街中で見かけて「グッときた人」の思い出

今現在皆様の中であだ名を使わない人はほとんどいないと思います。
しかし、歴史を見てみるとあだ名にまつわる話がほとんど無いように思えます。
私が知っているのは織田信長が豊臣秀吉のことを「サル」と呼んでいたことぐらいです。
日本においてあだ名はいつごろ生まれたのでしょうか?
ご回答お願いいたします。

A 回答 (2件)

源氏物語でも、夕顔の咲いているうちにいた女を夕顔と呼んでいたりします。



源氏物語自身はフィクションですが、現実で存在しない風習を
書くとも思えないので、平安時代にも既にあったと思います。

それ以前はどうでしょう?

この時代の場合、その人を本名以外で呼ぶのは「忌み名信仰」に由来しています。
本名を知られると様々なことが、その知った人間に支配されるとして
本名を公表しない、または公表されていても呼ばないというものです。

百人一首でも、前関白太政大臣などの肩書きで作者名を書き、名前は書かないようにしています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

いろいろ調べてみると、源義経はどうもその忌み名のようです。
(おそらく、紫式部などもそうでしょう)

私たちが当たり前のように習っている人の名前の中には忌み名の人も結構いるみたいですね。
とても参考になりました。もう少し調べてみたいと思います。

お礼日時:2002/09/25 17:18

あだ名の感覚が現代と昔では少し違うと思いますが、本名以外は全てあだ名だとすれば昔の女性はあだ名を使うのが普通の生活だったようです。

明治生まれの女性でもあだ名を使っている人がいたように思います。理由はNo.1の方の説明どおりです。男性の忌み名の習慣は女性より早く消えたのでしょう。武士階級では幼名があだ名の代わりをしたとも考えられます。武士は一生に何回も名前を変えていました。

昔の系図を見ると男の名前は書いてありますが、女性の欄は単に女とだけ書いてあるのが普通です。これは女性の価値が低かったというよりも名前を公表しない習慣の名残りではないかと思われます。

アメリカインディアンも同じような習慣をもっており、本名は家族や幼友達以外は知らないようです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

昔は本名はごく親しい間柄でしか使ってなかったようですね。
逆に現在ではごく親しい間柄ではあだ名を使うのが一般的になっているだけにこの事実には少し驚かされました。

とても参考になりました。

お礼日時:2002/09/25 17:21

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