な~~~~がい不況が、続きますが、
年も変わるし、久々に、輪行をしなけりゃぁ、と。
冬は、東に向って、自転車漕いで、電車で帰るのが一番ですが、
東海道は、ほとんど行ったし、おっと、鎌倉があった。
さて、私は、以前に二度ほど鎌倉を訪れているはずですが、
ふと、私は、なにを頼りに鎌倉にたどり着くことが出来るのだろう、と考え込んでしまいました。
普段、駅までの道のりは、迷うことなくたどり着けますが、その際、私は、周りの景色を覚えているからたどり着けると、単純に考えていました。では、私が鎌倉にたどり着くためには、その経路をすべて覚えていなければ、いけないのでしょうか、ばかばかしい、鎌倉の看板や、地図を見れば迷うことはない。
しかし、このばかばかしい、言語的活動抜きに、普段駅に通う延長として、鎌倉にたどり着くことが出来るのか、そして、仮にたどり着いたとしても、そこが鎌倉であると、言語抜きに確信することは出来るのだろうか。
二日酔いの朝、財布を開いて、びっくり。
どうやって帰って来たのか、忘れてしまって、二度びっくり。
記憶力の衰えを痛感しつつ、お馬鹿な質問でした。
No.28ベストアンサー
- 回答日時:
.
#18です。
日曜日に(1)以外の詳細は、検討するとの事なので、それ以前に回答をしたほうが良いと思い、十分に考察せず、雑な検証ですが、今感じていることを書きます。
>(1)の観察の説明を読むと、それは画像なのか、と改めて問い直してみたい誘惑に駆られます。
「画像」とは言っていません、「映像記憶の想起像」と言っているのです。
「画像」がぼやけているのではなく、「映像記憶の想起像」が、ぼんやりしていて、その中の一つの部分に注意を向けるとそこが、その部分がやはりぼやけて見えなくなるような感じがします。
「映像記憶の想起像」がそういう性質を持っている。っと言っているのです。
「画像」と「映像記憶の想起像」は、違いますので、区別お願いします。
.
>その前に、そのまま記憶している画像とは、そもそも何のことなのか、我々が首を回せば、目の前に広がる画像は一転しますし、駅に向う道の景色は、一歩一歩進むたびに、その見え方が変化していきます。当然、その全てを記憶していると強弁することが、理に適っていないと言う事は、明晰なご回答者様なら理解できると思います。
これを、説明しようとすると、#18で述べた、
>(そのメカニズムは、無意識を持ち込んで説明になるので、省略します。)
の無意識の説明をしないといけなくなります。
話が、複雑になるので、後のほうで触れます。
ヒントは、「映像記憶の想起像」は、ぼけています。何度も顔を見ている友人の顔を描け、と言われてもかけません。
しかし、本人が、仮に鼻を整形したとした場合、すぐに違和感を感じ、鼻の形が変わった事に気が付きます。
「映像記憶の想起像」は、とてもぼけているのに、実際の人物の小さい顔の変化も気が付く。
これは、不思議だと思いませんか?
これには、無意識の記憶が関与していると言うことです。
.
>この質問における「新兵器」「見つめることが出来る」も無力だったと言うことでしょうか。
見つめることは出来ないが、それは画像である、とご回答者様は仰る。
無力と言うより、「映像記憶の想起像」を別の側面から見た。という事です。
新しい事が分かった(想起されたイメージと言うものは、改めて見つめなおそうとしても、そこには何もない、こんな感じになるのです。)
というのは、「映像記憶の想起像」が否定されたのではなく、新しい側面が分かったと考えると言う事です。
>画像をそのまま記憶する、と言う表現は、知覚をそのまま保存すると言う意味なのか、記憶は知覚の弱まったものである、と言った意味になるのか、或いはもう少し、違った意味になるのでしょうか。
.
.
これを、答えるのは、無意識に触れないといけないですね。
(色々な本を読んで、の仮説レベルだと思って、軽く読み流してください。)
記憶は、全て無意識に記憶されていると考えています。
(これは、催眠術の実験でも確かめられています。)
たとえば、「映像記憶の想起像」が、ぼんやりとしていても、本人を認識できるのは、意識の上の「映像記憶の想起像」が無意識に保存された、はっきりとした「映像記憶の想起像」と、参照されるからと考えています。
映像記憶は、他の知覚(音声、臭い、味、等)に比べて、情報量が膨大です。
意識の上に、それを保存すると、飽和・混乱が生じるので、意識の上の記憶は、無意識の記憶を呼び出せるレベルの、ぼんやりした映像記憶を想起させ、無意識の鮮明な記憶を呼び出す、フックの様な、役目をしていると考えています。
以下のURL ペンフィールドの件もその、根拠の補強になると思えます。
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%AF%E3%82%A4% …
因みに、記憶でも、知覚の種類で、意識に上がってくる鮮明さが違うということです。
生理学、脳医学の本では、聴力が視力よりかなり先に発達したという事です。
ですから、映像記憶より、音声記憶のほうが、覚えやすいということです。
実験してみてください。
歌手の歌を何度も聞いていると、自動的に頭の中で、その人の「歌が流れる」という体験はありませんか?
その、記憶の歌は、かなり、ぼやけていなくて、リアルに近い音声ではないですか?
音声記憶が、映像記憶より、鮮明に意識上に上がってくる例と言えると思います。
多少、取りとめのない、内容になったことは、ご容赦ください。
それから、お願いですが・・・
>明晰なご回答者様なら理解できると思います。
の様な、表現は、お控えください。
自分は、色々な所で「頭がわるい。」表明していますが、本当に、愚鈍な頭脳だと思っています。
このようなことを書かれると、人を騙している様で、心苦しいです。
宜しくお願いします。
.
忘れていました。ペンフィールド
「1940年代から50年代にかけて、カナダの卓越した神経外科医ワイルダー・ペンフィールドが広範囲な脳手術を局所麻酔下で行った。手術中に脳が大きく露出するケースが多かったので、ペンフィールドはこの機会を利用して、それまで一度も行われたことのない実験をした。電極を用いて患者の脳の特定の部位を刺激し、どんな感じがするのかを患者にたずねたのである。電気刺激によって、ありとあらゆる種類の感覚やイメージ、それに記憶までが引きだされ、反応があった脳の領域が図示された。」
(『脳の中の幽霊』ラマチャンドラ)
さて、この文章をすっかり忘れていましたね。困りました、これ本当なんでしょうか。
引用した本は、一般向けの、科学的読み物ですから、細かな用語に関して詮索する必要はないのですが、結局「記憶心象」と言う言葉をどう定義するのか、言葉の問題になってしまいそうですね。パースと言う人は、「心象」と言ったイメージも記号に含めてしまいますが、どうしたらそのような結論に至るのか、興味深いところです。
>聴力が視力よりかなり先に発達したという事です。
これは初耳、なるほど、確かに女性の歌手の歌声のイメージと言うか、声色を覚えているような、うむ~声は言葉だら、あまり深く考えなかったのですが、すぐ下の、先ほど書いたお礼と矛盾しないようにするためには、どうしたらいいのか、悪い頭を使って、まだまだ考えないといけないことが、沢山見つかりましたね。
有難うございました。
私たちの脳は、顔の見えていない人の後姿から、その人の顔があることを推測する。なぜなら、背中を向けていた人がこちらを振り向いたとき、もし顔がなかったら、私たちは非常にびっくりするだろうからだ。見る者を中心にすえた表象とは、人の後頭部が見えている画像に相当している。それは私たちが鮮やかに知覚できるものである。一方、顔についての推測は、3Dモデル的表現に由来する。ジャッケンドフは、この3Dモデルが直接私たちの意識に上ることはないと信じている。古い詩句に言うように、「私が私の言うことを聞くまでは、どうして私が私の思っていることを知るだろうか」というわけだ。
(『DNAに魂はあるのか』F.クリック)
No.34
- 回答日時:
あと、例えば盲目の人に蛇口をひねって水を出すことを教える場合、視覚情報がなくても教えられるわけです。
それから耳の聞こえない人に視覚情報だけで それが何であるか(機能役割が何であるか)を認識させることも出来ます。
そう考えると やはり意識 かなと思います。
そうですね、一連の過程を分析する為とは言え、過程を言語で細切れにしたため、わかり難くしたようですね。
ひとえに、質問者の非力の結果であると言うことは、ハッキリしています。
これに懲りずに、機会があれば、またご回答をお寄せ下さい。
有難うございました。
No.32
- 回答日時:
たとえばマウスを見て「これはコンピュータ端末において、カーソルを動かしたり、あるオブジェクトを指定、選択するものだ」と思うのは、そのマウスを目で見て思うのだろうけど、目で見てそう思うのは、画像がきっかけとはいえ、直接の関連性はないと思うけど...
もし直結するなら、「マウス」という言葉を聞いただけでマウスの機能や役割についての認識(理解確認)が出来ないはず。
とはいえ、言葉が直結しているかといえば、見ただけでマウスの機能や役割を理解認識することもあるから、そうでもないという事になりますか。
あと、文頭と末尾の . はなんですか?見た感じあまりきれいじゃないような気がするんですが...
いえ、少し気になったもので。( ・◇・)?
いえ、少し気になったもので。( ・◇・)?
まぁ、納まりかけた火に油を注ぐ必要もないでしょう。
そんな訳で、どんな訳かは分かりませんが、撤収いたします。
色々有難うございました。
No.31
- 回答日時:
.
#30さんへ
>それから、No.20の横槍に今気づきましたが、マウスの名前の記憶については、単に名前の記憶に過ぎないということで良いのではないですか... 機能や役割についての認識(理解)は、言葉や映像によるものではないでしょう
ちょっと、ちょっと、そこのお兄さん!
それじゃ、機能や役割の認識(理解)は、何によるものなの?
答えて頂戴!
.
動物実験のマウスから、いつの間にか、パソコンのマウスに変質してしまったようですが、
ご回答者様が指摘するのは、以下の区別でしょうか。
『われわれはたとえば交通信号をはじめて見るある未開人のことを考えてみよう。彼らはわれわれが有するすべての感覚能力をもっている。しかしかれは交通信号の色電灯を感覚的に見ることはできても、それを交通信号として見るであろうか。かれは交通信号の赤い電灯からは赤いという印象を、青い電灯からは青いという印象を、黄色の電灯からは黄色の印象を感受する。それらの色を感覚的に識別するにはもちろん生の感覚能力だけで十分であり、過去の経験とか学習は全く要らない。しかし純粋に感覚能力だけで感受したそれらの色の直接的印象はかれに交通信号の三種類の色が何を意味しているのかを教えてはくれない。かれはそれらの色の意味を彼自身の過去の経験から判断するか、あるいは誰かに尋ねるかしなければならない。もしひとりで判断するとしたら、かれはそれをたとえば「魔除けのしるし」と解釈するかもしれない。それはわれわれからみれば間違った認識である。しかしそれも一つの認識の仕方には違いない。』(パースの記号学 米盛裕二より)
今回の質問の肝心な点は、上記引用のうち
赤い電灯からは赤いという印象を、青い電灯からは青いという印象を、黄色の電灯からは黄色の印象を感受する。
この『有機的なメカニズム』を言語表現する前に、外部からの物理的刺激と記憶の照合が必要なのか、必要とするなら、それは正しく、赤であったり青であったり黄色であったりするのか、と言う事ですね。
さらに、その『有機的なメカニズム』を道順にまで応用すると、おかしな事になりはしないか、と。
その事ともう一点の、記憶の想起は、微妙ですが区別して考えた方が良さそうです。
取り敢えず、あまり脱線しませんように、有難うございます。
No.30
- 回答日時:
No.29の訂正
誤:付け加えれば、現在の質問の焦点は、思い出すほうの記憶において、画像とかイメージとかが、どの様に関わっているか、関わっていないのかが、中心になっているのではと考えています。
正:>付け加えれば、現在の質問の焦点は、思い出すほうの記憶において、画像とかイメージとかが、どの様に関わっているか、関わっていないのかが、中心になっているのではと考えています。
追記:
>言ってみて、右往左往、ジタバタ考える場所です、宜しくお願いします。
ジタバタ考えても意味がないのでは... あと、微笑み観音についてはある特定の死者を指して言った言葉ではありませんので、余計な気遣いは無用です。
それから、No.20の横槍に今気づきましたが、マウスの名前の記憶については、単に名前の記憶に過ぎないということで良いのではないですか... 機能や役割についての認識(理解)は、言葉や映像によるものではないでしょう。
>余計な気遣いは無用です。
あら、そうだったんですか。
えっと、あくまでも、横槍ではなく、横レスです。
その辺り宜しくお願いします。
ではまた暫く、後で。
No.29
- 回答日時:
>赤い色を見て、なぜ、赤い色と知ることが出来るのか、と言った、微妙な問題だと思うのです。
そこに、認識と言う言葉を持ってきても、言い換えるだけのことで、なぜ、の答えは出てこないのです。認識すると言うのは赤い色を見て赤だと解ることであり、言葉にすると「認識」となりますが、ただそれだけなのではないですか...
>この点を、我田引水、私の仮説に利用すれば、赤い色の刺激は、赤いと言う言葉に繋がっている、と言う事に成るんですが、さて果てどうなんでしょうか。
もしかして、全然別の生物? 言葉は関係ないですよね...
付け加えれば、現在の質問の焦点は、思い出すほうの記憶において、画像とかイメージとかが、どの様に関わっているか、関わっていないのかが、中心になっているのではと考えています。
前回の回答における鎌倉であるかそうでないかというのは画像でしょうか、それとも言葉ですか、それとも違う何かですか?
>簡単なことです、眼を閉じて、思い出してください。言葉でしょうか画像でしょうか。
色の区別、認識であれば 画像 だと思いますが...
>もしもし、ひょっとして、酔っ払い。
気にしないでください、直前の回答者にしか理解できないでしょう。というより、むしろ直前の回答者のレベルにあわせて回答したつもりですので...
あと、私は酒は飲みませんので^^ 飲む人より認識はしっかりしていると思います。
パースの記号学 米盛裕二より
「・・・それと全く同様に、われわれは経験のおかげで、対象を見ただけでそれとわかる。わたくしはたとえばこれはタイプライターであり、あれは本であり、あそこにあるラジエーターであるということを直接見てわかる、或いは直ちに気づく。この種の直接的〈知識〉をわたくしは了解とよぼう。それは疑問なしに知的に把握することである。しかしそれは保持と習慣と言うある『有機的なメカニズム』によって媒介された産物であり、それ以前の経験とそれらの経験から得られた結論を前提としているのである」パースの言葉で言いかえれば、つまり「どの瞬間における印象も、感覚と記憶のあらゆる心象(またはそれらの心象を形成している諸要素)を含む、きわめて複雑に錯綜したものである」。
(『』は、引用者による強調)
>認識すると言うのは赤い色を見て赤だと解ることであり、言葉にすると「認識」となりますが、ただそれだけなのではないですか...
つまり、赤い色を見て赤だと解ることの『有機的なメカニズム』、ある人の顔をを見てその人だと解ることの『有機的なメカニズム』をこの質問では、問題にしているのですが、問題が、きわめて複雑に錯綜したもののため、解り難くなっているようです。誤解を恐れず簡単に言えば、認識の中に入ることによって、認識ではないものを対象にしようとしているわけですが、かえって判り難いですか。
有難うございました。
No.27
- 回答日時:
bowlさんだったら、自転車で鎌倉に着くんじゃないかな?
自転車ライダーは、そうでしょ?それ抜いたら意味ないじゃん。
ことばってなんだろうね。不思議じゃない。身についてるから。
不思議に思ってしまうから、自転車から降りて自転車について考えるみたいなことになるんじゃないかな。
bowlさんの命はなんだろう?
ものすごく大事だよね。
ことばは、ないがしろにしていいものじゃない。
きっととっても、いやものすごく、代わりのないものでね。
チャリダーの自転車、fishbowlさんの金玉?(冗談です)思想ぐらいにしておきましょう(笑)、それで、人間のことば。
命ってそういう意味でね。
自転車いのち(一筋、一途)!
君、いのちなんです!なんて言えば、一世一代の告白かな。君の他は居ないという意味。
それで、ことばは、かけがえのないものでね。
人間にとっては代わるものがないんです。
それがすべてという意味でね。
だから大事にしなきゃ行けない。
軽んじてはいけない。(とてもできない)
それは人を受け止められるかそうでないのかという点において、自分存在に深く関わる大事な意義と、勇気と、やさしさが含まれているんです。
わかるってことは、やさしいってことなんです。
御礼が遅くなり、興ざめしてしまったことでしょう。
つまり、過程が大事であると、仰るのでしょうか。
ドアを、トントンと叩く音の後に「わたしです」と言う音が聞こえたとします。
さて、この「わたしです」と言う音が、デノテーショナルな意味作用を持つ為に、普通、「わたしです」と言う言語の意味作用ではなく、声色という、非言語的な意味作用によって、「わたしです」と言う個人を特定して、ドアを開ける、と言う事になります。この辺りに、過程から声色を切り出してしまって、声色を記憶することによって、「わたしです」と言う私の外部に在る声色と私の内部に在る記憶の声色との照合という、厄介な問題がでてきます。一体、千差万別の声色や同じく千差万別の顔と言ったものを記憶できるのだろうか。そんな厄介な問題に関わらなくとも、今日、この時間に、私を誰が訪ねてくるのか、予め知っているのではないだろうか。ドアを叩いて「わたしです」と言うほど親密な人を予め知っているし、限定されている。ある人は、いつもの癖で「わたしです」と言うし、他の人は、現在扉の向こうに立っているはずのない人であれば、つまり、旅行中とか一緒に部屋の中にいるとかであれば、当然排除されて、別の可能性を帰納的に探っている。こう考えた方が、より辻褄が合うような気がします、尤も、男性の声、女性の声、子供の声と言った特徴を、普通は覚えていますが、相手が見えない状態で話をすること自体、起こりにくい状態ではあると思うのですが。
チャリダーと言われる人は、自転車で走ること自体が好きな人ではないでしょうか、私の場合はもっと軟弱なもので、どこを走るのか、つまり過程を楽しんでいますから、ポタリング派ですね。
雪が降ったり、地震が起きたり、鎌倉にはなかなかつけそうもありませんね。
有難うございました。
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