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「学習する」と「勉強する」の違い

日本語教師です。
「学習する」と「勉強する」の違いは何ですか。

学習する…「勉強する」の意味の他に、自然と身につけるの意味もある
と書いてありました。

ですが、日本語学習者とは言えても日本語勉強者とは言えないですよね?
日本語学校に来て勉強している人でも、「学習者」になると思います。

「学習する」と「勉強する」の違いは何でしょうか。
外国人に教えるので、できるだけ簡単な説明でお願いします。

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A 回答 (11件中1~10件)

自分の個人的な意見なので間違っていたらごめんなさい。



「勉強するは学ぼうとする事」、「学習するは学んだ事を習得する事」だと思います。

ある人が何かに挑戦して一回失敗しても二回目で成功できれば、一回目の失敗から
学習したと言える。一回失敗して二回目も失敗しすれば一回目の失敗から学習できていない
と言える。5回失敗しても6回目で成功できれば、5回の失敗から学習したと言える。
これに対して100回失敗して101回目で成功してもしなくても、本人がそこから学ぼうと
する気持ちがあれば勉強になったと言える。100回の失敗から学ぼうとする気持ちがなければ
本人の勉強にはなっていないと言える。

一般的に言われる学習能力があるとは、少ない失敗で習得できる事を意味するんだと思います。
本人の意識しだいであらゆる事が勉強になると言うのは、本人の意識しだいであらゆる事が学ぶ対象に
できるという意味だと思います。

さらに言えば「学ぼうとする=参考にする」「習得する=進歩する」

参考にする事と進歩する事は違います。しかし参考にする事で進歩する事はあります。
進歩した事が参考になる事もあります。しかし参考にする事と進歩する事は違います。

分かりにくいかもしれませんがそういう事だと思います。
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この回答へのお礼

みなさん、ありがとうございました。

自分の中で
勉強する=何かを学ぼうとすること
学習する=何かを学ぼうとする+実際に学んだことを身につけること
という考えにまとまりました。

これで教えてみようと思います。

たくさんのご回答、ありがとうございました。
一番最初に回答してくださったnorumaさんをベストアンサーに選ばせていただきました。

お礼日時:2010/05/05 06:23

こんにちは。

 大変興味ある話題です。 独断と偏見で参加します。

私はこの言葉を英語の『study』と『learn』に置き換えて翻訳して来ました。 英語に於いて前者は『自分の意思で題材を見つけ、積極的に文献などを検索して知識を習得する』  一方、後者は先生が教える内容を受け身の形で知識として定着させる。 いわば受け身の知識の習得と理解されています。

それでは勉強が『study』なのか『learn』なのか。 強いて努める。 歯を食いしばって覚えようとする。 何か掛け算九九を必死に覚えようとしていた小学二年生の自分の姿が思い浮かびます。 

一方の学習です。 学ぶというのは他の人の姿勢を真似るから来ていると聞いたことがあります。 どちらかというと積極的に他の人を見て真似る。 そこには本人の自由意思が見て取れるのです。 クラスのトップの友達の復習の方法をこっそり教えて貰って、そのやり方を自分流に練り直して復習した経験を思い出したのです。 

従って、私は学習は好きですが、勉強家ではありません。
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私がそう実感しているだけかもしれません。


学習
生活全般にわたり範囲が広く生まれた時から一生ついてくる言葉
なにかをしょうとして、失敗したりうまくいかなかったときその経験から反省したり
新しいやり方を学んだり、して工夫 発見 用心 予防 方法など
あらゆる新しい知恵を 習得する。
勉強
専門分野にわかれていて、それぞれ計画的に技術や知識を習得する。

ニュアンスとしてはこんな感じがするのですが、私は同じ失敗を繰り返すので、
あなたはチンパンジーより学習しない人といわれています。
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「勉強」の「勉」には「励む」、「強」には「努める」という意味が


あり、「勉強」は元来「何かに励み努めること」という意味でした。
その後、対象が学問の場合によく使われるようになり、現在では
主に「学問に励み努める」という意味で使われています。

「学習」の「学」と「習」にはともに「学ぶ」「習う」「真似る」と
いった意味があり、「学習」は「学び習うこと」という意味です。

以上より、「勉強する」は学問に励むこと一般を意味し、
「学習する」はそのうちでも特に、過去の経験や既成の
規範をそのまま取り込む方法により学問に励むことを
意味していることになると思います。
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個人的な感覚ですが、


学習する→学ぶ・理解する
勉強する→覚える・努力する
というニュアンスでしょうかね・・・。

たとえば、
「九九の学習」ではなく、あくまで
「九九の勉強」
また、
「宇宙の仕組みを勉強する」ではなく、
「宇宙の仕組みを学習する」

厳密な違いとは言えないかもしれませんが、だいたいこういったイメージを持っています。
   
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>学習する…「勉強する」の意味の他に、自然と身につけるの意味もある


この部分は、生物学(特に、動物行動学)をやっているとわかりやすいです。
身近な例でいうと、小さい子が指をしゃぶっていたとします。
お母さんが「汚いからしゃぶってはいけない」と教えますね。
すると、小さい子は「しゃぶってはいけない」と理解します。
たとえ、言われてすぐに治らなくても、「周囲の子がしていない」という状況や、「お腹が痛くなった」などの痛いおもいをする中で「やってはいけないこと」と理解します。
このように経験から習得したことが含まれるのが「学習」です。

これは私なりの解釈にはなりますが、
「勉強」は問題に対して答えあるいはアプローチが1つだけですが、
「学習」は問題に対する答えあるいはアプローチが1つとは限らないのだと思います。
ですので、外国の人が日本語を勉強する際に単語を1つ1つ覚える作業は勉強ですが、
会話にどう活用させるかという部分は学習になるのだと思います。
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「勉強=学びを強制する」「学習=学びを習得する」



人に言われて勉強する。人に言われて学びを強制する。
自分から勉強する。自分から学びを強制する。

塾は学習塾とは言いますが勉強塾とはあまり言いません。
塾は学校の授業よりもさらに学びを習得したいとか、学校の授業だけでは習得できないところを
補うために行くという感じがします。

学校は習得できる子できない子関係なく全ての子供に学びを強制させる場所だと思います。

個人的にはテストの点数が良いのを勉強ができる子という言い方よりも
学習力がある子と言う方が正しいような気がします。
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たぶん違うとは思いますが、個人的には・・・



学習=明確な成果がともなうもの
例:学習塾、学習発表会、学習ノート、学習効果

勉強=過程・姿勢が重要なもの
例:勉強会、勉強机、勉強の虫
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「同じ」だと教えていいでしょう。

ただし、あえて違いを探せば、
勉強は、「する人間」に力点があり
学習は、「対象」に力点があります。
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慣用だと思います。

教育者はとくに文章で「学習」を好むでしょう。

おなじものを指す場合でも,
・学校の勉強がよくできる。(日常会話で;教師が生徒に)
・教室での学習を家庭学習でおぎなう。(教育者間の発言で)

・勉強ずき。まじめに勉強する。(日常会話で;教師が生徒に)
・学習態度が良好である。(教育者間の発言で)
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1 名詞の並列
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  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
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それでは
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1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
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2は素直な人が話しているなら単なる並列。
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色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

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Q「つもり」「~ようと思う」の違いについて

「つもり」 「~ようと思う」 の違いについて?

「つもり」は前からそう思ってた事に使えて、今決めた事には使えないという、違いは分かりますが、他に、なにか少しの違いでもあれば、教えてください。

たとえば
私も 明日一緒に旅行に行くつもりです。
私も 明日一緒に旅行に行こうと思います。

この二つは違いがありますか?
行くつもりよりも、行こうと思いますの方が少し意思が強いような感じも受けますが、、、、

みなさんの意見を是非お願いします。

Aベストアンサー

まず、「行くつもり」についてですが、この言葉は「積り」から進化してきた言葉です。
「積り」のもともとの意味は現在と同じ意味で使われていて、「積み重なっていること」を指します。その言葉が発展して、「心に積る」→「前々から思っていた」となってきました。このような言葉の歴史から、「~行くつもりです」という表現は、『意思』を表していますが、「以前から思っていた」という意味が込められているようになりました。

次に、「行こうと思う」についてですが、この中の「う」という言葉は、平安時代の頃は、「む」と言っていたようです。その頃は、「仮に起こったら」という意味だったそうです。その後、いろいろな変化があったらしいのですが、江戸時代の頃、言葉が「う」に変わり、動詞の未然形という言い方の「行か」に付いて「行かう」となり、『意思』を示す表現となりました。その後、江戸から明治にかけて、「行かう」から「行こう」に音の変化が起きたようです。
「行こうと思う」は、『意思』を表します。この場合、「以前から思っていた」でも、「以前は思っていなかった」でも、どちらでも構いません。

>「つもり」は前からそう思ってた事に使えて、今決めた事には使えないという、違いは分かりますが、他に、なにか少しの違いでもあれば、教えてください。

上に述べたことから、2つの言い方に「他の違いはない」と言えると思います。
ですが、言葉は少しずつ進化していくものです。私には、「行くつもりよりも、行こうと思いますの方が少し意思が強いような感じも受けますが、、、、」 とは思えませんが、もしかしたら、いつかは、「行こうと思いますの方が少し意思が強い」 というようになっていくかもしれません。

まず、「行くつもり」についてですが、この言葉は「積り」から進化してきた言葉です。
「積り」のもともとの意味は現在と同じ意味で使われていて、「積み重なっていること」を指します。その言葉が発展して、「心に積る」→「前々から思っていた」となってきました。このような言葉の歴史から、「~行くつもりです」という表現は、『意思』を表していますが、「以前から思っていた」という意味が込められているようになりました。

次に、「行こうと思う」についてですが、この中の「う」という言葉は、平安時代...続きを読む

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「ありがとうございます」 というように仮名で書くと、言葉がそのまま聞こえてきそうで、和語のやわらかさがあり、好感の度合いは高くなるのではないかと思います。
もちろん、漢字にして悪いというわけのものではありませんし、あまりにも仮名ばかりだと、読みづらいという場合もあるでしょう。ただ、挨拶の言葉ですから、そのあたりはやわらかく表現されてもいいんではないかな、という気がします。

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いま東京でいます(不可)
いま東京にいます。(可)
いま東京でテニスをしています(可)
いま東京にテニスをしています(不可)

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いま、東京には雪がふっています(可)

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皆様の意見はどうですか?

Aベストアンサー

場所+「に」
1.存在や静的な動作・作用の場所を表す
 (1)ポケットの中にお金があります。
 (2)ここにカバンを置いてください。
2.動作・作用の帰着点を表す
 学校に行く。
3.入る場所を示す
 タクシーに乗る。

場所+「で」
1.動作・活動・行事の存在を表す
 体育館で卓球の試合があります。

※「東京に雨が降っている」も不可ではないと思います。雨がどこに降っているかといえば,「東京に」降っているという状態だ,という文です。「雨が降っている」を静的にとらえたか,作用・動作の帰着点を表すのでしょう。

※「東京では雪が降っています」も可ですね。
「には」とか「では」は強調になります。

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「社長さまをはじめとする職員の皆様には・・・」

この文章のなかの「はじめ」を漢字にすると
「初め」でしょうか?「始め」でしょうか?

Aベストアンサー

かなりややこしい問題です。はっきりと正解・間違いかと答えられる人がいるのでしょうか、と感じるくらい難しいことのようです。(使っている言葉のあとから漢字をあてはめているのでしょうがないといえばそれまでしょうか)

大辞林では、
「はじめ 【初め/始め】
とくに漢字表記については明確化されていません。
ただ末尾に〔普通、順序の意には「初」、開始の意には「始」を用いる〕」とあります。

大辞泉では、
「はじめ【始め・初め】
5 (「…をはじめ」「…をはじめとして」の形で用いる)多くの中で、主となるもの。また、先に立つもの。「校長を―、教師全員」「米を―として食品の多くが」」
  …
「◆ふつう345は「初め」と書くとあります。つまり、5の文例は「初め」を慣用とするとしているようです。

岩波国語辞典では、
「はじめ【始め・初め】」としているだけで、特にどちらを(が)用いる・用いられるかは明確にしていません。ただし、副詞に限っては「初め」としています。

新明解国語辞典
「はじめ【初め】」として、末尾に「「始め」とも書く」としています。

Windows付属のIMEでは、
始め: [一般的][物事に関して][動詞的]
初め: [時間に関して][副詞的]
としています。

IMEだけは、はっきりと「校長を始めとして」と用例をあげています。しかし根拠は ? です。

漢字の由来としては、
「始」は「終わり」に対する「始め」の意味だけです。
[始皇帝、終始、始終、始末、始めは処女のごとく後には脱兎のごとく]
ま、大辞林のとおりですね。

IME他、時間的な始まりと物事の始まり、という分け方をしているものを時々みかけますが、どうでしょうか。
「並んでいる一番目」「第一の」というようにとらえれば「初め」になるようです。初恋、初陣、初夜などは時間とばかりはいえないでしょう。

少なくとも、「社長をはじめ、職員の…」であれば「はじめ」は動詞・連用形と考えられるので「始め」になります。
しかし、「社長をはじめとする職員の…」となると「ははじめ」は名詞ですから、やはり ? です。

歯切れのいい回答にならず申しわけありません。

かなりややこしい問題です。はっきりと正解・間違いかと答えられる人がいるのでしょうか、と感じるくらい難しいことのようです。(使っている言葉のあとから漢字をあてはめているのでしょうがないといえばそれまでしょうか)

大辞林では、
「はじめ 【初め/始め】
とくに漢字表記については明確化されていません。
ただ末尾に〔普通、順序の意には「初」、開始の意には「始」を用いる〕」とあります。

大辞泉では、
「はじめ【始め・初め】
5 (「…をはじめ」「…をはじめとして」の形で用いる)多く...続きを読む


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