【大喜利】【投稿~11/12】 急に朝起こしてきた母親に言われた一言とは?

最近、メディアが信用できません、ネット、新聞。テレビ、海外の報道まである程度見ないと本当の姿が見えて来ないというのは酷すぎると思います。

特にテレビメディアは自らが富と電波を持っているためにその傾向が大変強く感じます。BPO/放送倫理・番組向上機構による自浄努力にまかせてほしいとマスコミは言いますが、身内が監査をし罰則もほとんどない状態でいいのでしょうか?

私は最近の事例を含めて総務省に要望として改革案を出して見ようと思います。
そこでもしメディアを同じくあまり信用できない方がいましたら、そうなった原因をお教え頂けないでしょうか?

A 回答 (23件中11~20件)

最近、麻生首相が


「新聞は嘘ばかり書いてあるから見ない」と堂々と述べていました。
まさに麻生首相辞任を望んでやまないマスコミは、一斉に反撃すると思われましたが、マスコミによりフェードアウトされてしまいました。
「お前ら認めちゃ駄目だろ!本当なんだから」私は心の中で苦笑しました。
まさにこれが現実ですね。

#11> 要望を出すなら、麻生総理などに出した方が
同感です。その方がいいと思います。簡単に出せますよ。

> そうなった原因
いわゆる過熱報道の弊害ではないでしょうか。
些細なことでも大げさに騒ぎ立てる。そうすると次回同じようなことでも前回以上に騒がないと視聴率・売り上げが伸びない。
この悪循環なのではないでしょうか。
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日本人全体があらゆる責任を取らなくていいように


とにかく保身に回ろうとする傾向がありますよね。
マスコミも例に漏れず、各社手をつないで情報を共有し、「出る杭」にならないように保身しているのでしょう。
どのTV局も同じ映像を垂れ流して、見てて本当に退屈です。

大会社などがスポンサーの場合などは、気を使ってその会社の悪いニュースは大きく報道しない。
権力のある政治家、官僚などのマイナスになることは書かない。
その代わりにマスコミ側の上層部の人たちの立場が守られるとか、もしくはそれなりの待遇が将来待っているという、持ちつ持たれつの関係があるようで。
原因はというとやっぱりそれぞれの人間性の劣化でしょうね。
劣化した原因は、物があふれ不自由のない生活をして来た為の、ある種平和ボケかと私は思っています。
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あなたの仰るとおりですが、要望を出しても無駄でしょう、根は深すぎて修復不可能の領域まで来ていると思います。


特に「人権擁護法案」の存在自体を隠しているメディアはもはや、民主党を核とする人権擁護法案推進派のなんらかの影響を受けていると思う方が自然です、そして「人権擁護法案」の内容について調べてみてください、きっと推進派の人たちがまともな人間には見えなくなります。
ハッキリ言って施行される日は「日本の民主主義の死ぬ日」です。

要望を出すなら、麻生総理などに出した方が効果を期待できる気がします。
私は「最高裁」「与党」「野党」「捜査機関」などらに民放のようなチャンネルを設置させ、民放の世論への影響力を「三権分立」のように下げる必要があると思うので、近いうちにもっと整理した内容の要望を出そうと思っています。
長文、乱文失礼しました。
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#6の方の言っているのは、我々が報道で見ているのはその事件のごく一部かけらに過ぎないことをわきまえるべき、ということではないでしょうか。

「捏造や偽りは論外」とも言われていますしね。
CS等のニュース専門チャンネルならばともかく、限られた時間の中で伝えられる情報に限界があるのは仕方ないことでしょう。それをどのような全体像に構築していくかは我々の責任だと思います。ただし我々の中にも好みのかけらを拾い集めて、自分好みの姿を作り出す傾向もあることを自覚するべきです。
ただ最近、事件によっては各メディアの方向性が妙に一致していることや、その後の追跡が不十分で、結果メディアの誤りについても検証されにくくなっていることには危惧を覚えます。もしそれが意識的に行われているならば大いに問題です。
リポーター等の問題も指摘されていましたが、私はワイドショーは報道と思っていません。あれはバラエティーの類です。
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#4です。


メディアの情報操作と偏向報道を一緒に考えている方がいるようですが、情報操作と偏向報道は違うと思います。
特にテレビは公共の電波を使う訳ですから、情報操作に近い偏向報道はするべきではないと思います。

例えば、規制緩和や憲法改正問題についてメリットとデメリットが存在します。
各メディアが賛成派と反対派に分かれるのは当然ですが、メリットだけ大きく報道して、賛成するという姿勢、デメリットだけ大きく報道して反対するという姿勢は報道機関としてするべきではないと思います。
それであれば、どこかの機関紙や独裁政権の手先と同様だと思います。

メリットとデメリットのどちらも同様に報道して、当社はこう考えるから賛成、反対と意見を述べるべきだと思います。
それによって、右寄り、左寄り傾向のメディアが存在するのは当然と思います。
視聴者や読者は、その意見に賛成と思う人もいるでしょうし、反対と思う人もいるでしょう。
最終的に判断するのは受けての自由意志。

視聴率優先の都合の良い、故意に一方的な偏向報道には、公共の電波を使うべきではないと思います。

それについて、BPO/放送倫理・番組向上機構の自浄作用があるとは思えません。
何故ならメディアこそ独占状態で、監督官庁により、新規業者がなかなか参入できない業界で、テレビ局は莫大な利益を電通と分け合っていますので、主張が違っても業界が保護された同じ穴の狢だと思うからです。
新聞社は、記者クラブという外国メディアの参入を阻止に、都合の良いシステムを維持しています。

#6さんが、報道に規制をかけるのであれば、現状よりもさらに「真実」からわれわれは遠ざかるのではないでしょうかとお考えのようですが、私はそうは思いません。

捏造、誤報、隠蔽を駆使した偏向報道は罰せられるべきで、疑われるような報道をするところは、視聴者や読者から信用を失うことになりますから、もっと両論併記で客観的報道を心がけるようになるのではないかと思えるのですが。
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No.6 です。



> 私はそうは思いません。ニュースによっては一部の団体に便宜を図るために、原因の部分を隠したり、重要な情報を隠したり、仮説をさも真実のように報道するメディアが大変多いからです。

では伺います。

あなたの考える「偏向していない報道」とは、どういうものでしょう。過去から現在、洋の東西を問わず、実例があるのでしょうか。

たとえば、NHKを考えてみてください。
NHKは、「NHKは天皇批判など、体制にとって都合の悪い報道は絶対にしない。権力におもねっている。」という意見と、「NHKは、左翼のプロパガンダ的な報道しかしない。左翼に偏向している。」という意見と、両方がネット上にはあふれています。同じ報道機関が、まったく違う方向に「偏向している」という評価を受けるのです。
「日本で真実を伝えている新聞は、赤旗だけだ」という人もいます。一方、小林よしのり氏の言説こそ真実だという人もいます。CNNの言うことを何よりも信じる人もいれば、2ちゃんねるが一番信用できるというという人もいます。十人十色、人それぞれ感じ方がまったく違うのです。

そんな中で、罰則を適用すべきほどに「偏向している」というのは、いったい誰が判断するのでしょう。そんなことを判断できる人が、この世のどこにいるのでしょうか。

ひとつだけ明らかなのは、万民にとって「偏向していない」報道など、どこにもないということです。そんな中で、「偏向には罰則を」などといっても、何の意味もありません。

なるほど、明らかな捏造、誤報、隠蔽などは、罰則を与えられてしかるべきです。その点についてのお話なら、もう少し違うお答えもできるでしょう。ですが、「偏向」という、ごく主観的な基準で罰則を与えるなどというのは、これほど胡散臭いものもありません。

ここまで申し上げても「偏向には罰則を適用すべき」とお考えなら、あなたの考える「偏向していない報道」というのはどのようなものか、ここで明らかにしてください。補足を求めます。
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すいません。


詳しい事は分かりませんが私も言いたいです。

テレビは毎日何気なくつけて、見てますが
イライラしたり腹が立つ事が多いです。
特にレポーターの無神経な質問に始まり
どこまでも追い詰める報道、いじめと同じです。
マスコミの標的にされたら本当におしまいですね!

奴らは自分達の立場や影響力が分かってるんでしょうか。
その他別番組でも、あまりにもくだらない番組が多すぎます。
教えて!gooのほうが身になりますよ。

だらだらとくだらない文面で申し訳ありません。
回答せずにいられなかったのです。
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> 最近、メディアが信用できません、ネット、新聞。

テレビ、海外の報道まである程度見ないと本当の姿が見えて来ないというのは酷すぎると思います。

「酷い」いうより、これが最悪でありながら最善の状態だと思います。

裏を返せば、「それ」だけで、本当の姿が正しく見える報道、なんて、世界中、過去から現在、実在したのでしょうか。程度の差はあれ、どんな報道機関にもある程度の「傾向」があるし、「それだけ」で万人が納得できる「本当の姿」が見える報道、なんて、実例があるでしょうか。

真実を知るには、結局のところ、「多様な」報道を見比べ、その中から真実を拾い出すしかありません。そうしなければ「本当の姿」が見えないというのは、確かに理不尽とも思えますが、人知の限界ともいえます。
むしろ、すべての報道機関が「同じ」事実しか報道していないとすれば、それこそおかしなことなわけで、そういう「報道」は、近くて遠いあの隣国くらいでしかありえないでしょう。
「多様性」のみが、報道を通して「本当の姿」を知ることのできる道であり、その意味で、たとえ、特定の政党の機関紙にすぎない「新聞」でも、報道として存在する意味があります。

もちろん、捏造や偽りの報道は論外です。そういった、マイナスの面について言うなら、現状の罰則が十分とはいえないし、もっといろいろな方法もありえるでしょう。BPOだけに任せていて十分か、といえば、そうは思いません。しかし、だからといって不用意に「改革」の名のもと、報道に規制をかけるのであれば、現状よりもさらに「真実」からわれわれは遠ざかるのではないでしょうか。

重ねて申せば、「ある程度見ないと本当の姿が見えて来ない」のは、むしろ世の道理であり、嘆くべきこととはいえません。「ある程度見れば本当の姿が見えてくる」のであれば、それが「最善」のマスコミの姿ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

私はそうは思いません。ニュースによっては一部の団体に便宜を図るために、原因の部分を隠したり、重要な情報を隠したり、仮説をさも真実のように報道するメディアが大変多いからです。そして意図的に行ってるように考えなくてはならない問題もあるのは残念です。またそのために不利益を被った物に対する扱いが酷すぎると思います。

報道の自由とはメディアがあることないことなんでも報道していい自由ではないと思います。


影響力を考えると、ニュースだけでも明確な基準をもうけるべきだと思いますが、もし現状のものから罰則を設けるならどのようなものが適当だと思いますか?

お礼日時:2007/03/16 12:09

やはり同じようなことを考えて(思って)いるんですねェ!。



「報道」とは「事実」だけを客観的に教えてくれればいい。
キャスターやコメンテーターなどの主観はいらない。・・・と言うか、あってはならないと思います。
事件や事故など、報道する側の考え方を、公共の電波に乗って見ている人に「植えつけ」ている。
でもやはり「視聴率『命』」の世界だから、他局に負けじとスクープ性を狙う。
「もっと視聴率を!」、「もっと視聴率を!」と考えたあげく、『捏造』ですわ!。(アホかァ!)

とにかく「客観性」がなくなった時点で信用できなくなりました。
今では『捏造』するまでになったマスメディア。まったく信用しなくなりました。

「いじめ」にしてもそうです。大昔からあったことを、いまさら「いじめ」だと取り上げて世間を騒がせる。世間が騒いでいるから調子に乗っていじめるヤツと、いじめられて自殺した人をキャスターが哀れんでいる画面を見て、同情を買おうと自殺を連鎖させる人。
新手の強盗の手口をニュースで流すから、その後必ず「模倣犯」が出る。

「人」が弱くなった今の時代に、なぜ、どう見ても「逆効果」と思えることを、「視聴率」のために流すのか。・・・不思議である。
映画「ダイ・ハード」に出てくるあのキャスターと同じである。

人の「道徳観」や「倫理観」が、「金」のために根本から崩れて、おかしくなった「道徳観」や「倫理観」が、ガン細胞のように異常に増殖して「末期」状態になっているような気がする。

「抗がん剤」を早く開発して欲しいものである。
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この回答へのお礼

その通りだと思います。できれば「事実」だけを客観的に報道させるために必要なもののアイディアがあればお教え願いたいです。

お礼日時:2007/03/16 11:59

NHKでさえ、偏向報道している状態ですから、メディアが信用できないのは当然です。



今問題のオランダ女性の慰安婦については、河野談話発表前に資料が存在しており、その内容からは、本人達から慰安婦になりたいと申し出があり、日本軍は
1 本人の自由意志を尊重する事
2 本人が辞めたい言った時には辞めさせる事
を条件に許可を出しました。

慰安所開設後、辞めたいと言った女性がいたのを、ある軍人が無視して続けていたのが、軍本部に知れてしまい軍本部は許可条件に違反するとして閉鎖していますし、その軍人は死刑になっています。
そういう資料があり知っているにも関わらず、NHKはそういう部分を故意に放送しないので、国民も真実を知らず外交カードに利用される。

民放になれば、商売のために偏向報道する確立は高くなるでしょう。

そこで、そのオランダ慰安婦のNHK偏向報道を非難している中村粲先生のアイデアですが、
メディア裁判所を設け偏向報道があった場合には、双方の意見を聞きその結果から判決を決定する。
それを国が意見と反対意見どちらも全て公表し、裁判官はこう判決を下したと裁判官の氏名を添えて国民に公表する。
それについて、良いか悪いか最終的には国民が決めるという内容です。

当然裁判官は、第三者となるべきで、メディア出身者でも政府関係者でもない中立な立場の方で、判決に国民からのある程度の信が得られなければ罷免されるようにすれば良いと思います。

この回答への補足

裁判は行き過ぎのような気もしますが、国民や団体への背任と考えると必要なのかもしれませんね。 一歩間違えると危ないニュースは報道しなくなりそうな感じがするのが心配な所ですが、調べて参考にして見ます。

補足日時:2007/03/16 12:12
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