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歩兵の戦術の歴史について無知なので詳しい方教えてもらいたいんですが。
南北戦争の動画を見たんですが、ピケットの突撃で南軍は横陣形でゆっくり歩いていきますよね?
どれほど兵が死のうとも。あと独立戦争でも同様ですよね?何故日本軍みたいに銃剣突撃でワッといかないのかほんとに不思議です。当時は砲弾の命中率が低かったり、傭兵が多くて逃亡の恐れがあったとか背景は分かるんですが、命中率の低いライフルや大砲を使うより大軍で敵陣に向かい駆け足で突撃して切り殺したほうが効果的じゃないですか?白兵戦の訓練受けてなかったんですか?
まして当時は機関銃はなくてライフルの装填も時間がかかりますから、日露戦争の日本軍はロシア軍の機関銃でだいぶやられましたけど、ライフルと大砲の単発射撃だけならたとえ逃亡兵が出ても白兵突撃の効果は絶大だと思ったんですが。ゆっくり行進していては何のための剣なのかと思いました。
当時の軍人は白兵突撃は思いつかなかったんですか?皆逃亡する可能性があったということですか?
両軍ともいつもあのような戦い方をしていたのですか?

あともし逃亡の恐れの無い正規軍なら白兵突撃してましたか?

無知ですみませんが率直に疑問に思ったもので
お答えいただけるとありがたいです。

A 回答 (3件)

まさに歩兵戦術の転換期であった



南軍は傭兵では無い、少数の元職業軍人に率いられた志願兵の集団
士気は高かったが、本格的な訓練を受けておらず近代的な戦術機動は望めなかった

で、統率した指揮官達がそれまで教育されてきた戦術は、ナポレオン時代のものでいわば戦列歩兵戦術
戦列を作って更新しながら射撃を行う
敵弾によって戦列が欠けるとすかさずその戦列を再構成して行進を継続する
で、しかるべき距離にまで接近した後に一斉突撃する
こういう教本に則った教育を受けてきた

だから特に初期の段階では、その教則通りの戦術を採用していた

最初から突撃すると、個人ごとの体力差などで戦列が乱れ各個撃破の典型例になる

多少の損害にもひるまずに整然とした戦列を繰り出すことで、敵兵の動揺を誘う
いわば、我慢比べのようなもの

実際の戦場でのあまりの損害の多さに徐々に戦術も工夫変更されて行くが、その辺も旧態依然たる南軍と組織的な北軍とでは違いはあったのではなかろうか?

そういうのが、映画なんかで強調されているンでなかろうか
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銃剣突撃我知らず 見よや日本軍の操典を


歩兵の威力は射撃にて 敵を怯ませその隙に

当時の銃は50mで当たれば良く、100mではまず当たらないはずだったんです。
戦術はそれに基づいて250mから射撃を開始し、50mで一斉射撃を加えて銃剣(銃槍)突撃を敢行します。
不幸だったのはミニエー弾の発明でした。この弾丸の登場により250mでも当たるようになったのです。悲劇はここです。軍人が新型銃に対応する戦術を考える前に南北戦争が勃発したのです。戦術は旧来のままでした。
それで絶大な損害が出たのです。

ピケット突撃に話しを移しますが、あなたは2キロもダッシュ出来るの?
ピケットの横隊前進は2キロ進んでいるんですけど…
2キロ進んで一斉射撃を加えて銃剣突撃をするのです。
あなたが見た映像はその前進中の再現映像です。

その後、銃剣突撃は危険となって廃れていきます。
日本陸軍も近代軍を作る際に散兵戦術を採用していきます。
その真価を発揮したのが日露戦争でした。
日本軍は新型野砲と機関銃を大量配備してロシア軍と対決します。機関銃はロシア軍の倍持っていました。
ロシアは新型榴散弾砲を主体とし、本国から戦列歩兵を援軍に送り、日本軍を数で圧倒しようとしたのです。

日本軍は上空で炸裂する榴散弾によって多数の死傷者を出しました。
一方のロシア軍は機関銃と榴散弾の集中砲火を浴びて壊滅したのです。
ロシア軍の機関銃による日本兵への掃射は映画の見過ぎというやつです。
友人がロシアの学者に見せたら腹を抱えて笑ったそうです
「こんなに機関銃を撃ったらポートアーサーは1日で弾を撃ち尽くして3日で陥落しちゃうよ」
だそうです。
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以下の回答が詳しいようですよ。



http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
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