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運命や運のしくみや、神様のしくみって、科学的(物理的に)に研究されているんですか?

A 回答 (4件)

 お尋ねのことは、大別すると三つの側面があります。



 一つは物理的、客観的なものです。運がいい悪いというときは、必ずこうなるといったことではなく、不確定な事象についてですから、確率ということになります。

 物理学では物事の本質は確率論的だとされています。ミクロな世界の物理学である量子力学では、あらゆるものの存在は不確定で、確率的な振る舞いをします。他に、熱力学を説明できた統計力学も同様の考え方をします(熱したら冷えることもあり得る、としている)。

 19世紀の物理学(を含む自然科学)では、宇宙が始まった瞬間に全ては予め決まっていると考えていました。今回のご質問も、私がこうして回答を書いているのも、宇宙誕生の瞬間に決定済みだということです。そう考えられていたのは、物理学の全ての数式は「こうすればこうなる」というものばかりだったからです。

 そのため「どの瞬間(時刻)でもいいので、宇宙の全粒子の位置と速度が分かり、無限の計算能力があれば、過去から未来まで全て分かる」という俗に「ラプラスの悪魔」と呼ばれる考え方があったりもしました。この考え方を決定論と呼んでいます。

 しかし量子力学ができて、その正しさが確かめられるにつれ、決定論は退けられるようになりました。代わって台頭したのが確率論です。物理的に不可能でないなら起こり得る。途方もなく低確率のことであっても、対象の数や全試行回数が充分多ければ、必ず起こる。そういう考え方です。

 では確率が神さまかといえば、さすがに無理な感じです。サイコロは神さまではないでしょう。

 物理学では「神」と表現することがあります。この宇宙がビッグバンで誕生したのは、「神の一撃」があったから、などと言われます。では、その神の一撃をどう確かめたのかと言えば、全く何も分かっていません。宇宙誕生以前だと時間すらないので、物理学では手の出しようがないのです。物理学で「神の」と言うとき、それは「お手上げ、分かりません」ということを意味しています。

 ホーキング博士などですと、そういう逃げ口上が嫌いなようです。宇宙の誕生についても、普通の時間がないのなら、虚数の時間も考えよう、ということで、時間を複素数にして、今の宇宙では虚数の時間が隠れ実数の時間が目立っているが、宇宙誕生以前は実数の時間はないものの虚数の時間があり、宇宙誕生の様子を記述できる、と主張しています(まだ仮説レベルで、検証は難しそう)。

 そのホーキング博士は「この宇宙は神が造ったものではない」と言っています。物理学では神の存在はもちろん、神が何かを為した痕跡すら見つかっていないからです。実験・観測はもちろん、理論的ですら神の痕跡は何もありません。

 ですので、現状では「神や神の業は見つかっていない」とするしかありません。運、運命は単なる偶然、確率論です。

 もう一つは心理的、主観的なものです。例えば、大事故に遭遇しながら、奇跡的に怪我一つ無く助かったりすると、大変な幸運だとします。でも、災難に遭わないほうが幸運だと考えるのも理があります。

 自分(あるいは他の誰か)が運がいい・悪いとは、多分に主観的なものです。ほとんど同じ境遇でありながら、ある人はそれが不遇だと不満に思い、別の人は満ち足りていい人生だと思っていることは、よくあります。同じ人であっても、例えば年収1千万円だとして、年収が増えて1千万円になったときは嬉しく、年収が減って1千万円になったときは悲しかったりします。

 さらに他の要因として、自分の気が付きにくい微妙な変化があります。以前に麻雀のツキ(または運)について質問があったのですが、上級雀士はツキというものを実感として感じるそうです。ツキが回って来ればよく勝ち、ツキが落ちれば負けが込む、そういう勝ち負けの波がある、だから確かにツキがある、ということですね。

 これは、麻雀が将棋などと違い、ゲームの情報の一部が隠されており、相手の微妙な変化を読んだり、自分の微妙な変化(ポーカーフェイスなど)で勝負の行方が左右されるのですが、上級者同士だと少し調子が悪くなると、相手の手の内が読みづらくなり、自分は読まれやすくなる、調子がいいとその逆、といったことがあるからと思われます。

 麻雀に限らず、日常生活でも数多くの意思決定を繰り返しています。心身の調子がよくていい選択が多くなるといい方向に行くし、逆に調子を少し崩してまずい意思決定が多少増えると、何をやってもうまく行かなくなります。

 一つの意思決定の良し悪しの差は僅かでも、それが次第に大きな差になるのは俗に「バタフライ効果」として知られています。これは気象シミュレーションで、どうでもいいような誤差程度の違いでも、台風が発生したりしなかったりすることから発見された現象です。気象だけでなく、いろいろなもので起こることで、もちろん人間の人生でも起こります。

 現状はそんな感じですが、ではいずれは運は解明されるのかどうかということですね。人間が全く介在しないことなら(天災など)、解明されるかもしれません(個人的な予想では「運は無い」という結果になりそう)。

 問題は人間の意思決定が関わる場合です。これは予想すら困難です。人間の意思決定は自由意思が関わるわけですが、自由意思がどうしてあるのか、今のところ全く分からないに等しいからです。

 コンピュータプログラムのように完全に決定論的なものではなさそう。かといって、それに乱数(要はサイコロですね)を取り入れて自由度を入れたものでは、人間の知性にはならなさそう。人工知能研究が行き詰っている点の一つです。

 ペンローズは量子力学的な確率過程が人間(さらには脳を持つ動物)の知性にあると考えていますが、生物学者などからは人間(や脳を持つ動物)の治世は、そのような確率論に従っていないと反論しています。もし両者とも正しいのなら、人間の脳は量子力学的な確率を操作できるということになるかもしれません。もちろん、物理学的には破天荒すぎますが、そういう可能性も考慮したくなるくらい、運(さらには知性)は予想もつかないくらい難しい問題です。

 運そのものについては、難しすぎて直接的なアプローチはできていません。周辺的なことから、徐々に知見が溜まるだろうと思いますが、長い道のりになりそうです。
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この回答へのお礼

とてもわかりやすい上に、詳しく教えてくれてありがとうございます。結論として、運などは様々な考え方があるんですね。例えば家で例えると、アパートからマンションに住み替えた人は「私って運がいい」となりますが、逆に一軒家からマンションに住み替えた人は「なんで自分は運が悪いのか?」ってなりますからね。

お礼日時:2014/04/27 16:46

運については、そもそも物理の範疇でしょうかね。


やっとこさ「生命に関与するたんぱく質が出来た」と言ってる段階の科学に運は変化に関与する要素が多すぎて当分はムリだと思います。

この世が神が作ったもの、或いは神の法則によって出来上がったものだと考えるなら、科学という学問そのものが神の仕組みを解明していると考えられます。
でも仕組みを解明しても神を存在とか非存在とは関係ありません。仕組みを解明するだけですから、それが神の作った仕組みなら、科学の進歩そのものが神の存在を証明しているとも言えるのです。

但し、神という存在を多くの人は創造主と勘違いしていますけど、創造主としているのは一部の宗教だけです。神という定義も未だ曖昧なままなのだから、神の存在、非存在を証明することは不可能です。
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この回答へのお礼

詳しい回答をありがとうございます。

お礼日時:2014/04/27 11:34

物理とはこの世界の現象を解明する学問です。



もし神様がこの世界を支配しているのなら、物理をつきつめていけばそこにたどり着くのでしょうね。
運命や運についても同じように思います。

もし運命や運、神様というものが人間が作り出したもの、人がものごとをどう受け取るのか、という観点で研究した場合、それは心理学や脳科学の世界になるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

なるほど。でも運や運命は実際に現れているから、物理的ですが、神様は理論的になると思います。

お礼日時:2014/04/26 21:01

統計学の分野で研究されてますね。

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この回答へのお礼

もう研究されていたんですね。ならば運を良くするための解決法も研究して欲しいですね。

お礼日時:2014/04/26 21:00

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