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日本語を勉強している台湾人です。

ネットで調べてて「言う通り」と「言った通り」の基本的な差がわかりました。
ふつう簡単な例文を挙げられます。
●私が言うとおりに、ノートに書いてください。→今から言うことをそのままに書いてくださいと
●私が言ったとおりに、ノートに書いてください。→この前言ったことをそのように書いてくださいよ
単なるテンスにかかわる教え方でした。

でも、色々なTwitterの投稿や文章など、「言う通り」も過去のことも言えます。

●本当だ!君の言う通りだ!(今の状況にぴったりの君が言ったことは過去のことではありませんか?)
●主さんの言う通り、これは自分でも思ってた事なんですが、(略)
●美味しんぼの山岡さんの言う通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?

様々な表現から見ると、ほとんど過去のことを述べているはずですが、
「言った通り」と比べると、逆に「言う通り」がさらによく使われます。

なぜ過去のことは「言う通り」のほうがもっと使われますか。
それに過去のことを述べている時に、「言った通り」を入れ替えられますか。

よろしければ、例文でご教示願います。
よろしくお願いします!
(不自然な言い方があったら、遠慮なさずご訂正をどうぞよろしくお願いいたします。)

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A 回答 (9件)

>ネットで調べてて「言う通り」と「言った通り」の基本的な差がわかりました。


>単なるテンスにかかわる教え方でした。
 :
その「基本的差」は「単なるテンスにかかわる」ものではありません。
テンスは単にその「時間的位置」を表わすだけです。
過去:そのノートは私が言った通りに書いてあった。
現在:そのノートに私が言う通り書いておきなさい。

この例文の場合は一次的アスペクトとして「完了/未完了」の相を表わしていると見ます。
完了:(すでに)私が言ったとおりにしなさい。
(既になされた指示に即して、これからの行動を命じている。)
未完了:(いまから)私が言うとおりにしなさい。
(今から行う指示に基づき、これからの行動を命じている。)

>本当だ!君の言う通りだ!
 :
現在形:本当だ!君の言う/言った通りだ!
過去形:本当に君の言う/言った通りだった!
ここで、「言う」と「言った」が共に使えるのは、二次的アスペクトの相とみなせます。
つまり、単なる過去でも、完了/未完了でもなく、話者の継続状態もしくは結果の残存意識「・・・テイル」に関わっている側面であり、とりわけ「言う」には次のような多重性があります。

現在 現在進行中 過去  結果の残存/動作継続
言う→言っている→言った→言っていた/言っている
結果の残存:言った通り=言っていた通り
動作の継続:言う通り=言っている/言っていた通り

つまり、「言う」は「結果動詞」でありながら「継続動詞」の側面もあるのです。
ですから、その側面からすれば「言う通り」と「言った通り」のそれぞれの意味の違いには関係なく、その文脈によって、つまり全体的な脈絡から判断されるものです。
このことは装着に関する動詞ではよくあることです。
「私は靴下をはいています。」の意味は?
1)今は素足で、目下はく行為の進行中。
2)はき終わって、今は素足ではない。

それぞれの文脈によって変わるのですが、一応は品詞的側面にも少し触れておきます。
言う通り
「言う」の連体形+同じ状態を指す名詞「通り」
言った通り
「言う」の連用形+助動詞「た」の連体形+同じ状態を指す名詞「通り」
1)完了やその後の状態や内容・事項を表わす。
2)動作の結果の存続。言っている。言ってある。

更にはこの「通り」についても、単なる名詞ではなく、その意味が薄れ変容した形式名詞的、あるいは副助詞的な意味合いで使われる場合もあり、その際には三次的アスペクトが関わってくるのですが、更にややこしさが増すばかりなのでここでは省きます。
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1.


>様々な表現から見ると、ほとんど過去のことを述べているはずですが、

この認識が間違っています。
「過去のこと」を述べているわけではありません。
「過去に言ったことだが、現在でも変わっていない主張・内容」について述べている文です。
ですから過去形にする必要がない。

・2015年1月
田中:彼女は、非常に美しい女性だ。
・2015年2月
佐藤:本当だ!君の主張の通りだ!彼女は本当に美しい!
「主張の内容」は現在でも同じなので、現在形で示すことができます。
ただし、「過去に言った(主張した)こと」に重点を置いて言いたい場合には、
佐藤:本当だ!君の言った(主張した)通りだ!彼女は本当に美しい!
と言うこともできます。

2.
●本当だ!君の言う通りだ!(今の状況にぴったりの君が言ったことは過去のことではありませんか?)

『本当だ!君の主張の通りだ!』という意味。
「主張の中身」は、過去も現在も同じなので過去形にする必要がありません。
つまり、「いつ言ったのか?」という要素は文の本質とは関係がないのです。
ただし、言った時期を重視したい場合には、「本当だ!君が(あの時)言った通りだ!」などと過去形にする必要があります。
「あの時」という「過去の時期」に言った、という点が重要だからです。
この場合、「言った内容」よりも「あの時に言った」という事実が重視されているわけです。
文脈次第で、どちらの表現も可能です。

●美味しんぼの山岡さんの言う通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?

これも「山岡さんの主張の通り」という意味の文です。
「ワラに入った納豆は臭くない」という主張に関して、時制は関係ありません。
上の例と同様、「言った時期」を重視したい場合には、「美味しんぼの山岡さんの(以前)言った通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?」などと過去形で表現することも可能です。
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「た」は「過去」を示すとは限らないで、他にも用法があります。


「明日晴れたら」「万一の事態になったときは」「さあ賭けた、賭けた」「ちょっと変わった服装だ」「ちょうど今着いた」「もう12時だよ。寝たらどう」「ああ、喉が渇いた」
多いのは、「完了」や「強調」の意味合いで使っているケースです。
「言う通り」でも「言った通り」でも、過去のことでも、今言うことでも、これから言うかどうか未確定のことでも、「言う通り」or「言った通り」のどちらでも使えると思います。
「学校に行ったら、先生のおっしゃる通りにするのよ」「学校に行ったら、先生のおっしゃった通りにするのよ」
質問者さんの質問文にある「ワラに入った納豆は臭い・臭くない」の「入った」も一般的な状況を説明している表現であって、具体的な事例の過去や現在完了をさしているのではないです。
時制は、言語によって感じが違うので、単純に他言語の置き換えで理解するのは難しいと思います。
なお、数十年、数百年前の過去の出来事の進行や状況、流れを説明する場合など、いわゆる現在形・原型を使うことが多いです。 
ウイキペディアでは、「た」はもともとは「完了」を示すもので、未来にも使うと説明しています。
>> 日本語で過去を表す「た」も、起源は完了であり、「到着したら連絡して下さい」などの用法は純粋に完了を意味している(現実には未来のことである)。
http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/tsushin/g …
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言う通り、言った通り。


言う、または言った、という動作そのものは確かに、過去、現在、未来はあるでしょう。
言う内容、言った内容、については、過去も現在もありません、「その」の代名詞で通用します。
つまり、その通りになった、だけです、「その」=言う、過去に言ったことでも現在も主張を変えていなければ・・、書物に書かれている内容でもOK、です
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四番さん



言った通りは過去限定ではないですよ

これから、僕が言った通りにすれば失敗しないよ

と発言してから指示を与える言い方も日本語的には
多く使われます

英語的な時制の解釈では
言ったは過去なので
英語では過去限定ですが
日本語では必ずしも過去限定ではないでしょう

この回答への補足

そうなんですか。
「これから、僕が言った通りにすれば失敗しないよ」という状況や発想がだいたい想像できますが、
でも、よく使われますか。
ふつう「これから、僕が言う通りにすれば失敗しないよ」のほうがより使われそうですね?

補足日時:2015/01/20 12:10
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言った通りは、過去の会話限定。

言う通りは、過去・現在・未来全部に使用されます。


●本当だ!君の言う通りだ!→「本当だ!君の言った通りだ!」or「本当だ!君の言う通りだった!」

●主さんの言う通り→「主さんの言われた通りに」or「主さんのおっしゃったように」
※相手が目上なので尊敬語が必要

●美味しんぼの山岡さんの言う通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?
この場合の表現はおかしいです。漫画の主人公のセリフに対して「言う通り」は使いません。
漫画内のセリフならまだしもですが、普通の会話での引き合いに「美味しんぼの」は使わないでしょうから。。。
まあ、美味しんぼ関係なしで考えれば、その場にいない第三者の言葉の引き合いなので
→「山岡さんが言っていた通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?」
or「山岡さんの言葉通り、ワラに入った納豆は臭くないのか!?」
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日本語では、過去現在未来の表現について、英語などのように厳しい規制がありません。


特徴的なのは、「言う通り」と「言った通り」との違いに見られるように、英語では個人の行為について時制を適用しますが、日本語では現在も近い将来も解決していない問題については、「誰が何時言ったか」には関係なく、その事象の継続性を重視しています。
適正な例と言えるかどうか分かりませんが。
あの当時としては、台湾占領政策の主張はやむを得なかったと言える。⇒今日では台湾占領は不正義の行為であったと見なされる主張が多い。⇒今でも台湾占領に間違いがあるとは思え無いと言う人達も居る。
この例のように、「誰が」よりも主張の内容の方が主語として扱われる傾向があります。

『遠慮なさずご訂正をどうぞよろしくお願いいたします。』⇒『ご遠慮なく訂正下さいますよう、お願いいたします。』
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言う通りと言った通りは、あなたが言うように現在と過去の差があります。



あなたがあげた例題は
発言者(書き込み主)が「今、確認をした」と言う共通点があります。
真ん中のはすこし当てはまらないかもですが、
主さんの発言を今引用してる…と言えます。

というか、書き込み主たちもそこまで日本語にこだわって発言してるわけではないので
揚げ足をとる、言葉のあやと言われるレベルの話ですが
日本語勉強してる人からすれば不可解な現象になるのかな。


■あなたの言った通りにしたら、上手くいったよ!
(過去の行動の報告)
□あなたの言う通りにすると上手くいくんだ!
(行動自体は過去だが、発言の有効性を今実感している)

ネットの書き込みは結構適当なもんです。

>普通の簡単な例文をあげてみます。
>なぜ、過去のことなのに「言う通り」の方が多く使われるんですか?

その次の文章は言いたいことはわかるけど、訂正が難しいです。
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区別ってありますかね?同じだと思いますよ。



◎私の言う通りにしなさい◎私が言った通りにしなさい
▼過去に言ったこと、これから言うことともに使います。

◎君の言う通りだ
◎君の言った通りだ
▼過去に言ったことに
使います。
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Q「とおり」?「とうり」??

この間からとても気になっています。
例えば、「先程言ったとおりです」という場合、文字にすると、
「とおり」となると学校でも習ったし、ずっとそう信じてきました。
ところが、このごろ、「とうり」と書いてあるのをよく見かけます。
少し前は郵便局の全国版のポスターや、TVで会話をテロップで出しますよね。
あれでも、そうなっていて、驚きました。それ以外でも度々目にします。
最近はそうなんでしょうか。それとも、私の認識が違っていたのかと、
見かける度に悩んでいます。
ご存じの方、教えてくださーい!!

Aベストアンサー

教育の面では分かりませんが、NHK編『新用字用語辞典』によりますと、
昭和61年(1986年)の内閣告示にある「現代仮名遣い」の引用として、
「次のような語は、オ列の仮名に「お」を添えて書く・・・」という例の中に「とおる(通る)」が入っています。
理由として、「これらは、歴史的仮名遣いでオ列の仮名に「ほ」または「を」が続くものであって、オ列の長音として発音されるか、オ・オ、コ・オのように発音されるかにかかわらず、オ列の仮名に「お」を添えて書くものである」と記述されています。これは、現在も有効ですので、放送などでは「とおり=○」・「とうり=×」ということになります。
よって、テレビのテロップで「とうり」となっているのは、間違いということになります。

Q「充分」と「十分」の使い分け教えてください

題名のとおりですが、どう使い分けるのか知りたいです。

たとえば、「私はじゅうぶん満足した」のときは、十分でいいんですよね???

どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。
☆この二つの文字の違いは何か?
【十】:1・2・・・・・・と来て数が満ちる。
  原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。
     九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。
     更に9+1は十分大きい ⇒ 数が足りている状態。 
  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
     などを意味するようになり、現在に至っています ⇒ 充ちる(満ちる)。
  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。
  【十分】の発音はshi2fen1   【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。
  【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 

さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。
 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。
    としたいところです。
  
【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。
 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc)
ついでに、
  「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。

いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
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Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

しかし、よく話の中で「あくまでも個人的な考えですが・・・」「あくまでも噂です」「あくまで一例です」「あくまでの話しです」などという風に使われます。このような文章中では「徹底的に」という意味ではないと思うのですが、どうなのでしょうか。

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「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
完全に噂に過ぎません

「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
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Q「通り」と「とおり」の違いについて

予定「通り」や、次の「とおり」のように、漢字で書く場合と平仮名で書く場合があるようですが、違いはなんでしょう?また、どちらが正しいのでしょうか?知っておられる方が居られれば教えてください。お願いします。

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>予定「通り」や、次の「とおり」のように…

あなたが公務員で公式文書を書くのなら、それは仮名書きにしないといけません。
民間企業でのビジネス文書もこれに準じるのが良いです。
個人の詩歌や小説などはこの限りではありません。

このことは、昭和24年4月4日付けで政府が策定した『公用文作成の要領』で定義され、その後常用漢字表の部分改正などに伴って、その都度追認されています。
直近は菅総理の名前で、昨年11月に出されています。
http://www5d.biglobe.ne.jp/Jusl/Bunsyo/BunKanjiH22.html

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
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Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
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文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Q「~になる」と「~となる」の使い分け

複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
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「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q「あなたの言うとおり」の敬語

こんにちは。
社会人2年目、女です。
会社などでの敬語についての質問です。

例えば上司など目上の人から注意され
「あなたの言っているとおりです、反省します」
と言いたい場合
「おっしゃる通りです・・・」

では、なんだか敬語すぎる?気がするのです・・・。
私の年齢には見合わないような気がするというか、
変な違和感?というか・・・
状況がうまく説明できず分かりづらいかと思うのですが・・・

「あなたの言っているとおりです」と言いたい場合
ちょうどいい言い方はないでしょうか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>例えば上司など目上の人から注意され
>「あなたの言っているとおりです、反省します」
>と言いたい場合

ホントに今の若いモンは…。

私が「怒っている上司」だったと仮定し、怒ってる相手が「おっしゃる通りです」とか、余計な口をきいたら「ゴチャゴチャ言ってないで『すいません』とだけ言え!」って余計に怒ります。

ぶっちゃけ「おっしゃる通りです」って言い方をされたら「表面的に判ったフリだけしおって」って感じます。

「おっしゃる通りです」「あなたの言っているとおりです」と言う意味の事を相手に言うのは「心象を悪くし、反省してないように見えるだけ」です。

私がもし相手に「おっしゃる通りです」って言われたら「これっぽっちも反省してねえなコイツ」って思います。

>「あなたの言っているとおりです」と言いたい場合
>ちょうどいい言い方はないでしょうか。

ありません。余計な事を言えば相手を余計に怒らせるだけです。

余計な事を言えば、弁解しているように見えるし、反省してないように見えます。

怒られたり注意された場合は、余計な事は一切口にせず「すいません。以後、注意します」とだけ言いましょう。

>例えば上司など目上の人から注意され
>「あなたの言っているとおりです、反省します」
>と言いたい場合

ホントに今の若いモンは…。

私が「怒っている上司」だったと仮定し、怒ってる相手が「おっしゃる通りです」とか、余計な口をきいたら「ゴチャゴチャ言ってないで『すいません』とだけ言え!」って余計に怒ります。

ぶっちゃけ「おっしゃる通りです」って言い方をされたら「表面的に判ったフリだけしおって」って感じます。

「おっしゃる通りです」「あなたの言っているとおりです」と言う意...続きを読む

Q「気をつかう」と「気遣う」

日常会話で「気をつかう」とよく耳にします。
掲示板では「気を使う」とよく目にします。
自分自身も今まで意識していませんでしたが使っていると思います。
それで本題ですが「気を使う」という言葉は正しいのでしょうか?
また、「気を使う(遣う)」と「気遣う」という言葉では意味の違いはありますか?

Aベストアンサー

No.1の方のおっしゃるとおり、二つとも日本語としてきちんと存在します。「正しい言葉」という表現事態に違和感を感じますが、まあ「正しい言葉」です。

例文挙げればなんとなくお分かりいただけるとおもうのですが。

<気を使う>

「お正月でお義母さんのところにも挨拶に行くんだけど、あそこに行くと、いつも気を使っちゃって疲れるのよね。」

(みんなといたが、みんなが退出して恋人と2人きりになったとき)「気を使ってくれたのかな?」
(この場合おそらく、気を利かせる、がより相応しいですが、気を使う、でもOKだと思います)


<気遣う>

(見舞いのお礼)「お気遣いありがとうございます。」
(「気を使っていただいてありがとうございます」って言ったらイヤミです。)

(父親が子供に)「静かになさい。お母さん疲れてるんだから、気遣ってあげなきゃ。」


基本的に、『気を使う』は「使う」ので、意図的であり、あれこれ考えて行動します。NO.2の方のおっしゃるとおり、疲れます。(笑)
『気遣う』は、自発的・内在的にある優しさがベースの概念だと思います。
『気を使う』ときは何らかのフィードバックを期待する策略を巡らせている場合もありえますが、『気遣う』のは無償のいたわりです。

No.1の方のおっしゃるとおり、二つとも日本語としてきちんと存在します。「正しい言葉」という表現事態に違和感を感じますが、まあ「正しい言葉」です。

例文挙げればなんとなくお分かりいただけるとおもうのですが。

<気を使う>

「お正月でお義母さんのところにも挨拶に行くんだけど、あそこに行くと、いつも気を使っちゃって疲れるのよね。」

(みんなといたが、みんなが退出して恋人と2人きりになったとき)「気を使ってくれたのかな?」
(この場合おそらく、気を利かせる、がより相応しいで...続きを読む

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む


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