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明治半ばの養子となっている戸籍を入手しました。
仮に戸主を青木太郎とさせていただきます。

前戸主は女戸主でこれも仮に青木キクとさせていただきます。
身分事項欄を見ますと青木キクさんが明治41年に死亡して家督相続をしています。
戸主の青木太郎さんは明治27年の出生なのですが
前戸主との続柄は養子となっておりまして、父母欄ですが
父が亡青木市蔵(これも仮です)、母が亡青木キク、そして養母亡青木キクとなっています。
養父欄はありません。

実母と養母が同姓同名で別人という可能性もあるとは思うのですが
実際の氏名は特徴のあるものなので同一人物の可能性が高いと考えています。
離婚あるいは父死亡での婚姻解消となった場合で養子にできるのかと
さまざまなその後の想像していますが実際のところありえる可能性は
どういった場合でしょうか。よろしくお願い致します。

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A 回答 (2件)

どうも昔の巷は出生の届けもルーズな所があるようです。


(嫡出子であってもある程度成長を見届けるまでは認知をしない、婚姻届も
 第1子誕生まで出さないなど)

もしも太郎さんの出生届が滞っていたならば、養子の線もありかと。
諸般の時代と各々の年齢の関係や御親戚の情報などを総合されての判断となりましょうか。

本当はキクさんの生存時代の戸籍謄本があれば判明するでしょうが、壬申戸籍の可能性が高く
今は誰も見ることが許されていません。(また、除籍簿の対象は80年間と聞いております)
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この回答へのお礼

アドバイスをありがとうございます。

そうでしたか、そんなルーズなこともあったのですね。
確かにこの戸籍でも家督相続の届出が出されるまでに
二年半以上かかっているようですが、少し話がちがうでしょうか。

この青木太郎さんの場合は明治27年出生、養子縁組が明治39年ですし
もちろんはじめから養子のみの記載というのはありえませんから
実母と養母が同一人物と仮定しますとどういった経緯の場合に
戸籍の記載として成立するのかを考えております。

青木キクさんの戸籍の請求も考えてはいます。
ただ必要でもない戸籍ですし、年代的には存在するものですが
残っていない可能性もあると思っています。
単純に戸籍上実母と養母が同一人物になるにはどういった経緯が
考えられるのだろうと興味を持っているのです。

後から説明用の画像を添付することができませんので
画像を付けて再質問させていただきますね。
なにかおわかりでしたらご指導いただけますと幸いです。

戸籍謄本、除籍謄本の保存年数は変遷しておりますが二年前の6月に
150年に延長はされております。
もちろんそれ以前に法的廃棄扱いでしたら入手はできないです。

お礼日時:2012/07/20 00:18

私の家にも先祖が養子で相続したと記された戸籍があります。


その養子はどこの家からきたのかが、戸籍に書かれていません。
檀家の寺は戦災で過去帳が焼失し、調べようがなくなっています。
明治は遠きになりにけり、ですね。
養子だったのに、父と母が戸籍に書かれているということは、一度ほかの家に養子などで出たのが、また家にもどったということではないでしょうか。
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この回答へのお礼

アドバイスをありがとうございます。

そうですね、以前は養子縁組が多かったようですね。
古い家系図でも養子や養嫡といった記載が多いです。

自治体それぞれの状況にもよりますが明治19年式の戸籍が
たくさんある場合もありますが逆に電算化が進んで
古い戸籍が法的廃棄されてしまったところもあります。

養子縁組で外に出たとしましても戻る場合は協議離縁して
復籍という形になるのではと思うのですが
姓がそのままの女戸主のところに戻る場合はどうなんでしょうね。
後から説明用の画像を添付することができませんので
画像を付けて再質問させていただきますね。
なにかおわかりでしたらご指導いただけますと幸いです。

お礼日時:2012/07/20 00:16

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Q明治時代の養子制度

戸籍をとって見ていると
明治の頃 本人が養子に行ったり
また 本戸籍に戻ったりしているのですが
この時代に こういう流れになるのは
どういった環境が推測されるのでしょうか
昔のことなので 聞ける相手は誰も無く
困っています

Aベストアンサー

こんにちは。特別に専門家とかではないのですが、明治~大正期の風俗といった方面に非常に興味があり、私の知っている範囲ですが少しだけお答えさせていただきます。

明治うまれの詩人に、室生犀星という人がいますよね。彼には自伝があるのですが、なんと2回、養子に行っています。しかも2回目は「隣のお寺」という、今の感覚からすると軽いノリ(笑)で行っています。

犀星の場合は、両親がともに早くに亡くなってしまったため、ということなのですが。

また、柳田国男なども養子にいっています(彼はもともとは柳田という姓ではありません)。柳田国男の兄弟たちは、皆それぞれ非凡な才能のある人たちでびっくりしてしまうのですが、兄弟なの姓がバラバラです。それぞれが別の家へ養子に入ってしまっているからです。

『この時代に こういう流れになるのは
どういった環境が推測されるのでしょうか 』
と、ありますが、
まずひとつには、今よりも子供の数が平均的に多いのだけれども、教育のシステムが今よりも整っていない→優秀な子供の場合、「家の跡をつがせる」という暗黙の了解のもとに養子として学費等を出資する・・というかんじではないかな?と思います。

今と法律なども違います。家父長制が根強く残っていた時代です。家と家との結びつきのための養子というものもあったかもしれません。
また、どのような理由から養子となったのかも、それぞれ違うと思います。「育てられない」という理由いがいに、賢い子を望まれて、名家に養子に出したという場合もあるでしょう。
また、もしかすると今よりも法的な手続きが簡単だったのかもしれません(養子縁組をすることでからんでくる問題(税金等)などのことが複雑ではないのかも?)←ちょっと旧民法等がわからないので、流してください。。

当時を生きていた人の書いたものを読むのがてっとり早いかもしれません。上記にある、室生犀星の自伝は『ある少女の死まで』という本です。
参考URLにあげたのは、当時のひとびとの記録として秀逸の本です。明治という時代がどのように人間を扱っていた時代なのかというのがわかるかもしれません。

(とりあえず、今とは非常に違うということは言えると思います)

参考URL:http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/8/3310910.html

こんにちは。特別に専門家とかではないのですが、明治~大正期の風俗といった方面に非常に興味があり、私の知っている範囲ですが少しだけお答えさせていただきます。

明治うまれの詩人に、室生犀星という人がいますよね。彼には自伝があるのですが、なんと2回、養子に行っています。しかも2回目は「隣のお寺」という、今の感覚からすると軽いノリ(笑)で行っています。

犀星の場合は、両親がともに早くに亡くなってしまったため、ということなのですが。

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Q昔の戸籍について

ウィ○ペディアを見ると、
>1948年(昭和23年式戸籍)
>「華族」や「平民」などの身分事項の記載は廃止された。

とありますが、これはそれ以前まで身分事項は記載されていたということですよね。実際この時代に生きた華族・士族・平民の人は自分が戸籍の身分事項に何と記載されているのかは知っていたのでしょうか?
祖先の身分について調べているのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

次のサイトで詳しく解説され、戸籍の見本も掲載されていますが、
・明治5年式戸籍(壬申戸籍)。
・明治19年式。
・大正4年式。
・昭和23年式。
・平成6年式(コンピューター登録の実施)。
に分かれます。
http://1st.geocities.jp/edenno2/kosekinorekisi.html

この内の「壬申戸籍」と「明治19年式戸籍」には、「身分」が書かれてありますが、
「明治19年式」では、「新平民」は皆「平民」に統一されました。そして、その中でも、「農」「商」「工」などと分類されました。
「大正4年式」では「身分」は記載されなくなりました。

壬申戸籍は、昭和43年まで閲覧できましたが、「新平民」(江戸時代には、「非人」や「穢多(えた)」と呼ばれた人たち。)に対する差別、例えば、大企業での(中小企業あたりさえも)採用取り消しや公務員への採用取り消しなどが発生したため、昭和43年に「壬申戸籍」は、各地の法務局の金庫に封印、厳重保管され、現在では、決して見ることはではません。
しかし、昭和43年まで、誰でも閲覧できたため、また、役場の戸籍係でさえ「新平民」の欄に折り目をしたり、付箋をしたりして「差別」をしましたので、それが、今日の「部落開放」とか「同和問題」につながっているのです。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

次のサイトで詳しく解説され、戸籍の見本も掲載されていますが、
・明治5年式戸籍(壬申戸籍)。
・明治19年式。
・大正4年式。
・昭和23年式。
・平成6年式(コンピューター登録の実施)。
に分かれます。
http://1st.geocities.jp/edenno2/kosekinorekisi.html

この内の「壬申戸籍」と「明治19年式戸籍」には、「身分」が書かれてありますが、
「明治19年式」では、「新平民」は皆「平民」に統一されました。そして、その中でも、「農」「...続きを読む

Q古いの戸籍謄本、 漢字が読めません。明治時代の役人の手書きです。②

文章や漢字が正確に読めないのです。
私の母方の曾祖母『ユキ』さんの戸籍です。安政元年生まれ 赤字の囲っている字が読めません
何が書いてあるのか全く理解不能です 赤線で囲っている箇所です。

詳しい方がいらっしゃいましたら ご教示お願いします・

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめの赤で囲ったところは、次の通りです。
  城肝七右ヱ(ヱは、エかも知れません)門(長女入籍ス)
No.1 のかたの回答で、ノ が入っていますが、これは門の門構えの右の長い縦画が、左に流れたものです。
姓の2文字目は、月の第二画(横の線)が、長く左から出ていますので、月には見えないのですが、上の字の画ではなさそうなので、月の第二画と考え、筆が(文字通り)滑ったものとしました(この画が長くなる偏として考えられるのは、耳偏ぐらいしか思いつきませんし、耳偏で旁に干という字もなさそうですから)。 
私は、聞いたことがないので、城肝 という姓があるのか気になります。

次の赤で囲っているとことは、次の通りです。
  明治2九年三月2五日書類受付__○○○長男静右ヱ門妻トドケ
2は、十を2つ並べたもので、甘の箱の中の横画を取り除いた字形です。漢字変換で、この字が出てきませんでしたので、2としてあります。
__としたところは、原文で1文字空きの分です。
3個の○は、3文字分不明ということですが、そもそも3文字なのかもはっきりしません。最初のところが、大のように見え、その中に小さいエのようなものが書かれています。そして、その下に電の下の部分が書かれているように見えます。ここまでで、1文字なのか、2文字なのかが分かりません。その次の文字は、守のように見えますが、はっきりしません。ここの○○○のところは、名前(姓ではなく)か、続柄(戸主とか、父とか)が来るところです。父の可能性がありますし、そのように思ってみると、大のように見えるとした文字は父に見えますが、父の上の「ハ」部分が見えないように思いますので、結局不明としました。
静右ヱ門のヱは、第一画に斜めの線が就いていますから、ヱで間違いないと思います。
トドケのドは、上の字と同じ字を繰り返すときに使われる「 、」(正式になんと言うのか知りませんが、踊り字のチョン、この回答では「、」で代用していますが、句読点の位置ではなく、真ん中近くに来ます。)に濁点の点々をつけたものです。

はじめの赤で囲ったところは、次の通りです。
  城肝七右ヱ(ヱは、エかも知れません)門(長女入籍ス)
No.1 のかたの回答で、ノ が入っていますが、これは門の門構えの右の長い縦画が、左に流れたものです。
姓の2文字目は、月の第二画(横の線)が、長く左から出ていますので、月には見えないのですが、上の字の画ではなさそうなので、月の第二画と考え、筆が(文字通り)滑ったものとしました(この画が長くなる偏として考えられるのは、耳偏ぐらいしか思いつきませんし、耳偏で旁に干という字もなさそうで...続きを読む

Q江戸時代の戸籍謄本を入手する方法は?

私の家の家系図を作成する計画です。その為の参考資料として戸籍謄本を利用したいと思います。

私を起点として、私の祖先(配偶者含む)の名前と生年月日、没年月日、結婚又は離婚の年月、養子縁組の年月、祖先の親の氏名などを世代を遡って把握します。また父母、祖父母、曽祖父母に関する事項だけでなく、彼らの兄弟姉妹に関する情報も必要になります。そこで質問です。

質問(1)今の役所で保存されている戸籍の原本では、祖先の系譜をどの頃まで遡ることができるのでしょうか。明治の初めまででしょうか。

質問(2)(この質問の方が重要ですが)仮に遡る限界が明治初期の場合、それ以前、つまり幕藩体制時代の戸籍についての記録は、どこで保存されているのでしょうか。(ちなみに私の祖先は愛知県知多郡におりましたので、「尾張藩」です。)菩提寺の過去帳では戒名は分かりますが俗名が分からないのです。

ご存知の方、よろしくお願いします。

質問の答が分からなくても、質問の答を見つける方法をご存知でしたら教えて下さい。(どの役所に聞いてみる、とか、どこの歴史資料館で捜す、とか、ホームページとか。)

私の家の家系図を作成する計画です。その為の参考資料として戸籍謄本を利用したいと思います。

私を起点として、私の祖先(配偶者含む)の名前と生年月日、没年月日、結婚又は離婚の年月、養子縁組の年月、祖先の親の氏名などを世代を遡って把握します。また父母、祖父母、曽祖父母に関する事項だけでなく、彼らの兄弟姉妹に関する情報も必要になります。そこで質問です。

質問(1)今の役所で保存されている戸籍の原本では、祖先の系譜をどの頃まで遡ることができるのでしょうか。明治の初めまででしょうか。...続きを読む

Aベストアンサー

ご自身が含まれる戸籍は自由に入手は可能ですが、いくら親兄弟であっても戸籍が別となっていれば、正当な理由や権利が無ければ入手できません。
相続や先祖を祀るなどの理由があれば直系であれば入手は可能でしょう。
それぞれから委任状などを得る必要があると思います。

1については、戸籍によって保存期間があり、既に処分されているものもあるようです。自治体によって法律上の保存期間を超えても処分していない役所も多いと思いますので、それぞれの役所へ確認しましょう。私の地元の役所では江戸時代ぐらいのものはまだあるようです。

2については、役所の戸籍でわからず、寺などの過去帳でわからなければ難しいでしょう。

戸籍謄本は自分との関係を証明しながら取る必要性がありますので、ご自分や親の戸籍から遡って、わかる範囲で戸主の名前で請求するようになるでしょう。縁故者の協力状況によっては、遡るにも限度があると思います。
行政書士などは職権で戸籍謄本などの入手が可能な為、一部の行政書士などが家系図作成を請け負っている場合などもあります。

私自身、家督相続時代を含めた相続手続き(登記)を行った際、遡るのに結構大変でした。

頑張ってください。

ご自身が含まれる戸籍は自由に入手は可能ですが、いくら親兄弟であっても戸籍が別となっていれば、正当な理由や権利が無ければ入手できません。
相続や先祖を祀るなどの理由があれば直系であれば入手は可能でしょう。
それぞれから委任状などを得る必要があると思います。

1については、戸籍によって保存期間があり、既に処分されているものもあるようです。自治体によって法律上の保存期間を超えても処分していない役所も多いと思いますので、それぞれの役所へ確認しましょう。私の地元の役所では江戸時代...続きを読む

Q過去帳を写してくれたお寺へのお礼の額について

家系図を作ろうと思っています。お寺のご住職に「過去帳を見せていただきたい」と申しましたら、「私が作ります」とのお話でした。いろいろな事情があって檀家にも見せないようになってきていると聞いたことがありますのでやむおえないと思っています。この場合ご住職が書き写したものをいただけるものと思いますが、そのお礼の額は一般的な範囲でどのくらいお渡ししたらよいものでしょうか。多いほど良いことは承知していますが、決して裕福でもないのでご住職の労力を勘案して失礼の無い程度のお礼をしたいと考えています。ちなみに宗派は曹洞宗で地域では古刹です。

Aベストアンサー

こんにちは。。

 仏式の祭式に関する仕事をしています。私自身はお坊さんではありませんが、お寺さんと接する機会が少なからずあります。

 昨今、お寺の過去帳を元にご先祖様や家系を調べようとされる方が増えているそうです。
 確かに個人情報の塊みたいな過去帳は、簡単には見せていただけないでしょう。たいていのお寺さんはそういう対応のようですね。
 
 さて、お礼ですが、どれぐらいの手間がかかるかによって異なるでしょうね。だいたい以下の点にご留意いただければ、と思います。
 お寺さんからご説明があったかもしれませんが、ご質問の文面から、質問者さんの依頼の詳細がわかりにくいので、少し長くなりますがいろいろなケースを記してみます。(補足いただければ、数日かかるかと思いますが、自分が知る限りのことは再度アドバイスできると思います。)

 まず、お寺さん側の事情ですが、お寺の過去帳の記述形式によって、お寺さんの手間がかなり変わります。家単位で故人を振り分けた過去帳が昔から作成されているなら、ご質問者さんの家の分を書き写せばそれで済みますが、江戸時代は一般人に姓はありませんでしたから、お武家さんか、苗字帯刀を許された家などでないと、それほど古くから家単位に分けたものはないでしょう。その場合、膨大な過去帳の中から一人づつ探していかないといけなくなり、かなり手間がかかります。
 そうなると、お願いする側がどれぐらいの人数を調べようとするのか、どれぐらいの情報を提供できるのかで、調べやすさは変わってきます。年代順に檀家さんが亡くなった順番で記述してある過去帳の場合、没年月日がわかると格段に調べやすくなります。反対に、戒名しかわからないとか、とにかくウチに関係ありそうな人を調べてとかいう依頼は、とたんに調べにくくなります。
 江戸時代の俗名の表記は職業や地名の次に名前が書いてある(○○の何衛門)という形式で書かれていることが多いと思うので、かつて自分の先祖がどのように呼ばれていたかがわかれば、より正確な調べができると思います。

 調べやすいケースの場合、そのお寺で法事を依頼された場合の御布施程度、数名調べていただいただけならそれ以下でも構わないかな、と思いました。
 調べにくい場合は、ケースバイケースですね。情報が少ない上に人数が多いとなると、お寺さんは相当難渋されると思います。ご法事のお布施の2倍程度は必要かな、と思いました。(お寺さんにお聞きになると、たぶん遠慮されて、あんまり高くはおっしゃらないと思いますけど。それでも古い過去帳を調べるのは結構たいへんそうですよ。古文書を読むみたいに文字を判読していかないといけない場合もあるそうです。)

 それと、蛇足ですが、お寺でも案外古い年代までわからないことがあります。お住まいの地域での葬祭が、昔どのように行われていたか、あるいはお寺に荒れた時期があったり、火事にみまわれたことがあったりする場合等によって、お寺に残っている記録の古さはかなり異なります。(お寺自体の歴史の古さと記録の古さは関係ない場合もあります。)
 ご参考になればよいのですが。では。

こんにちは。。

 仏式の祭式に関する仕事をしています。私自身はお坊さんではありませんが、お寺さんと接する機会が少なからずあります。

 昨今、お寺の過去帳を元にご先祖様や家系を調べようとされる方が増えているそうです。
 確かに個人情報の塊みたいな過去帳は、簡単には見せていただけないでしょう。たいていのお寺さんはそういう対応のようですね。
 
 さて、お礼ですが、どれぐらいの手間がかかるかによって異なるでしょうね。だいたい以下の点にご留意いただければ、と思います。
 お寺...続きを読む

Q明治初期の住所で

明治初期のある書類で住所が記載されているのですが、○○県○○郡○○村字二〇二二番屋敷とあるのですが、この「屋敷」と言うのは地名なのでしょうか、それとも建物としての屋敷の番号なのでしょうか?
ご存知の方ご教授願います。

Aベストアンサー

 ご質問にある「屋敷」は住所の一部です。
 明治4年に近代日本最初の「戸籍法」が公布されました。(明治4年4月4日大政官布告第170号・明治5年2月1日施行)いわゆる「壬申戸籍」と呼ばれています。その中に「毎戸ニ官私ノ差別ナク、臣民一般番号ヲ定メ其住所ヲ記スル、スベテ何番屋敷卜記シ編製ノ順序モ其ノ号数ヲ以テ定ムルヲ要ス」とあり、この住所表示方法は「屋敷番制度」などと呼ばれています。
 この後、明治19年に戸籍法の改革がありました。(「戸籍取扱手続」明治19年10月16日内務省令第22号、「戸籍登記書式等」同日内務省訓令第20号)この時に、住所の表示方法も改正され、「屋敷番制度」から「地番制度」になります。すなはち、「○○番屋敷」から「○○番地」に変わりました。
 ですので、ご質問の住所が明治初期「壬申戸籍」が採用されていた時代の住所でしたら、最初にお答えしたように「住所の一部」になるかと存じます。

Q戸籍の旧字体を新字体にする場合

戸籍に登録されている漢字(旧字体)を新字体に変更すると何か不具合やトラブルなどありますでしょうか?

また、変更すると両親と旧字体、息子が新字体と分かれてしまうのでしょうか?

ご存知の方、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

私は、30年に近く前に、戸籍の姓も名も、両方に文字を旧字体から「略字体」にしました。

届け名は、確か「文字の修正」だと思いました。

姓は、戸籍単位で旧字体から「略字体」修正の届けですが簡単です。
戸籍筆頭者と、配偶者の両方の自署名と、印鑑が必用です(認だったか、実印だったか記憶に無し)

名は、当人だけの自署名と、印鑑が必用で、こちらも旧字体から「略字体」修正の届けですが簡単です。

修正後は、戸籍単位(夫婦単位)で、姓を修正と記載されています(未婚の子も含む)。
私の子が結婚したので聞いてみると、私が修正の届けをした略字体で、戸籍が作成された様です。

また,私の親は、姓を修正していませんので、死亡届・相続の時に戸籍謄本・除籍謄本をみたら、旧字体のままでした。
つまり、私の戸籍(私が筆頭者)と、私の親の戸籍(父親が筆頭者)は、姓の文字が違うということです。

最近の電子化された私の戸籍謄本(抄本)は、文字の修正部分の記載がどうなっているか、謄本・抄本の記憶がありません。

それから、私のお墓の文字は、旧字体で彫ってあります。
しかし、私は、気にしてはいませんが、私の子供たちには理由を説明してあります。


> 戸籍に登録されている漢字(旧字体)を新字体に変更すると何か不具合やトラブルなどありますでしょうか?

私は時々、「戸籍の文字を変えた」と言うと、初めて聞く人はびっくりします。
旧字体と略字体の、文字の修正と説明すると納得します。
しかし、普段から、家族みんなが略字体で書きますので、生活には影響がありません。
逆に、お寺の塔婆や、神社のおふだで、旧字体が書かれると違和感があります。


> また、変更すると両親と旧字体、息子が新字体と分かれてしまうのでしょうか?

nikogooさんの親の姓の質問なら、先に回答のように、nikogooさんの親(戸籍筆頭者と配偶者)が、文字の修正を出さない限り、nikogooさんの親は旧字体のままですし、nikogooさんが結婚しているなら、親とは別の夫婦単位の戸籍です。

nikogooさんの子供の質問なら、子供さんが未婚なら、nikogooさんの戸籍(たぶん、nikogooさんが筆頭者の戸籍)に入っていますので、未婚の子供同じ字体になります。

息子さんが結婚すれば、結婚当時のnikogooさんが戸籍筆頭者の字体です(息子さんが、結婚と同時に相手の姓を名乗れば別ですが・・・・)。

--------------------------

私の知り合いには、略字体で名前を書くと、文字が違うと言って旧字体にこだわる人がいますが、私は、旧字体には全然こだわりません。

また、電子化の文字に無い自体にもこだわる人がいます。電子化できないそれらの文字のほとんどが、代用の文字になっています。
例えば、「崎」の文字が、上が「山かんむり」だといったり、「山かんむり」に「鳥」だったり。
高」の文字が、「なべぶた」の下が「はしご」状の文字だったり。
「柳」の右側の「卯」が、いろいろな形だったり。
「渡辺」の文字の、「渡」にも「辺」にも、それぞれ両方にいろいろな形の「渡」と「辺」もあり。

「吉田」の文字の「吉」の上半分は、上が長いのが標準らしいですが、上が短い土の文字の「土吉」も変換が出来る?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1023337975
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1352606183

私は、30年に近く前に、戸籍の姓も名も、両方に文字を旧字体から「略字体」にしました。

届け名は、確か「文字の修正」だと思いました。

姓は、戸籍単位で旧字体から「略字体」修正の届けですが簡単です。
戸籍筆頭者と、配偶者の両方の自署名と、印鑑が必用です(認だったか、実印だったか記憶に無し)

名は、当人だけの自署名と、印鑑が必用で、こちらも旧字体から「略字体」修正の届けですが簡単です。

修正後は、戸籍単位(夫婦単位)で、姓を修正と記載されています(未婚の子も含む)。
私の子が結婚...続きを読む

Q父母,祖父母の出生について調べたいです。

父母,祖父母の出生について調べています。
本籍について調べようと思い,役所で戸籍抄本をとってみたのですが
本籍は結婚や引越の際に変わるため,どこで産まれたかは市町村までしか載っておらず詳しい住所が分かりません。(「出生届:××県○○市」と書かれています。)
また,祖父母までは本籍が分かるのですが,曾祖父母については分からなくて,どう調べていいのか分かりません。

祖父母の故郷(詳しい住所)や曾祖父母の戸籍について調べる方法があれば教えてください。
よろしくお願いします。

ちなみに,現在は父方の祖母だけで,他は他界しています。

Aベストアンサー

先祖の住所を公的書類で調べるのは難しいと思います。
そもそも本籍は住所とは別のものですし,
戸籍の付属書類として住所を控えている「戸籍の附票」は,
戸籍が除去されてから,または戸籍の附票が改製されてから
5年間しか保存期間がありません。
亡くなってから5年以上経過した人の住所を公的書類で直接確認するのは,
まずできないと考えていいと思います。

これに対して,戸籍をたどることは可能です。
保存期間が長いので,何世代かは取得することができます。
戸籍の記載を読み解くと,
「××から転籍」とか「××から入籍」とか「××から分籍」とか,
「××から○籍○」という記載が出てくるかと思います。
この「××」が従前戸籍の本籍です。
またその本籍に人の名前が一緒に書かれている場合には,
その人が従前戸籍の筆頭者または戸主です。
戸籍は,本籍と筆頭者または戸主の名前で特定しますので,
その情報を基に管轄の役所に請求すると,証明書の交付が受けられます。

また「改製」という言葉が出てくることがありますが,
これは様式が変わったことにより戸籍簿が変更された場合の記載です。
平成改製は電算化によるものなので,
改製前戸籍(原戸籍)の本籍・筆頭者は現行戸籍と同じです。
昭和32年改製は戸主制度から現行制度に編成単位が変わったせいなので,
原戸籍の本籍は同じだけど戸主は筆頭者と同じとは限りません。
その場合には,その記載の近くに従前戸籍の表示があったように思いますので,
それを確認して管轄の役所に請求することになります。

戸籍謄本の交付請求書は,各自治体のHPで見つけることができたりします。

交付手数料ですが,除籍謄本,原戸籍謄本は1部が750円です。
この手数料は,郵送であれば定額小為替を送る方法で支払います。
定額小為替は郵便局で購入するもので,
発行手数料が1通100円(高額なものはもう少し高い)かかるのですが,
役所でおつりが生じる場合には切手で返されることがありますので,
あまり高額を送らないほうが良いと思います。

先祖の住所を公的書類で調べるのは難しいと思います。
そもそも本籍は住所とは別のものですし,
戸籍の付属書類として住所を控えている「戸籍の附票」は,
戸籍が除去されてから,または戸籍の附票が改製されてから
5年間しか保存期間がありません。
亡くなってから5年以上経過した人の住所を公的書類で直接確認するのは,
まずできないと考えていいと思います。

これに対して,戸籍をたどることは可能です。
保存期間が長いので,何世代かは取得することができます。
戸籍の記載を読み解くと,
「××から転籍」と...続きを読む

Q旧住所→新住所 検索できる方法

このごろの市町村合併に伴い、かなり住所変更があったのですが、
旧住所を入力すると新住所がわかるようなサイトはありませんでしょうか?
もしくは、旧住所入力でも、地図が表示されるサイトなど。
地図検索も、新住所でしか表示されずに困っています。

客先の住所は、以前のままのものが多く変わったのかそうでないのかの
判断すらつかない状態です。
客先によっては、変更連絡が来ていたりもするのですが。

Aベストアンサー

ゆうびんホームページの「市町村合併が行われる住所の郵便番号一覧」
http://www.post.japanpost.jp/zipcode/merge/index.html
合併による住所変更の新住所と旧住所の対応がすべて調べられます。

このページで住所検索すると、旧住所の検索もOK。
http://search.post.japanpost.jp/7zip/

参考URL:http://www.post.japanpost.jp/zipcode/merge/index.html

Q養父とは?

普通に両親がいるのに、養父って何ですか?

Aベストアンサー

前のご質問の流れから、相続関連ですよね、その前提で。

養父とは、養子縁組をした場合の、養子に行った先の父親の事を指します。

通常の養子であれば、実の両親、養父母それぞれからについて相続権がある事となりますが、特別養子縁組をした場合は、実の両親からの相続権はなくなり、養父母からのみの相続権となります。
(その代わり、実子とほぼ同じ扱いなりますが)

下記サイトも、ご参考にされて下さい。
http://www.shiho-shoshi.or.jp/web/guid/inheritance/inheritance_10.html


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