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通貨改革はなぜ行われたのですか?

一問一答でちらっとでてきて流れも分からないのでもしよかったら簡単な流れも教えてください。

A 回答 (2件)

 ●通貨流通量を減らし、インフレを抑えた●


 日本では、1946(昭和21)年の通貨改革(預金封鎖の実施)と、1948、1949年の通貨改革(ドッジ・ライン=Dodge line,Dodge's line)が行われた。
 1946(昭和21)年の通貨改革は「昭和21年2月16日、土曜日の夕方、渋沢蔵相はラジオ放送で重大な声明を発表した。預金の自由な払い出しを当分の間禁止し、流通中の日銀券を無効にすると国民に告げたのだ。前年暮れに国会や記者会見でその実施を匂わせる発言をしていたとはいえ、その日暮らしの生活に追われていた多くの一般国民にとって寝耳に水だった」このよう始まる文章に、戦後の通貨改革が詳しく書かれています。
 ドッジ・ラインに関しては「ドッジ・ラインについて」http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3044078.html に書いたので、そちらを見て下さい。
 なぜジョゼフ・ドッジによる通貨改革が必要であったか?について私はこのように考えています。戦後の日本経済を建て直すために、「経済安定本部」が設立され、経済政策の基本を立案した。この「安本」と呼ばれた組織にはマルクス経済学者が多かった。そして、「国家が指導して経済を建て直すべきだ」と考え、傾斜生産方式などを立案した。このように国家が指導して経済を建て直そうとして、国が多くの資金を市場に投入した。このため通貨流通量が多くなりインフレを招いた。ドッジ・ラインにより、国家指導の社会主義的経済から、市場重視の資本主義的経済に変わった。
 第2次世界大戦後、世界各国でインフレに悩みました。それは、戦争に勝つために、兵器・軍事産業に多くの資金を投じ、通貨が増加し、インフレを招いたからです。因みに、GHQ経済顧問として来日したデトロイト銀行頭取のジョゼフ・ドッジは日本に来る前に、西ドイツでも通貨改革を実施しています。しかし、西ドイツは「社会的市場経済」という資本主義と社会主義を混ぜたような経済政策を進めた。
 戦後日本も西ドイツも国家指導の経済政策を採ったが、ドッジ・ライン以後、日本は市場経済に、西ドイツは社会主義的経済に、と少し違った道を歩みだした。
 私はこのように考えています。

この回答への補足

「(アメリカ・イギリス・フランスのドイツ西側管理地区で実施された)通貨改革」でした。
言葉足らずで本当にごめんなさい・・・。
もしよかったらこの質問でもう一度答えていただきたいのですが・・・。
ソ連はこれがきっかけでベルリン封鎖をすると習ったのですが、ソ連側にはどのような影響があったのですか?

補足日時:2008/01/06 19:59
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1948(昭和23)年ではなく、1946(昭和21)年2月に発令された「金融緊急措置令・日本銀行券預入令」によるいわゆる「新円切替」のことではないのですか?


これのことでしたら、敗戦後の混乱で急速なインフレーションに陥ったため、政府が強制的に市中に流通する通貨を回収するために取られた一連の施策のことです。詳しくは日銀のサイトや、ウィキペディアなどで説明されていると思います。

この回答への補足

「(アメリカ・イギリス・フランスのドイツ西側管理地区で実施された)通貨改革」でした。
言葉足らずで本当にごめんなさい・・・。

補足日時:2008/01/06 19:55
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