ローブデコルテが史上かつて男性の正装であったことはありますか?
兵士のユニフォームとか、宮廷の正装とか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC% …

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正装」に関するQ&A: 女性の「正装」とは

A 回答 (1件)

通常、デコルテと言えば女性の服装ですが・・・・


男性は聞いたことがありません。

ウィキペディアによると18世紀フランスが発祥とのことですが、当時のヨーロッパ男性はモーツァルトみたいな格好ですし。
19世紀になるとナポレオンみたいな感じとか、リンカーン米大統領みたいな格好とか・・・・。

女性は16世紀イングランドあたりも胸が広く開いた人がいましたが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3% …
男性はこんなです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3% …(%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%8E%8B)
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Q合戦で戦った兵士は、ほぼ100%死ぬのでは?

戦国時代の合戦についてお聞きします。


戦国時代の合戦で、敵を何人打ち取った猛者がいたとか、メチャクチャ強かった兵士がいたとかいう話を本で読んだりします。(可児才蔵とか)
しかしその度に思うんですが、それだけ強かったのもスゴイなーと思うけど、それよりも、よく生き残れたなーと思います。
強かった兵に限らず、生き残れた兵はスゴイなーと思います。


槍ふすまとかで団体でまとまってオリャー!とかならまだ分かるけど、肉弾戦で、もちくちゃになりながら戦った兵士は絶対死んでしまうんじゃないだろうかと思います。どんなに強い奴でも、数の前には意味がないだろうし。


生き残れた足軽や雑兵等の身分が低い兵士は、どうやって生き残れたんでしょうか?
やはり身分が低くて、もみくちゃになりながら戦うしかなかった兵士は、合戦に行くという事はほとんど死ににいく様なものだったんでしょうか?

Aベストアンサー

兵の目的は、敵方の全滅ではなく、敵将の首を取ることです。
なので標的は有名武将の命なので一般兵を殺しても一銭の特にもなりません。
敵将前に立ち塞がる邪魔な一般兵は、邪魔をさせないように戦闘不能(逃亡・気絶・負傷など)にすればよいだけです。
なにも殺さなくても怪我人や逃亡者で戦闘参加者が減れば守る人がいなくなり敵将までたどり着きやすいですから。
切られて負傷し動けない無名の兵隊を誰も命は狙わないし、一般兵などトドメを刺されることはないのです。
もちろん、刺された箇所が急所だったり傷の悪化で結果的に死ぬことはありますがね。
圧倒的に死亡率が高いのは一般的な兵士ではなく侍大将以上の武士ですよ。
まぁ家康が討死寸前になったために部下が続々楯となった三方が原の戦いや、殺傷率が高い鉄砲が大量使用された長篠の戦いなど、まれに多くの兵が死んだ戦もありますが、一般的には下級兵の死亡率は低いです(負傷率は高いが)。               
近代の戦争は殺傷率の高い鉄砲や大砲に加え、毒ガスや核兵器など大量殺戮兵器が戦争で使用されてるため、下級兵士でも戦場で生き残る方が難しくなりましたが、昔の戦は、無駄な殺生はしなかったんですよ。
 

兵の目的は、敵方の全滅ではなく、敵将の首を取ることです。
なので標的は有名武将の命なので一般兵を殺しても一銭の特にもなりません。
敵将前に立ち塞がる邪魔な一般兵は、邪魔をさせないように戦闘不能(逃亡・気絶・負傷など)にすればよいだけです。
なにも殺さなくても怪我人や逃亡者で戦闘参加者が減れば守る人がいなくなり敵将までたどり着きやすいですから。
切られて負傷し動けない無名の兵隊を誰も命は狙わないし、一般兵などトドメを刺されることはないのです。
もちろん、刺された箇所が急所だったり...続きを読む

Qフランスの宮廷の文化って歴史上ではどれくらい?

世界的には中国やトルコなど宮廷文化が存在します。

欧州自体は産業革命以前は、他の地域の方が産業など先進的だったりもしたと思います。

今の先進国で宮廷文化をもっていたというのは、フランスなど少数かもしれないのですけど、歴史上ではどれくらいなのでしょう?

Aベストアンサー

フランスの宮廷文化などと言われるようになったのは当時の先進国のオーストリーのハプスブルグ家からお后をもらうようになってからです。マリーアントアネット妃がその象徴です。それまでは手づかみで食事をしていました。

日本こそが長い宮廷文化の歴史を持っています。この歴史は1500年前から途絶えることがありませんでした。紫式部の源氏物語の世界です。現在の皇室の文化も世界に誇れるものです。正倉院の宝物ほど丁寧に保管されている例は世界にはありません。それは一つの王朝が途絶えることなく続いてきたからです。

Qプラハ、ウィーン、パリの宮廷文化

フランスの宮廷文化って、他から流れてきたようです。

神聖ローマ帝国のあたりの都市とパリッてどちらが、宮廷文化や歴史遺産が厚いのでしょうか?

Aベストアンサー

ハプスブルグ家からフランスに嫁いだのが、マリー・アントワネットです。

輿入れにともない、家財道具、使用人を連れていったので、その隊列は数kmに及んだそうです。いわく、フランスのような田舎では、オーストリアのような先進的な生活文化が享受できないから。
その使用人の中にいたのが、オーストリア料理を作る料理人達。王室でのオーストリア料理文化がフランスに広まり、やがてフランス料理としての文化に昇華されました。

さまざまなフランス文化は彼女が広め、普及させたものです。

>神聖ローマ帝国のあたりの都市とパリッてどちらが、宮廷文化や歴史遺産が厚いのでしょうか?

当時の先進国は圧倒的に神聖ローマ帝国です。文化も進み、歴史遺産としての歴史も上です。もちろん、フランスもルイ16世の先々代から国を傾けかねないレベルでの投資をしているので、それなりの規模はあります。

Q西欧中世後期の宮廷の使用人について

貴族やレディについての本やウェブ・サイトはたくさんあるようですが・・・

宮廷や諸侯の家の使用人の生活はどのようなものだったのでしょう?
下働きの人ではなく、宮宰や侍従についてです。
*通い?住込み?
*給与の支払いは?
*休みはある?無い?
エトセトラ、エトセトラ。よろしくお願いします。

また、おススメの本など有りましたら、紹介していただけると助かります。
あ、メイドさんのは持ってます(笑)
「図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本)」など。

Aベストアンサー

 中世後期というご注文に合うかどうか分かりませんが、下記の書物は宮廷生活の実相を豊富なデータで説明していて、抱腹絶倒の読み物でしょう。

ヴェルサイユ宮殿に暮らす優雅で悲惨な宮廷生活 [単行本]

ウィリアム リッチー ニュートン (著), 北浦 春香 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A6%E5%AE%AE%E6%AE%BF%E3%81%AB%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%99%E2%80%94%E5%84%AA%E9%9B%85%E3%81%A7%E6%82%B2%E6%83%A8%E3%81%AA%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E7%94%9F%E6%B4%BB-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0-%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3/dp/4560080720/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1334203942&sr=1-1

 中世後期というご注文に合うかどうか分かりませんが、下記の書物は宮廷生活の実相を豊富なデータで説明していて、抱腹絶倒の読み物でしょう。

ヴェルサイユ宮殿に暮らす優雅で悲惨な宮廷生活 [単行本]

ウィリアム リッチー ニュートン (著), 北浦 春香 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A6%E5%AE%AE%E6%AE%BF%E3%81%AB%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%99%E2%80%94%E5%84%AA%E9%9B%85%E3%81%A7%E6%82%B2%E6%83%A8%E3%81%AA%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E7%94%9F%E6%B4%...続きを読む

Q質問です。朝鮮戦争においては北朝鮮軍兵士の捕虜と中国義勇軍の捕虜は休戦

質問です。朝鮮戦争においては北朝鮮軍兵士の捕虜と中国義勇軍の捕虜は休戦後どうなったのですか?北朝鮮軍捕虜は祖国に送還されたのでしょうか?それとも韓国に帰化したのですか?中国義勇兵は帰還したのでしょうか?帰還した後はどうなったのでしょうか?回答お願いします。

Aベストアンサー

 1953年、送還を希望する捕虜9万5千人が板門店(地名)から送還。
       送還拒否捕虜2万2千人は中立国送還委員会によって自由意志を確認後、希望地(南か北か)に。
       
 この9万5千人に、南北で捕まっていた北朝鮮兵士・韓国軍兵士・中国義援軍・国連軍が含まれるようです。
 南北の兵士以外は、北朝鮮を選ぶとか南朝鮮を選ぶとかは関係ないのでそのまま自国へ帰ったでしょう。

 ちなみに月並みですが、韓国wikiによると、
<共産軍側被害>
・中国義勇軍  戦死 13万5000名
        負傷 20万8400名
        失踪及び捕虜 2万5600名
・ソ連軍    戦死 315名
        負傷 500名

<国連軍側被害>
・米国     戦死 3万6940名
        負傷 9万2134名
        失踪 3737名
        捕虜 4439名
・豪州     戦死 339名
        負傷 1216名
        失踪 3名
        捕虜 26名
・カナダ    戦死 312名
        負傷 1212名
        失踪 1名
        捕虜 32名
・英国     戦死 1078名
        負傷 2674名
        失踪 179名
        捕虜 997名
・ニュージーランド  戦死 23名
           負傷 79名
           失踪 1名
・フィリピン  戦死 112名
        負傷 229名
        失踪 16名
        捕虜 41名
・トルコ    戦死 741名
        負傷 2068名
        失踪 163名
        捕虜 244名
・オランダ   戦死 120名
        負傷 645名
        捕虜 3名

 国連軍側は16カ国いましたが、上記以外の国の被害については載ってないです。
 「失踪及び捕虜」って、なんだかざっくりって感じですね。

 また、北朝鮮側というと中国義勇軍が有名ですが、実はソ連も「非公式支援国」として「部分参戦」していました。そもそも最初の6月25日の最初の南進軍に、「北朝鮮軍兵の軍服を着て参加した」という元ソ連軍兵士の証言なんかもあります。

 1953年、送還を希望する捕虜9万5千人が板門店(地名)から送還。
       送還拒否捕虜2万2千人は中立国送還委員会によって自由意志を確認後、希望地(南か北か)に。
       
 この9万5千人に、南北で捕まっていた北朝鮮兵士・韓国軍兵士・中国義援軍・国連軍が含まれるようです。
 南北の兵士以外は、北朝鮮を選ぶとか南朝鮮を選ぶとかは関係ないのでそのまま自国へ帰ったでしょう。

 ちなみに月並みですが、韓国wikiによると、
<共産軍側被害>
・中国義勇軍  戦死 13万50...続きを読む


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