ちくのう症(蓄膿症)は「菌」が原因!?

カテゴリが合っているかちょっと不安ですが・・・

世界で初めて通訳みたいな仕事をした人は、
どうやって普段自分が使っている以外の言葉を理解できたのでしょうか?
(いつから人が言葉を喋るようになったのか、自分はわからないですが・・・)

今の時代なら辞書などで勉強すれば
自分の国の言葉で意味が説明されているから理解する事はできると思うのですが
昔は辞書とかなかったですよね?

たぶんこうなんじゃないか、っていうようなことでもいいので答えてもらえるとありがたいです。
自分では「たぶんこうだったんだろう」みたいなことすら思い浮かばないので・・・

小さい頃から気になっていたので質問させてもらいました。

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A 回答 (5件)

通訳といっても何時の時代まで溯るかですね。



1)原始時代の異民族同士でも物々交換をしてたようです。交換したい商品を並べて置く。他の部族は自分が持ってきた物とほぼ価値の同じものと交換して帰る・・・通訳不要

2)もう少し時代が下ると国境の民族は片言で意志を伝えたり、アメリカインディアンのように多数の部族と交流できる國際ジェスチャー語が発達してきます。
3)近親結婚を避けるためや女性不足を補うため他部族の女性と結婚が行われ混血児が生まれます。子供は母親の言葉で幼児を過ごすのが普通です。こうしてバイリンガルが誕生します。自然に通訳が生まれたわけです。
4)大人の捕虜や漂流民が他国の言葉を覚えバイリンガルとなるケースも出てきます。メキシコを征服したコルテスはスペイン人の漂着した船乗りと他部族で育った
原住民の女性(マリンチェ)を使って三カ国語通訳を行っています。船乗りはスペイン語とマヤ語、マリンチェはマヤ語とナワツル語(アステカ帝国の国語)
5)隣国の言葉が分かれば、隣国の隣国の言葉を話せる人を見つけることが出来ます。(中国語が話せなくても韓国語が出来れば中国語の分かる韓国人を探すのは難しくないように)

このようにして、昔の人は正式な通訳がいなくても世界中を旅行したり探検が出来たのです。ギリシャとローマのように隣接する文明国ではお互いに言葉を学んだり、学識の高い捕虜を通訳として使うケースも多かったようです。

16世紀に日本へはじめて来たポルトガル人は当時フイリッピンに住んでいた日本人を見つけて、日本語少し習ってやってきたようです。中国人を供として連れてくれば日本人と筆談で意志の疎通を図る事が出来ました。ポルトガル人は日本ですぐに辞書を発行しています。
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この回答へのお礼

教えてもらっていると(3)の説が、一番すんなりと自分の中で「これかも」と思えてきます(^^)
この質問のタイトルをよく考えてみると、はずしていたかもしれません・・・
・あの人を「疑う」
・「たしかに」言った
などなど、ゼスチャーなどでは表現することが困難だと思われる異国の言葉を
昔の人はどうやって理解する事ができたのか、という「通訳」に拘らなくても良さそうな疑問でした。
(1)~(5)の説明、大変勉強になりました。
国境とか全然考えもしなかったし・・・
回答、どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/11/09 15:41

 一般的な場合は漂流、捕虜などで自己の意思に反して外国で過ごして、生活するために外国語を覚えた人が通訳となる場合が多いです。

東洋の場合は特殊事情があります。中国の国力があまりにも大きいので周囲の国の知識人は漢文を知っていましたので漢文を媒介して意思を伝えることができました。また、中国の人口が多いため、船乗りなどの雑役として欧米の船舶に低給料で雇われていましたので、欧米人が戦国時代や幕末、日本に来たときには彼等との筆談により話はできたと思われます。
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この回答へのお礼

日本人と欧米人の間では中国の人が大活躍していたんですね(^^)
回答、どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/11/11 12:43

>世界で初めて通訳みたいな仕事をした人は


違う民族や文化、言語が出会ったときに攻撃的や戦争にならなければ、お互いの利益になる交易への
方向へ進むのではないでしょうか。
その場合は数量の概念はあるでしょうから、1対1で交換するか1対2にするのか段々互いの言葉を理解し、
そのうちに専門的になんらかの代価をもらって通訳をして仲介する人が出てきたのではないでしょうか。

まったく違う言語の中に放り出されたら人はまずどうにかして食べ物を求める行動をするはずです。
それから徐々に文化的なものに進むと思います。

言語学者の故金田一京助博士は、たしかサハリンだったと思いますが、研究の為に行き、
海岸でNo.2の回答と同じように絵を描いたりすると、子供たちが集まってきて、いろいろ話かけてくるので
「何?」、「何しているの?」をまず探り出して、色々な物指したりして「何?」と思われる言葉を言うと、
子供たちはその名詞を言うのでそれをどんどん記録したようです。

その他有名なものでは、カンガルーをはじめて見たヨーロッパ人が原住民に「あれは何?」と聞いたら、
「(尋ねた意味が?)わからない」と答えた「わからない」が語源だそうです。
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この回答へのお礼

絵を描いてみる、というのは実際にあった話だったんですね。
子供が成長する過程で自然に覚える以外、
言葉を覚えるっていうのは想像もつかないぐらい大変そうですね・・・
カンガルーの語源も今、初めて知りました。
そうすると元々現地の人がカンガルーを何と呼んでいたのか知りたくなってきます(^^)

今現在、自分は外国人と一緒に暮らしているのですが
よく寝言で「○×▽□~!」とか外国語で言うんです。
でも朝起きて「○×▽□ってどういう意味?」と聞くと
「日本語でなんて言うんだろう・・・」と、その言葉を意味する日本語をその人が知らず
かといってゼスチャーで表現することもできない言葉らしく、
結局わからないままでいます(笑)
こういう時、昔の人はどうしていたんだろう・・・と、
ふと子供の頃からの疑問を思い出したので質問させていただきました。

回答、どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/11/09 16:14

回答にはなってないかもしれませんが、


今でも新たに発見される人達(部族って使っていいのかな…)ってありますよね(数年前ではブラジルで見つかった)。そのような場合はまず、その人々の目の前でわけの分からないめちゃめちゃの絵を描くそうです。すると必ず「何それ?」的な言葉で聞いてくるわけです。後はその言葉で物を指差しながらこちらが質問するわけです。当然最初は名詞からになりますが、簡単な会話ならしばらく続けていればできるようになるんのではないでしょうか。
これは人から聞いた話なので本当かどうかは分かりませんが、真実味のある話だと思います。
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この回答へのお礼

「わけのわからない絵を描いてみる」
これは楽しそうです。
指差して物の名前を聞いたり、ゼスチャーで表現すればだんだん会話ができるかもしれないですね。
数年前にブラジルで発見された人たちがいるんですか。
そういう出来事も今初めて知りました。
回答、どうもありがとうございました(^^)

お礼日時:2002/11/09 15:13

指差してそのものの名称を自国語で言う…


表情だって物語るでしょうし
微妙な違いがあれどジェスチャーもあるでしょう
噛む動作と手で何かを口へ運ぶ動作は「食べる」「食べたい」ですね
それをお互い自国語で言えばほぉ南蛮渡来のほうでは「エート」と申すのだな…
これで産まれた和製英語って結構あります。
アッメぇリカャン→メリケン
クロォケッ→コロッケ
等ですね。

もっと無茶を言いますと子供に託すと言う可能性もありうると…
ハーフの子が二カ国語ペラペラですよね?テキストや辞書が無くてもみようみまねで
何とかなったのかもしれません…
一人が二カ国語を知らなくても異国の子供同士をくっつけて
日本人大人→日本人の子供→アメリカ人の子供→アメリカ人大人
というやり取りもあったかもしれません…

まぁこれは即興で思いついただけですから実際は解りません…
文献を開くとジョン万次郎なんて当たりがうかぶんでしょうかね…
参考まで…
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この回答へのお礼

ジェスチャーで通じそうもない
例えば、今小さな英語の辞書を見ていたら ability という言葉を見つけたんですが
これは「能力」「手腕」という意味だと書かれています。
こういう言葉とかはどうやって理解できたのかな、とかまたまた知りたくなってきちゃいます(^^)
やっぱりジェスチャーで表現できない言葉なんかは、
2カ国語が理解できる環境に育った子供が伝えたのかもしれないですね。
コロッケが和製英語だとは知りませんでした(笑)
回答、どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/11/09 14:54

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Q通訳の起源

いつも疑問に思うのですが、奈良時代などから中国と国交があったとき、通訳はどうしていたのでしょうか。昔はどうやって外国人同士、意思疎通をはじめたのか、すごく気になります。

Aベストアンサー

外国人というより、古代において天皇家の祖先は南朝鮮の王族ではないかと言うくらい、朝鮮とは密接な関係でした。
天皇家もフランスのノルマンディー公爵が、イギリス王位を奪ってウィリアム1世を名乗ったような関係ではないかと、そんな説もいわれてます。
また日本人自体、アジアの東の端ですから、モンゴル、中国、朝鮮など、様々な民族の混合。
この辺りは神話の時代になりますが、はっきりしてるのは天智天皇の時代に百済が滅び、王族の豊璋などの知識人が日本に亡命してきますし、それ以前にも親しく付き合っておりました。
皇族の下で働く技術者集団は渡来人が中心で、当時のことですから、焼物、織物、彫刻、製鉄など、こうした技術者集団は大陸からの人間が指導しています。
朝鮮と中国は陸続きで、朝鮮の知識人は中国語を理解できたと思いますし、日本にも中国の仏典、書道の本などがもたらされ、僧侶などはそうした書を通じて中国語を理解でき、貴族階級も漢詩や漢文をならいますから、これも中国語は理解できる。
この時代は東アジアでは中国が唯一の超大国ですから、現在のフィリピンやインドなどの中流以上の人間が英語を話せるのと同様、中国の影響の強い日本でも貴族や僧侶、それに使える方々が中国語や朝鮮語を話せても何の不思議もありません。
空海も遣唐船で渡るときに、海賊と間違えられ、弁明文を書いてますが、現地の責任者が手放すのを惜しんだくらいの巧みな文章ですし、唐に渡って直ぐに向こうのお寺に行きますが、僧侶たちと専門用語を交え普通に会話をしてますから、少なくとも日常会話以上の語学力はあったと考えられます。
込み入った話以外は通訳は不要で、必要のあるときはこうした僧侶などが通訳をやってと想像します。

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Qその昔、外交はどうやって言葉を理解していたか

日本史上、初めて外国(中国でしょうか?)と外交したのは
遣隋使なのか、他の方なのか分かりませんが、
質問は、その頃どうやって言葉のやり取りをしていたのでしょうか。
どう理解していたか

辞書も何もないのに。疑問です

Aベストアンサー

現地へ行って生活すれば、言葉は覚えられます。
そういう人が通訳したのだと思います。

現代でも、総計六千以上あるといわれる世界の言語のうち、外国語辞書のあるものは、多めに見ても一割程度でしょう。
つい100年ほど前までは、辞書どころか文字そのものさえない言語(例えばお隣のアイヌ語とか)もたくさんありました。

私も外国生活経験者ですが、辞書よりも実施習得です。
辞書を何万回見ても、正しい発音ができるようにはならないし、聞き取りができるようにもなりませんから。

Q世界初の通訳はどこで勉強するのですか?

 遣唐使とか遣隋使とか習いましたが

 少なくとも、相手の国の言葉を理解する人が居た訳ですよね?

 人間が誕生した瞬間にA語・B語・両方話せる人が誕生していたなら分かりますが

 最初の通訳の人って誰も教えてくれる人がいなかった訳ですから

 どうやって学ぶのでしょうか?
 

Aベストアンサー

子供に絵を描いてみせ,その反応から言葉を覚えていく方法が有ります。



金田一京助

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E4%BA%AC%E5%8A%A9

樺太アイヌの言語の研究を東京帝国大学の教授で恩師の上田万年の勧めでほとんどアイヌ語の研究者のいない時代に始めた頃は、言語学の聞き取り調査では最も重要な言葉の一つである「ここは何処?」ですら何と言うのかよく分らない有様だった。そこで金田一は思案の末、訳の分からない絵を描いた紙をアイヌ人に見せ、その反応から「何?」という言葉を聞き出すことに成功。ここから膨大なアイヌ語の単語を一つひとつ聞き取り調査で記録するという地道な事業が始まった。

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こんにちは。

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ほうれん草のごま和えとか、(他の野菜でも良いですけど)
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そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?
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これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?
我々の世界にも時間があるので、四次元といってもいいのでしょうか?
それとも四次元とは時間とは無関係の世界なのでしょうか?
あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタインでした。
 彼は、リーマンという数学者が作った、
曲がった空間の幾何学(現在リーマン
幾何学と呼ばれています)を使い、4次元の
空間が歪むという状態と、重力や光の運動を
あわせて説明したんです。これが相対性理論。

>これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?

 物理学的にはそうです。

 相対性理論の話に関連付けて説明するとこんな感じです。
例えば、下敷きの板のような平面的なもの(数学的には
これを2次元空間と言ったりします)を曲げると
いう動作を考えてみて下さい。下敷きに絵が書いて
あったとして、曲げながらそれを真上から見て
いると、絵は歪んで見えます。平面的に見て
いても下敷きという2次元空間が歪んでいる
ことが感じ取れます。
 2次元的(縦と横しかない)な存在である下敷きが
歪むには、それ以外の方向(この場合だと高さ方向
ですが)が必要です。

 19世紀に、電気や磁気の研究をしていた学者たちが、
今は小学校でもやる砂鉄の実験(紙の上に砂鉄をばら撒いて
下から磁石をあてると、砂鉄が模様を描くというやつです)
を電磁石でやっていたときに、これは空間の歪みが
原因ではないかと直感したんです。
 電磁石の強さを変えると、砂鉄の模様が変化します。
これを砂鉄が動いたと考えず、砂鉄が存在して
いる空間の歪みが変化したのでは?と考えたんです。

 3次元の空間がもう1つ別な方向に曲がる。
その方向とは時間という方向だということを
証明したのが、相対性理論だったんです。


>あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

 4つ目の方向である時間は、存在していても
その方向に、人間が自由には移動する方法は
現在ありません。時間方向を自由に動ける機械と
いうのは、タイムマシーンのことなんですが。

 日常生活を考えてみたとき、縦、横といった
方向は割りと自由に動けます。1時間ちょっと
歩けば4kmくらい楽に移動できますが、
道路の真中で、ここから高さ方向に
4km移動しろと言われたら、人力だけでは
まず無理でしょう。
 飛行機やロケットといった道具が必要と
なります。
 時間方向というのは、このように存在していても
現在のところ自由に移動できない方向なんです。

 例えば、人間がエレベーターの床のような
平面的な世界に生きているとしましょう。

 この場合、高さ方向を時間と考えて下さい。

 エレベーターは勝手に下降しているんです。
この状態が、人間の運動と関係なく、時間が
経過していく仕組みです。

 人間もほんの少し、ジャンプして高さ
方向の移動に変化をつけることができます。

 同様に時間もほんの少しなら変化をつける
ことができます。

 エレベーターの中で、ジャンプすると
ほんの少し下降を遅らせることができる
ように、時間もほんの少し遅らせることは
できるんです。




 

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタイン...続きを読む

Q知能指数の計算方法について。

ビネー式などで、精神年齢と生活年齢から、知能指数が計算されますが、生活年齢が6歳8か月、精神年齢が7歳2か月の場合、どのように月を入れて計算したら良いのでしょうか。6.8とか7.2という数字にしたらよいのでしょうか。

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単純に精神年齢6歳で生活年齢(暦年齢)3歳だとIQ=200になります。わかりにくいかと思いますが参考にしてください。

Q日本に初めて外国人が来た時会話をどうやって成立させたのですか?

言葉が通じなくても喜怒哀楽は通じると思いますが、会話をどうやって成立させたのかが気になります。
身振り手振りで会話したんでしょうか?
例えば地球儀持ってここからこの船で来ましたみたいな感じで?

Aベストアンサー

あ、朝鮮出兵は秀吉ね。家康の時代以降の解読です。

信長は世界地図知っていたでしょう。象や黒人の宣教師にも会ったはず。
インドも天竺という言い方で知られていたし、もっと西に国があるのも知っていたでしょう(ローマまで行く予定という与太話はよく知られています(^^) 真偽不明だが)

宣教師が日本上陸したとき、僧侶は論争出来たのは確かです。信仰ないものは地獄といわれ(改宗した農民でも)知らなかった祖先が侮辱されるのには納得しなかった。

言葉は21世紀のいまでも津軽弁と薩摩弁では日本人同士でも会話成立しません! 身振りだけでは交流は無理です(^^)
文字書けば意味は通る。
中国でも韓国朝鮮でもベトナムでもモンゴル語漢字自国語の石碑など建てたから2-3か国語辞典っぽいものは各家(一門)の門外不出の秘伝書だったことでしょう。

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日本に記録がなくても唐に学んだ日本人の記録は中国で発掘された。日本という表記の最も古い記録らしい。
http://chiezou.jp/word/%E3%80%8C%E4%BA%95%E7%9C%9F%E6%88%90(%E3%81%9B%E3%81%84%E3%81%97%E3%82%93%E3%81%9B%E3%81%84)%E3%80%8D%E5%A2%93%E8%AA%8C
超新星爆発(かに星雲は残骸)は夜でも昼くらい明るかったが、中国と日本(と北米先住民もそうか)に記録残るのにヨーロッパには記録がない。当時のヨーロッパ人は文字書けないし、紙はないから記録出来なかった可能性はあるが(苦しい言い訳)、教会に記録がないのは暗黒の時代(キリスト教による科学や他民族の抑圧)だったからでしょう。

あ、朝鮮出兵は秀吉ね。家康の時代以降の解読です。

信長は世界地図知っていたでしょう。象や黒人の宣教師にも会ったはず。
インドも天竺という言い方で知られていたし、もっと西に国があるのも知っていたでしょう(ローマまで行く予定という与太話はよく知られています(^^) 真偽不明だが)

宣教師が日本上陸したとき、僧侶は論争出来たのは確かです。信仰ないものは地獄といわれ(改宗した農民でも)知らなかった祖先が侮辱されるのには納得しなかった。

言葉は21世紀のいまでも津軽弁と薩摩弁で...続きを読む


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