
No.2ベストアンサー
- 回答日時:
いい加減な事は答えないようにしましょうね・・>No.1
1、○です。
(背景知識)
一六世紀以降、アメリカの植民地化を強力に推し進めたのはイギリスとフランスです。この頃イギリスではピューリタンと言われるプロテスタントの一派が、イギリス国教会の改革運動を行っていました。2番の質問で出てくるクロムウェルはこのピューリタンの一派で、清教徒革命の中心人物です。
このピューリタンの内、特に国教会からの分離を唱えるグループは激しい弾圧を受けたため、アメリカの東海岸へ移住します。これが有名なピルグリムファーザーズです。彼らは新大陸に自分たちの理想郷を建設することを夢見て、この地に定住することを決めます。
対するフランスは、先住民との貿易(毛皮など)を求めて、カナダを足がかりにミシシッピ川沿いのアメリカ中西部に植民します。イギリスは東海岸に植民していますから、ちょうど東にイギリス植民地、西にフランス植民地、と別れる形になります。この後、イギリス・フランス間でアメリカ大陸争奪戦が戦われるのですが、基本的にはイギリス優位に推移します。フランス植民地側は、あくまで毛皮貿易が目的なので定住人口が少なかったのに対して、イギリス植民地側がはそこが彼らにとっての「新天地」ですから定住人口が多く、士気も高かったようです。インディアンも多くはイギリスに味方しました。
17世紀、18世紀にかけては、ヨーロッパではイギリス・フランス・プロイセン(ドイツ)・オーストリア・イタリア・ロシアなどの国が覇権をかけて何度も争い(詳しく話すと長くなりすぎるので省略)、「昨日の見方は今日の敵」とでも言わんばかりに、同盟・敵対関係が複雑に張り巡らされます。但しその中で、イギリスVSフランスという構図はほぼ変わりません。
1756年には七年戦争という戦争が勃発します。このきっかけは、オーストラリア皇帝マリア=テレジアが、プロイセンからシュレジエン地方を奪回しようとした事です(シュレジエン地方は本来オーストリア領でしたが、それ以前の戦争でプロイセン領になっていました。)。この時は、イギリス&プロイセンVSそのほかのヨーロッパ諸国(フランス含む)、という対立構図で、イギリス・プロイセン側は苦戦を強いられます。
この混乱に乗じて、イギリス・フランスはヨーロッパ本土のみならず、海外の植民地でも戦争を始めます。具体的にはインドとアメリカですが、結局、両方ともイギリスが勝利します。ちなみに七年戦争は、一応はプロイセン側の勝利になりましたが、実質的には痛み分けです。
この戦争での敗北により、フランスはアメリカ植民地をイギリスとスペインに譲渡します。ミシシッピ川以東をイギリス、以西をスペインで、ルイジアナはスペインに渡ります。
時代は下って一八〇〇年代初頭、ナポレオン率いるフランスが台頭します。ナポレオンは一時はスペインを占領し、この時にルイジアナもフランス植民地に戻ります。
しかしナポレオンは、すぐにルイジアナを手放す事を決意。理由は、当時フランス領だったカリブ海のサン=ドマングという島で反乱がおこり、鎮圧のために戦費が必要だったこと。もちろんヨーロッパでもナポレオンに反抗する勢力(イギリス・プロイセン・ロシア)がいたので、それらに対抗するためにもお金が必要でした。
で、1500万ドルでアメリカに売却することになったのです。
2、×です。
一の所で述べたように、一七世紀のイギリスでは、国教会(王党派)と、その革命を唱えるピューリタン(議会派)が対立していました。議会派は王党派に対して戦いを起こしますが、当初は連戦連敗を重ねます。
これは当然の結果で、議会派、というのは、いわば市民や商人の寄せ集め。もともと戦争は素人です。対して王党派は、王族や貴族階級の集まりですから、戦争のプロ。
この議会派の危機を救ったのがクロムウェルです。彼は鉄騎隊といわれる近代的な軍隊を組織し、議会派を勝利に導きます。これが清教徒革命です。この後クロムウェルは色々な改革を行うのですが、詳しく述べると質問の趣旨から外れるので省略します。
国内の戦いに負けた王党派は、スコットランドやアイルランドに逃げます。これを追撃するため、クロムウェルは一六四九年にアイルランドを征服、各地で虐殺を繰り返すのです。ちなみにアイルランドはカトリック教徒が多かったのですが、クロムウェルをはじめイギリスからの移住者はプロテスタントだったので、もともとのアイルランド住民は迫害されました。ちなみにこの名残は今でも残っていて、アイルランドは二〇世紀初頭にイギリスから正式に独立するのですが、今でもIRAというアイルランド側の組織が、イギリスでテロなどを行っているようです。
3.○です。
ドレイクはイギリスの海軍提督で、一五八八年のアルマダ海戦ではイギリス艦隊副隊長としてスペインの無敵艦隊を撃破しています。
海軍提督、というとカッコいいのですが、実は彼はもともとは海賊です。
一六世紀のイギリスでは国教会が大きな力を持っていた事はすでに述べました。ところが一六世紀初頭、メアリー一世が即位すると、彼女はカトリックへの回帰を始めます。ちなみにメアリー1世はイギリス女王でありながら、母も夫もスペイン人で、スペインを贔屓していたようです。(スペインはがちがちのカトリック教国。)彼女にはブラッド・メアリ(血のメアリ)という異名まであります。自分に反対する国教会信徒はことごとく処刑したようです。
一五八八年メアリ一世が死亡(癌という説と、暗殺説とある)すると、エリザベス一世が即位します。彼女は国教会を国家統治と基礎と位置づけ、国王至上法を定め、国教会のトップである自分がイギリスの支配者である、と宣言し、カトリックと決別します。当然、スペインとしては面白かろうはずがありません。
これだけでもイギリスとスペインの中は険悪になるのですが、更に悪化する事件がおきます。スペインはカリブ海諸国との貿易で莫大な利益を上げていました。これに目をつけたエリザベスは、「掠奪許可証」を発行します。これは何かというと、イギリス人がスペインの商船を襲って略奪することを公式に認めた書類です。要するに、エリザベスは海賊を公認したのです。
これに激怒したのはスペインのフェリペ二世でした。当時スペインは、それまで最強と言われていたトルコの海軍を1571年、レパントの海戦で破り絶頂期でした。(だから「無敵艦隊」なのです。)フェリペは海軍をイギリスに差し向けます。イギリスは今でこそ先進国ですが、当時はスペインよりも遥かに後進国です(海賊に頼らなければいけないほどですから・・)。だから、フェリペは当然勝てると踏んだのです。
ですが、結局この戦いはイギリス側の勝利に終わります。
スペインの海軍は、大砲を備えた大型の船が中心でした。こういう船は破壊力も耐久力も高いけど、動きが遅い。対するイギリス海軍は、ドレイクが組織した海軍、もとい海賊集団です。彼らは小型の船が中心です、海賊ですからね。
ドレイクは幅の狭く流れの速いドーバー海峡にスペイン軍を誘い込み、身動きが取れなくなったところで一気に叩く、という作戦で見事にスペイン軍を撃破しました。イギリスが先進国としてのし上がっていくのはこれ以降の事です。
No.4
- 回答日時:
No.2のものです。
ごめんなさい、またまた誤字訂正。1の回答中
「1756年には七年戦争という戦争が勃発します。このきっかけは、オーストラリア皇帝マリア=テレジアが・・」
オーストラリア皇帝ではなく、オーストリア皇帝です。
「昨日の見方は今日の敵」
見方ではなく、味方です。
たびたび失礼しました。
No.3
- 回答日時:
No.2のものです。
いくつか訂正。1の質問への回答中
「17世紀、18世紀にかけては、ヨーロッパではイギリス・フランス・プロイセン(ドイツ)・オーストリア・イタリア・ロシアなどの国が覇権をかけて何度も争い」
の所、イタリアをスペインに訂正してください。
それから、3の質問への回答中
「一五八八年メアリ一世が死亡」の所、1588ではなく1558です。
失礼いたしました。
No.1
- 回答日時:
ご質問のように検索しますた。
結果を発表しまう。
マンハッタン島は、1626年、西インド会社の代表が、インディアンから60ギルダーで島を購入したのです。
1803年、アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンは、フランスから1500万ドルでミシシッピ川以西のルイジアナを購入した。これは、現在のルイジアナ州に限らず、カナダ国境に至る極めて広大な土地(13州分)。フランスは、ナポレオン統治下で周辺国との戦費調達の必要があったため、アメリカに売却した。これにより、当時のアメリカの領土は約2倍になった。
クロムウェルは、コンシューマー(DS・PS2等)・PCゲームソフトの企画・製作を行なっております。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA% …
サー・フランシス・ドレーク・ホテル
ユニオンスクエアからわずか1ブロック、ケーブルカーの通るPowell St.沿いに建つ1928年開業のクラシックなホテル。ロンドンの衛兵スタイルのドアマンが笑顔で迎 えてくれる、ユニオンスクエアのランドマーク的ホテルです。ヨーロピアンスイルのロビーや踊り階段は豪華絢爛で、映画の撮影にも使われました。客室は英国風にま とめられ、明るくモダンな雰囲気です。便利なロケーションと、豪華な割に手頃な料 金で幅広い層に人気があります。上階にあるナイトクラブでは毎晩ライブが行われ、サンフランシスコの夜景とカクテルを楽しみながらロマンチックなひとときを過ごす ことができます。
キャプテンドレークについて
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9% …
どれが間違っているでしょう。考えてくださるとたすまりまう。
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