グッドデザイン賞を受賞したウォーターサーバー >>

私の家の家系図を作成する計画です。その為の参考資料として戸籍謄本を利用したいと思います。

私を起点として、私の祖先(配偶者含む)の名前と生年月日、没年月日、結婚又は離婚の年月、養子縁組の年月、祖先の親の氏名などを世代を遡って把握します。また父母、祖父母、曽祖父母に関する事項だけでなく、彼らの兄弟姉妹に関する情報も必要になります。そこで質問です。

質問(1)今の役所で保存されている戸籍の原本では、祖先の系譜をどの頃まで遡ることができるのでしょうか。明治の初めまででしょうか。

質問(2)(この質問の方が重要ですが)仮に遡る限界が明治初期の場合、それ以前、つまり幕藩体制時代の戸籍についての記録は、どこで保存されているのでしょうか。(ちなみに私の祖先は愛知県知多郡におりましたので、「尾張藩」です。)菩提寺の過去帳では戒名は分かりますが俗名が分からないのです。

ご存知の方、よろしくお願いします。

質問の答が分からなくても、質問の答を見つける方法をご存知でしたら教えて下さい。(どの役所に聞いてみる、とか、どこの歴史資料館で捜す、とか、ホームページとか。)

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

ご自身が含まれる戸籍は自由に入手は可能ですが、いくら親兄弟であっても戸籍が別となっていれば、正当な理由や権利が無ければ入手できません。


相続や先祖を祀るなどの理由があれば直系であれば入手は可能でしょう。
それぞれから委任状などを得る必要があると思います。

1については、戸籍によって保存期間があり、既に処分されているものもあるようです。自治体によって法律上の保存期間を超えても処分していない役所も多いと思いますので、それぞれの役所へ確認しましょう。私の地元の役所では江戸時代ぐらいのものはまだあるようです。

2については、役所の戸籍でわからず、寺などの過去帳でわからなければ難しいでしょう。

戸籍謄本は自分との関係を証明しながら取る必要性がありますので、ご自分や親の戸籍から遡って、わかる範囲で戸主の名前で請求するようになるでしょう。縁故者の協力状況によっては、遡るにも限度があると思います。
行政書士などは職権で戸籍謄本などの入手が可能な為、一部の行政書士などが家系図作成を請け負っている場合などもあります。

私自身、家督相続時代を含めた相続手続き(登記)を行った際、遡るのに結構大変でした。

頑張ってください。

この回答への補足

>私の地元の役所では江戸時代ぐらいのものはまだあるようです。

維新の新政府が、幕藩時代の戸籍原本を引き継いだのですか。

すると、私の祖先は明治時代は愛知県知多郡(現在は愛知県常滑市)におりましたので、常滑市役所が尾張藩の戸籍原本を保存している可能性があると考えて良いわけですね。

補足日時:2007/09/10 21:33
    • good
    • 3
この回答へのお礼

ご回答、有難うございました。

お礼日時:2007/09/17 22:02

明治五年戸籍は士農工商等、身分階級が載っていたので、強制的に廃棄されています。

ですので、明治五年戸籍の入手は不可能です

江戸時代のものを戸籍で追うことは難しいでしょう。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ご回答、有難うございました。

お礼日時:2007/09/17 22:01

現在のような戸籍制度が出来上がったのが明治5年なのでこの時に存命の人とその前戸主が記載されたものが残っている可能性はありますが、「尾張藩の戸籍」というものは存在しません。


明治新政府が戸籍制度を創設したのでそれ以前の江戸時代には人別帳はあっても戸籍というものはありません。
また戸籍の保存期間は除籍になってから80年なので明治初期のものは入手できない可能性もあります。

この回答への補足

江戸時代の人別帳や、保存期間が満了した戸籍原本は、焼却してしまうものでしょうか。それとも、歴史資料館や公文書館で保存されるものなのでしょうか。

補足日時:2007/09/11 18:40
    • good
    • 4
この回答へのお礼

ご回答、有難うございました。

お礼日時:2007/09/17 22:03

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q壬申戸籍の謄本を入手する方法は?

  我が家の家系図を作成しています。祖先の(戒名ではなく)俗名が必要なため、市役所で戸籍謄本(除籍謄本、原戸籍謄本を含む)を取って世代を遡って調べたのですが、明治19年に編成された戸籍まで遡りました。しかし、明治5年に編成された戸籍(通称、壬申戸籍)は期限切れのため保管していないと言い方でした。
  壬申戸籍はどこで保管しているのか、インターネットで調べたところ、法務省の法務局らしいことが分かりました。で、法務局に問い合せたところ、「期限切れなので・・」という回答なのです。決して「破棄した」とは言わないので、現在もどこかで(法務省管轄下で)保管されているように思えます。昭和43年頃、旧身分制度に関する事柄が社会問題化して(→同和問題?)壬申戸籍が封印されてしまったというのが真相の様です。
  他人の祖先の名前を知りたいのではなく、自分の祖先の俗名を知りたいのです。壬申戸籍の謄本を発行しても身分に関する情報を知るのは子孫である私なのであって他人ではないのだから問題ないのではないでしょうか。壬申戸籍の謄本を入手する方法はないものでしょうか。

Aベストアンサー

入手方法は、現在ではありません。
壬申戸籍は、確かに法務局で保管はされています。それは遠い将来に「歴史資料となりうる」という観点で保管されているようです。
従って「旧身分」が記載されている戸籍を子孫であるとはいえ閲覧させることは現在はできません。

◎ 他人ではないのだから問題ないのではないでしょうか。
これを認めてしまうと「子供の結婚相手であり、身内となる可能性があるのだから(あるいは身内となったのだから)問題ない」と言い出す人もでてくるでしょう。結果として「同和問題」に行き着くことになります。
また子孫は複数・多数にわたりますから....結果的に「広く公開する」ことに繋がっていきます。
現段階ではあきらめるしかありません。

Q江戸時代以前の先祖を調べたい

こんにちは。
先祖調査にめざめ、江戸末期生まれの曾祖父まで調査することができました。
この曾祖父が戸主だった戸籍までは手にはいったのですが、それ以前のものは役所にはないそうです。
本籍住所は載っているのですが、この先はどのようにして調べればいいのでしょうか?
特にご経験者の方、アドバイスをお願い致します。

Aベストアンサー

こんばんは。

除籍謄本をお取りに成ったのですか?

前の方がおしゃられるように、図書館で、祖父の本籍地の家系、郷土史等の書籍を参考にする事は有意義だと思います。また、お寺の過去帳も有力ではないかと思いますが、両方調べて見てはいかがでしょうか?

○曾祖父の本籍住所に最寄の宗派の同じお寺に出向き、自分の苗字と同じ氏を探し、死亡年月日、位牌の戒名、享年を照らし合わせる事もできます。そのお寺が明治以前からあることが前提で、しかも過去帳が現存している事が必要です。たまに紛失(天災、戦火等の為)している場合もあります。

○過去帳が現存しない場合は、お寺の墓所で、江戸時代以前の墓石をさがし、戒名、または名前でお墓を探します。戒名等がない場合は、「○○村光衛門(架空)」と何処かに記載されている場合も有ります。

○尚、明治3年に平民苗字許可令が発布され、誰もが苗字を持てるようになりました。
注意しなければないのは、自分のご先祖さんが「氏姓」を持っていなかった場合、地域の識者・聖職者の方に、自分の好きな苗字をつけてもらって居る事になります。家紋も任意の物になります。明治以後の氏は江戸時代以前の氏と区別しなければなりません。過去帳と照らし合わせる必要があります。

◎『屋号』がわかれば、屋号で辿れば作業が一段と早くなります。お寺で「○○(屋号)」の家系を過去帳から探せばよい事になります。しかし、明治初頭から士族でも、商家や一般人のように屋号をもち、「○○屋の光衛門さん」とふうに呼ぶようになった地方も多いです。つまり屋号を辿れば、苗字帯刀を許されていても居なくても、先祖を辿る事ができる場合も有ります。墓石、石碑で遡る場合も、墓石に屋号が彫られている場合があり、先祖の墓石を辿るのに一役買います

○地方自治体刊行の郷土史の本の場合は、「○○家(屋)は○○藩○○付近から移住した家系である」と載っている場合が多いです。

参考になれば良いのですが。

こんばんは。

除籍謄本をお取りに成ったのですか?

前の方がおしゃられるように、図書館で、祖父の本籍地の家系、郷土史等の書籍を参考にする事は有意義だと思います。また、お寺の過去帳も有力ではないかと思いますが、両方調べて見てはいかがでしょうか?

○曾祖父の本籍住所に最寄の宗派の同じお寺に出向き、自分の苗字と同じ氏を探し、死亡年月日、位牌の戒名、享年を照らし合わせる事もできます。そのお寺が明治以前からあることが前提で、しかも過去帳が現存している事が必要です。たまに紛失(天災...続きを読む

Q昔の戸籍について

ウィ○ペディアを見ると、
>1948年(昭和23年式戸籍)
>「華族」や「平民」などの身分事項の記載は廃止された。

とありますが、これはそれ以前まで身分事項は記載されていたということですよね。実際この時代に生きた華族・士族・平民の人は自分が戸籍の身分事項に何と記載されているのかは知っていたのでしょうか?
祖先の身分について調べているのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

次のサイトで詳しく解説され、戸籍の見本も掲載されていますが、
・明治5年式戸籍(壬申戸籍)。
・明治19年式。
・大正4年式。
・昭和23年式。
・平成6年式(コンピューター登録の実施)。
に分かれます。
http://1st.geocities.jp/edenno2/kosekinorekisi.html

この内の「壬申戸籍」と「明治19年式戸籍」には、「身分」が書かれてありますが、
「明治19年式」では、「新平民」は皆「平民」に統一されました。そして、その中でも、「農」「商」「工」などと分類されました。
「大正4年式」では「身分」は記載されなくなりました。

壬申戸籍は、昭和43年まで閲覧できましたが、「新平民」(江戸時代には、「非人」や「穢多(えた)」と呼ばれた人たち。)に対する差別、例えば、大企業での(中小企業あたりさえも)採用取り消しや公務員への採用取り消しなどが発生したため、昭和43年に「壬申戸籍」は、各地の法務局の金庫に封印、厳重保管され、現在では、決して見ることはではません。
しかし、昭和43年まで、誰でも閲覧できたため、また、役場の戸籍係でさえ「新平民」の欄に折り目をしたり、付箋をしたりして「差別」をしましたので、それが、今日の「部落開放」とか「同和問題」につながっているのです。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

次のサイトで詳しく解説され、戸籍の見本も掲載されていますが、
・明治5年式戸籍(壬申戸籍)。
・明治19年式。
・大正4年式。
・昭和23年式。
・平成6年式(コンピューター登録の実施)。
に分かれます。
http://1st.geocities.jp/edenno2/kosekinorekisi.html

この内の「壬申戸籍」と「明治19年式戸籍」には、「身分」が書かれてありますが、
「明治19年式」では、「新平民」は皆「平民」に統一されました。そして、その中でも、「農」「...続きを読む

Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで...続きを読む

Q被差別部落出身者であることは、現在も調査すれば分かるのですか?

被差別部落出身者であることは、現在も調査すれば分かるのですか?


明治期の戸籍には、旧身分が記載されていたことは知っているのですが……

【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)
よろしくお願いします。

(注:私は差別撤廃推進論者です。ただ単に詳しく知りたいと思って質問しております)

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

「部落」がどこにあったかは、今でも調べようとすれば調べられます。
そして、その土地に代々住んでいた・・・と、なると、「部落出身者」ではないか・・・との推測がされます。

>>【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)

「戸籍法」明治4年4月4日大政官布告第170号・明治5年2月1日施行。では、ご存知の通り、「非人」「えた」などの人たちを「新平民」と記載されたことは、すでにご存知かと思います。
この通称「壬申戸籍」は、村役場などでも、「新平民」の欄に「付箋」を貼ったり、折込をしたりした時代がありました。
そして、昭和45年まで、誰でもが自由に「閲覧」できました。
また、部落の所在地を一覧表にしたような本も出版されており、銀行や大企業などは、それを購入して、部落民かを判断し、戸籍を提出させて就職の際の合否などを決めていました。

しかし、「平等」という言葉が浸透するようになり、昭和45年に「壬申戸籍」は、各地の法務局の金庫に「永久封印」されました。

それでも、昭和45年までに、銀行や大企業などでは、「部落一覧表」のようなものを購入しており、壬申戸籍の封印と一覧表などの発行停止はされましたが、多分に、銀行や大企業などの本棚には残っている、と思われます。つまり、そうした書籍の「廃棄」までは、法律は定めていないからです。

「漏れる」とすれば、そうした企業や、極端に言えば、歴史学者なども考えられます。

私も、職業柄?全国とまではいきませんが、今、居住している県内の資料は持っています。
もちろん、私は「口が裂けても」公表したりはしませんが・・・。

東京の都会あたりでは、人口の流出入があり、どこの地域かは多くの人はしりませんが、農村部などでは、依然として、口伝えで「ああ、あそこの部落は・・・」などと、代々伝えられたりしています。

また、自ら名乗る人もいるくらいですから、中々難しい問題ですね。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>【質問1】現在も調査すれば部落出身者か否かだということが分かるのでしょうか?

「部落」がどこにあったかは、今でも調べようとすれば調べられます。
そして、その土地に代々住んでいた・・・と、なると、「部落出身者」ではないか・・・との推測がされます。

>>【質問2】もし分かるとしたら、それはどういった事由から分かるのですか?(戸籍などの書類・氏名・出身地区などから分かる?)

「戸籍法」明治4年4月4日大政官布告第170号・明治...続きを読む

Q旧住所→新住所 検索できる方法

このごろの市町村合併に伴い、かなり住所変更があったのですが、
旧住所を入力すると新住所がわかるようなサイトはありませんでしょうか?
もしくは、旧住所入力でも、地図が表示されるサイトなど。
地図検索も、新住所でしか表示されずに困っています。

客先の住所は、以前のままのものが多く変わったのかそうでないのかの
判断すらつかない状態です。
客先によっては、変更連絡が来ていたりもするのですが。

Aベストアンサー

ゆうびんホームページの「市町村合併が行われる住所の郵便番号一覧」
http://www.post.japanpost.jp/zipcode/merge/index.html
合併による住所変更の新住所と旧住所の対応がすべて調べられます。

このページで住所検索すると、旧住所の検索もOK。
http://search.post.japanpost.jp/7zip/

参考URL:http://www.post.japanpost.jp/zipcode/merge/index.html

Q明治時代の養子制度

戸籍をとって見ていると
明治の頃 本人が養子に行ったり
また 本戸籍に戻ったりしているのですが
この時代に こういう流れになるのは
どういった環境が推測されるのでしょうか
昔のことなので 聞ける相手は誰も無く
困っています

Aベストアンサー

こんにちは。特別に専門家とかではないのですが、明治~大正期の風俗といった方面に非常に興味があり、私の知っている範囲ですが少しだけお答えさせていただきます。

明治うまれの詩人に、室生犀星という人がいますよね。彼には自伝があるのですが、なんと2回、養子に行っています。しかも2回目は「隣のお寺」という、今の感覚からすると軽いノリ(笑)で行っています。

犀星の場合は、両親がともに早くに亡くなってしまったため、ということなのですが。

また、柳田国男なども養子にいっています(彼はもともとは柳田という姓ではありません)。柳田国男の兄弟たちは、皆それぞれ非凡な才能のある人たちでびっくりしてしまうのですが、兄弟なの姓がバラバラです。それぞれが別の家へ養子に入ってしまっているからです。

『この時代に こういう流れになるのは
どういった環境が推測されるのでしょうか 』
と、ありますが、
まずひとつには、今よりも子供の数が平均的に多いのだけれども、教育のシステムが今よりも整っていない→優秀な子供の場合、「家の跡をつがせる」という暗黙の了解のもとに養子として学費等を出資する・・というかんじではないかな?と思います。

今と法律なども違います。家父長制が根強く残っていた時代です。家と家との結びつきのための養子というものもあったかもしれません。
また、どのような理由から養子となったのかも、それぞれ違うと思います。「育てられない」という理由いがいに、賢い子を望まれて、名家に養子に出したという場合もあるでしょう。
また、もしかすると今よりも法的な手続きが簡単だったのかもしれません(養子縁組をすることでからんでくる問題(税金等)などのことが複雑ではないのかも?)←ちょっと旧民法等がわからないので、流してください。。

当時を生きていた人の書いたものを読むのがてっとり早いかもしれません。上記にある、室生犀星の自伝は『ある少女の死まで』という本です。
参考URLにあげたのは、当時のひとびとの記録として秀逸の本です。明治という時代がどのように人間を扱っていた時代なのかというのがわかるかもしれません。

(とりあえず、今とは非常に違うということは言えると思います)

参考URL:http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/8/3310910.html

こんにちは。特別に専門家とかではないのですが、明治~大正期の風俗といった方面に非常に興味があり、私の知っている範囲ですが少しだけお答えさせていただきます。

明治うまれの詩人に、室生犀星という人がいますよね。彼には自伝があるのですが、なんと2回、養子に行っています。しかも2回目は「隣のお寺」という、今の感覚からすると軽いノリ(笑)で行っています。

犀星の場合は、両親がともに早くに亡くなってしまったため、ということなのですが。

また、柳田国男なども養子にいっています(彼...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q日蓮宗と創価学会の関係

先日初めて日蓮宗の葬儀に参列しました。
日蓮宗にあまり馴染みがなかったので、「教えて!goo」で日蓮宗を
検索したところ、「創価学会」とつながりがあることがわかりました。
具体的にどういう関係なのか教えてください。

あと、日蓮宗って仏教ですよね(違っていたらごめんなさい)
なぜ、仏壇の中に仏様がいらっしゃらないのでしょうか?

Aベストアンサー

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。
なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

仏壇に仏像がない理由ですが
現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという
考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が
ありませんでした。日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため
正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。

仏教には大きく浄土系と法華経系があります。
簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが)
浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。
法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。
この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。
浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという
日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから
儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。

創価学会な...続きを読む

Q戸籍抄本を取るのに妥当な理由

とある事情で、義父(夫の父親)の戸籍抄本を取る必要が出てきました。
本人には内密でのことです。
(別に不正なことに使うためではありません)
はじめは夫が取りに行く予定になっていたのですが、
仕事で行く時間が取れないので代わりに嫁である私が行くことになったのですが・・・。

直系であれば委任状は必要ないというのは確認できましたが、
用途というか取る理由についてなんと書こうか悩んでいます。
嫁が戸籍抄本を取る理由として、妥当なものは何だと思われますか?
亡くなってないのに相続の手続きで必要、とか書くとあやしいですか?
こちらの質問で「過去帳作成のため」という事案を見かけたのですが、
それもやはり生存している人のものは不要な気がしますし・・・。

相続以外で、頻繁に理由として使われているような事案がありましたら、
ぜひ教えていただきたいのです。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

戸籍担当窓口にいます。

No.2の方のリンクの内容でいいと思います。

義父さまの戸籍とあなた(ご主人)の戸籍はおそらく筆頭者が別ではないでしょうか?
そして、義父さまの戸籍に記載されている人の誰かが(生きて)いる場合、私の勤めている所では、直系の親族でも(必要とする戸籍に)名前が載っていない人が請求する場合には委任状(承諾書)をもらうことになっています。

あと、戸籍を取るときには顔写真の入った身分証明証(運転免許証・パスポート・住基カード等)で本人確認をする所もあるので、
戸籍抄本を取りに行かれる役所へ事前に問い合わせた方が良いかと思います。


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング