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私は昨日とあるレストランで食事をしました。(例文です)
これに読点をつける場合、

1.私は昨日、とあるレストランで、食事をしました。
2.私は、昨日、とあるレストランで、食事をしました。
3.私は昨日とあるレストランで、食事をしました。
4.私は、昨日とあるレストランで食事をしました。
etc・・・。

このように、読点をつける場所がいろいろ考えられて、迷ってしまいます。
どこにつけるのがふさわしいのか教えてください。
読点というのは、こうつけるのがいいというのがありましたら、それも教えてください。

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A 回答 (4件)

読点をどこに付けるか、どのくらい付けるかは、最後は書き手の好みです。


ただ一般的には、いくつかセオリーがあるようです。
(1)文が長い場合、意味を区切るために1か所あるいは数か所付ける
(2)並列の意味の単語が続くときに付ける
(3)単語の並びの関係などで、読み手がわかりやすくなるように付ける
(4)接続詞の後に付ける
(5)文章の中の効果を狙って付ける

読点をどう付けるかは、読む人が読みやすいようにという、書き手の思いの問題かと思います。なので、短い文章でも最低2~3回は推敲をして、誤解を与える内容はないかとか、文が続き過ぎていないか、逆に切り過ぎていないかというチェックをしてけばいいと思います。あとは書き手の個人差で、それはそれで人によって違っていいと思います。

ちなみに例文であれば、1がいいと思います。
「昨日」と「とある」を続けてしまうと、「昨日と」で切ってしまう可能性があり、読み手が間違わないまでも、ちょっと読みづらいなと思いました。
でも2や3も、小説などで「昨日」や「私」を強調する理由があれば、効果がある場合も考えられます。
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この回答へのお礼

皆さん、ありがとうございました。
大変参考になりました。

お礼日時:2011/03/19 00:20

私なら


5. 私は、昨日、とあるレストランで食事をしました。
と書きます。

「とある」のように仮名で始まる句は、前に点がないと、奇妙で、読みにくい。
レストランと食事の間は、切らないほうが良い。「とあるレストランで、おいしい××を食べた」の場合には切ってもよい。
レストランはふつう食事をするところなので「レストランで、食事をした」は、2分割するほどの情報量を持っていません。「殴られたので、痛かった」は良くありませんが、「殴られたので、痛かった上に腹が立った」ならば切る意味があります。
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例文の場合最も一般的なのは,


私は昨日,とあるレストランで食事をしました。
でしょう。
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意味を誤解しないために付ける読点以外は、書き手の裁量範囲のような気がします。



下記のサイトを参考にしては?
http://www9.plala.or.jp/juken1/toten.htm
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Q句読点 、 の付ける位置は

質問1
句読点 、 の付ける位置は規則があるのでしょうか?
それとも読んでいて、間をおきたい所につけるのでしょうか?

新聞や小説を見ても、各々、まちまちのように思います。
短く切るのは、単語単位近くまで細かく区切っているし、そうでないものは、ほとんど付けないものもあります。

質問2
例として、下記の文はどの位置に付けたら一番よいのでしょうか?

彼は長年続けていたが今それをすることをもうやめた。

Aベストアンサー

読点をつける場所は基本的に自由なのですが、多すぎても少なすぎても困る・・・・ということを教えられました。

音読を前提とした文章(戯曲であるとか)を見ますと、目に優しい程度、意味がわかる程度の読点で書かれていることが多いです。加えて、その句読点に従い、律儀に読まなければいけないかというとそうでもなく、どこで一旦切るかは読み手に委ねられているのが現状です。
文学作品(小説)や新聞等は、段組の関係上、校正の段階で、不必要だとされた読点は極力排除します。(場合にも寄りますが) 前の行へ押し込むことが可能であればそのままスルーしますが、読点が行の頭に来ると読みにくいので、どこかの読点をなくす、もしくは長い文章のどこかを区切る、別の言葉で言い換えられないか試すなどの作業もなされます。

音読で意味を汲めない場合は、黙読で読点まできちんと読み、その意味あいを把握する・・・・なんてこともありますので、文献の作者は読点に気持ちを込めることもありますし、新聞記者は行が変わるのを意識して文章を組み立てるでしょう。

要は、目に飛び込んでくる「情報」として、見やすいか否かなんだと思います。

読点をつける場所は基本的に自由なのですが、多すぎても少なすぎても困る・・・・ということを教えられました。

音読を前提とした文章(戯曲であるとか)を見ますと、目に優しい程度、意味がわかる程度の読点で書かれていることが多いです。加えて、その句読点に従い、律儀に読まなければいけないかというとそうでもなく、どこで一旦切るかは読み手に委ねられているのが現状です。
文学作品(小説)や新聞等は、段組の関係上、校正の段階で、不必要だとされた読点は極力排除します。(場合にも寄りますが) ...続きを読む

Q文章の句読点の付け方を教えてください

「、」←いわゆる句読点ですが、どうやって付けるのが良いのかわかりません。
具体的には、読みづらいと言われる時が結構多いです。自分も句読点をどこで付けるのが読みやすくなるのかと、読みやすい人の文章に何回も目を通し学ぼうとしてきましたが、どれも具体的に学ぶ事ができず、どこで句読点を付けるものなのかが未だにわかりません。

なにか句読点を付けるコツとか、そもそも基本とか、正直学校で学んでいなかったのか、ほとんどわかりません。

余談ですが、最近は句読点の付け方で、たまにこの人は学力が低いとか見えてくるようで、結構当たっていたりします。
自分もその一人です。こう言うとその前に文章力を付けろと言われそうで怖いですが。

Aベストアンサー

質問を読んだ限り、きちんと句読点を打ってらっしゃると思いますよ。

一応、心配でしたら、参考になさってください。

句読点の大きな役割は、文の意味が変わらないようにすることです。
たとえば、

(1)「私は、警官と泥棒を追いかけました。」
(2)「私は警官と、泥棒を追いかけました。」
上の2つの文の意味は異なります。

(1)の場合は、『私』が「警官と泥棒」を追いかけた。
つまり、一人で二人を追いかけた、と言う意味です。

(2)の場合は、『私と警官』が「泥棒」を追いかけた。
つまり、二人で一人を追いかけた、という意味です。

このように、句読点を打つところによって、文の意味がことなります。
自分の言いたいこと(伝えたいこと)がうまく相手に伝わるか、文を書いた後に見直せば大丈夫だと思います。


もう一つ、相手への思いやり。
相手が読んだ時に、息苦しくならないか、ということを考えれば解決します。

文を声に出したときに、息継ぎをするところ、もしくは息継ぎをした方が楽だなだぁ、と思うところに句読点を打てば良いのです。

大切な文章だったら、一度声に出してもう一度確認してみてください。

それができればバッチリ☆
自信を持って堂々と文章を書いて良いと思いますよ!

もしもそれでも心配だったら、ここのサイトで「この文おかしくないですか?」というような内容で質問すれば、悩みも解決すると思います。

質問を読んだ限り、きちんと句読点を打ってらっしゃると思いますよ。

一応、心配でしたら、参考になさってください。

句読点の大きな役割は、文の意味が変わらないようにすることです。
たとえば、

(1)「私は、警官と泥棒を追いかけました。」
(2)「私は警官と、泥棒を追いかけました。」
上の2つの文の意味は異なります。

(1)の場合は、『私』が「警官と泥棒」を追いかけた。
つまり、一人で二人を追いかけた、と言う意味です。

(2)の場合は、『私と警官』が「泥棒」を追いかけた。
つまり...続きを読む

Q句読点について(小学生レベル)

小学3年の息子の作文を読みましたら、ほとんど句読点が入っていませんでした。

教えてあげたいのですが・・・(学校では習っていると思いますが)
恥ずかしながら 私も正解、不正解を知らぬまま適当に過ごして来ました。
子供に理解できるように教えるにはどのように説明すればよいでしょうか・・・
できれば、教材的に教えて下さい。

今更、誰にも聞けなかったので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

句点に関して、文章の最後に打つというのが決まりです。まぁ、箇条書き等では使わないなどの例外もありますが。

読点に関しては、厳密には決まっていないと思います。まずは、読みやすさや、誤読を避けることを目的にしているものだと思います。

教材的にとのことでしたので、例として、

『句読点は,文の構成と関係している。特に,読点は,低学年で取り上げたように,意味を明確に伝えるために,文頭の接続詞などの後,主語の後,従属節の後,並列する語の後などに適切に打つことが求められる。中学年では,それらに加え,文を読みやすくまた分かりやすくするために,文脈に合わせて適切に打つ』

もしくは、

『句読点を含め読みやすい表記を考えながら書いたりする言語感覚の基礎を養う』

上記のように、使い方が「読みやすく」という比較的抽象的な定義になっているので、これが答えだというのは難しいかもしれません。一般的に、句読点を打つ問題があったとしたら、経験則や例文通りのものが正解になりそうです。

ちなみに、上記の2つは以下からの抜粋です。

文部科学省 小学校学習指導要領解説 国語編
  http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/28/1231931_02.pdf

他の参考としてこちらもどうぞ
 http://homepage1.nifty.com/akshiba/kotoba_mozi/kutooten.html

学校では、どうやって教えているんでしょうね?難しそうです。

句点に関して、文章の最後に打つというのが決まりです。まぁ、箇条書き等では使わないなどの例外もありますが。

読点に関しては、厳密には決まっていないと思います。まずは、読みやすさや、誤読を避けることを目的にしているものだと思います。

教材的にとのことでしたので、例として、

『句読点は,文の構成と関係している。特に,読点は,低学年で取り上げたように,意味を明確に伝えるために,文頭の接続詞などの後,主語の後,従属節の後,並列する語の後などに適切に打つことが求められる。中学年では,...続きを読む

Q句読点の「。」をつけるかつかないか。

会社で、従業員向けに、箇条書きに近い感じでこれこれこうしてくださいと文章を書いてボードに張り出すとき、文章の末尾に「。」をつけるのかつけないのか?
箇条書きに近い感じでも、文章の末尾は、「~になった」「~だ」「~にしてほしい」など「。」が必要そうな語尾になります。
ブログを書くときに、箇条書きに近い感じで短くて読みやすい文章を書くとき、文章の末尾に「。」をつけるのかつけないのか?「~である」などこちらも「。」が必要そうな語尾になります。
この2点について回答ください。
会社の方が一番悩んでいます。

Aベストアンサー

箇条書きでも、複数の文が連なったものには付けるべきでは?

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう。打つのは制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう。

という具合に。一つの文章が終わって句点を打っているのに、二つ目の文章の終わりが箇条書きの終わりだから……といって句点を打たないのはバランスとしておかしいと思います。

これが、

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう
2.タイムカードを打つのは、制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう

という具合に、一つの文章で一つの箇条書きが成立する場合は、なくてもおかしくないと思います。

先の回答にもありますが、句読点の打ち方にはルールがあるようなないような、曖昧なところがあります。
個人的な趣味で決めてしまっても、絶対的な間違いだと言うことはできません。

私自身の趣味としては、上記のように、一文ならなくてもOK(入れてもOK)、複数の文なら入れる方が統一性があるように思える……ですが、これとて「正解」ではありません。

いろんな方の意見を聞いて、ご自身の感覚にしっくりするものを探してください。
でも、いろんな意見を聞くと、却って混乱するだけかもしれませんね(^_^;)。

一つだけ注意するとしたら、末尾に句点を打つか打たないか、同一文書中ではどちらかに統一すること。
これだけ気をつけておけば、どちらでも大丈夫だと思います。

箇条書きでも、複数の文が連なったものには付けるべきでは?

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう。打つのは制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態になってからにしましょう。

という具合に。一つの文章が終わって句点を打っているのに、二つ目の文章の終わりが箇条書きの終わりだから……といって句点を打たないのはバランスとしておかしいと思います。

これが、

1.出勤してきたら、必ずタイムカードを打ちましょう
2.タイムカードを打つのは、制服を着用し、すぐに仕事に取りかかれる状態...続きを読む

Q「また」の後ろには、常に読点をいれるべきでしょうか。

●「また」などのような言葉に続く次の言葉があまり長くないときは、「また」の後ろには読点は「おかなくてもよい」のか、「おかない」のか、というのが質問の趣旨です。何か原則があるのでしょうか。
●例えば、次の3つの文章ではどれが適切な読点位置でしょうか。
1.また、上記の場合、その例外の実例は何かという疑問が読者側に生ずることもあるので、安易に・・・。
2.また上記の場合、その例外の実例は何かという疑問が読者側に生ずることもあるので、安易に・・・。
3.また、上記の場合その例外の実例は何かという疑問が読者側に生ずることもあるので、安易に・・・。
●「また」のほか、「しかし・さらに・ただし・例えば」のような言葉の後での「、」の使い方はどうなのか、アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

読点の打ち方に関してですが、基本は1.文の中止 2.副詞的語句の前後、形容詞の連続の間に打つ などです。ただし、明確な基準がありませんので、人によって打ち方が違いうのも事実です。

さて、表題に関しては、私は「常に」は打ちません。この文の場合は、「2」の方法にすると思います。

要するに文を読みやすくするための記号ですので、読みやすくするように打っています。その点から考えると、「1」は前半で2回の読点が出てくるため、前半を読むリズムがあまり良くないと感じます。「3」のケースもなくはないのですが、「その」が余計ですね。「また、上記の場合には例外の実例は何かと~」とつなぐ方が自然だと思います。

基本的には、
「また」の後にひらがなが来る場合には、読みやすいかどうかを判断して打つ。漢字やカナの場合、その次の読点の位置に応じて打つかどうかを判断する…という基準にしています。「しかし・さらに~」なども同様です。

Q「すいません」と「すみません」どちらが正しい?

 タイトルにあるとおり、素朴な疑問になりますが、「すいません」と「すみません」ではどちらが日本語として正しいのでしょうか。分かる方ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。
話す時はどちらでもいいですよ。

ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。「すいません」はちょっとくだけた感じかな。でも、これはあくまで私個人の語感。人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。

書くときはもちろん「すみません」にしましょう。

発音しやすく変化した発音の他の例としては
手術(しゅじゅつ→しじつ)
洗濯機(せんたくき→せんたっき)
などがあります。これも、話す時にはどちらでもいいです。「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。

Q「を」に読点「、」「,」は付けないと習いました

小学生(2年か3年)の時,先生から助詞の「を」には読点を付けない,と教わりました。
その後,そのルールに反する例を全く見てこなかった(約25年)ので,それは正しいと信じていました。

しかし,インターネットが発達してから,ちらほらと「を,」や「を、」という表記が見られる
ようになり,句読法を知らない若い人が増えたんだなぁ,と思っていました。
2,3年前からは,日本語文章作法や文法に気を遣っているはずの,全国紙の新聞記事にも
極まれに見られるようになり,なんとなく悲しく感じていました。

私自身教職にあり,学生のレポートで「を」に読点がついている場合は,直すようにアドバイスして
きました。しかし最近気になって,回りの教員にこのことを聞いてみました。
すると,「を」に読点を付けないなどと教わったことはない,と言います。
そこで,一般科目の国語の先生に聞いてみたところ,「を」に読点を付けないのは,
文法として正しいが,最近は読みやすさを優先して読点を付ける場合がある,とのことでした。

少し救われた思いがしたのですが,ネットで検索すると,文法上といいますか句読法上で
そのことが書かれている文章が見あたりません。

そこで,ちょっと考察してみました。「を」に読点を付けた方が読みやすく理解しやすいのは,
次の3くらいでしょうか。2にも付けるべきでしょうか?

1.子供達に道徳を教える。
2.子供達に子供の頃先生に教わった大切なことを教える。
3.子供の頃先生に教わった人の気持ちを考えるということを人の持ち物にイタズラをしている子供達に教える。

「・・・を」は目的語ですから,動詞(述語)と結びつきが強いと考えるべきかと思います。
ですので,「を」の直後に動詞がある場合は,読点は付けない方がよいように感じます。

また,「・・・」が名詞でなく,名詞句で長い場合は,「を」に読点を付けた方が,
見やすくなるように感じます。(それでも約25年にわたって,「を」に読点を付けないルール
を厳格に守ってきた自分は付けたくないですが・・・。)

4.子供の頃教わった人の気持ちになって考えるということを人の持ち物にイタズラをしている子供達に教える。

無理に読点を一つも入れずに文を書きましたが,最初の「を」には付けた方がよいと思いますか?
2番目の「を」はさすがに付けるべきではないと思うのですが・・・。

長い名詞句や,目的語「・・・を」に対応する述語動詞が遠くにある,というのは決して
読みやすく理解しやすいとはいえないと思うのです。ネット等では思いつくままに一気に書くことが
多いため,そのような文章が多くなり,結果,読みやすさや理解を助けるため,「を」に読点を
付ける場合が見られる,という解釈は妥当でしょうか?

小学生(2年か3年)の時,先生から助詞の「を」には読点を付けない,と教わりました。
その後,そのルールに反する例を全く見てこなかった(約25年)ので,それは正しいと信じていました。

しかし,インターネットが発達してから,ちらほらと「を,」や「を、」という表記が見られる
ようになり,句読法を知らない若い人が増えたんだなぁ,と思っていました。
2,3年前からは,日本語文章作法や文法に気を遣っているはずの,全国紙の新聞記事にも
極まれに見られるようになり,なんとなく悲しく感じてい...続きを読む

Aベストアンサー

そんな禁則はない!!という反論が多くて、なんだか質問者様がお気の毒ですね^^;
最初に教えた先生が間違っていたのだ、との説もあり、国語の基礎を築く頃に教わった事項だっただけに、土台をひっくり返されたような、不安なお気持ちなのではないでしょうか、それが心配です。

私が子どもの国語の宿題を見ていて思い当たったことを述べます。

質問者様の先生は、たぶん、

*次の文の、適当な位置に読点をつけなさい。
「正直なおじいさんはおばあさんの作ってくれたおむすびを持って行きました。」

というような問題の解答の方法の一つとして、このような原則を、低学年の児童に手渡したのだと思います。

たとえば上記の文だと、主語の「は」の直後に読点を打つのが妥当です。
ところが、低学年の児童に、こうした問題をやらせると、往々にして、「は」の後に読点を打つ子は確かに多いが、「おむすびを」の後、どうかすると「作ってくれた」の後や、「持って」の後にまで、いちいち読点を打つ子が続出するんです。
むろん、「読点を一つだけ」という条件の出題なら、大半の子が「は」の後につけて正答を得ますが、そのような条件がないと、助詞ごとに読点を打って、ぶつぶつ切る子が出てくるのです。

これは、日本の絵本が、読点を打たずに、文節でいちいち空欄(一マス空ける)を作って表記していることの(一種の)弊害で、子どもは、絵本から文章読本に移行する際、無意識のうちに、絵本時代に句切って読んでいてなんとなく息継ぎ(ブレス)をしていた箇所に、どうしても読点を打ちたくなるのですよね。

たしかに、複雑な係り受けの関係を持つ複文などでは、「を」には読点をつけない、などという禁則は当てはまらないし、成り立たないのですが、小学校低学年の児童が与えられる、上記のような課題の場合は、まずほとんどと言っていいほど、「を」の後に読点はつけない、と断言してしまっても差し支えない状況があります。
それほど複雑な文を、低学年の課題としては与えられないのです(←この文、どうですか?「を」に読点がついていますが、読みにくいですか?この文の場合は、「を」に読点を打つのが妥当だと思うのですが、いかがでしょうか)。

ですから、先生の仰ったことというのは、「低学年児童にこういった課題をさせる場合の限定的な法則」としては極めて妥当であって、決して間違っていたわけではないでしょう。
ただ、日本語の文章全般にわたる禁則ではないことは確かです。
少々乱暴な指導法であったにしても、先生は、当面の課題を消化させるための「コツ」を教えてくれただけです。
それを、まさか、質問者様のような素直な児童が、後生大事に覚えていてくれるとは、先生もお思いにならなかったのではないでしょうか。

そんな禁則はない!!という反論が多くて、なんだか質問者様がお気の毒ですね^^;
最初に教えた先生が間違っていたのだ、との説もあり、国語の基礎を築く頃に教わった事項だっただけに、土台をひっくり返されたような、不安なお気持ちなのではないでしょうか、それが心配です。

私が子どもの国語の宿題を見ていて思い当たったことを述べます。

質問者様の先生は、たぶん、

*次の文の、適当な位置に読点をつけなさい。
「正直なおじいさんはおばあさんの作ってくれたおむすびを持って行きました。」
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Q「充分」と「十分」の使い分け教えてください

題名のとおりですが、どう使い分けるのか知りたいです。

たとえば、「私はじゅうぶん満足した」のときは、十分でいいんですよね???

どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。
☆この二つの文字の違いは何か?
【十】:1・2・・・・・・と来て数が満ちる。
  原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。
     九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。
     更に9+1は十分大きい ⇒ 数が足りている状態。 
  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
     などを意味するようになり、現在に至っています ⇒ 充ちる(満ちる)。
  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。
  【十分】の発音はshi2fen1   【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。
  【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 

さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。
 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。
    としたいところです。
  
【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。
 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc)
ついでに、
  「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。

いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
...続きを読む

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.


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