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父(84歳)が、この前の暑さでまいってしまったのか、食事を受け付けなくなり、一切食事を拒否します。意識はしっかりしていますが、しんどい様子で眠っている時間が多いようです。
医師に相談すると、食事をとらないほかにも、点滴もしても10分と長続きしなくて(自分で抜いてしまう)もうやめてしまったと言いましたので、当方がべったり付き添いで見守っていた所2本まで点滴が入りました。多少安心しました。(私が居なくなるとまただめかもしれません)
老人が食事を取らなくなる理由は何なんでしょうか?エンシュアという液体栄養物質も嫌がって口にしませんし・・。
父親が言うには、圧迫感があるというのです。
それだけで、食欲は無くなるものなのでしょうか?

聞くところによると、老衰の症状として、衰弱と食欲の減退から食事を取られなくなり、更に衰弱が進行し、死に至るケースが老衰であるという考えがありますが、どうなのでしょうか?(このケースは老衰によるものなのでしょうか)

医師も初めてのケースらしく戸惑っております。(処置する方法が見つからない) 頑なにここまで食事を拒むケースは見たことが無いようです。精神面からアプローチすべきか?  老人性痴呆を疑ってみるほうが良いのでしょうか?医師も病院を出て行ってほしがります。正直この状態で出て行けば、必ず死が目の前です。

身体は、がりがりで、生きているのが不思議な状態です。栄養経路を断絶し、このまま、家で見取って最後を迎える方が本人の為なのか、わかりません。

どうぞ、お知恵をお貸しください。

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A 回答 (17件中1~10件)

僕の母は胃腸科の入院で点滴の限界を医師から告げられ、飢餓状態で命も危なく(飢餓と発熱)当院では手に負えないこと、そして胃ロウ手術の実績のある医師のいる救急病院の紹介をされ、待ったなしで父と僕の兄弟姉妹で相談して胃ロウ手術のできる病院に入院し、手術の内容と過去の手術実績、成功率の説明(インフォームドコンセプト)をうけ、手術承認書を書いて、手術室控え室の隣(カーテンを引いただけ)の手術室で手術をして貰いました。

父、僕、妹が隣で手術が終わるのを待ちました。手術後は胃ロウの回りに肉や皮が盛り上がって外部と胃の内部が栓付きチューブでつながった状態になって内出血も無ければ10日~2週間位後(はっきり覚えていない)包帯をとって退院OKがでて、ホームへ一ヶ月以内に戻れました。
医療や介護が家族でできない以上、他人の医師や看護婦や介護士に任せるしかありません。できるだけ頼み込んで要望を入れてしまうしか無いですね。腹を立てていてもお父上の飢餓状態と命の危険が進むだけです。飢餓状態になると脳に十分なブドウ糖や酸素や血流量が確保されずお父上の正常な脳機能(判断能力)が無くなってしまい、栄養失調状態が続けば脳萎縮などが進行して痴呆が進行しないとも限りませんので、まず飢餓状態から脱出するために、早急な胃ロウ手術が必須となります。できるだけお父上の手術に絶えるだけの体力があるうちに手術をされた方がいいと思います。僕の母の場合が、手術病院から胃腸科医院に迎えにきてもらい、手術に耐えるだけの体力を確認して1~2日経過を見てから手術を行いました。
貴方のお父上の場合、お父上の体力があるうちに、胃ロウ手術をされた方がいいような気がします。精神科の治療は時間がかかりますし、飢餓状態が続くほど脳も萎縮して痴呆が進むのではと思います。
精神科は元気で十分な体力と痴呆もなくまともに精神科医師との会話が成立することが前提で、治療に半年以上かかるかと思います。その前に飢餓状態が進めば、命が危なくなってしまう恐れが十分あります。
飢餓状態を回復するには、精神科より、栄養を確保するための便法としての胃ロウ手術の方が良いかと思います。飢餓状態になるとお父上がまともに意思表示さえできなくなってうつろな状態になって、精神科どころでないと思います。
まず、生命を維持できるだけの栄養を身体に取り込むことが必須だと思います。精神科が必要なら命の危機がなくなったそのあとでよいのではないでしょうか?
胃ロウの手術できる病院の医師に一度お会いになって説明を受けたり、手術概要を書いたパンフレット(説明書)を貰ってこられたら如何でしょうか?
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この回答へのお礼

今日、父が入院している病院に、他の病院に転院することを相談してきました。2つの精神病院は、万床であるとか、ここでは手に負えませんという理由でことわってこられました。1度、この病院に入院してしまったら、なかなか転院というのは難しいようです。
あと、胃ろうの手術をする大きな病院もかけあってもらうようにはしていますが、断られるかもしれません。ここにきて、胃ろう手術も満足に受けられない実態が判明してきました。
oyaoya65さんのおっしゃっておられることはよくわかるのですが、一般的に医師に対して胃ろう手術は広まってはいないのかなという気がしました。
今度の病院が断ってきたら、胃ろう手術をなぜ断ってきたのか聞こうと思います。病院はなぜ、患者を選ぼうとするのでしょうか私には理解できません。

お礼日時:2007/09/18 23:10

食事が取れなくなり、徐々に衰弱していく状態を老衰と呼びます。

胃瘻から栄養を補給する方法もありますが、根本的とは考えません。食欲がなくなれば、徐々に弱っていくのが人の道だと思います。
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お父様を亡くされお悔やみ申し上げます。


人には色々な生き様や天寿があります。
皆様一所懸命お父様の為を思い尽くされ気を遣って上げられ、お父様も自分の信念を通して大往生されたのだと思います。
気を落とさないでお父様の冥福を祈ってあげて下さい。

私の隣組班の2件隣の主人(65歳かそれより少し上)の方が1月強前から体調を崩し入院されていましたが今朝亡くなられ今夜は通夜でした。22日午後葬儀が行われる予定で隣組の各世帯がら葬儀に出ることになっています。

だんだん悲しみが強くなってくるかと思いますがお気を丈夫にもって下さい。とりわけお母様も連れ合いを亡くされ一番寂しい思いをしながらの生活になりますので、お母様を大切にしできるだけ話し相手となって寂しくないように気遣ってあげて下さい。
僕も集落で最長老の90代前半の父がいていつ貴方と同じ時期が繰るかも知れませんし、その前に母が逝くかも知れません。
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この回答へのお礼

oyaoya65様、本当にお気遣い感謝します。
一時は、病院に懐疑的な気持ちを持ちましたが、oyaoya65様のご助言によりまして、間違った方向へ行かなくてすみました。
ご高齢の親御さんを本当に大事になさってあげてください。
私は、
すべての生命は死をを迎えることによって、宇宙の構成要素に戻ると考えております。グーグルアースで見ましたが、宇宙って本当に無限大なんですね。果てしなく広がる宇宙に、この奇跡の星地球と同じ環境をもつ星がどれだけあるのか・・。
すべてのものは生まれ、無くなるを繰り返します。星もそうです。
生命もそうです。人間も例外ではありません。
それ自体が、宇宙なのです。

生命よ、宇宙のごとく無限で、清らかであれ。

お礼日時:2007/09/25 03:52

食事をまともに摂れないで飢餓状態になれば死あるのみですよ。


僕の母のいるホームや胃ロウ手術を受けた救急病院のある市は人口10万人にも満たない市です。
貴方のお父上のいる大阪は大都会で胃腸科(胃腸外科、循環器科)のある大学病院も複数あるはずです。その中の複数の胃腸科に問合せて、胃ロウ手術二対応でき実績のある医師のいる病院を紹介頂いたら如何ですね?
少なくとも、僕の母のいる市より、大阪の方が数十倍大きな都会ですから、実績のある病院がずっと多いはずですよ。
僕ならどんなことをしても、実績のある病院や医師を探しますよ。
ネットでも検索できると思いますし、大きな総合病院に問合せて、胃ロウ手術の実績のある医師を紹介してもらうことはできませんか?

あきらめていてはいけませんよ。
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この回答へのお礼

ここ3日間留守をしておりました。
残念な話をしなくてはなりません。

9月19日午前、6時頃に一人でトイレをしていた父が、突然呼吸が荒くなり、さらに暫くして心肺停止状態になりました。その後、医師が
2時間ほど蘇生術を試みましたが、9時50分に一向に心臓が動かないため、蘇生をあきらめ逝去を確認しました。

ここで、ご心配頂いた皆様方にこのようなご報告をせねばならないということ自体、非常に残念なのですが、これも人間だということなのではないでしょうか。生かされているという宿命ですね。
 介護をしていた母も非常に頑張ってくれましたし、父自身も、私や妻に最後まで迷惑をかけたくないと言っており、
最後の最後まで、看護婦や医師が驚くほど、力を振り絞って自力で
排尿をし、オムツも断り続けました。
父の意思の強さには驚くばかりです。

関係者に感謝です。

仮通夜、通夜、葬儀を終えただいま帰って参りました。
死亡診断名は急性心筋梗塞でした。

重ねて御礼を申し上げます。

皆様、ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/21 23:15

#5,#9,#11,#12です。


もし分からないことで僕が分かること(経験してきたこと)は聞いて下さい。
いま母が入所している市営特養老人ホームは開所間もない時に入りました。今は入所希望者が増えていて入所を待っている方が多いと聞いています。特養老人ホームに入る前は民間のホスピスにいましたが具合が悪くなると○○胃腸科医院に移ったりしていました。その後今のホームに入所でき、入所当時は自分で車椅子を操って移動し少しならつかまって立ち上がれる状態で、そんなに痴呆もなく家族や親戚の人を認識し会話もできました。糖尿病気があって味の薄いホームの食事をまずいといっては吐き出す始末で、それが元でだんだん食が細くなって栄養の不足分を点滴に頼り、その点滴も一日中点滴をしても間に合わず、むくみもひどくなって、○○胃腸科医院とホームを行ったりきたりしました。一ヶ月以上ホームから出ているとホームに戻してもらえなくなります。胃腸科医院で拒食飢餓状態になり胃ロウ手術して退院してぎりぎり一ヶ月以内でホームに戻れました。ホームには介護度1で送迎つき入浴サービスだけの通いの方から介護度5の入所者、介護度が2、3でも介護してくれる家族がいないか、遠方にしかいない方もいます。介護度の低い方は、歌を歌ったり、絵を描いたり、習字をしたり、簡単な遊びをすることを介護の方がやるように仕向けています。入所者の平均入所期間は平均3~4年で、ホームで手が終えないほど具合が悪くなる(介護では介護費用の範囲で巡回医師に週一度診て薬など出してもらえますが、週2回以上の往診になる)と病院へ送られ入院してしばらくして亡くなられるようです。僕の母の場合は介護費用とは別にマッサージ士を頼んで関節の屈伸とマッサージをして貰っていますので長生きできているのかも知れません。後から入所してきた母の姉もいますが今では両方とも痴呆が進んで互いを認識できません。というより寝たきりです。ホームといっても在宅でやる介護を代わりに有料でやってくれるサービスですで、管理栄養士の献立の食事と排泄、入浴、痴呆防止の運動や遊びなどの世話をしてくれますが、病院ではありませんので医師の常駐や看護士の常駐はありません。体調が悪化すれば外部の病院のお世話になることになります。家で父の介護を受けるよりはずっとサービスが行き届いて、年中暖かく空調のある所におれますね。食事は完全にホームに依存していますので、それを受け付けなかったり、食べなかったりすれば栄養の偏りが出ますし、点滴や流動食では必要な必須ビタミン、必須ミネラル、必須アミノ酸が全て摂れる分けではありませんので、だんだん痩せたり老衰が早くなることもありえる気がします。でも自宅で介護できない以上ホームに任せるしか方法がないですね。ホームの方がヘルパーや介護士の方ですから、看護士(看護婦)や医師ではないですから医療行為はしません。週一回巡回に来てくれる巡回医師に診てもらい処方された薬を介護士さんや家族などが飲ませます。勿論まずいと吐いて出す場合もありますので、色々工夫して飲ませるようにします。急に具合が悪くなった場合は医者の往診手配を摂ってくれます。僕の親も高齢ですので、元気な頃に引き取って来ないかと誘いましたが、兼業農家で農地の世話や知り合いや親戚が郷里の実家付近に多く、引き取っても知り合いがいなくてやることもなく早くぼけることも考えられ、郷里の実家で父母2人で住み続けることになって、その後母が帯状疱疹にかかって出歩かなくなり、歩行が困難になり、父の介護も限界になり、兄弟姉妹で相談して老人ホームに入れました。最初の2年位は、家に帰りたいと毎回のように言っていました。また家にいてもホームでもそうですが、年取るとテレビを見るだけで殆ど会話しませんし声を出しませんから、家族が積極的に話しかけ、一緒に歌を歌ったりして、痴呆ができるだけ進まないようにしないといけませんね。
僕は実家に遠い為、両親が具合悪い時や冠婚葬祭や法事などを除いては、お盆・正月・農繁期しか実家に戻れませんが、隣の市にいる姉(夫婦)は週一回位、実家の2軒隣の妹夫婦(共稼ぎで平日は留守)ですがかなりの頻度で実家やホームを覗いてくれます。僕は跡取りですから定年後は実家に戻りますが今はそんな状態ですね。姉妹は嫁に出ていますので、最終的には両親の喪主が僕にしてくれと親に頼まれています。母も一時が唾液が飲み込めず気管支に入って毎日吸引するものの夕方になると気管支に炎症を起こしていましたが今はもち直しました。そのとき終末医療についてホームと話し合い、ホームでできる範囲で介護をうけるにとどめ(勿論医師の往診を頼みますが)最終的な死に場所はホームでと一任誓約書を入れました。他の選択はホームの介護の限界がくれば病院や終末医療ホスピスへ移ってそこを死に場所にすることになります。
質問者さんの場合も、自宅介護が難しければ入所を考えないと共倒れになりますので、子供の兄弟姉妹の夫婦は全員で親族会議で話し合って、両親の生活が立ち行くよう考えて上げないといけませんね。老人ホームも母や子供の家族ができるだけ頻繁に面会に配意のホームが望ましいね。
とりあえずは、胃ロウ手術が緊急のことですね。
お大事に、両親が余生をできるだけ幸せに送れるように親族で相談して決めて上げてください。
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この回答へのお礼

何度も書き込みいただき非常にうれしく、また励まされ、心強く思います。このような意見交換ができるgooサイトがあってとても感謝しております。
さて、書き込み内容で驚いたのは、点滴を1日中打っても追いつかなく、むくみもひどくなってというところです。
1日中どころか、ここの医師は家族がいてるときだけ点滴を打つのみでした。驚きです。
当方が、かかっている病院は、先ほど確認したところ、点滴をしてもかってに抜いてしまうので、家族がいている時にだけするように、との医師の指示があったと、看護婦が言っておりました。
その指示に驚き、先ほどFAXにて、適切な医療措置をするようにとのお願いをしたところです。
何人もの生死を目の前にして、人の死に際に鈍感になるきもちもわからないわけではありませんが、こともあろうか看護婦があまりにもかわいそうなので、看護婦の判断で点滴を施したそうです。(混乱しており文章が下手ですいません)

見るに見かねて、看護婦が独自の判断で点滴を処置?

医師は、家族がいるときだけ点滴を打つように指示?

これは、適切な医療行為といえるのでしょうか?はなはだ疑問を感じましたので、皆様のご意見に従い、精神科の病院を探すつもりであります。

父がお母様と同じ、拒食飢餓状態になってしまい、医療現場の診察、入院拒否、などが非常に腹立たしく、私たちの前に立ちふさがります。

さて、このような父の症状を診てくれる精神科医は居ているのでしょうか?

お礼日時:2007/09/17 15:11

#5,#9,#11です。


僕の所は父が92歳で軽のトラックに乗って毎日のように近くの特別老人ホームの母の所に行くのが日課になっています。完全看護なので必ずしも行かなくてもいいです。時折、着替えや身の回りのものを補充(タオルや肌着がよれよれになってきたり靴下など私物を持っていって介護の人にこれを使ってとベッドの横の戸棚にいれ古いものは交換しておきます。)します。母はもう話せませんが、行った時は二時間位話かけたり身の回りのものに不足のものや汚れ物の大きなものなどあれば、家に持ち帰って洗濯してもとに戻しておきます。一人部屋にいたこともありますが、今は6人部屋にいます。それだけ介護の人が頻繁にきますので目が届くかと思います。父や母の子(僕や兄弟姉妹の家族)が時折見舞いにいきます。特養老人ホームに入所していれば殆ど介護の労働負担がかかりません。母の住所は特養老人ホームに移し年金手帳もホームに渡して公的年金はホームで勝手に下して使っています(公的年金でそんなに多くもらっていません)。今年から食費とベッド料が徴収されるようになったようで、公的年金だけの人が老人ホームから追い出されることが始まったみたいですね(小泉、安部首相の骨太の政策で弱者に厳しい政策です)。僕の母の場合、100万円を入れた通帳をホームに預け、ホームの規定料金以外の出費はそこから使ってもらっています。そのほか月6万円でマッサージ士に週3回(一回10分程度)きてもらっています。(ホームは市営特養老人ホームです)。
その老人ホームには胃ロウで食事を摂っている人が5人位入所しています。父(介護度2)も週2回そのホームで在宅のサービスを受けています。週に3回ホームヘルパーがきて食事を作って行きます。父は自分で買い物をし、ご飯を炊きおかずも作ります。一人で住んでいますので様子みもあり、介護をうける資格もありますのでサービスを受けています。風呂だけが、風呂の中で寝てしまうといけないので、入浴サービスを受けています。僕の母の場合は毎日誰かが見舞いに行きますが、入所している方の家族が、入所させて殆ど見舞いにも来ない方も結構いるようです。まだ食事を摂れた頃は、食事時に交互に行って、話と食事の補助をしてやることが多かったですね。家族がいかなけれがホームの方が食事の世話をしますが、家族が行けば家族が行えるようにもなっています。食事の後は歯磨きとうがいや口の周りをタオルで拭いてやりますがホームの人がやってくれますが、家族が行った時は家族がやったりします。できるだけ入所者と家族が接する機会を増やすようになっています。
家族の労働負担は軽微で、必ずしなくてもいいですね。あずっけぱなしで遠隔地の家族が殆ど来ない場合もあります。

夫婦は両方がいて生き甲斐が存在し、互いに頼りあい心の支えになっています。連れ合いがなくなると、後に残された方は生き甲斐がなくなって、急に老け込んで話さなくなって比較的早くなくなる例が多いと聞きます。
老人や病人には話し相手がいないと、孤独で話すこともなくなって、痴呆が急速に進むようです。できるだけ機会を捉えては、話しかける、お母さんとお父さんを合わせるために連れていくといった配慮が老人ホームに入れる場合は必要ですね。僕の両親(2人だけで住んでいました)は共に元気だった時はよかったですが、父が母の介護ができなくなってきて、兄弟姉妹(3人)と父と相談(家族・親族会議)して母を老人ホームに入れました。8年前のことです。
介護の参考になればと追加して書きました。
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この回答へのお礼

非常に参考になり激しく感謝いたします。(^.^)

老人ホームで胃ろうをされている方が5人居られるということ事態が当方には衝撃の事実であります。
そんなにも、食事拒否症状が痴呆の方に多いとはまさに驚きであり、今の医者はなんで知らないのだろう?と不思議でなりません。
今日、病院に見舞いに行ってきたのですが、目を開けていられない程衰弱が進行しておりまして、まさに危険な状況でした。仕方ないので
FAXで主治医に、鼻経由チューブでも良いから栄養剤投与を検討してくださいと。お願いしておきました。
断られたらどうしようか、悩んでおります。

大阪では特養の待ち人数が500人待ちとか平気であり、何度、入所願い何度お願いをしたかもう判りません。
どこの地域にお住まいになられているかは判りませんが、とてもうらやましいです。
特養に入れればいいなとは考えておりますが、非常に難しいであろうなとも思っております。非常に手厚い介護で、申し分ありませんね。

比較的待ち人数空いている地域があれば、そこまで行って、申請したい気持ちで一杯です。
 母も老齢であり、まさに老老介護であり、本当に今後どうすれば良いか困っております。
母の負担が軽減できれば、いいのですが・・・。

お礼日時:2007/09/16 22:18

#5,#9です。


あなたのお父様の居住地がわかりませんので、僕の母親が手術を受けた病院(岐阜県関市)でなく、居住地の病院の方がいいでしょう。地元の胃腸科(胃腸外科)の病院や個人病院で、胃ロウ手術の実績のある医師のいる病院や医師の紹介を受けて(紹介状を書いて貰って)、紹介を受けた病院と連絡を取られては如何でしょうか?
僕の親の場合は、特養老人ホームにいて、点滴が間に合わなくなって○○胃腸科の個人病院に移り、そこの医師がその病院での治療ではこれ以上対処できないことおよび胃ロウ手術を勧められ、胃ロウ手術の実績のある医師のいる他市の救急病院(救急病院は手術が終わり術後もう大丈夫となるとすぐ退院になる)で手術しました。簡単な手術で、手術後の樹脂の胃ロウのまわりの取り囲むように皮膚が塞がるまではお腹に包帯か、ガーゼがあてています。退院はその病院の専用の車で、特養老人ホームまで送り届けてもらい、それ以降特養老人ホームで胃ロウから流動食で食事を摂っています。入院時は特養老人ホームの車で○○胃腸科医院(大き目の個人病院)に入院し、そこに手術救急病院から専用の車で迎えに来てもらいました。胃ロウによる食事が家に介護する方がいれば自宅でも介護可能かと思います。でも自宅介護は大変です。
早めに措置された方がいいですね。お大事にして下さい。
僕も一時は母の死を覚悟しました(僕は長男で両親の喪主をする立場です)。でも母もそれから3年位元気にしています。介護度は上がり現在5になっています。幼い大きな赤子のように無邪気で、痴呆も進んでいますが見舞いに行く度にできるだけ多く話し掛けをするようにしています。自力で身体を動かせませんので、看護の方が床ずれがしないように二時間置きに体の姿勢を変えています。またマッサージ士に週3回きてもらって手腕脚脚や腰の関節の屈伸を10分位やってもらっています。とても素人ではできない位関節を屈伸させ、血液やリンパの循環をよくして行ってくれます。最初は痛そうな顔をしていますがマッサージ終了後はけろっとしてマッサージしてもらったことも忘れて元気になっています。
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この回答へのお礼

書き込みに感謝します。(^^)
当方は大阪になりますので、病院はこちらでさがすことになりそうですね。  大変参考になる意見なので何回も読ませていただきました。今日も実は、父親の様子を見に行ってきました。 眠そうで目が開きにくいという状況でした。このままですと、昏睡状態間近ではないかと思いました。「食事をなぜとらないのか?」の質問をしましたが、「お腹がすかないんだよ」とのことでした。「死にたい」とは言っていませんでした。前回、母親が父が死にたいともらしていたと、言っていたそうなので、今回改めて、ビデオ持って父本人の意見を聞きに行きました。 
胃ろうの話非常に参考になります。感謝です。(^^♪

お礼日時:2007/09/16 22:03

NO6です。


お返事読みました。
もう高齢だから、無理にチューブを開けても・・・と考えるご家族もいますし、まだ生きることが出来るなら・・・と胃ろうを検討される方、さまざまですが、どうやら後者のようで、ぜひ頑張っていただきたいとおもいました。

ただ、覚悟も必要です。胃ろうをつけたからといって、体力ともども元気になるケースは多くありません。高齢ですと数日寝込んだだけでも筋力の低下は早いです。
あまりにも体力がないと胃ろうもお断りされるケースも確かにあるんです。なので、ご決断がついた場合は、早めに病院をあたってみてください。
それまでの期間は、なるべく体を動かす(寝ていられるんでしょうから、質問者さまが、足や手の曲げ伸ばしなどを・・・)ことを少しでもされてたほうがいいですよ。


あと、一つ、粉のゼラチンと粉のポカリスエットって売ってますよね。それをお湯で溶かしてたっぱなどに入れて冷蔵庫で固めると、水分補給にもなるゼリーになります。ゼラチンを入れすぎると固くなってしまうので、工夫してみてください。
これは、水分を取りたがらない人への補助として摂取していただいてたものです。もちろん好き嫌いはありますが、プルンプルンだとなかなか好評ですよ。

周りに助けてくれる方はいらっしゃいますか?お一人だと何もかもと大変でしょうが、ぜひ頑張っていただきたいです。お体壊さないように、ご自身もご注意くださいね。
大した意見ではありませんが、ご参考までに。
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この回答へのお礼

様々ですか。今後の介護の問題もあり、家族で要検討領域になってきております。本人は中程度の痴呆であり、介護する母親も高齢なためかなり疲れているのが現状です。84~5歳となれば、男性としては生存率で換算すると25%だそうです。かなりの往生ではないかと言う意見もあり、本人の意思(延命)も確実にとれていません。母親は、私なら延命処置は必要ないといいます。このような老人達の意見を参考に今後の検討の参考にしたいと思います。

お礼日時:2007/09/15 15:28

#5です。



>老人は何も食べなくなるのが非常に多いのですね。胃にチューブを開けて栄養剤を入れた結果、生命は温存されたということなのですね。

A#5に書きましたが、「胃にチューブを開けて栄養剤を入れた結果」でなくて「胃の上(外部)」から穴をあけ「胃ロウ」という蓋付き栓をつけてそれが胃の中にチューブでつながっています。大体6ヶ月位経ったら再手術で交換します。その蓋のついた栓にチューブを差し込んで、点滴の時のような流動食を上部にぶら下げておいてそこから流し込みます。点滴の時のように時間がかかりませんので生きていくだけの栄養を食事時間内に摂れます。点滴の時は朝食の時の点滴が昼食の時間になっても静脈に入り込まない状態で一日かかっても1日に必要なカロリーの栄養剤の点滴ができない状態でした。胃ロウは胃ロウの手術の実績のある医師を紹介いただいて、その医師のいる救急医療センターから、まさに死にかけの飢餓状態に陥っていたかかりつけの個人病院に車で迎えに来てもらい、執刀医の先生から、手術の説明をうけて、全ての手術が成功するわけでないこと過去30位の同じ手術で1例うまくいかなかったケースもあるけど手術しますか、といった説明でした。点滴もできず飢餓状態で明日も知れない命でしたので、親と兄弟姉妹で一応了解してもらい手術しました。老齢で飢餓状態ですからお腹の皮膚の手術後の胃ロウ(樹脂性)の回りがうまく皮膚が再生してふさがるかと心配しましたが術後の経過もよく老人ホームへ戻れました。
食事の心配はなくなり体力も見る見る回復しました。食事は口から食べないものの胃から直接流動食を摂れるようになり食事の心配はなくなりました。それからもう数年経ちましたが口から食事をとりませんので物や唾液を飲み込む力がだんだん落ちてきています(唾液が気管支に入り吸引チューブで時折吸引してもらっています。)。いまでは胃の上から穴をあけ胃ロウを取り付けてよかったと思います。母が話ができなくなったのは父が結核の疑いで検査入院して一ヶ月位母の所に行かなかったことが原因です。いまは無意識にお腹のチューブを引き抜くことのないようにやわらかいクッションをお腹の上に乗せて抱っこしています。
ぜひ、胃ロウを取り付けることで、体力が回復し元気を取り戻すと思います。

この回答への補足

たびたび有難うございます。本人は、多少の痴呆が入っており、延命治療するか迷いましたが、この意見交換サイトを知ったおかげで、生きることが出来る命ならば、生きさせてあげたいと思うようになりました。
胃ロウ手術を出来る病院を急きょ探したいと思います。どこで探されましたか?差し支えなければ地域、病院等教えて頂ければ幸いです。

この2~3週間で劇的に痩せてしまいましたので、ここ2週間の間が生死の分かれ目の勝負だと思います。

宜しくご教授、お願い申し上げます。

補足日時:2007/09/15 02:26
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この回答へのお礼

胃ろうの病院サイトで発見しました。
今後の介護の問題もあり、本当に、実行するかは家族で決めることになりそうです。ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/15 15:23

痴呆が進み、介護付きホームに入所の祖父が同じような症状でした。


食事拒否・糖尿他、せん妄や感情のコントロールが出来ず(手に負える状態ではなくなり)、精神病院に一ヶ月入院しました。
勿論無意識のうちに点滴も抜きます。
食事拒否はよくある痴呆の一つの症状ということで、点滴時の拘束はやむを得ないが、このままの場合は胃ろうにすべきです、と。

しかし、暑さが和らいだ頃から若干食欲を取り戻しました。
今ではホームに戻って、精神状態もましになっています。
当時、父はそんなことをするくらいならこのまま衰弱死した方が幸せなんじゃないか、なんて(落ち込みながら)言ってました。

ご本人の意志・精神状態が判りませんが、どうすべきか、どうしたら良いのかはわかりません。
ただ、精神面で診てもらえる医師の診察、医療関係者に相談なさった方が、後悔しないと思うのです。

若輩者で生意気ですが、こんな一例もありますということで‥
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この回答へのお礼

非常に参考になりました。無意識に点滴も抜くのですね。点滴時の拘束は先生が「それは出来ない」と拒否します。精神面を大事にしたいということらしいです。私的には、脱水や栄養失調が恐ろしいと思うのですが、先生の考えていることが今一わかりません。

お礼日時:2007/09/14 20:24

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身内として見てるのも辛い、可哀想で仕方ありません。
私達の家から祖母のいる病院まで片道3時間程かかるので、次また危篤の連絡が来た時、最後一緒にいてあげられないんじゃないかと母といつもヒステリックになってしまってしまいます。
私も仕事が忙しく、母も父方の祖父祖母の世話をしていてずうっと付きっきりにはなれない状態です。
鼻からの管がこれから先出来ないと断定された時、点滴だけでどれ位生きられるのでしょうか?
昼間はKN3号と言う点滴を入れているようです。

どなたかお返事くだされば嬉しいです(;_;)

86歳の祖母が今月5月の17日から点滴のみで寝たきり状態です。
4月に酸素濃度が低いと言われ入院。
そのままご飯を飲み込むのが難しくなり、鼻から食事を取るようになりました。
5月の15日に胃ろうの手術を行う予定でしたが、体調が悪そうなので断念。
そして17日の朝に危篤と言われ、あと30分しかもたないでしょうと連絡があり、家族で病院に駆けつけました。
病院に着いた時は安定しつつあり、それでも2.3日が山でしょうと言われました。

今10日以上経ちましたが、変わらず点滴のみで酸素を鼻から送っています。...続きを読む

Aベストアンサー

水分と最低限の栄養素だけ点滴で賄えれば、何年も生きる方もいますよ。
自発で呼吸ができず人工呼吸器をつけ、点滴だけで数年生きて、数年ぶりに目覚めたといった話を聞いた事はありませんか?

KN3は維持薬ですね。水分の維持をする為のものです。これだけでも生きられますが、胃ろうができない方に高カロリーの点滴を使う事もありますが、高齢でその状態ではちょっと難しいかも知れませんね。

人間は、食事をせずとも点滴だけで生きていられるんですよ。

ただし高齢で体重も少ないですからどうしても感染症等の危険もあるでしょうし、臓器の状態、おそらく血液検査や胸部、腹部エコー等もされているでしょうが書かれていませんからなんとも。。
前日まで元気そうに見えていても、翌日急変してその数時間後にはという方もいれば、数か月の方もいますしね。

余命は、現場にいても医師でも数時間前~数日前まで判断できないものです。

残された時間を大事にお過ごしください。お大事に。

Q殆ど食べなくて人はどのくらい生きていられるのでしょうか?

約2年前に大腸がんの手術をした84歳の姑です。
軽い抗がん剤の投与を受けていましたが、今年5月頃より肺と腸にも転移が見られ、治療効果が無くなったということで今は一切薬など服用していません。
がんの痛みも全く無く、現在自宅でただ寝ています。
その5月頃から殆ど食事を受け付けなくなり、1日にお茶碗1杯ぐらいしか食べなくなりました。
7月頃からはそれも食べなくなり、1日にコップ3~4杯ほどのお水以外は、1日にスプーン3さじぐらいの固形物を口にするともう「要らない」と言って何も食べません。(1日何も食べない日も時々あります)
介護している家族から見ると、生きているのが不思議なほどです。
ここ3日ほどで起き上がることができなくなりました。
自力での寝返り、おむつ交換時の腰を浮かせることはまだ可能です。

医者は夏を越せるかどうかと言っておりましたが、殆ど食べなくて人はどのくらい生きていられるのでしょうか?

Aベストアンサー

経験者のカテゴリーになるのかはわかりませんが・・・。この暑い中、介護お疲れ様です。

人は食べなくても結構生きていけるようです。
年齢と体力と気力にもよりますが。

色々な人を看ていますが、3ヶ月から1年の方までいらっしゃいます。しかし、これは高カロリー輸液の場合であります。

夏には熱射病、脱水症と飲水に関わる疾患が多いので、充分にお水を飲ませてあげてください。

頑張って下さい!!

Q食事が取れなくなった場合どれくらい生きられるか?

私の父68歳になりますが、4年前に脳梗塞になりずっと寝たきり状態です。
先週から食事が喉を通らなくなり、栄養素を点滴で補っている状態になりました。
現在は特別養護老人ホームにいるのですが、そこの方からもう長くないので覚悟しておいてくださいみたいな事を言われました。
確かに、以前より小さくなり骨と皮の様になってしまい、体力も持たないだろうなぁと感じました。

そこで、こんな事聞いて恐縮ですが、覚悟をするのは以前からしているのですが、この状況でどれくらい持ってくれるのかというのがおおよそでも目安があればなぁと思い質問させて頂きました。

ホームの方に聞いても体力と気力次第ですので何とも言えませんとしか言ってもらえなかったので、、、
栄養分は点滴のみで4年も寝たきりなので体力もあまり無いと言えます。気力も私の事もわからない状況なので、気力も無いかと感じています。
その状況だと保ってどれくらいなのか教えて頂ければと思います。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

正直なところ、本当にわからないと思いますよ。
寝たきりになると、また点滴での栄養摂取は、五臓六腑が動かなくなり、血液の流れも限られるので、極めて回復の可能性が少なくなります。

この状態だと、維持は出来るのですが、アウトの時期が読めません。
臓器が動かないので、よくなる事はありません。
本当にその人のポテンシャルに掛かっています。

4年間寝たきりだと、臓器、血液の流れなどかなり悪化していると思われます。 
ただ、寝たきりでも無意識でも、家族の声は聞こえます。
深呼吸をするように、毎日語りかけてください。ゆっくり。ゆっくり。
そのうちに、呼吸をするようにもなります。 

脳が機能しなくても、本能的に生存に対して敏感ですので、家族の励ましで何とでもなります。
あきらめないで、毎日、根気よく。 ただ、初日から負荷をかけるのは無理です。 最初は会話できたらいい程度で。

Q後期高齢者(83歳)で末期癌なのに、症状が無い!!

 私の祖父(83歳)が末期癌で、今日、「今年もてば良い方だ(余命4カ月弱)」を告げられたそうです。

 父はショックを受けていました。

 祖父はたまたま、他の病気の診察でCTを撮ったときに運良く別の科の医師が癌を発見してくれました。

 去年、肺気胸に2回もなり、市民病院で何度もレントゲンを撮ったり、CTも取ったのに。先週もペースメーカーの診察を受けてレントゲンを撮ったのですが、何も言われなかったそうです。なんか不思議です・・・。1年で全身にまで転移するのでしょうか?

 祖父はまだ頭もはっきりしているので、長生きしてほしいと思っていました。

 最近、「足の付け根が痛い!」と言い出しているそうです。
 父は癌からきているんじゃないか、骨にまで転移してるのではないかと思うそうです。
 これは初期症状のはずですか?
 
 紹介状を書いてもらって、9月6日に市民病院へ持って行くそうです。そして、検査をするか決めるそうです。
 検査も相当苦しいそうで、父はどうせ長く生きられないのなら、残りの時間を自宅で、今まで通りの普通の生活をさせてやりたいと思っているそうです。

 余命を告げられ、とてもショックでした(涙)今も頭がボーっとしています。毎日でも会いに行きたい気分です。

 末期癌で全身に転移しているのに、『症状が無い』ことってあるのでしょうか?20年以上前に胃癌の手術で、胃を半分取ったので、38キロ前後と細いですが、食欲も変わりないようです(主に栄養ドリンク)。足の痛みが出たのは最近ですが、外出もしたいようで元気です。

 これから苦しむことになるのでしょうか?

 祖父母は今、2人暮らしなので、心配です。祖母には、まだ癌のことは伝えていません。

 末期癌で余命4ヶ月でも、祖父のように、たまたまレントゲンを撮ったら”末期”そして”無症状”という方はおられるのでしょうか?
 あり得ないと思いますが、私は誤診であって欲しいです。

 長文ですみませんが・・・宜しくお願いします。

 私の祖父(83歳)が末期癌で、今日、「今年もてば良い方だ(余命4カ月弱)」を告げられたそうです。

 父はショックを受けていました。

 祖父はたまたま、他の病気の診察でCTを撮ったときに運良く別の科の医師が癌を発見してくれました。

 去年、肺気胸に2回もなり、市民病院で何度もレントゲンを撮ったり、CTも取ったのに。先週もペースメーカーの診察を受けてレントゲンを撮ったのですが、何も言われなかったそうです。なんか不思議です・・・。1年で全身にまで転移するのでしょうか?

 祖父は...続きを読む

Aベストアンサー

私の大切な母も御祖父様と同じような年齢で同じように病院の別の検査で癌が見つかりそして先日、天寿を全うされました。娘の私が体験したことは高齢者の末期癌は確実に死の宣告をされたも同じことです。藁にもすがる思いでできる限りの手を尽くしましたが癌の進行はあまりにも速いのが現実です。私たちの一日の時間と患者の一日の体力が落ちるスピードの速さは何百倍の速さで進行しているようでした。要するに昨日と今日では全く別の症状で患者も家族も苦しみます。現在、御祖父様の体に痛みが無いとのことですが確実に痛みは来ますし食事も食べれなくなります。体力が落ちれば体の機能も低下します。きつい言葉で書き記しましたが私も医師から告知を受けちょうど3カ月で他界しました。奇跡を信じてあれもこれもと手を尽くし高額の健康食品も健康飲料も結局は効きませんでした。飲みにくいのと飲むことのストレスで今想えば反省だらけです。癌に効く薬は抗がん剤だけのようです。母は持病のリウマチですでに強い薬を服用していることも有り免疫を上げる治療も難しく抗がん剤治療は出来ませんでした。御祖父様が自宅で闘病生活をされたいとのお考えなら要介護認定を受けているのでしたら早速、ケアーマネージャーを通して往診の医師と看護ケアの手続きをして下さい。少しでも普通の生活に近い生活をさせてあげる場合は家族の協力が無いと無理です。最終的に点滴の交換やら排泄など家族が手を掛けます。緩和ケア病棟をエントリーするのも大切だと思います。私の場合は緩和病棟(ホスピス)は県内14棟の内、受付不能病棟多数。1~2ヵ月先の外来予約待ち、その後空きがあれば入院可能と言われたのが13棟です。残り1棟は数日中には入所可能だがとても古く、病院まで距離も遠く、私の場合は母の最期は県立病院の個室で最後の一月を過ごしました。告知を受けて一月後に家族で1週間の沖縄旅行に行きました。この時まで体力もあり痛みもなく本当に奇跡を信じていました。帰宅後数日で体力は落ちて行きました。
今後の御家族の方向性に少しでも役立てて頂けると幸いです。

私の大切な母も御祖父様と同じような年齢で同じように病院の別の検査で癌が見つかりそして先日、天寿を全うされました。娘の私が体験したことは高齢者の末期癌は確実に死の宣告をされたも同じことです。藁にもすがる思いでできる限りの手を尽くしましたが癌の進行はあまりにも速いのが現実です。私たちの一日の時間と患者の一日の体力が落ちるスピードの速さは何百倍の速さで進行しているようでした。要するに昨日と今日では全く別の症状で患者も家族も苦しみます。現在、御祖父様の体に痛みが無いとのことですが...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

QIVHだけでどの位生きられるのでしょうか?

IVHだけでどの位生きられるのでしょうか?
79歳の父親なのですが、リンパ腫の初期段階で
入院してから、次々に体調を崩し始めました。
入院してしばらくしてから、徐々に認知症が進みはじめ
体力も体重も急激に落ちたように思えます。
嚥下機能も衰えている為、流動食以外禁止となりましたが
本人が拒否。
更に、腸炎でも、何か難しい腸炎だと言われました。
そんな中、もう、終わりだ…。というほどに
衰弱したのですが、主治医から、回復の見込みは
五分五分ですが。ということで高カロリー輸液を勧められ
今、使用してもらっています。
胃ろうは体力面を考えると、手術できない。と言われました。
しかし、個人的な感想ですが、飛躍的な回復だと思えません。
むしろ、高カロリー輸液だけで、命を永らえさせている事に
罪悪感すら感じる事が多いです。
本来、物が口から食べられなくなったら、寿命は終わりだと
いう考え方や、不自然な延命、色んな意味で、無理な延命を
選んでこなかった家族のルーツがあるからだと思いますが。
不謹慎かも知れませんが、IVHのように便利なものが無かった頃のように
普通の点滴のみで、枯れるようになくなる。眠るように亡くなるのが
父の希望だと言ってましたし、僕もそう思います。
父との時間が少し、増えた喜びもありますが、ベッドに拘束され
訳が解らない時間を過ごさせてしまっている罪悪感と、複雑な気持ちです。
IVHをしていると、普通の点滴より、相当延命効果があるのでしょうか?
蛇足ですが、主治医は延命処置では無いと言っていますが、私から見ると
延命処置以外の何者でも無い気がして、怒りすら覚える事もあります。

IVHだけでどの位生きられるのでしょうか?
79歳の父親なのですが、リンパ腫の初期段階で
入院してから、次々に体調を崩し始めました。
入院してしばらくしてから、徐々に認知症が進みはじめ
体力も体重も急激に落ちたように思えます。
嚥下機能も衰えている為、流動食以外禁止となりましたが
本人が拒否。
更に、腸炎でも、何か難しい腸炎だと言われました。
そんな中、もう、終わりだ…。というほどに
衰弱したのですが、主治医から、回復の見込みは
五分五分ですが。ということで高カロリー輸液を勧められ
今、使...続きを読む

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別に違和感を私は感じません。下記HPのように普通の感情であり、私も日本における通常の終末期医療にむしろ強い違和感を感じます。
延命治療とは、回復の見込みがないのにいたずらに生命を維持させる行為を示します。よって、主治医がまだ”回復”するチャンスが半分はあると見ているのなら、延命行為とは呼べません。
ただ、”回復”が何を意味するのか、主治医ときちんと話す必要があります。最終的なゴールを胃ろう(PEG)を作って寝たきりで退院とするのか、ちゃんと歩いて会話をして自分で食事を取れるのをゴールとするのか、主治医の”回復”が何を意味しているのか確認すべきと思います。
そこで、ゴールが希望と違うようなら、そこからは延命治療となります。
よく主治医と相談されるのが大事と思います。

参考URL:http://intmed.exblog.jp/10829856/

Q肺炎の急変について

先日父(76歳)が誤嚥性肺炎で亡くなりました、その病状の進み方についてご意見を頂きたく質問を致しますので宜しくお願いします。

父の病状の経過
今年の初めに脳梗塞で入院(10日間で退院、運動障害はないが、服を切れない文字が読めない等の高次機能障害かあり)

退院10日後脳出血で再入院(失語、嚥下障害、自発的な行動はなくなりましたが、運動障害はなく歩ける状態でした)

入院中は点滴、鼻からチューブによる栄養補給で治療を継続し約40日後にリハビリのため専門の病院に転院がきまりました。

転院の前日に38度強の熱が出ましたが主治医は転院は問題ないとのこでしたが転院当日先方の病院へ経過を連絡し確認したところ経過観察のため転院を延期し検査を依頼されました。(当日は熱は下がっていました)

その依頼により、胸部レントゲン血液検査が行われました、結果炎症反応9とかなり高状態で1週間程度の経過観察と言われました。

その翌日の朝、病院から態急変したとの連絡で駆けつけたところ父は酸素マスクをつけ呼吸も浅く非常に苦しそうにしておりました、意識はない状態で、一時的に心停止に近い状態であったと伝えられました。

その後医師より、レントゲンを見せられ昨日の朝のレントゲンでは肺炎の大きな広がりはなかったが、今朝のものは胸いっぱいに肺炎が広がっており非常に厳しい状態ですと言われ、現実に翌日の夕方に息をひきとりました。

そこで、ご意見をお願いします
1.誤嚥性肺炎だろうと言われました、肺炎は僅か半日足らずで死にいたるほど急激に症状が進むものですか?

2.転院の2日前に(亡くなる3日)に付き添っていたとき息が苦しそうで肩で息をし、手足が先日までとは違いすごく冷たくなっていました、これは肺炎の兆候として治療に反映はできなっかたのしょうか?

3.入院中37度強の熱が1日をとうして出たり出なかたりしていましたが。これは肺炎を起こしているサインとして予防的な治療の目安にはならなかったのでしょうか?

高齢での肺炎は非常に厳しいものとは分かっているつもりですが、なにかもやもやしたものが拭い去れずこの場をかりて質問をさせて頂きました、出来れば医療関係者のかたの率直な意見を頂ければと思います

宜しくお願いします。

先日父(76歳)が誤嚥性肺炎で亡くなりました、その病状の進み方についてご意見を頂きたく質問を致しますので宜しくお願いします。

父の病状の経過
今年の初めに脳梗塞で入院(10日間で退院、運動障害はないが、服を切れない文字が読めない等の高次機能障害かあり)

退院10日後脳出血で再入院(失語、嚥下障害、自発的な行動はなくなりましたが、運動障害はなく歩ける状態でした)

入院中は点滴、鼻からチューブによる栄養補給で治療を継続し約40日後にリハビリのため専門の病院に転院がきまりました。
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1、まず誤嚥性肺炎、特に高齢者の場合は予後が悪く、急激に換気障害に陥り、あっという間に死亡してしまうことは確かにあります。うっかり喉にものが入っただけのように感じるかもしれませんが、極めて重病なのです。ましてや、脳梗塞などがあり、異物を排除できない上に高齢という極めて状態がよくない場合はなおさらです。
2,3、高齢の場合は肺炎の兆候は出にくく、発熱も殆どない場合も少なくありません。手が冷たかっただけではサインとしては目安にはならなかったと思います。看護師が定期的に体温を測っているはずで、急激な低下や上昇があれば通常は主治医に報告がいきます。このあたりは主治医に詳しく再度説明して頂いてください。その方が納得いくと思います。

Q酸素濃度が85%(救急車の中で)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿しているのにトイレに行こうとしたりして危険なので7日は縛られていたそうです。
私は縛られていたせいで祖父がそうなってしまったのではないかと思いましたが、叔父は「救急車の中で測ったときに酸素濃度が85%だったから、脳細胞がやられたからではないか」と言います。
脳細胞がやられるのに2日も要するのでしょうか。
ほかには何が原因と考えられるのでしょうか。
また『酸素濃度が85%』というのはどのような影響を及ぼすのでしょうか。
祖父は食べることが一番の楽しみのようで、いつもおいしそうにモリモリ食べていたから、食べるときにも目を閉じたままというのはとても気になります。
(吐血は噴門部からのもので検査の結果はまだ出ていません。)

5月5日に祖父(93歳)が吐血して救急車で運ばれました。
それでも5日6日は元気そうにしていたそうです。
7日は誰も付き添いもお見舞いもできず、8日に病院へ行ったところ、祖父があまりにも変わっていてびっくりしたそうです。顔つきも変わっていたし、ずっと目を閉じていて、ご飯を食べるときも目を閉じたまま(食べたのはお粥を10口と牛乳1口)で、「目を開けて」と何度呼びかけても閉じたままだったそうです。
祖父は以前からボケていたのですが、5日6日は点滴などのチューブを抜こうとしたり導尿...続きを読む

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おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると安静時でも85~86%になって、身動きすると、本当に苦しくなります。
この位になると主治医に、このまま泊まっていきなさい(=入院しなさい)といわれて、酸素チューブで酸素を鼻からすって、しばらく病院にごやっかいになります。

今まで一番低かった酸素飽和度は、大発作をおこして、真夜中に救急車で運ばれていた時で、70%台だったと思います。さすがにチアノーゼといって体中が真っ青になっていました。意識もちょっと朦朧としていて、数値を思い出すことはできません。
救急車内で、すぐ酸素マスクをさせられましたが、それでも85~86%。この時は、病院でも一晩酸素マスクさせられました。(マスクはチューブより酸素吸収率が高いのです、息苦しくて大嫌いですが。そしてもっとひどい呼吸困難者は、酸素テントに入らされるはずです)

この時は高濃度の酸素を長期間吸いすぎると、二酸化炭素が体内から排出されにくくなるからと、安静時でも94~95%になる程度の酸素量しか許してもらえませんでした。

……などとえらく自分語りをしてしまいました。

ま、つまり酸素飽和度が一時的に85%になったからといって、それで脳細胞がやられてぼけたと言われると、じゃあ今の私は、何なんだ?ってことで。実際、倒れた次の日は元気そうだったんですよね?

あと入院をよくする者の経験談として……

入院すると高齢者の方は呆けることが多いです。特に個室に入った人などで身内の付き添いさんがいない人は、ぼけやすいです。
もともと認知症(痴呆)の治療として、最近は老人ホームでも身の回りに思い出になるものを置き、小さな家具などは家で使っていたものを使用することが望ましいといわれるくらいです。
それがいきなり、無個性な病院の、見知らぬ部屋、見知らぬ人(医者・看護婦・入院患者など)、窓の外の身知らぬ風景、そんな中に入れられるのですから、ぼけやすくなるというもの。
しかも、もともとかなりの高齢で痴呆もあったんでしょう?痴呆が一気にすすんだとしても仕方がないかも知れません。

できれば、細かいものでもいいので、家で普段使っていた思い出に繋がるものをどんどん持参し、ベッド周りに置くとか、短時間の見舞いではなく、なるべく長い時間いて、色々横で話してきかせるとか、してあげた方がいいですよ。
そして、病気も心配でしょうが、退院してよいとなれば、早く家に連れて帰ってあげてください。思い出の家で生活すれば、改善の余地があると思います。

かつて、同じ大部屋の入院して一気に呆けたおばあちゃまが、退院して次の通院時に、私のいる大部屋に遊びにきてくれたら、まともになっていて、驚いたこともあります。

ではでは、どうか、大切にしてあげてくださいね。

おっしゃっているのは、酸素"飽和度"のことだと思います。他の症状については分かりませんので、酸素飽和度と私の入院中の経験談だけ。

健康な人なら、安静時はこの酸素飽和度は98~99%あるようです(100%でないのは、表示が二桁だからです)。

私は喘息持ちで、酸素飽和度も普段から低くて、安静時で94~95%です。
階段などを上り下りして息切れしたりしていると92~93%。
ちょっと発作をおこせば、安静時でも88~90%になり、その状態で歩いたりすると84~85%になります。
かなりひどい状態になると...続きを読む

Q高齢者の肺炎について教えて下さい

88歳の母親が肺炎と診断され1月30日に入院しました。抗生剤の点滴を受けてCRPが10⇒5⇒2に下がりました。しかし熱が下がりません。午前中は37度3分程度で午後になると37度7分位になっていまいますが、担当医は本人の免疫力で治ることを期待して一旦抗生剤を止めますと言って治療をしなくなってしまいました。一か月以上食べ物を摂取していないのでアルブミンは2程度に下がっており、年齢を考慮すれば免疫力は弱いと思います。これで大丈夫なのでしょうか?どなたかアドバイスをいただければありがたいのですが。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

CRPの下がる時間的経過をお書きになっておられないので、
推測するしかありませんが、医師が抗生剤を中止したということから
推測して、CRPが2になってから、1週間ほどが経過しているのでは
ないでしょうか。
つまり、これ以上、抗生剤を続けても、CRPは下がらない、
すなわち、抗生剤が無効になっている、ということです。
無効な抗生剤を続けると、耐性菌が出てくる、菌交代現象など、
今以上に厄介な問題を抱える原因になります。

これで、状態が悪化すれば、別の手を打つ必要がありますが、
小康状態を保つならば、体力の回復を待つというのも、方法です。

食事を取っていないとのことですが、その理由は何なのでしょうか?
37.3度~37.7度ならば、食事ができない状態ではないと思います。
体力を回復する最も手っ取り早い方法は、食事です。
経鼻胃管の検討はされていないのでしょうか?

疑問点を主治医に尋ねるのは、勇気が必要だとは思いますが、
患者のことを一番良く知っているのは、診察している医師です。
なので、主治医と相談するのが、一番なのです。

Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。


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