戦前の日本は陸軍と海軍の仲が悪く、非難合戦がすごかったそうですが、
具体的に陸軍・海軍のどういうところが非難されていたのですか?

私が知っているのは、陸軍は餓死者を出しすぎだとか、クーデター、
など陸軍側の問題点ばかりで偏っているので、
できれば海軍側の問題点を多めに教えてくれると助かります。
もちろん海軍だけでなく、陸軍の問題や擁護でもかまいません。

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A 回答 (3件)

>陸軍は餓死者を出しすぎだとか


 餓死者が大量に出た理由が海軍がシーレーン(海上輸送路)の保持に失敗したからです。
 しかも、全力で戦った結果としてシーレーンが保持できなかったのであれば仕方有りませんが、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたのが1945年(終戦の年)で、もう守る対象の船が殆ど有りません…。

 ついでに言うと、陸軍は真珠湾攻撃やその後のフィリピンやインドネシア等の攻勢が成功裏に終わった後に、それ以上の攻勢は帝国陸海軍の能力(物資の補給が続かない←最終的に物資が尽きて餓死者が出る)に余るので反対しましたが、海軍の強固な反対(真珠湾の戦果は陸軍を黙らすのに十分すぎた…。)で歴史道理の結果になります。

 なお、戦争が始まる以前に海軍に対して良く言われた非難に「海軍は金だけ貰って後は知らんぷりする」とその無責任振りを非難されました。

 たとえばアメリカ海軍を仮想敵国とした八八艦隊の構築(維持費だけで当時の大日本帝国の歳出の4割を消費)を要求しながらも、その予算消費に見合った政治的責任を持った発言を一切しない事です。
 分りやすい例が、山本五十六大将の「初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。」←アメリカに勝てないのなら勝てないと断言すべきで(勝てないのならまた別の政治的判断画有り得たかも知れない)、中途半端に責任から逃れるから…。

 陸軍のクーデターは論外ですが、政治家から専門家として意見を求められた時に面子が邪魔して当たり障りの無い発言で場を濁すのも、国民から見たら極めて不幸です…。

 今の日本で考えると、自衛隊の費用(今の自衛隊は4兆円強ですから消費税に換算して2~3%程度)を賄う為に消費税を30~40%に上げて置きながらあとは国政の事なんて知らない何て態度取られたらどうでしょうか?(怒りませんか?)
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この回答へのお礼

>たとえばアメリカ海軍を仮想敵国とした八八艦隊の構築(維持費だけで当時の大日本帝国の歳出の4割を消費)を要求しながらも、その予算消費に見合った政治的責任を持った発言を一切しない事です。
>分りやすい例が、山本五十六大将の「初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。」←アメリカに勝てないのなら勝てないと断言すべきで(勝てないのならまた別の政治的判断画有り得たかも知れない)、中途半端に責任から逃れるから…。

軍隊は金食い虫といいますが、歳出の4割って凄まじいですね…
確かにこれだけ金を食うだけ食って、国政をおざなりにされたら
たまったものではありませんね…

回答ありがとうございます。
とても参考になりました。

お礼日時:2009/05/21 20:41

1,2番さんの答えは、すばらしいですね。

それでは、私は、細かい海軍の問題点を、書きます。陸軍は、体力的には、きつかったのですが、海軍のほうは、精神的にきつかったという説が、あります。
つまり一般兵士に対するいじめは、海軍のほうがひどかったようです。陸軍でも、要領の悪い人に対していじめは、ありましたが、あまりむちゃくちゃなことをすると戦場でいじめた相手に復讐されると言われてました、それに対して海軍は、船の中では、密室でありかなりひどいことを、されたそうです。
ちなみに現代の海自でも格闘訓練で死んでる人や目視による監視が、怪しかったりしています。
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この回答へのお礼

>つまり一般兵士に対するいじめは、海軍のほうがひどかったようです。陸軍でも、要領の悪い人に対していじめは、ありましたが、あまりむちゃくちゃなことをすると戦場でいじめた相手に復讐されると言われてました、それに対して海軍は、船の中では、密室でありかなりひどいことを、されたそうです。
>ちなみに現代の海自でも格闘訓練で死んでる人や目視による監視が、怪しかったりしています。

親戚に海上自衛隊の教官がいるのですが、海自は自殺が結構あるそうですね。
ただでさえ軍隊の訓練中は過度のストレスに晒されるのに、
その上船という狭い空間で24時間一緒で、しかも戦争中なのですから、
精神的なストレスは想像を絶するものがあるのでしょうね…

回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/05/24 12:28

1番の方がすばらしい答えをされているので、漫談です。



まず、予算をとりあいします。当然、多い少ないと毎年ケンカです。

陸軍は中国大陸で、歩きながらまともな台所が珍しいという暮らししながら戦争しています。海軍は軍艦に乗っていたら、負け戦でも(自分の艦に損傷が無ければ)、三食加えて夜食プラスアルファ、寝床ありです。陸軍にしてみれば、おもしろいわけありません。

陸軍が中国大陸でズルズルベッタリの戦争して、アメリカ怒らせる。それをなんとかするのは海軍なんだぞ。だいたい対ソ戦に特化した関東軍がノモンハンでなにしてるんだい。それにおれたちより大所帯で、しょっちゅう派閥争いしてやがって。海軍にしてみればこんなところです。

戦艦長門の艦長が火野葦平の「麦と兵隊」を読んで、艦内放送で「陸軍はこんな苦労しているんだ。三食ついて、寝床があるのだから、我々の訓練なんかこれにくらべればなんてことはない」と語ったことがあります。陸軍は死に場所に行くのだから、せめて軍艦に乗っているあいだには歓待してあげよう、という気っ風も、海軍にはありました。

陸軍も、特にガダルカナルのときは「海軍が命懸けでメシ持ってきてくれるんだ」という気持ちがあったといいます。

帝国陸海軍は、日本人に教養教育をしました。たとえば洋服を着る、靴を履く、電話をかける。これは昭和初期の農村では、考えられないことです。あと、衛生概念、食事の作法、集団生活のコツ、なども陸海軍で知った人が多いです。また、カレーライス、肉じゃが、ともに兵食です。おぼえた人が店開く、なんてこともありました。他にも技能が身について、娑婆にもどったらそれを生かした就職をする人も大勢いました。軍隊に就職することもできました(韓国ではいまでも最終就職手段で、徴兵の期間中に軍への就職を決めることを「釘を打った」という言いかたします)。

徴兵でも給料はでます。仕送りしていた人もいました。あと、どんなゴロツキでも軍隊に3年入っていれば、問答無用、鉄拳で矯正されました(それでもダメなひとは、宇都宮に陸軍刑務所がある)。

この辺は、岩波新書の「日本の軍隊」によくかかれています。
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この回答へのお礼

陸軍・海軍の悪いところだけでなく、いいところまで挙げてくれてありがとうございます。

>帝国陸海軍は、日本人に教養教育をしました。たとえば洋服を着る、靴を履く、電話をかける。これは昭和初期の農村では、考えられないことです。あと、衛生概念、食事の作法、集団生活のコツ、なども陸海軍で知った人が多いです。また、カレーライス、肉じゃが、ともに兵食です。おぼえた人が店開く、なんてこともありました。他にも技能が身について、娑婆にもどったらそれを生かした就職をする人も大勢いました。軍隊に就職することもできました(韓国ではいまでも最終就職手段で、徴兵の期間中に軍への就職を決めることを「釘を打った」という言いかたします)。

自衛隊でも職業訓練のようなことはやっているらしいですが、
当時の軍隊でもここまで教育が施されていたとは知りませんでした。
洋服を着たり、靴を履いたりするのまで教えていたのですね。

>陸軍は中国大陸で、歩きながらまともな台所が珍しいという暮らししながら戦争しています。海軍は軍艦に乗っていたら、負け戦でも(自分の艦に損傷が無ければ)、三食加えて夜食プラスアルファ、寝床ありです。陸軍にしてみれば、おもしろいわけありません。

言われてみて初めて気がつきました。
まともな台所も食糧もなく、餓死するものさえいるのに、
予算はこちらの方が少ないとなればそりゃ不満は溜まりますよね。

とても参考になりました。
回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/05/21 20:51

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Q「戦艦大和」・「戦艦武蔵」という新鋭巨大艦を帝国海軍が保有していたこと

「戦艦大和」・「戦艦武蔵」という新鋭巨大艦を帝国海軍が保有していたことを国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、私の理解は正しいでしょうか。
もし、そうであるのなら、戦時中にその存在を公表しなかったのはなぜですか。
初めての海戦までは敵国に知られたくないので秘密にするのは分かるのですが、マリアナ沖海戦以降も秘密にしておく理由が分かりません。
艦名は発表しなくてもよいですが、
世界一の新鋭巨大戦艦「大和」「武蔵」を保有しているということを国民に知らせた方が、戦意を高揚できると思うのですが・・・。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは


> 国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、
> 私の理解は正しいでしょうか。

帝国議会、というのは初耳でしたが、軍艦大和及び武蔵の存在、及び
そのそれぞれの最後について、一般の国民に初めて公表されたのは
20年9月29日付の新聞報道(新聞名は不明)だったと思います。

その約1年後くらいだと思うのですが、大和の最後の副長で、数少ない
生存者の一人でもあった"能村次郎海軍大佐"の証言による、さらに
詳しい"大和の最後の模様"についてのインタビュー記事が、朝日新聞
に載った事があったと思います。


> 戦時中にその存在を公表しなかったのはなぜですか。

そもそもは、存在自体を秘匿する事が目的ではなく、あくまでもその
性能(特に戦闘能力)が外部に漏れることを、当時の帝国海軍として
は恐れていたと思われます。

とりわけ大和型戦艦については、他には類を見ない大口径の主砲(46cm)
をはじめとした、あらたな装備が満載された新型艦でしたので、戦術
上の観点から「秘」とすべき事項が極めて多かっただろうと想像します

故に部分的に「秘」とするよりも全体的に「秘」としてしまう、つまり
"存在そのものを「秘」としてしまう"ほうが、徹底した保秘になると
判断したのではないでしょうか?


> 艦名は発表しなくてもよいですが、世界一の新鋭巨大戦艦「大和」
> 「武蔵」を保有しているということを国民に知らせた方が、戦意を
> 高揚できると思うのですが・・・。

なるほど、まぁ確かに・・・(^_^)

海軍は一生懸命(その存在を)秘匿し続けていたのにもかかわらず、
流石にそうそう隠し通せるワケにもいかず、それぞれの建艦の地
(呉、長崎)の近隣住民、及び瀬戸内沿岸の漁民達の間では
「なんだか とてつもなくでかい軍艦を造っているらしい」とか
「夜明けに、沖合をいく 小山(こやま)のような フネを見た」とか
目撃談がたくさんあり、一部の地域では、当然それなりの噂となり、
静かに盛り上がっていたようですね。(^^ゞ

こんにちは


> 国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、
> 私の理解は正しいでしょうか。

帝国議会、というのは初耳でしたが、軍艦大和及び武蔵の存在、及び
そのそれぞれの最後について、一般の国民に初めて公表されたのは
20年9月29日付の新聞報道(新聞名は不明)だったと思います。

その約1年後くらいだと思うのですが、大和の最後の副長で、数少ない
生存者の一人でもあった"能村次郎海軍大佐"の証言による、さらに
詳しい"大和の最後の模様"についてのインタビュー記事が、朝日...続きを読む

Q「海軍善玉説」「陸軍悪玉説」

皆さんこんにちは。

先の大戦で、「海軍善玉説」「陸軍悪玉説」
と言うのをよく耳にしますが、どういった理由で
善玉、悪玉と評価されているのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

この場合善玉も悪玉もありません。
大体参謀本部が陸軍と海軍に分かれていて事有るごとに対立してました。普通は陸主海従が基本であり海軍国のイギリスだってそんなアホな事はしてません。この辺りは日露戦争での活躍した海軍の増徴が原因なんですけどね。

それに開戦にしたって確かに陸軍は満州抑えるだけで良しとしてれば良かったのに支那本土まで出張ってますから愚かの極みなんですが海軍にしたって山本五十六提督からして「1~2年は暴れ回って見せますがそれ以上は・・・」と言ってる側から真珠湾へ出張ですからこれ以上の猪突猛進は無いでしょう。しかもこれはアメリカ留学経験者が率先しての話ですよ?
陸軍は玉音放送盤を奪おうと叛乱寸前までいってますが海軍は海軍で食料その他物資を運ぶ輸送船団護衛部隊の燃料使ってまで何やったかご存知ですか?戦艦大和の特攻ですよ!燃料無くてまともに船も動かせないし食料は底を尽いて国民の大量餓死及び叛乱一歩手前までいってる状態で「水上部隊の誇りを示す!!」とか言ってるわけです。これには流石に同じ海軍で輸送船団の護衛部隊の参謀は電話口で「大バカヤロー!!」と絶叫するほどにイカレていたんです。まぁ陸軍は陸軍で竹やりでB-29を本気で打ち落とすつもりだったらしいのでどっちもどっちもですけどね。

笑えないジョークとして
ドイツ軍はソ連軍とアメリカ軍とイギリス軍と戦争した。
イタリア軍はイギリス軍と戦争してからドイツ軍と戦争した。
日本軍は陸軍と海軍がそれぞれ互いに戦争しながら暇を見つけて米・英・中・ソと戦争した。
なんて事も一部で言われています。

海軍善玉説は戦後に海上自衛隊を創設するときに専門性が高く旧海軍士官をリクルートするのに悪玉だと余計な邪魔が入るからと後付けした話というのが私の見解です。

この場合善玉も悪玉もありません。
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Q戦艦(旧帝国海軍)VS護衛艦(自衛隊) 

あまり詳しくない分野なので教えてください。

昔の戦艦って巨大な図体と大きな主砲を持っていて、いかにも勇ましいのですが、自衛隊の護衛艦は、それに比べて小さいし見た目には強そうに見えません。

素人の単純な考えだと、大きな船に多くの武器を積んだ方がいかにも強い感じがするのですが、どうなんでしょうか?
なぜ現在では大きな戦艦が無くなったのでしょうか?
詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

>同じミサイルを積むにしても、戦艦クラスに積んでいたほうが有利のような気がするのですが・・・

コストとして、小型艦10隻に10発積むのと、大型艦1隻に100発積むのとの違いになります。おなじ100発なら、別々に使えた方が便利でしょう。大型艦1隻が修理、というとき、全ての武器が使えなくなりますから。
大砲の弾は、発射装置によって射程が決まるのですが、ミサイルは自身に推進エンジンが積んであるので小型艦であっても長距離攻撃ができるし、敵に襲われても「数」的に1隻残っていれば任務は遂行できます。

ところで、「真珠湾」の米軍は、すでに奇襲を知っていて、それからの戦闘で主力になるであろう空母は全部隠して、シンボル的な旧式戦艦(だけでなく、兵士や住民の命も)を攻撃させた(暗号がバレているのを知られたら変更されて次の解読が面倒だから、奇襲は成功させておかなくてはいけない)、ということですので、すでに空母主体は進んでいました。日本軍も、大和・武蔵に続く「信濃」は空母に設計変更しました。

なお「護衛艦」は名目として「護衛」が任務ですから、戦闘の主役ではない、ということになっています。

>同じミサイルを積むにしても、戦艦クラスに積んでいたほうが有利のような気がするのですが・・・

コストとして、小型艦10隻に10発積むのと、大型艦1隻に100発積むのとの違いになります。おなじ100発なら、別々に使えた方が便利でしょう。大型艦1隻が修理、というとき、全ての武器が使えなくなりますから。
大砲の弾は、発射装置によって射程が決まるのですが、ミサイルは自身に推進エンジンが積んであるので小型艦であっても長距離攻撃ができるし、敵に襲われても「数」的に1隻残っていれば任...続きを読む

Q海軍の伊地知さんと陸軍の伊地知さん

日露戦争時

戦艦・三笠の艦長であった、帝国海軍軍人の伊地知 彦次郎 氏と、
乃木大将の参謀長を務められた、帝国陸軍軍人の伊地知 幸介 氏

は、同じ名字で出自も同じ薩摩藩士の家柄でしたが、親戚関係があるのでしょうか?
それともただ単に鹿児島県(薩摩藩士)に多い名字なのでしょうか?

Aベストアンサー

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%9C%B0%E7%9F%A5%E6%AD%A3%E6%B2%BB
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%9C%B0%E7%9F%A5%E5%B9%B8%E4%BB%8B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%9C%B0%E7%9F%A5%E5%BD%A6%E6%AC%A1%E9%83%8E
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%9C%B0%E7%9F%A5%E5%AD%A3%E7%8F%8D

同世代だったりするが、親の前もも違えば(=つまり兄弟でない)親の名前の雰囲気(親同士が兄弟という雰囲気)もない感じ。

Q海軍航空隊の英雄の源田実が戦艦大和の温存が失敗だったと戦後に言ったけど

http://www.daitouryu.com/iyashi/kinen/kinen04.html
これって現代の海上自衛隊の虎の子のイージス艦じゃないですか?
数が限られている特殊な兵器と、それを操る、容易に育成できない練度の高い隊員に依存してしまったら
船も軍人も被弾していなくなって替りを補充しないといけない実戦に耐えられないのでは?
なぜ同じ失敗を繰り返すのでしょう?

Aベストアンサー

海軍の仕事は戦うだけではありません。
 高い費用をかけた戦力ですから、おっしゃるとおり実戦一回でほとんど使い物にならなくなります。
 なので平時から相手に手を出させないために、力を見せつけることで圧力をかける必要があります。

 最近、北朝鮮へ空母が派遣されたように、要は相手に”いつでも反撃できる”状況を見せつけるのが目的(だからマスコミにも知らされ、煽る。)。北朝鮮を廃墟にするだけなら別に空母はいりません。アメリカ本土からのミサイル数発で事足りる。
 ただ戦争は政治の延長にありますから、ただ勝てば万事おしまいというわけにはいかない。完全な勝利というのは、相手が敗北を認めない限り続くので、そういった連中には、持てる戦力を明示してやる必要がある。それが軍艦や艦隊の仕事の一つ。

 さらには継戦能力を考えると、いかにも補充がきかない高級艦は、造り始めてから一、二年はかかり人員の配置にも手間がかかることを考えれば虎の子とは言えますが、結局は政治の一手段にすぎませんから、場合によっては沈没覚悟で出撃ということもあり得ます。(レイテ戦の小沢艦隊が囮だったことは、よく知られているはず。)
 さらにイージス艦は、いってみれば武器を載せた浮かぶプラットフォームになっていますから、被弾しても電源が失われなければ、他艦や本土のデータセンターと連動することで、戦力として稼働し続けます。まあ、もともと浮かび続けるという考えが戦後、世界中からなくなりましたが。

 もう一つ、実戦ではこちらが一方的に撃破されるということは普通あり得ません。(その時のために、情報を集め続け、対抗策を立案し続けるのも軍の重要な仕事。)仮に艦隊がいきなり機能不全を起こしても、他の軍種で反撃ができれば、政治的にはなんとかなる。
 (冷戦期のスイス連邦の戦略は「侵略軍に対する反対勢力が領内に展開するまで、全員で持ちこたえる」というものでした。)

 ですから戦前・戦中の失敗は、力に頼りすぎて政治力もあると考えた軍の失敗と言えます。(海軍は海が守備範囲だったのを忘れていた。政治はそれらを統合して運用するためのしくみ。)

海軍の仕事は戦うだけではありません。
 高い費用をかけた戦力ですから、おっしゃるとおり実戦一回でほとんど使い物にならなくなります。
 なので平時から相手に手を出させないために、力を見せつけることで圧力をかける必要があります。

 最近、北朝鮮へ空母が派遣されたように、要は相手に”いつでも反撃できる”状況を見せつけるのが目的(だからマスコミにも知らされ、煽る。)。北朝鮮を廃墟にするだけなら別に空母はいりません。アメリカ本土からのミサイル数発で事足りる。
 ただ戦争は政治の延長にあり...続きを読む

Q第二次世界大戦、軍部の対立、海軍より陸軍優位だった?

いま、アメリカと戦争してた頃の、歴史の本を読んでまして。その本には、山本五十六の事が度々でてくるのですが。

山本は軍部の中で、アメリカの怖さを客観的に知り抜いた数少ない戦略家だった。陸軍の連中は、軍事オタクのバカばっかりだった。陸軍には、予算や経済観念、常識が無い。視野が狭すぎる。

という様な事が書かれてまして。ホントにそうだったのかなあ。陸軍の中にも、冷静な戦略家はいなかったのか?東條を初め、陸軍が権力を握って独走したのでしょうか?

Aベストアンサー

この質問は、実際のところは明治維新より続く問題に、面子が絡んだものですから、非常に難しいのですが・・・

陸海軍の対立は、陸の長州、海の薩州といわれるころより続いていた問題です。

当時、会戦のころは国内情勢が結構逼迫しており、もし弱腰になったら、2.26や5.15のようなことが起こる可能性は十二分にありました。
また、国民世論の面でも、弱腰=政権崩壊の可能性があったりと、なかなか厳しい状態です。

陸軍と海軍の力関係ですが、組織の上では一応対等となっています(実は明治維新後しばらくは陸軍が上だったのですが、その後に海軍が黄海海戦での戦果や日本海海戦の大勝利を盾に地位を巻き返したのです)。
しかし、満州事件や日中戦争など、陸軍主導の拡大政策が、ある程度の成功を収めていた上、海軍大将でもあった米内内閣なんかの政治成果があまり芳しくなかったことなどもあり、やや国内政権は陸軍に主導権がありました。

なお、質問者さんが読んだ本は、少々海軍贔屓過ぎるような気はしますね。
私も(土地柄)海軍贔屓であると思いますが、陸軍を、軍事オタクの馬鹿とするのは、少々過小評価しすぎかと。

そもそも、当時の陸軍大学、海軍大学といえば、帝国大学(現東大)と同等以上のエリート大学ですから、基本的に馬鹿はあんまりいないのですけどね・・・
東條も、決して馬鹿ではありません。馬鹿では陸軍大将で総理大臣にまではなれませんから。

ただし、アメリカに対する認識がしっかりしたものであったかと言うと、そうとも言えません(この点が、陸軍批判の最大の原因)。
これは、当時の陸軍海軍の教育方針に違いがあります。
当時まだ日本は、後進国ですから、陸軍大学や海軍大学をでた、いわゆるエリートはほとんどが海外留学をします(もちろん、駐英次官だったりという肩書きで、ですが)。
で、陸軍の留学先ではドイツ、フランス(どちらもいわゆる陸軍国)が主だったのですが、海軍の留学先は米英が多かったです。
結局はこの違いです。米英に留学している人が多い海軍のほうが、アメリカのことを多く、そして良く見ていたのは、ある意味当然でしょう。
しかし、これをもって「視野が狭い、常識がない」とするのは、少々性急でしょうね。

この質問は、実際のところは明治維新より続く問題に、面子が絡んだものですから、非常に難しいのですが・・・

陸海軍の対立は、陸の長州、海の薩州といわれるころより続いていた問題です。

当時、会戦のころは国内情勢が結構逼迫しており、もし弱腰になったら、2.26や5.15のようなことが起こる可能性は十二分にありました。
また、国民世論の面でも、弱腰=政権崩壊の可能性があったりと、なかなか厳しい状態です。

陸軍と海軍の力関係ですが、組織の上では一応対等となっています(実は明治維...続きを読む

Qどうして戦艦はなくなったのでしょう?

現在、日本は元より、世界の先進国の海軍の艦艇に「戦艦」と呼ばれる艦種を見かけません。
どうして戦艦はなくなってしまったのでしょう?

もちろん、海戦において、もはや時代遅れになったことは先の大戦が実証しています。
でも、洋上砲台として敵の沿岸の都市や軍事基地を砲撃する点においては、最も効果があると思うのですが。
巡航ミサイルによる攻撃では費用対効果も低いし、広範囲にダメージを与えられない。
海兵隊の上陸支援や、港湾施設の破壊といった限定的使用であれば、まだまだ戦艦も捨てたものではないと思います。

どうして各国の海軍から戦艦がなくなってしまったのか、教えてください。

Aベストアンサー

確かに「洋上砲台」として使う場面がまったく存在しないということはないかもしれないし実際アメリカ軍はそのようにも使いましたけど....

結果的には「運用コストが大きいしぶっちゃけ『役に立つ場面がない』ので使えない」んですよ. 例に挙げた「限定的使用」の場面でも「海兵隊の上陸支援」なら攻撃ヘリの方がより近くから支援できるし, 「港湾施設の破壊」なんて攻撃機飛ばした方が楽 (巡航ミサイルを使っていいなら戦艦である必要はない. 艦砲を叩き込むならそこまで接近しなきゃならないので航空優性を持っていてほしいし, 航空優性を持っているなら攻撃機の方がやっぱりピンポイントに爆弾を落とせる).

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む

Q戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があった?

私は旧日本海軍・戦艦大和の46センチ主砲が、唯一で世界最大だと思っていた。
ところが、戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があったと聞いた。
いったいどんな軍艦だったのか?

Aベストアンサー

ANo.#1、#3の補足。

ご質問をよくある「『大和』と同クラスの主砲を搭載した軍艦」という意味合いと解釈して、46cm砲を同クラスの18inch砲として回答しましたが、『大和』の主砲は正味の46cm(=460mm≒18.1inch)、『フューリアス』の主砲は18inch(=45.72cm)です。

そういう意味では、46cm砲搭載艦としては『大和』が最初です。

Q大東亜戦争の陸軍、海軍それぞれどんな役割の部隊がいたの?

大東亜戦争に興味があるのですが当時の軍や作戦を実行するひとたちのしくみ?がいまいちわかりません。
海軍と陸軍があってそれぞれ航空隊がいて、
陸軍には歩兵?もいるのですよね?それだけですか?
図で説明あるとわかりやすいのですが、詳しいサイトなどありましたら教えてください

あと、一番最前線というか過酷というかは歩兵だと思うのですが、
歩兵、や航空隊海軍空軍は勝手に決められていたのですが?それとも自分でえらべるのですか?おしえてくさい

Aベストアンサー

 海軍の兵種としては
  ・水兵
  ・飛行兵(当初は航空兵、整備兵が分離されるとともに改称)
  ・整備兵(航空機の整備を担当)
  ・機関兵(軍艦の動力機関を担当[蒸気タービンやディーゼルなど])
  ・工作兵(軍艦の修理等を担当)
  ・軍楽兵(戦場での信号伝達、兵士の士気の鼓舞や慰安のための演奏、儀礼)
  ・主計兵(軍艦の会計・経理を担当)
  ・看護兵(負傷者の応急処置)

 ちなみに部隊の規模としては(下に行くほど規模が小さい)
  ・連合艦隊(連合国と実際に戦った主力)、支那方面艦隊(中国方面を担当)、海上護衛総司令部(物資の海上輸送の護衛を担当)
   (この3つが実戦部隊の最大単位[複数の艦隊クラスの艦が所属])
  ・艦隊(複数の戦隊・航空戦隊・潜水戦隊などを運用上の理由で纏めた物。所属が航空機ばかりでも艦隊です。)
  ・戦隊(同一艦種や同一機種で編成された部隊)

 組織としては
  ・海軍省(海軍大臣) 予算などの軍政を担当
  ・軍令部(軍令部総長) 作戦立案や情報収集等を担当
     海軍では上記の2つの長が最高位です。(連合艦隊の司令長官を含めて3長官とする場合も有りますが…。)

 それ以外の組織だと
  ・鎮守府、警備府 海軍の地方組織で艦艇の保全、軍人軍属の育成、内戦作戦に従事
  ・海軍省外局 海軍艦政本部・海軍航空本部・海軍教育本部・水路部
  (軍需工場は、管轄鎮守府および艦政本部や航空本部など担当部署に隷属)

 軍の学校としては
  将来の海軍のTOPと成るような人物を育成
   ・海軍大学校

  将来の海軍将校を育成
   ・海軍兵学校(一般将校)
   ・海軍機関学校(動力機関技術を扱う将校の教育)
   ・海軍経理学校(経理関連扱う将校の教育)

  海軍に必要とされる技術の教育など
   ・海軍衛生学校
   ・海軍気象学校
   ・海軍軍医学校
   ・海軍航海学校
   ・海軍工機学校
   ・海軍工作学校
   ・海軍水雷学校
   ・海軍通信学校
   ・海軍潜水学校
   ・海軍対潜学校
   ・海軍電測学校
   ・海軍砲術学校

 海軍の兵種としては
  ・水兵
  ・飛行兵(当初は航空兵、整備兵が分離されるとともに改称)
  ・整備兵(航空機の整備を担当)
  ・機関兵(軍艦の動力機関を担当[蒸気タービンやディーゼルなど])
  ・工作兵(軍艦の修理等を担当)
  ・軍楽兵(戦場での信号伝達、兵士の士気の鼓舞や慰安のための演奏、儀礼)
  ・主計兵(軍艦の会計・経理を担当)
  ・看護兵(負傷者の応急処置)

 ちなみに部隊の規模としては(下に行くほど規模が小さい)
  ・連合艦隊(連合国と実際に戦った主力)、支那...続きを読む


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