・イギリス・ベルギー・スペイン・タイ・カンボジア・
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これらの国王の中でも序列というか「格の違い」ってあるのでしょうか?

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Aベストアンサー

私も以前考察しました。
その結果、多国間での「格の違い」は存在しません。

>>日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?
ガセネタです。

まずタイ国王即位60周年記念式典での写真をご覧下さい。
http://www.thaiembassy.jp/photo%20gallery/60th/Albums/Album3/Source/Best_Wish_Expression_116.htm
天皇皇后両陛下はスウェーデン・ブルネイ両国王王妃より下座です。なぜなら、国の公式行事で複数の元首が並ぶときは、即位(就任)順で席順が決まります。ただしカトリックを国教とする国ではローマ教皇を自国元首よりも上座に位置させる国も存在するようです。

ただし、国(公的)ではなく王室(皇室)の行事、つまり私的な席では元首同士、国同士でのつきあいの深さによって、席次が決まることもあります。

ですから国家間では格に違いはない、国の規模、王家の歴史、称号の違いなどは関係なく、また元首が王であろうと大統領であろうとすべて平等です。

 西欧社会のEmperor、Kingの関係と、中華文化圏の皇帝(天皇)と王の関係を混同させて「天皇はKingよりも格上である。なぜならEmperorだからだ」というのはむちゃくちゃな理論です。
 ヨーロッパにおけるEmperorと、中華文化圏の皇帝(天皇)はまったく異なる政治概念です。ただ、似たような意義が含まれるから皇帝(天皇)をEmperorと翻訳に当てただけにすぎません(King・Queenを王・女王と訳すのも同様です)。また近代以降ではEmperor、King、皇帝、王と、どのように名乗るのも勝手でした。

だから明治になって天皇の訳語にEmperorを当てたに過ぎません。

参照
ヨーロッパにおける「皇帝」
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020628c.html

ヤマトの王が天皇を名乗った理由
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050413A/?FM=cukj&GS=book

より詳しい回答が教えてgooにもあります。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3952917.html
No.3氏の良回答をご覧下さい。

また、
http://q.hatena.ne.jp/1145697267
の3番目の回答者さんもご覧下さい。

さらに重要なことは三大権威とか、天皇はKingよりも格上などというものは、ネットで、しかもなんら確たる証拠も提示しない掲示板やブログの書き込みでしか見あたらないということです。この時点で眉唾物です。
そういったものが公的に認められているのであれば、その条文なり、条約なりを提示すればいいのにしない。「不文律なんだ」「世間では隠されているのだ」とすれば、それほどのものがだれが書いたとも分からぬ掲示板ごときに流れること自体がおかしいでしょう。

誤解無きようにいえば、わたし自身は毎朝、神仏に天皇家の繁栄を祈り、皇室に敬意を持っています。
だからこそ、このようなデマにすがりつく必要はない。なぜなら、天皇は「日本の天皇」だから敬意を持っているのです。ほかの国よりも偉いから敬意を持っているのではないのです。
正直、この手のデマにすがりつく人って、天皇を敬うフリをしながら、正直天皇に敬意など持ち合わせていない。天皇の権威が分からない。だからこんな恥ずかしい理屈にすがりつかなければ、「天皇への敬意」が表現できないのではと思えます。
また、この手のデマにすがりつくサイトは、天皇への敬意、敬愛の念よりも、「俺さまの天皇は偉いんだぞ!! お前らなんか…」といった他国への憎悪、罵倒が表立っています。正直、他国を見下すダシに皇室を利用しているのではとしか思えません。

わたしは日本の天皇だから敬意を持っています。決して他国より偉いから、他国を見下したいからではありません。

私も以前考察しました。
その結果、多国間での「格の違い」は存在しません。

>>日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?
ガセネタです。

まずタイ国王即位60周年記念式典での写真をご覧下さい。
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Qイギリス王室は何処から来たの?

 イギリスの王室は過去に絶えてしまい、オーストリアから迎えた人たちだという話を聞いたような気がするのですが、本当なのでしょうか?
 本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
  しかし、エリザベス一世処女女王は、後継嗣子がいなく、その兄弟姉妹も近親も正統な王位継承権を持つ者はいなくなったので、1603年、エリザベスの崩御と共に、スコットランド王国国王ジェームス六世を、イングランド王国国王として迎え、ここで、スコットランドのステュアート家の後継者である王を迎えたので、イングランドの王室は、テューダー王家からステュアート王家に変化するのです。ジェームス六世は、イングランド王位継承権を持つ、スコットランド女王メアリーの息子で、メアリーはイングランド王位を主張して、エリザベス一世に処刑されているので、メアリーの息子ジェイムス六世にイングランド王位継承権があり、彼がエリザベスの後を襲って、イングランド王になり、「イングランド王国国王ジェイムス一世兼スコットランド王国国王ジェイムス六世」となたのです。
 
  スコットランド王国とイングランド王国は、同じ人物を王とする別の王国で、1707年、アン女王の時、両王国は統一して、グレート・ブリテン王国になります。
 
  ステュアート王家は、名誉革命で、1688年ジェイムス二世が王位を追われ、フランスに亡命した後、ナッソー伯爵兼オレンイェ公爵オランダ総督ウィーレム三世が、その妻で、スチュアート王家出身のメアリーと共にイングランド兼スコットランド王位についたのですが、メアリーの方が王位継承第一位であったので、王家はステュアート家のままで、この二人の後を継いだアン女王が1714年に崩御すると、後継者がいないので、血縁を過去に遡って、ドイツのハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィッヒを、グレート・ブリテン国王に迎え、ゲオルク・ルートヴィッヒが、グレート・ブリテン王ジョージ一世となります。
 
  ジョージ一世は、同時にハノーファー侯ゲオルク・ルートヴィッヒでもあり、王家が、ここで「ステュアート家」から、「ハノーファー家」に変わります。
 
  グレート・ブリテン王国国王は、以降、ハノーファー選帝侯を兼ねていますが、1801年、グレート・ブリテン王国は、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国となり、当時のジョージ三世(ハノーファー侯ゲオルク三世)は、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国(以下「連合王国」)国王となります。また、ハノーファー選帝侯家は、公家になり、やがて王家になります。
 
  1837年に、連合王国王位を継いだ、ヴィクトリア女王は、1901年まで在位しますが、彼女の崩御の後、王位を継承したのは、ヴィクトリアと、そのクイーン・コンソートのザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートのあいだに生まれたエドワードで、1901年エドワード七世即位と共に、家名を、ハノーファー王家から、「サックス=コーバーグ=ゴータ家」に変えます。
 
  連合王国の王家は、1901年からは、サックス=コーバーグ=ゴータ王家です。しかし、1910年にエドワード七世から王位を継承したジョージ五世は、1914年、第一次世界大戦において、ドイツと戦争状態になった為、王家名を変え、サックス=コーバーグ=ゴータ王家から、ウィンザー王家に名称を変更します。
 
  それ以降、現在まで、ウィンザー王家の名で、連合王国王家は、現国王エリザベス二世で、英国を統治しています。
 
  イギリスの王家と言っても、11世紀のノルマン・コンクエストで、プランタジネット王家が英国王となったと言っても、この時のイギリスは、イングランドであって、まだ、ウェールズは独立国で、ウェールズ大公が君主であり、イングランド王国国王ウィリアム一世は、ノルマンジー公爵を兼ねていました。プランタジネット家のジョン失地王は、その名の通り、北フランスのノルマンジーの領土を失い、それ以降は、英国王とは、イングランド王のことでした。
 
  プランタジネット家以降は、何らかの意味で、王家と血縁を持っていた人物が、先の王家が断絶すると、新しいイギリス王家を創設した訳で、色々な王家が、イギリス王位につき、やがて、イングランド王国は、ウェールズを併合して、イングランド+ウェールズのイングランド王国となります。
 
  更に、スコットランド王国とも王国合併して(併合ではありません)、グレート・ブリテン王国になったことは以上に述べた通りです。そのグレート・ブリテン王国が、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国になったのも以上説明した通りです。この後、南アイルランドの26州が、1922年にアイルランド自由国(1949年にアイルランド共和国に改名)として独立して、北に残った6州が、連合王国に留まったので、イギリスの国名は、グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国となっています。
 
  >本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?
 
  上に説明したように、王家の正統後継者が絶えると、その王家の血縁の別の家が王位につき、新しい王家となって継承されて来たということです。イギリス国民は、少なくとも普通教育を受けた人は、自国の歴史ですから、みな、概ねのことは知っているはずです。細かいことは、日本人でも、日本の歴史をよく知らない人がいると同様に知らないかも知れませんが。別に秘密でも何でもないので、調べれば、すぐ分かります。
   
  >ハノーファー家
  >http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html
  

参考URL:http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
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Q最初の天皇はなぜ誕生したのか?

初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?
神武天皇は、国王(日本で一番偉い人)みたいなものだったのですか?

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実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたのであろう。と予測する立場があるんですね。
ですから国家や天皇の成り立ち自体はよくわかっていない中で、神話などの古伝承から国家や天皇の成り立ちを整合性を以って説明できるのでは?と目下奮闘中といった人々もいる。とのあり方が現況では一番進歩が見られるスタンスであり、逆にそのような暗中模索な状況こそが、現在の学界における日本国家成立の研究、ないし天皇支配の淵源の研究などの現状だと思います。

そして天皇(大王)を中心とした国家といった概念が表れたであろうとされるのが、いわゆる4世紀の古墳時代と呼ばれる時代であったことは、考古史料から、特に前方後円墳などの規格性の強い墓制の出現で見当がつきつつあるのですが、そこの詳しい実態は、日本はもとより、3世紀段階における日本の国情を伝えた古代中国の史書などが4世紀時点ではないためよくわからないんです。いわゆる「謎の4世紀問題」ですね。

いずれにせよ『魏志』倭人伝などの記述から、卑弥呼が活躍する前後(3世紀)にあっては「倭国大乱」と評価できる内戦状態が、その規模は別として事実あったのでしょうね。もちろんその戦闘状態は天皇の出現と無関係であるとも思えないんです。その様な中、詳しい経緯はわかりませんが、倭国大乱と呼ばれる混沌とした戦乱の世にあって、統一的国家としてのヤマト政権を樹立するだけの武力ないし交渉力が、4世紀段階における天皇(大王)の祖先にあったことは疑う余地はないのかな?と思いますし、考古史料などが語る結果から帰納法的に糸を手繰りつつ明らかにしようと試みている、3世紀から4世紀にどのような経緯で歴史がつながるのか?といった問題は、識者はもとより僕に限らず古代史に興味を持つ者が一番知りたい部分なのです。

ですから率直に申し上げれば「初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?」という質問については「こっちが知りたい部分です」といった頼りない回答になり、せっかくのご質問に明確にお答えできないことを心苦しく思いながらも、現状をご理解いただければありがたいと思う次第です。

実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたの...続きを読む

Qチャールズがカミラさんにこれほど惚れたのは何故?

イギリス王室の世紀の結婚式を拝見してました。
もし、ダイアナさんが生きてらしたら何処の席で息子さんの結婚式を
ご覧になってたんでしょうか?
いつも疑問に思ってたのは何故美しいダイアナさんよりあの下品なカミラ
さんと長い間不倫を続け、愛を注いだのでしょうか?
男女間のミステリーを感じます。
不誠実な夫に耐えかねた妻の最後はあまりにも悲劇的、それなのに
カミラはちゃっかりとイギリス王室の一員となってしまった。
カミラの前の夫が彼女は凄い床上手だと発言したのを記事で読んだ
事があります。
"君のタンポンになりたい”という信じられない言葉を盗聴されてしまった
チャールズ。
そこまでカミラを愛し続けたのは何故?相性?同じ趣味?価値観?
真面目に答えて欲しいです。

Aベストアンサー

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠れする方みたいですが、伝統を破るほどの革新的な王子ではないそうです。

ダイアナは正直、自分の言いたい事を言う、好きな時に好きなことを楽しみといった自由人で強く、暖かい人情のある方だったそうです。
しかし一般的な母性はあるとしても極端に甘えさせてくれるなどの懐の深さはなかったようです。

チャールズの母であるエリザベスは王女だった為にチャールズに対して母として接する機会があまりなく愛情不足だったと思われます。
チャールズは気難しく理屈っぽい。正直さ、率直な振る舞いが特徴です。
伝統や格式を担う公人としては適役と思われます。

そして問題なのが、公人としてダイアナを妃にした事としかしダイアナは公人としてでは無く私人として愛して欲しかった事です。
ダイアナは彼を変えられると幻想を抱いてたのかもしれません。
ダイアナは言いたい事を言う性格ですので、キレて文句を言う日々が続いたのかもしれません。
しかし、チャールズはグッと考え込んで大事な事だけ発言するタイプです。
ですから元々の性格は真逆だったと思われます。
その為チャールズはダイアナに寄りつかなくなったのかもしれません。

もちろんダイアナは理屈を理解しようと努力をした事は伺えるのですが・・・理解は出来ても許容する事が出来なかったと思われます。

そしてカミラの場合は難しい理屈などは置いておきたい人のようです。
カミラにとって重要な事は自分を求め愛してくれる人がいること。
ドロドロとした三角関係にあってもチャールズの事を理解しそして許容する事が出来る方のようです。

気難しい彼に対してデリケートな部分を刺激したりしない、とても尊重してくれる方だと言われてます。
そして最大の彼女の魅力は強い母性愛です。
愛する男性を子の様に慈しみ、命を捧げて生涯を守るほどの古典的な母たる姿勢を崩さなかった事と周りから何を言われても誇り高く、強い女性であった為にチャールズにとっては不可欠な女性だったのだと思います。

長くなりましたが、カミラとダイアナでは性格が真逆であることは一番の原因だったのではないでしょうか?
ただ、誰が悪いとかでは無いと思います。

私も最初は否定派でしたが、現在はお二人の関係を暖かく見守って差し上げたい様な心情です。

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠...続きを読む

Qイスラエル人ってユダヤ人なの?

タイトルのとおりです。中東問題の番組をみてて気が付いたんですが、イスラエル国民について教えて下さい。

1.イスラエル国民=全員ユダヤ人ですか。
2.人種的には白人ですか、アラブ系ですか、基本的に。
3.宗教的には全員ユダヤ教の信者ですか。 イスラム教や仏教を信仰するイスラエル人っているんでしょうか。
4.ユダヤ人のために建国した国がどうしてユダヤって言葉を国名に使用しなかったでしょうか。
5.パレスチナ人って全員イスラム信者でしょうか。
6.よくパレスチナ難民っていいますが、彼らのパスポート発行はどこが行なっているんでしょうか。
7.パレスチナ人は、例えば漢民族とかクルド族とか一緒で、民族性でいえば全員同じ民族なんでしょうか。

HPをみても難しいので、簡単にご回答願えれば幸いです。

Aベストアンサー

一般に、民族とは文化的背景、特に言語を共有する集団を指します。共通の言語は共通の生活領域を前提とすることが多いので、結果的に、民族は同一人種から構成されることになります。しかし、ユダヤ人は例外です。
ユダヤ人は2000年前に国家を失ってから世界各地に離散していたので、言語や肌の色に共通点はありません。ユダヤ人とは、原則的には「ユダヤ教徒」からなる宗教的集団なのです。
※それでは「ユダヤ教徒」とは何かということが問題になりますが、複雑過ぎてここでは深入りできませんので、ユダヤ教徒を自認する集団でも、その奉ずる教義によってはイスラエル当局からスンナリとイスラエル国籍を付与されない場合があることだけを指摘しておきます。イスラエル当局のいう「ユダヤ教」とは、端的にいえば、神殿時代(以降)のユダヤ教を指しています。

現在、イスラエルは、ユダヤ教徒およびユダヤ人の母親から生まれた子供をユダヤ人と認め、国籍を付与しています。後者がユダヤ人とされる理由は、ユダヤ人女性は自分が生んだ子供をユダヤ教徒として養育する宗教的義務を負っていることにあります。よって、日本人も、ユダヤ教に改宗すればユダヤ人になることができます(教義や歴史に関する難しい試験や、宗教指導者による面接などがありますが)。

イスラエルには、ユダヤ人=ユダヤ教徒以外にも、キリスト教徒やイスラム教徒である国民が存在します。なぜなら、現在イスラエルの領土となっている土地には、古くからユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が混住していたからです。しかし、現在では、ユダヤ人=ユダヤ教徒が圧倒的多数を占めていることは確かです。

人種構成はさまざまです。ユダヤ人=白人というイメージとは裏腹に、アフリカ系(黒人)やアジア系(黄色人種)のユダヤ人も存在します。なお、言語についても、公用語であるヘブライ語を解さず、出身地の言語しか話せないユダヤ人も多数存在します(特に、旧ソ連崩壊後に入国したロシア系ユダヤ人)。

イスラエルという国号についてはすでに回答されています。宗教的な意味のある国号です。

パレスチナ人とは、パレスチナ地方の住民を指す言葉です。すでに指摘したとおり、パレスチナ地方にはもともとユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラム教徒が混住していました。民族的には、アラブ人(アラビア語)、ユダヤ人(アラビア語・ヘブライ語)及びキリスト教系少数民族が存在しました。しかし、ユダヤ教徒であるパレスチナ人はイスラエルに迎え入れられたので、現在のパレスチナ人は多数のアラブ人とキリスト教系少数民族からなっています。

パレスチナ地方は、その大部分がイスラエルに、一部がヨルダンに併合させました。ヨルダンが併合したのは、ヨルダン川東岸といわれる地域です。この地域に住んでいたパレスチナ人は、幸か不幸か、ヨルダン人としてヨルダンの旅券を所持することができます。

参考URL:http://homepage.mac.com/ceramic_tsuka/rekisipage.html

一般に、民族とは文化的背景、特に言語を共有する集団を指します。共通の言語は共通の生活領域を前提とすることが多いので、結果的に、民族は同一人種から構成されることになります。しかし、ユダヤ人は例外です。
ユダヤ人は2000年前に国家を失ってから世界各地に離散していたので、言語や肌の色に共通点はありません。ユダヤ人とは、原則的には「ユダヤ教徒」からなる宗教的集団なのです。
※それでは「ユダヤ教徒」とは何かということが問題になりますが、複雑過ぎてここでは深入りできませんので、ユダヤ教徒...続きを読む

Qイギリス王室について

高校生です。今私は、総合科学の授業で「イギリス王室と日本の皇室」について研究しているのですが、イギリス王室の財政のシステムがよく分からなくて困っています。
過去の質問を検索してみたところ、「イギリス王室の収入源は地代収入が主だ」という記述を見つけました。ということは、国家予算があてられている日本の皇室とは違って、イギリス王室は自分達で稼いだお金を使って生活しているということでしょうか?
また、同じ立憲君主国なのになぜそのような違いがあるのですか?

詳しく教えていただけると助かります。

Aベストアンサー

 戦前の皇室は、大山林地主でもありました。

 敗戦直後の昭和21年の天皇家の財産は、土地がおよそ1万3400平方キロ(大体長野県位ですね)あり、殆どが山林(御料林)でした。それから、この当時は山に生えている木が売れますから、これも収入を支えることになります。
 また、株などの有価証券、美術品、現金、などさまざま引っくるめて、当時37億円あったようです。
#但し、宮内庁職員や、学習院や帝室博物館の運営、勲章の授与などの栄典などの現在国などが行っている業務もこの資産の運用益で賄われていました。これらは「神聖不可侵」の皇室に対して国会などが介入することを防ぐための措置です。

 ところが、敗戦後に、「財産税」ということで、33億円が納税されます。そのほかにも払いさげなどで1500万円ぐらいにまで目減りしたようです。
 これではやっていけない、ということと、公的な性格を持つ皇室の経済は国会を通すべき、という考えから、現在のように国家予算で皇室経済を賄うようになりました。
(以上は「天皇家の財布」  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106100185/qid%3D1140984690/249-8261744-3644357 より)

 一方、英王室の方ですが( http://www.u-net.city.nagoya.jp/international/business/03_%207.html によると)

●英国皇太子の華麗な台所事情が初公開-年収は25億円- メトロ 03- 6-30
チャールズ英皇太子の年収は1,304万5,000ポンド(約25億4,000万円)。30日に皇太子家が初公開した資料で英王室の華麗な「台所事情」が明らかになった。26ページに上る資料によると、収入のうち994万3,000ポンドは、1377年以来皇太子が領主を務めることになっているコーンワル公領からの収入。この収入の運用で、株から債券などに乗り換えるという投資戦略の成功を背景に前年度を約27%上回った。国からの補助は約300万ポンドだった。

 注目すべきは収入の柱である「コーンウォール領」からの収入です。
 英皇太子は職務として皇太子につくと、「コーンウォール公爵」に自動的になります。
#同様にプリンス・オブ・ウェールズ(ウェールズ大公)、ロスシー公のタイトルも得ます。
 で、この「コーンウォール公」というポストには現在の所これだけにしかない特典、即ち領地がついてくるのです。領地ならば、当然”年貢”を取りたてることができるのです。
#あと、発掘された遺物の所有権を得たり、海岸で取れたチョウザメの献上を受ける権利なんて物もあります。後者の権利は近年、自然保護のために、密漁者を取り締まるための法令として活用された例があります。

 これらはポストについてくる収入で、個人の所有物ではないので、相続税というものはかかってこないのだと思われます(例えば、市長が変わっても、市の課税権は次の市長に引き継がれますよね。似たような物だと思って下さい)。

つまり違いは
1)王室の基礎財産の違い。特に皇室は戦後納税のために財産を失った。また、英王室は領地を依然として持っているので、相続税がかからない
2)王室に対する考え方の違い。日本の場合は、敗戦後に、皇室自体も国会でコントロールすべきと考えて、その様な法制となったが、英国の場合はそう言った過程がなかった
であると思います。

 戦前の皇室は、大山林地主でもありました。

 敗戦直後の昭和21年の天皇家の財産は、土地がおよそ1万3400平方キロ(大体長野県位ですね)あり、殆どが山林(御料林)でした。それから、この当時は山に生えている木が売れますから、これも収入を支えることになります。
 また、株などの有価証券、美術品、現金、などさまざま引っくるめて、当時37億円あったようです。
#但し、宮内庁職員や、学習院や帝室博物館の運営、勲章の授与などの栄典などの現在国などが行っている業務もこの資産の運用益...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q日本は共和制?君主制?

日韓W杯開幕前にCSで
出場32カ国を紹介する番組がありました。
その番組で日本が紹介されたとき、
政治体制で「共和制説と君主制説がある」
と書かれていたんですが
どういうことでしょうか?

それから、こんな政治体制の国は世界で他にあるのでしょうか?
もしくはあったのでしょうか?

Aベストアンサー

念のため最初に大雑把に説明しますが

共和制:元首が大統領(アメリカのブッシュさんやイラクのフセインさん)
君主制:元首が国王(イギリスの女王陛下や大日本帝国の天皇陛下)

です。(辞書で「元首」を引けば説明があるはずです。)
憲法があるとか、議会があるとか、民主的だとか、非民主的だとか、一切関係ありません。

で、ご質問の件ですが、上記の基準では憲法で元首が誰なのかが定められていない日本は共和制なのか君主制なのかの判断ができないのです。
天皇という国王(皇帝)もどきがいるのだから君主制っぽいが、憲法という最高法規で「わざわざ」象徴だと明言しているのだから元首ではありえない、つまり君主制ではない。ということなのです。

私は元首だとか象徴だとかごちゃごちゃいうのはナンセンスで、fuji31さんのおっしゃる通り君主制とするのが妥当だとは思いますが、これはあくまで個人的な考えです。

Qイギリスに今でも「貴族院」なんて議会があるのはなぜ?

イギリスに今でも「貴族院」なんて議会があるのはなぜ?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E6%97%8F%E9%99%A2_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9)

日本の議会は参議院も衆議院も国民の選挙によって、選出されます。
二院制を採用している国は多数ありますが、たいていは日本と同じく
選挙により両院の議員が選出されるシステムをとっています。

ところが、イギリスの「貴族院」とは、その名の通り爵位を持った「貴族」
集団により構成されています。
この「貴族院」とは名誉職的な存在ではなくれっきとした権力機関です。

イギリスという国は先進国でありながら、なぜこんな時代遅れ的な
政治システムが現代でも存続しているんでしょうか?

Aベストアンサー

 ちょっと気になったので…。

>(1)イギリスでは、「勲章」の次に名誉ある称号に「ナイト」(騎士)と呼ばれる地位があります。
 イギリスでは、

   勲章を貰う事 = 騎士団に所属を認められる = 騎士に成る

 例えば、イギリスの最高勲章のガーター勲章は、ガーター騎士団(Kights of the Garter)の一員になるという意味を持っており、一般に勲章と呼ばれる記章はその団員章で有ったりします。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%8B%B2%E7%AB%A0

>ナイトは、言ってみれば、王室の親衛隊を意味します。
 例えば、我が国の元首たる今上陛下を始めとした歴代の天皇(明治~昭和天皇)もガータ騎士団の一員だったりするのですが…。

 ナイトの語源自体が騎乗して戦う戦士たるcavalier(キャヴァリアー)[フランス語での騎士を示すchevalier(シュヴァリエ)と同語源]とは異なる物ですし…。

>そうした人々は、いまだに「貴族」と呼ばれています。
 騎士はイギリスの法律で貴族では有りません。なお、騎士の上の階級とされる準男爵も含めて、貴族でないと規定されています。
 (所謂ジェントリ階級、近代イギリスを舞台にした映画や小説で、紳士淑女が集まった場所でよく言われる「レディ アンド ジェントルマン」と言う掛け声のジェントルマンと言うのが彼等、騎士及び準男爵階級あるいは称号は無いが資産を持っている男性に対する呼称です。[レディは侯爵夫人以下の地位の女性に対する物])

 ぶっちゃけ貴族院に議席を持つと言う事が貴族の最低条件です。
 (世襲・一代貴族を含め男爵以上の階級)

>「貴族院」は、そうした「貴族」たちの意見を反映する場所であり、貴族ではなくても「多額納税者」の代弁者としての地位を得ているのです。
 イギリスでは、大日本帝国の貴族院と異なり「多額納税者」は参加できませんし、世襲貴族であっても資産家はあまり居ません。

 先祖の財産(手放す者も多い)や貴族としての体面を維持するのに汲々としているのが現状です。(平日はサラリーマンやってて、庶民の上司にどやされてる貴族の当主も多い。)

 まあ、ノブレス・オブリージュ[高貴なる者の義務]を果すべく第1次大戦や第2次大戦で貴族の子弟が大量戦死して、廃絶した所も多いせいですが…。

 現在の貴族議員742名中、世襲貴族は92名しか居ませんので本当の意味での貴族の意思反映機関として貴族院が成立しているとはいえませんし…。

 ちょっと気になったので…。

>(1)イギリスでは、「勲章」の次に名誉ある称号に「ナイト」(騎士)と呼ばれる地位があります。
 イギリスでは、

   勲章を貰う事 = 騎士団に所属を認められる = 騎士に成る

 例えば、イギリスの最高勲章のガーター勲章は、ガーター騎士団(Kights of the Garter)の一員になるという意味を持っており、一般に勲章と呼ばれる記章はその団員章で有ったりします。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%8B%B2%E7%AB%A0

>ナイトは...続きを読む

Q王制などを継続している国、やめた国の意識

お世話になります。
世界中には
●王制(ほか、呼び名は異なるが、一族の血縁者が代々政治をつかさどるシステム)を続けている国
●王室等は継続するが政治からは切り離し政治上の権力を一切持たない方式で王室を継続させている国
●王室を他国に追放したり、革命によって王室一族を処刑して血を絶った国
などがあります。

これらはどのような理由でそれぞれの方式を採用しているのでしょうか?

世の中の趨勢をみていると、王族が政治を行う国よりも王制を完全廃止した国の方が民主主義が進んでいる、という感じがありますが、やはり王制をやめた国の国民は、王族による政治をいまだ続けている国や政治からは切り離したものの、王族は生かしておく国を
「いまだに王制を廃止しないなんてレベルの低い国だこと」
と見下しているのでしょうか?
それとも
「やっぱり王制を廃止しなけりゃよかった。今からでも王族の末裔を探し出して復活させようかな」
と思っているのでしょうか?

まあ、一概にはいえないでしょうから、それぞれの国の政治家や有名人の公式発言から、知人の外国人・学校にいる留学生の私的発言まで、幅広く情報をお待ちしています。

お世話になります。
世界中には
●王制(ほか、呼び名は異なるが、一族の血縁者が代々政治をつかさどるシステム)を続けている国
●王室等は継続するが政治からは切り離し政治上の権力を一切持たない方式で王室を継続させている国
●王室を他国に追放したり、革命によって王室一族を処刑して血を絶った国
などがあります。

これらはどのような理由でそれぞれの方式を採用しているのでしょうか?

世の中の趨勢をみていると、王族が政治を行う国よりも王制を完全廃止した国の方が民主主義が進んでいる、という感じが...続きを読む

Aベストアンサー

まず王政と民主制ですが、案外民主政治の歴史は古く、紀元前のギリシャのポリス(都市国家)や共和制時代のローマなどは民主制を採用していました。

特に共和制ローマは王政に対するアレルギーが強く、護民官として民衆のための改革を目指したティベリウス・グラックスは元老院の陰謀が元で民衆に「グラックスは自分が王になることを望んでいる」と誤解され、暗殺されたという史実もあります。暗殺されたのは紀元前133年とされています。

この後、ローマは皇帝を擁する帝国に変貌しますが、日本の天皇(英語ではローマ皇帝と同じ称号:エンペラー)や中国の皇帝とは違い、事実上の血統主義であり独裁主義でありながら、民主的な手続きを必要とするというどちらかというと現在の大統領制に近い(というより大統領制が皇帝制度を模している)制度がありました。しかしこれは「王政」とは違うのです。

古代ローマが崩壊するとヨーロッパ各地に「王」が誕生するのですが、彼らは「皇帝の跡継ぎ」という資格で各地を統治したため、ヨーロッパの「王」というのはアジアやイスラム圏の「王」とは少し異なるところがあります。

つまりヨーロッパの王は多少なりとも民主的な手続きを踏んでいて、王政が成り立つには最低でも宗教界と貴族の賛同が必要であり、フランス革命以後に皇帝となったナポレオン・ボナパルトも手続き上は民主的(もちろんある程度強引に手続きしていますが)に皇帝の地位を得ているといえます。

ですのでヨーロッパ人にとっては、伝統的に立憲君主制の考え方があり、むしろフランス革命のほうが特殊な例であり、フランス革命以後は王自身の保身の為もありますが、イギリスの立憲君主制に倣って君主制に移行し、第二次大戦まではそれが普通であったといえます。(これを壊したのは共産革命なのですが、これはちょっと後で出てきます)

これに対して中近東からアジアの「王」はまさに絶対君主的王であり、王=神という地域も多数存在しています。日本の天皇家=神だったのも、西洋的な神(唯一神)ではなく、王=神の考え方だったといえます。

この場合の「神」は、何らかの理由によりその土地の統治権を得た一族、という意味であり、統治権を得ているのだから立法権・裁判権・収税権などの統治行為権があるとされ、だからその国の臣民は「王」に服従する、という意味になります。
その点では神=恐れ多くて従うべきもの=自分達庶民を導いてくれる存在、だったわけです。

これの面白いエピソードにヨーロッパに外遊したロシア皇帝がある街で建物の高さを実感する為に「おい、お前飛び降りてみろ」と家来に声を掛け、ヨーロッパの王族がびっくりした、という逸話があります(もちろんロシア皇帝をなだめて家来は一命を取り留めました)
それぐらい「王」でも権力に違いがあったのです。

さて前置きが長くなりましたが、これらの歴史相違があるため、地域によって「王政と民主制」による意識の違いというのはかなり大きいといえます。

イギリスを始めとしたヨーロッパは立憲君主制があれば民主制は十分成り立つし、民主制そのものはかならずしも進歩的ではない、という意識があります。

アメリカ人は肌で王政を感じることは無い(ヨーロッパのように自国、あるいは隣国が王政ということはない)ですし、独立の目的そのものが自由主義のための民主国家建国ですから「民主主義の砦」という意識がたぶんにあり「民主自由主義こそ人類のもっとも価値ある国家体制」と考えている節があります。
しかし、歴史的に浅く(移民の国ですから当たり前ですが)民族のよりどころが無いので、ケネディ一家のようにザ・アメリカの人物を偶像化する傾向があります。
「王家」に対する憧れ(多分に歴史的・文化的な)があるのかもしれません。

さてイスラム国家については現在でも王政の国が多く、民主制に対する考え方は微妙なところがあります。しかも民主制以上に王政=還俗政治と神聖政治の対立が大きく、1979年のイラン革命は王政を廃止して神聖政治に移行するという、ちょっと日本人には理解できない方向に変化していますので、イスラム圏の人々にとっては「イスラムの教えに忠実に生きれる国にするにはどうすればいいのか」という回答の一つが民主制である、ということです。
 イスラム教でも一国の中に何種類もの宗派があるような国では、民主制はそれなりの力をもつからです。しかしこれも「イスラムの教えに則るための民主主義」ですので、日本人や西洋人の考える民主主義とは趣が異なるといえるでしょうし、進歩的でも無く国を治める選択肢のひとつにすぎないということです。

さてイスラム教でもなく西洋でもない大部分の国ではどうかというと、ここで民主主義と共産主義の対立が出てきてしまいます。

そもそも1945年までは自立した独立国はヨーロッパ・ロシア・日本・アメリカ合衆国ぐらいしかなく、あとは大体どこかの植民地か傀儡政権だったので、民主主義もなにも「その国に住む国民が自分たちの意思で国のあり方を決める」ということは出来なかったのです。

それが第二次大戦後ヨーロッパ本国の疲弊により、各地で独立運動が高まりどんどん独立していくことになっていき「自分達で国の方向を決める!」という民主的な機運が高まったのですが、この時代民主主義は民主主義と共産主義があったのです。
これにより、朝鮮半島やベトナムではどちらのイデオロギーの国になるか戦争になりましたし、ドイツはソ連に占領されて東西に分裂(ポーランドはもっと近かったので事実上占領)と「民主的」とされる形態が二つ存在したのです。

現在の時点から見れば「共産主義は民主的ではない」と思われるでしょうが、それまでは事実上の植民地で「国家」ですら無かったのですから、当時から見れば共産主義でも十分に民主的でしたし、むしろ庶民(お金持ち以外)から見れば「労働者の権利」を約束する共産主義のほうが「民主的」だったのです。

これらの国からみれば「王政」とは「西洋に付け入る隙を与え、民衆を奴隷に差し出して自分達はのうのうと生き残った」古い体制であり、民主制でも共産制でも「進歩的で自分達の理想」と感じたでしょうし、事実(うまく機能していないところが多いですが)民主主義を進歩的であると評価しています。
これらの国から見ると「王政を廃止していない国なんて古い」のでしょうが、ところが世界最長の王政が続きながら民主的で裕福な日本を見ると、非常に複雑な感じがするようです。

最後にまとめると
・ヨーロッパは民主主義を進歩的とは思っていない。必要悪であるという自覚もある
・イスラム国家の主題は「イスラムの教えに忠実な国家体制」であり、民主主義はその実現のための一つの手段に過ぎない
・以前植民地だった地域では、民主国家=進歩的であるが、民主制と共産制の選択があったため内戦状態になった国も多い。ただし彼らは共産主義を含めて民主主義は進歩的で王政は古いと感じている。

王政復古の実例でいえば、
1907年のブータンの王政復古、1975年のスペイン、1993年のカンボジアの例があります。
ブータンは最近立憲君主制に移行しましたが、隣国のネパールは王政を2008年に廃止しています。どちらも隣国の中華人民共和国の影響を受けた共産派の圧力を受けたものです(ただし、ネパールは王族が悪行ばっかりしてたので民衆に愛想つかされましたが)
スペインもカンボジアも激しい内戦の後、国を一つに統一する象徴として国王を迎えて国家を安定させたものです。

フランスも革命以後、ナポレオンによる皇帝就任とその後の王政復古、そして第三共和制で国家運営が安定するまで80年の月日を要しています。

簡単に「民主主義」といいますが、国の統治が安定するには時間もかかりますし、国王(象徴)がいるだけで安定するという事実もあるといえます。

ですので、民主主義が進歩的と考える国もありますし、必要悪と考える国もあり、王政をうらやましがる国もあるといえますし、どんなに厳しくても民主主義を守る国もある、ということです。

まず王政と民主制ですが、案外民主政治の歴史は古く、紀元前のギリシャのポリス(都市国家)や共和制時代のローマなどは民主制を採用していました。

特に共和制ローマは王政に対するアレルギーが強く、護民官として民衆のための改革を目指したティベリウス・グラックスは元老院の陰謀が元で民衆に「グラックスは自分が王になることを望んでいる」と誤解され、暗殺されたという史実もあります。暗殺されたのは紀元前133年とされています。

この後、ローマは皇帝を擁する帝国に変貌しますが、日本の天皇(英語では...続きを読む


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