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大東亜共栄圏の発動で現に感謝していた人たちもあり、旧日本軍は決して侵略などしてはいないと思っていたのですが

昨夜イスラエルの入植地問題のニュースを見ていてふと大東亜共栄圏及び日韓併合を彷彿とさせました

まず国家間で了承がありましたし、あとから越してきユダヤ人が大きな家に住んで現地人がそれを建てているという逆転的構図が類似しているなと思えます。

ユダヤ人が現地人に対して石を投げつけていましたがこれはさておき、ユダヤ人が自分たちが文明的に開拓してやったんだと供述している点も日韓併合肯定派の言い分とそっくりだなと思いました。

しかし了承があるからといって市民からしてみれば頭の上で勝手に取り決められたことなので僕は人道的に正しいことだったとは思えなくなりました。

もちろん感謝してくれる国々に対してはご先祖を誇りに思えばいいのですが、朝鮮の統治に関しては血で血を洗うような反発もありましたし武士道とは言い難い愚行だったのではないかと悩みます。

他の国が感謝していたからお前の国も感謝しないとおかしいぞ恩知らず! ではなく、たとえどこかに飲み込まれようともその土地の文化を尊重してあげるべきだったのかなあ、とも考えてしまいました。

韓国北朝鮮側にも被害拡大解釈や誤解、言いがかりはあろうかと思われますが、総合的に判断して日本は結局悪いことをしたんでしょうか?

東条英機元主首相の言い分によれば力の敗北であり道義としてはこちらが正しかった、これから言いがかりを付ける輩が少なからず現れるであろうが日本人としての誇りをもって頑張って頂きたい。()と、そのような内容を後世に肉声で残していらしゃっるのですが、真意のほどはどうでしょうか。東条英機元主首相は部下はもちろんのことその家族に至るまで体調を気にしていたというほど国家神道、武士道としての正しさを重んじておられたので間違った行いをしたというのがどうも信じがたいというか信じたくはないという思いもあり自分としては中立的判断が下せません。
 
否定のための否定、肯定のための肯定、ある偏った思想ではなく中立的判断ができ歴史問題に詳しい方にご回答願いたいです。

よろしくおねがいします。

A 回答 (6件)

「日韓併合」の歴史を語る前に、「歴史(学)の性質」というものを理解する必要がありますね。


以下にそのことについて書いてみます。


歴史学というのは、基本的に誰かが書き残した文章記録から、「過去にあった出来事」を明らかにしようという学問なんです。
しかし、この「誰かが書き残した」というのがくせ者で、「誰かが書き残した=真実そのもの」とは限らないからです。
さらに、この「誰かが書き残した文章から、過去に○○という出来事があった」と解釈する人が居ます(これが主に歴史学者です)
これを分かりやすく言うと

1・誰かが書いたのだから、その時点で書いた人の主観が入る。(一次史料)
2・そして、その情報を読んだ人(研究者)の主観が入る。(二次史料)
3・最後に、その研究者の論文を読んだ人の主観が入る。(私)

「真実(出来事)→一次史料→二次史料→私」、という風に情報が加工されていくことになるんです。
言い換えると、この順番でそれを書いた人・読んだ人の「主観」が入る。

私は真実を知りたい、と望みます。
そうすると、「私→二次史料→一次史料→真実」、と遡ることになる。
もちろん、「私→一次史料→真実」、とする事も出来ます。
しかし、「私→真実」、という風には出来ないんです。(それをするには、現在進行形=今、まさに起こっていることしか無理)
となると、どこまで一次史料や二次史料が真実を語っているかを見極める必要が出てくる。
その為には、第二、第三の一次史料・二次史料を参考に、それらの相違や正誤を精査していく事で、情報を真実に近づけていきます。
この過程で、考古学・古文書学・社会学・金石文学・民俗学etc,,,と歴史補助学と言われる学問の助けも借りて行われます。
こうして、出来るだけ「客観的」になるように努力がなされるのです。

はたして、これ(客観化すること)は可能なのか?という問いが何度も発せられ論争されています。
これは主に「歴史哲学」と言われる分野なのですが、悲しいかな日本ではあまりはやりません。
しかし、「歴史を見る目」を養うためには重要な学問であり、個人的にはまず「歴史の授業」をやる前に「歴史哲学の授業(あるいは歴史学の歴史)」をやるべきだと思っています。

ともあれ、歴史というのは「人間の主観」が入る余地が大きく、それ故に「日韓併合問題」などの論争が多々起きる事になります。

「人間の主観が入る余地が大きい」というのは、同じ真実を語る場合でも、その人の「社会的・思想的・政治的な価値観」が(意識的であれ、無意識的であれ)入り、その結果余「歪曲・無視・捏造・偽造・誤謬etc,,,」が行われます。
なので、「社会的・思想的・政治的な価値観」に相違があるばあいに論争が起きることになります。
また、政治家や思想家、漫画家、作家、ジャーナリストなど、社会的影響力が大きいにも拘わらず、歴史学の訓練を受けたことのない人が発言した場合、それは「歴史の問題」ではなく「政治や思想の問題」にすり替わることが多いとも言えます。


イタリアの哲学者であり政治家でもあったクロォチェの「すべての真の歴史とは、現在の歴史である」と言っています。
また、M・ウェバーとグスタフ・フォン・シュモラーを中心に「価値判断論争」というのが争われたこともあります。

つまり、歴史学と「主観・客観」の問題は切っても切り離せない関係にあり、未だ答えを見ていません。
しかし、日本では「歴史は客観でなければならない!客観!!」と叫ばれるのに、この問題にはそっぽを向いていると言えます。


>韓国北朝鮮側にも被害拡大解釈や誤解、言いがかりはあろうかと思われますが、総合的に判断して日本は結局悪いことをしたんでしょうか?

これは、イエスでもありノーでもあります。
よく「インフラを整備してやったんだ」みたいなことを言う人がいますが、当時の人が朝鮮人のためにインフラ整備したのか、日本人のために整備したのかで答えが変わってくるでしょうね。
で、それを証明してみせるには「史料」が必要となります。
インフラ整備なんかは公共事業なんで、政府や大企業の史料が残ってるかもしれません。
また、政治家個人と官僚、企業などの私的な書簡や日記なんかも参考になりますね。

とまぁ、歴史というのはそれぞれの時代・立場で自分たちが有利になるように書かれたり主張されたりするものですし、史料が残っていない部分は想像で補うしかありませんね。
特に、近代史は政治に直結する部分があるので、まさに「現代の歴史」ですね。

長文乱文で失礼しました。
参考になれば幸いです。
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過去の問題を現在の価値、倫理と照らし合わせて答えることはできません。


昔の日本は農村部の娘を売りに出すということは平然と行なわれていました。
その問題を現在に照らし合わせば、善悪で言うと「悪」になるでしょう。

過去の世界もモノポリズムによる、
支配、植民地合戦だったのです。
先進国が支配してもよいという規定に則って
日本も先進国に入った。
それを現在の価値基準で話す問題ではありませんよね。

日本は大東亜共生圏を掲げ
先進諸国と共に実効支配をしていったのは確かです。
韓国については日本が支配しなかったらどうなっていたか。
欧米人は亜細亜の人間を奴隷扱いします。
既に前例がありますよね。インドにしても。
韓国が欧米列強に支配された場合、
日本以上の酷い扱いを受けていたと、
既に韓国人が言っています。

だからと言って日本人が反省をしないわけにもいかないし、
韓国人が過去の支配感情から未だに脱却できないのも問題でしょう。
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歴史に正しいとか正しくないというのを持ち出しても、永遠に結論は出ません。



例えば例に挙げているパレスチナ問題ですが、あの問題をイギリスのダブル・バインドの問題だと思うとそれは近世史しか理解していないというか、一番根深い宗教問題を無視しているのでパレスチナ問題を本質的には理解していないということになろうかと思います。

そもそも、ユダヤ人がパレスチナの地を自分たちの国であると主張する根拠は、「旧約聖書に神様がお前たちに与えると約束してあるから」という話になります。旧約聖書を信じない私たち日本人からするととんでもなくムチャクチャな理由なんですが、ユダヤ人の根拠はそれです。ちなみに旧約聖書では、ユダヤ人たちが「あのう、なんか先に住んでいる人がいるんですけど、彼らはどうすればいいですか?」と聞いたら神様のお答えは「お前たちに約束して与えたんだから、殺しちゃってオッケー」と返事したので、彼らはそうしました。
今のパレスチナ人の多くはイスラム教徒ですが、イスラム教もユダヤ教と同じ一神教で、旧約聖書を経典として使っています。だから、その論理に従うなら「ユダヤ人の言い分の通りだ」となってしまいます。

ユダヤ人はエルサレムにある「嘆きの壁」という所でお祈りをしますが、嘆きの壁はユダヤ教の神殿の跡です。そこでなにをお祈りしているのかというと、「神様、どうかあのときのユダヤ人の栄光の時代がもう一度来ますように」っていうことだそうです。
それは3000年前のお話です。3000年前の栄光を今もしぶとく決して忘れることなく伝えてきてるんです、ユダヤの人たちは。

だからユダヤ人とパレスチナ人の問題を我々日本人が永遠に理解できないように、朝鮮を植民地化(併合化)したことに対する朝鮮人の怒りを私たちは永遠に理解することができないんです。

どういうことかというと、これは要するに民族としてのプライドの問題なんですね。朝鮮の人たちにとって日本はある意味「目の上のたんこぶ」であると同時に文化歴史的には格上で、中国の優れた文化や技術を朝鮮を通して日本人に教えてやったんだっていう気持ちがあるのです。
その、格下と思っていた連中に植民地にされたものだから、それでなくてもプライドが異常に高い民族なのにプライドをズタズタにされたので怨んでいるのです。
だから私たちがいくら理性で説いても、それは感情の問題だから決して理解されません。
そしてそれなら謝ればいいかというと、例えば自分の家族を殺された人に犯人とその家族が「申し訳ありません」と土下座して、仮に死刑になったとしても遺族の怒りと怨みは消えませんよね。「犯人は責任をとって死刑になりました」といったところで死んだ人が帰ってくるわけでもありません。延々と犯人の家族に怨みつらみをぶつける人もいるでしょう。

それと同じです。私たち日本人が戦争に負けてボロボロになったまではよかった。ところが、よりにもよって朝鮮戦争で経済をよみがえらせて韓国より豊かになり世界に冠たる経済大国にまでなった。それがまた余計に腹立たしいのですよ。これでいつまでたっても貧しい国のままで、韓国に頭を下げて経済援助をしてもらうような関係であれば彼らも優越感を感じることができたのでしょうけどね。
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イスラエルについて国家間合意というのは何でしょう。


英国が勝手にやった、あの二枚舌外交のことでしょうか?

イスラエルは、2千年前のことを理由にパレスチナ人を
追い出し、建国しました。お陰で数百万のパレスチナ難民が発生しました。
これが通るなら、アメリカ人の殆どは米国大陸から
追い出されなければなりません。

これに対して、日韓併合は当事国である韓国が頼んできたのです。
当時韓国はアジア最貧国で、独力で独立を維持できる
力はありませんでした。
それで、ロシアか日本に併合してもらおう、とロシア派と
日本派が別れて争った結果、日本派が勝ち、併合を頼んで
きました。

日本としてもこれは国益になります。
半島に、列強、特にロシアの軍事基地が出来たら、日本の安全は
どうなるか、火を見るよりも明らかです。

米国は、キューバにソ連のミサイル基地が出来る、というだけで
第三次世界大戦覚悟で海上封鎖をやりました。
あんな近くにソ連のミサイル基地が出来たら、米国の安全が
脅かされるからです。

そういう訳で、併合は日本にとっても渡りに船で、
日本は韓国の近代化に乗り出しました。
日本としては、韓国を強力にしてロシアに対する防波堤にしたかった
のです。
その為、日本は赤字を出してまで物心両方から韓国の
インフラ整備に勤めました。

このようにして、日本は日本の利益の為に韓国の近代化に
努力したのです。
それは米国が、戦後、社会主義に対する防波堤として
日本を利用するために、日本を援助したのと同じ図式です。

もうお判りだと思いますが、国際間には善悪は無いのです。
どこの国も国益を謀って争っているのだけなのです。

それはともかく、日本は韓国の為というよりも日本の為に
色々やっただけなので、感謝を要求することはおかしいのですが、
韓国はもっとおかしいのです。

損害など発生していないのに、得たのは利益だけなのに、
自分から頼んで来たのに、日本が負けると
手のひらを返して、やれ謝罪だ倍賞だと。

挙げ句の果ては、楽園に踏み込んで地獄に変えた、みたいな
ことまで言っています。
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広い視野を持っていただきたい。

日韓問題は朝鮮半島だけを見ても理解できません。朝鮮半島は地理的には満州と接していました。満州は歴史的には騎馬遊牧民族や先住少数民族の土地でした。朝鮮半島が高麗の時代には契丹や蒙古に攻められました。蒙古に攻められた時に高麗は親蒙古勢力と反蒙古勢力に分かれて、反蒙古勢力は時の鎌倉幕府に支援を要請しました。共同で蒙古の侵略を撃退しようという申し入れでした。しかし大陸・半島情勢に疎くて無知無関心な鎌倉幕府は、その申し入れを黙殺してしまいました。その結果、反蒙古勢力は壊滅し、高麗は元の属国となり、元寇が起きたのです。騎馬遊牧民族は海など見たこともないし、船など作れません。鎌倉幕府が高麗を助けていれば、元寇は決して起こらなかったのです。その後、満州では女真族が勢力を拡大し、清王朝を建て、中国を統治します。清は李氏朝鮮に攻め込み、李氏朝鮮を属国にします。ところが19世紀中ごろ清の退潮を見て取った露西亜が南下します。それまで露西亜はオスマン帝国を攻めて、バルカン半島方面の南下政策を推進していたのですが、クリミア戦争に敗れてバルカン半島方面の南下を一時中断し、極東方面の南下政策を推進するように政策を転換したのです。その手始めとして1860年の北京条約で露西亜は清から外満州を獲得したのです。外満州は現在の露西亜沿海州です。この時が歴史始まっていらい、初めて露西亜と朝鮮が国境を接した時です。露西亜は沿海州に軍港都市ウラジオストクを建設し極東艦隊を配備します。そうなれば朝鮮半島も日本も独立が危うい。露西亜がオスマン帝国の領土を侵食したように朝鮮も日本も侵食されかねません。それが日本が西南雄藩が明治維新を急ぎ、明治政府によって殖産興業、富国強兵に励んだ理由なのです。大陸・半島情勢に疎かった東国武士中心の鎌倉幕府や徳川幕府と違って、西南雄藩にとっては「露西亜の極東方面の南下政策」は大変な危機だったのです。もし元寇が再現すれば、神風が吹いたところで露西亜の軍艦を追い払うことなどできない。1861年ロシア軍艦対馬占領事件が起きます。たった一隻の軍艦の不法占拠も幕府は追い払うことができなかったのです。ロシア軍艦対馬占領事件はイギリスが介入したことで解決しました。イギリスと対決したくないロシアは自重して退去していったのです。

日本が李氏朝鮮の近代化を助けようと考えたのは「露西亜の極東方面の南下政策」が背景にあります。何もしなければ李氏朝鮮はロシアの植民地にされ釜山が極東艦隊の軍港都市にされてしまいます。シベリア鉄道でモスクワと釜山が結ばれれば、いつ大軍が攻めてくるか分かりません。そうなってはたまらない。だから日本は李氏朝鮮の公費留学生を受け入れたり、福沢諭吉がハングルの普及に努力したりしたのです。その留学生の一人が金玉均です。金玉均は閔氏政権打倒のクーデターを起すも、わずか3日で鎮圧され1894年閔氏政権に暗殺されてしまいます。日本は金玉均の死を悼み、東学党の乱で混乱する朝鮮半島で金玉均の妻子を保護しました。その後も日本は朝鮮の近代化を支援したのですが、なかなかうまくいきませんでした。朝鮮の親露派がロシア軍人と結託して、高宗をロシア公使館に拉致しました。それが1896年から1897年の露館播遷です。日本は日清戦争で李氏朝鮮がもはや清の属国でないことを確認させましたが、それが裏目になって反ってロシアの朝鮮進出を助けてしまったのです。高宗はロシアに鉄道敷設権、鉱山採掘権、山林伐採権を売却します。これは植民地化まっしぐらの売国政策でした。

ロシアは日清戦争に便乗して、三国干渉で遼東半島を日本から清に返還させたと思いきや、遼東半島の大連・旅順を租借地にし、シベリア鉄道とつながる鉄道の建設も始めたのです。日本は「露西亜の極東方面の南下政策」をなんとか食い止めようと努力したにもかかわらず、ことごとく裏目でロシアに逆用されてしまったのです。ロシアは義和団の乱に便乗して、満州全土を軍事占領してしまいます。増長するロシアを放置できないと考えたイギリスは日英同盟を結びロシアを牽制しようとします。ロシアは1894年に露仏同盟を結びフランスの資本導入と技術支援によってシベリア鉄道建設を加速させていました。日本は「露西亜の極東方面の南下政策」を食い止めるには、戦争も覚悟しなければならなかったのです。朝鮮にも日本と共同でロシアの朝鮮進出を食い止めようと考える人達がいました。それが京義線の元となる軍用鉄道の敷設につながりました。鉄道敷設権は日本がロシアから買い戻していました。しかし出資者が現れず、具体的な鉄道敷設は滞っていたのです。ところが親日派の無償の労務提供の申し入れがあり、日朝の協力で鉄道敷設は推進されました。はたして日露戦争は、ロシア怪しからんと考えるアメリカ・イギリス・トルコなどの協力を得て日本が辛勝しました。日露戦争での日本の勝利を受けて朝鮮半島では親日派が親露派を圧倒し、日韓併合にいたるのです。一方、極東方面の南下政策の野望を挫かれた露西亜は再びバルカン半島に眼を向けます。それが第一次世界大戦につながるのです。朝鮮総督府は明治政府が為し遂げた近代化政策と同様に朝鮮半島でも近代化政策を為し遂げた。身分制度・身分差別を廃止しました。それは特権階級の既得権益を奪うことにもなりました。日本でも当初、近代化政策の反発する動きはありました。血税反対一揆、学制反対一揆、地租改正反対一揆、解放令反対一揆、士族の反乱といった具合です。日本でもそうなのですから、朝鮮でだって反発が無かった筈はないのです。明治政府はそれらの一揆や反乱をことごとく鎮圧しましたが、それは武士道とは言い難い愚行だったのでしょうか。私はそうは思いません。明治政府はちょんまげを廃止しました。土地の文化を尊重してあげるべきだったのでしょうか。私はそうとも思いません。
朝鮮総督府の政策は、ほとんどが明治政府の近代化政策のコピーでした。そんなこと頼んだ覚えは無い。そう反発があったのは当然です。

しかし日本には純宗皇帝の勅諭「日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。」との朝鮮人民への勅諭に報いる責任がありました。現代的な価値観からすれば明治政府はかなり荒っぽいこともしました。それは朝鮮総督府だって同じです。しかし当時の日本人はそれが精一杯だった。結果的に失敗もあったでしょう。しかしそれも一生懸命やったことです。日本は朝鮮人民も日本人と区別なく扱いました。孫基禎選手は日本選手団の一員としてベルリン・オリンピック男子マラソンで金メダルを勝ち取りました。同じく南昇竜選手は銅メダルを勝ち取りました。それはとりもなおさず2人の才能と努力の賜物です。しかし朝鮮総督府が学校を建てて彼らに学業を修める機会を与えていなければ、彼らには才能を開花させる機会も得られなかったはずなのです。現代の韓国人がベルリン・オリンピックには朝鮮選手団で参加したかったと考えるのは心情としては理解できます。しかしだからといって差別だの迫害と在らぬいいがかりをつけられるいわれはありません。朝鮮人民はまさしく日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受したのです。総合的に判断して孫基禎選手・南昇竜選手をオリンピック代表に選考したのは悪いことだったのでしょうか。私はそうは思いません。
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> 昨夜イスラエルの入植地問題のニュースを見ていてふと大東亜共栄圏及び日韓併合を彷彿とさせました


> まず国家間で了承がありましたし、あとから越してきユダヤ人が大きな家に住んで現地人がそれを建てているという逆転的構図が類似しているなと思えます。
> しかし了承があるからといって市民からしてみれば頭の上で勝手に取り決められたことなので僕は人道的に正しいことだったとは思えなくなりました。

朝鮮併合とイスラエルとの決定的な違いは、イスラエルは現地とは無関係のイギリスが承認したと同時に別の国にも同じ土地を領土として承認した(これがそもそものパレスチナ問題の原因)が、朝鮮に関しては大韓帝国という国民国家が日本との間の併合条約を結んだという点です。
イスラエルの場合は現地に元々いた住人にとっては正に頭の上で決まったことでしたが、朝鮮併合の場合は支配国や支配者(王族)が勝手に決めたのではなく、当時の朝鮮最大政党が強力に推進して実現した(彼らが望んでいた形とは違うようですが)という点でも異なっています。


> たとえどこかに飲み込まれようともその土地の文化を尊重してあげるべきだったのかなあ、とも考えてしまいました。

朝鮮半島の文化はかなり尊重され保護されています。

例えばハングルは日本が普及に努めています。ハングルの新聞も発行されていますし、ハングルの電報すらうてました。

他にも、例えば朝鮮王朝の儀軌が先ごろ話題になりましたが、日本にあるのは写本です。正本は朝鮮半島にありましたが、日本の保護がなくなった太平洋戦争後、全て失われました。

朝鮮の高麗仏教は、高麗滅亡後に李氏朝鮮によって排斥され、242山の寺院のみが認められ、その他は全て破却されました。これらは日本統治下においてかなり手厚く保護されています(例:海印寺)。

その他、工芸品では陶磁器が有名ですが、日本人の浅川兄弟によって日本に紹介されるなど、かなり尊重されています。

創氏改名も、別段日本風の名前を付ける必要はなく、そのままの名を使うことができました。例えば中将にまでなった洪思翊は朝鮮の名前をそのまま使っています。


> 被害拡大解釈や誤解、言いがかりはあろうかと思われますが、総合的に判断して日本は結局悪いことをしたんでしょうか?

良い、悪いは判断する人が決めることです。
例えば朝鮮半島で日本がやったことの一つとして奴隷解放がありますが、奴隷を所有していた両班階級にとっては悪いことです。現代朝鮮人は、ほとんどすべて両班階級の子孫と自称していますから、その意味では悪いのかもしれません。
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