(1)「从你家到车站怎么走?」(あなたの家から駅までどうやって行きますか?)
(2)「从我家走到车站去(家から駅まで歩いて行く)」

ある動作を「どこからどこまで行う」「いつからいつまで行う」という場合、
動詞は「「从・・・到~」の後ではなく、「到」の前に置かなければならない。
(郭春貴著『誤用から学ぶ中国語』より)

「到」は動詞(到着する)で、中国語は動作の時間順に並べるので、
「走(歩く)」→「到车站(駅に到着する)」+「去(方向を表す)」というのは
動作の時間順に並んでいる。
(とある方のブログより)

この2つの説明から(2)の文の構造はわかります。
ではどうして(1)は「从你家怎么走到车站?」と言えないのでしょうか?
その他にも「从我家到车站需要一个小时」などの文もよく見かけますが、
この場合も「从・・・到~+動詞」の順番です。
「到」の使い方(置く位置)がいまいちよくわかりません。
「到」は前置詞(介詞)だと言う人と、前置詞ではなく動詞だと言う人がいますが、
(1)の文を見ると前置詞のような使い方ですし、(2)の文を見ると動詞のようです。

また、郭春貴氏の同書では(2)のような場合の「到」は「結果補語」だと書かれています。
動詞の後につけて「場所、目的、時間、範囲、程度」に達することを表すとのことです。
(2)の場合はある場所に達することを表しています。

ただ、講談社の中日辞典を見ると郭春貴氏の言われる使い方でも補語ではなく「動詞」だと書かれています。

「从・・・+動詞+到~」は比較的わかりやすいのですが、
「从・・・到~+動詞」はどういう場合にこの構文になるのかがあやふやです。

教えてください。
よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

もしかすると「補語の到は介詞」とお考えでしょうか。


結果補語になるものは「動詞」と「形容詞」ですから、講談社の中日辞典で動詞と書かれてのは間違っていません。

「○到」は結果補語です。「到」は動詞です。
「从・・・到~+述語」の「到」は介詞です。(「从・・・到~」は状語)

ですから、結果補語を用いた場合には、結果に重きが置かれます。

> ある動作を「どこからどこまで行う」「いつからいつまで行う」という場合
この場合は範囲を示すわけで、「从・・・到~+述語」ではありませんか?
これも結果補語を使うように書かれていたのでしょうか。

「从你家到车站怎么走?」は、「あなたの家から駅までの区間」をどのように行けばよいのかを尋ねる普通の質問。
「从你家怎么走到车站?」は、「あなたの家からどうしたら駅までたどり着けるのか」という切実な質問ととらえることもできます。
他の解釈もありえますが、ここでは省略します。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
「从・・・到~」は単なる範囲なんですね。
考えすぎたような気がします。
もうちょっと単純に考えればよかったのかも。
スッキリしました。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/27 21:10

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Q簡単なようで分からない、中国語の過去形

全く初歩的な質問ですが、よく例文で、「私は学生です」で「我是学生」というのが出てきますが、この過去形はどういうのか「是」の過去形は是了か是过 (shiguo)ぐらいしか思い浮かびませんが、あまり見たことも無く、違うように思うので、どなたか教えてください。

Aベストアンサー

中国語の過去の時制は“了”や“過(簡体字では寸にしんにょう)”で表すものではありません。
“了”は動作の完了・発生・実現や変化等を表すもので過去を表すものではありません。(吃飯了以后、一起走ba(口偏に巴)等の例文では未来を表しますから。)
また“過”は過去の経験を表すもので“~した事がある”という事を表す時に用いるものです。動作を表す動詞(例、食べる等)につき、状態を表す動詞(例、~です、~がある等)には使いません。
それではどのようにして時制を見分けるかと言えば、“当時・以前・(今年が2001年なら)1995年”等の過去を表す言葉があれば過去、“今後・将来”等の言葉があれば未来という具合です。
全ての文章にそのような言葉があるとは限らないので、その時は前後の文脈から判断するしかありません。だから「我是学生.」のような短文では時制を判断する事も区別する事も出来ません。
このような文法に関する事は1冊の本でも説明しきれないので、今回はこれくらいにしておきますが、何かどうしても聞きたい事でもあれば補足要求してください。

Q中国語の「もし」(要是、如果、・・・話)

「もし・・・なら」という意味の中国語(普通話)は、
ぱっと思いつくだけでも
要是
如果
・・・話
があります(日中辞典によれば、もっとあります。)が、
この意味・ニュアンスの違いを教えてください。


如果・・・話
の代わりに
要是・・・話
という言い方は可能ですか?
可能なら、意味・ニュアンスはどう変わりますか?

Aベストアンサー

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「もし明日雨が降ったら、私は行きません。」

1.如果明天下雨,我就不去。
2.如果明天下雨的話,我就不去。
3.要是明天下雨,我就不去。
4.要是明天下雨的話,我就不去。
5.明天下雨的話,我就不去。

 硬さを順に並べると、1>2>=3>4>5のようになっていると思います。また、条件節を受ける働きとして、よく二番目の文節に「就」が来ます。

 ちなみに、「明天」を「如果」と「要是」の前か後ろか、どちらに置いてもかまわないのですが、「我」を「就」の前に置くべきです。つまり、このようなことです。

○如果明天下雨,我就不去。
○如果明天下雨的話,我就不去。
○要是明天下雨,我就不去。
○要是明天下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

○明天如果下雨,我就不去。
○明天如果下雨的話,我就不去。
○明天要是下雨,我就不去。
○明天要是下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

×如果明天下雨,就我不去。
×如果明天下雨的話,就我不去。
×要是明天下雨,就我不去。
×要是明天下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

×明天如果下雨,就我不去。
×明天如果下雨的話,就我不去。
×明天要是下雨,就我不去。
×明天要是下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「も...続きを読む

Q「好的」と「是的」の違いについて

最近中国語の勉強を始めました。
はい、イエスを意味する言葉として「好的」と「是的」がありますが
この使い分けはどうすれば良いのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、「好的」は良い・OKなど、了承を表す意味を持ちます。

例:「明天9点半在学校門口見面、好ma?」→「好的」
(明日9時半に学校の校門前で待ち合わせでいいですか?→いいです)


「是的」は、その通り・合っているなどの肯定を表す意味になります。

例:「ni是日本人ma?」→「是的」(あなたは日本人ですか?→そうです)


あと、正反疑問文の「好不好?」「是不是?」で聞かれた場合は、その動詞に対応して回答します。

・「好不好?」→好/不好     ・「是不是?」→是/不是

ご参考までに。

Q「到」と「往」の使い分け

中国語で
 到:行き先を示す介詞(前置詞)
 往:動作の方向を示す介詞(前置詞)
の使い分け方を教えてください。

Aベストアンサー

介詞として使われる場合:
後に空間や場所を示す名詞が来れば、「到」は日本語の「に」、「往」は日本語の「へ」に相当すると思っていいだろう。
例えば、「到北京去」と「往北京去」はそれぞれ「北京に行く」、「北京へ行く」のニュアンスです。つまり、「到」はその行き着く点に着眼し、「往」はその方向に重点を置きます。だから、「往北京去」は必ずしも北京が目的地とはいえないという屁理屈もあるかもしれないが、実際、「往北京去」も「到北京去」も最終的には北京に着くという点では同じです。
また、後に時間の境界線を表す言葉が来る場合、「到」しか使えないのです。
例えば、「到明天下午」(明日午後まで)といえますが、「往明天下午」とはいえません。

ちなみに、「到」は介詞のほかに、動詞としても使われます。
例えば、「到上海旅行」(上海に行って旅行をする)といえますが、「往上海旅行」とはいえません。

Q「会」の使われ方がよくわかりません

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出してしまいます。)

#2 友だちが、クリスマスにホームパーティーに招待してくれた時のエピソードの一節:
每年她的丈夫都"会"为(/给)我们做许多晚会的料理,我"会"提供几瓶日本酒,而别的朋友也"会"提供几瓶葡萄酒。
(毎年彼女の夫が私達の為にたくさんの料理を作ってくれます。私は何本かの日本酒を、別の友達は何本かのワインを提供します。)

“会”そのものの意味の他、たぶん、自分は中国語的な文章のつくり方・発想が理解できていないのだと思います。
日本語に、意訳でなく、直訳していただけるとその発想の違いが感じ取れるのかもしれません・・・。
どうぞよろしくお願いいたします。

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出して...続きを読む

Aベストアンサー

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性よりも必然性と言ってもいいでしょう。必ずそうなるのです。

なお、否定したときの「不会」には「できない」以外に「~はずがない」という用法があります。

つまり、淡々と「いつも思い出す」のではなく「本当に(←就)いつも、必ず(←会)思い出す」のです。
このようにして、自分の言いたいことを誇張気味に話すのが中国語の特徴です。
相手に伝えたいことがある以上、控えめなんてことはありません。(笑)

#2 の用法では、#1 と同様に「当然のように~する」という意味があります。
辞書にも「~するものだ」という意味が出ていると思います。
それ以外にも「会」には「上手である」という意味もあります。
つまり腕前を強調しているので、単に「毎年恒例なので当然~する」以上に「うまくこなせる」「手馴れている」という意味にもとれます。
「会」がはいっていないと単純な習慣の事実を記述しているだけですが、「会」が入ると、毎年やっていて生き生きとした動作と楽しげな雰囲気が感じられるようになります。

以上、個人的な解釈が多分に含まれていますので、文法的な正解を踏み外しているかもしれませんが、それが言葉と言うものだと思っています。

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性...続きを読む

Q「麻煩你了」の使い方

先日、台湾に行ったとき、スーパーの店員さんが、買ったものを入れるようにとビニールの袋をくれました。
それは、丸めてあった袋で、レジ袋ではありませんでした。

雰囲気から、レジ袋は用意していないようでした。
財布だけ持って行って、こまごましたものを幾つか買った私を見かねて、店員さんがあり合わせの袋を出してくれたのだと思います。
それで、「麻煩你了」と言ったのですが、相手はちょっと驚いたように「不要謝」と言いました。

実は、以前中国でも、食事のときにお茶の追加を頼んだら、忙しいにも関わらず、すぐに対応してくれたので、「麻煩你了」と言ったところ、小姐に「え?」という顔をされたことがあります(^^;
(その後、小姐はにこにこしていたので、私の言いたいことは伝わっていたようでしたが。。。)

これは、両方のケースで私の「麻煩你了」の使い方が間違っているのでしょうか?
それとも、単に日本人が「麻煩你了」と言ったことが思いがけず、ちょっとびっくりしただけなのでしょうか??

どなたか、ご教示くださると嬉しいです。

Aベストアンサー

多分、丁寧すぎた

「麻烦您了」って、相手に時間や手間を取らせた時の改まった感謝であって

手近なモノを渡したり、服務員がお茶を注ぐのに使うのは、意味が強すぎないか?

その程度なら、普通に謝謝で充分だと思われる

Q中国語”是~的”構文で強調しているのは?

”是~的”を使った強調構文を習いました。
「~」の部分にふたつ以上のフレーズがある時、どちらをより強調しているのか分かりません。決まっているものなのか、文脈で判断するものなのか、教えてください。
特に、否定文の時が、よく分かりません。

例)他不是下午一点到公司去的。
訳)彼は午後一時に会社に行ったのではありません。
   ↓
 A(午後1時ではなく)○時に会社に行った。
 B(会社ではなく)午後1時に○○へ行った。

A,Bどちらの意味になるのでしょうか?

Aベストアンサー

Aのほうが正しいですよ~

Bの意味であれば、「他下午一点没去公司。」になりますよ。

Q中国語 お世話になります。

中国語で、お世話になります、はどういうのでしょう?
また夜に会ったときの挨拶はなんと言うのでしょう?

Aベストアンサー

お世話になります→どうぞよろしく、でいいのかな、と思いますが。
それでしたら請多関照(qing duo guan zhao ムリヤリ日本語漢字で表記してます)でどうでしょうか。

夜会ったときの挨拶=こんばんは、は晩上好(wanshang hao)で。でも、夜会っても普通は「Ni hao」です。

Q(中国語)就是について・勉強方法もおしえてください!

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入ってくるのです。
中国人のように喋りたい!と思って勉強しているのですが
自分ではこんな風には喋れないだろうな~と思うのです。

「就」とか「就是」を会話の中で自然に入れてみたいのですが、
どうすればいいのでしょうか。
(不是~就是などの構文は使うことは出来るつもり…)

あわせて勉強方法も教えていただけたら嬉しいです。(中級者)
今はこのインタビュー記事を聴き取り、内容を理解し
暗記しようとブツブツつぶやいています。
でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
先に進まないというか…。
気にせずにどんどん暗記したほうがいいのでしょうか。
これから中国語スクールにも通う予定です。

どれかひとつでも構いません。
アドバイス等よろしくお願いいたします。

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入っ...続きを読む

Aベストアンサー

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまりよい印象はもたれないのではないでしょうかね。

>でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
と書かれているように、変に入っていると、聞きにくいですよね。(笑)
こういう表現は、本当に自分の感覚に馴染まないうちは使わない方がよいです。(勘違いして使ってしまう恐れもありますから。)
そういうわからない点、あいまいな点を除いたら、「気にせずにどんどん暗記したほうがいい」と思います。
そして、ある程度馴染んできたら、少しずつ取り入れれば、会話にリズムが出てくることでしょう。

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまり...続きを読む

Q記得と記住

記得と記住は、使い分けはあるでしょうか。

中国人の手紙にどちらも頻繁にでてきますが、あまりセンテンスによる使い分けはないようにも見えます。

Aベストアンサー

使い分けはあるです・
中国人の手紙には、記得のほうが頻繁。
たとえば
わたしのこと、まだおぼえていますか
ni hai ji de wo ma ?
この場合、かならず,記得だ..記住はだめ

もし記住に引き換えて、このような感じになっちゃた
わたしのこと、まだおぼえていますか、忘れてください。
ni hai ji zhu wo ma?

センス違うです。


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