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一神教のルーツはユダヤ教だと思うのですが、

どのような事情の下、

ユダヤ教は神を一つだけにしたでしょうか?

A 回答 (9件)

権力闘争ではないですかね。


他民族連合に近い状態から、政治的統一を達成する必要があって、ひとつの神に統一したのではないでしょうか。
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アブラハム(そのときは アブラムと名乗っていた)にとって 神と言えば


あの神とこの神とが別々であるということがあり得ないことだと受け留めら
れた。ここに淵源があります。

自然にふつうに人間として おのれにとって神と名づけられたそのナゾなる
ものは そのほかに違う神が別個にいるとは考えられなかった。名前が違う
だけで 神と言えば 普遍神ひとつであると捉えられた。

その神だけを神とせよというオキテをつくったのは モーセのときです。

それは かれらユダヤ民族とその社会にとっての――秩序などの――問題と
して必要だと見なされたからです。

言いかえると ほかの民族や国では 少なくとも名前が違う別の神が受け容
れられていたのですし そのことは モーセらにも知られていました。

取りあえず そういう事情であり 言ってみればそれだけのことだと考えら
れます。
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神は全知全能である、とすると、論理的に、神は最大で1柱という結論になるため。


全知全能が2柱以上存在した場合、その2柱の能力はどちらが上か、ということを考えると、
引き分け(あるいは能力が劣る)ほうは、明らかに全知全能ではないことになります。

つまり、多神教の神は、複数の神がいる、ということ自体で、その神は全知全能ではないということになります。
いいかえれば、多神教の神は、1神教でいう神の定義から外れるので神ではないということ。
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太陽が一個だからです。

  ヤーハウェーは太陽を表します。
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ユダヤ教が一神教になったのは、形而上の王を求めたからだと思います。



ユダヤ民族は前17世紀ごろにエジプトに移住し、奴隷的な処遇をうけていたことが史実から分かっています。紀元前11世紀ぐらいにモーセがユダヤ民族を連れて、エジプトを脱出し約束の地カナン(パレスチナ)に至ります。そして前10世紀までにイスラエル王国を建設します。

元々、ユダヤ民族の首長たる家系は始祖アブラハムの子孫だったのでしょうが、エジプト奴隷時代には、その家系は死に絶えていたのでしょう。そうなると、民族を率いていくリーダーにはなんらかの実績が必要になります。

モーセ個人や出エジプト記はその存在が疑問視されていますが、ユダヤ人がこの時期にエジプトに居て、集団でパレスチナに移動したのは事実であるわけです。

彼らの中の指導者は「王」とか「王の末裔」を名乗るわけにはいかなかったでしょう。奴隷になってから何百年も立っているからです。でも、指導者の言葉に説得力を持たせるにはどうしたらいいか。

当時では「神からの啓示が降りた」とするのがもっとも有効だったでしょう。戦争なども神のお告げで行ったような時代ですから「神はこう言われた」といえばそれなりの説得力をもったはずです。
そのうえで、神の奇蹟が行われて、さらに多くの賛同者を得て、大きな力となって「エクソダス」になったはずです。

でもその中には半信半疑だったり、嫌々家族に説得されて従ったような者もいたでしょう。
エジプトを出てからも彼らの旅は困難を極めたと言われていますので、そうなると不満も大きくなるわけです。

「その神は本当に私たちを幸せにしてくれるのか?」
当時は、多神教が一般的でしたから、ユダヤ人としても別にその神(ヤハウェ)である必要性は無かったのです。ですから、行程の半ばでモーゼは神から「十戒」を授かり、ここで初めて「主は私一人(唯一神)」という約束がでてきます。

この先、モーセ(なのかは別として指導者)についていくなら、神を疑ってはならず、ということは「モーセの言うことを疑わない」ということにほかならなかった、ということになります。

これがいわゆるシナイ契約ですが、この時点で離反者も出たことでしょう。しかし、実際にモーセがカナンに人々を連れていったときには、モーセもその神もゆるぎない信仰を勝ち得ていたわけです。
つまり「この神様の言うことを聞いていれば幸せになれる」ということです。

私は、ユダヤ教が神を一つにした、というより、出エジプトで指導力を疑われたリーダー(たち)が知恵を絞って作りだしたのが唯一神であり、それをカナンについてから絶対的な信仰を守った者が「ユダヤ人」なのだと思います。
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一神教をwikiで読んで感心したことがあったのですが、今見るとばっさり消されていますね。

ちょっと古いキャッシュですが、
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B …

唯一神教と拝一神教の違いは、(ある意味どうでもよい)他の神を認めるかどうかでしょうか。経緯的には多神教から拝一神教を経て唯一神教と考えることが出来るのではないかと思います。

ユダヤ教については成立以前、つまりプレユダヤ教の時点ですでに唯一神教になっていたようですので、ユダヤ教は成立時から唯一神教と言えます。
エジプトのアトン信仰も(時期までは見てませんが)同じ国のことですので、唯一神教の成立に影響を及ぼした可能性は高いでしょう。宗教を引き継いだのではなく、考え方をパクった感じでしょうが。

仏教でも、ナム阿弥陀仏と唱えるだけで~などというのは、拝一神教ですが唯一神教に近いものとも言えます。
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これは多神教と比較することで理解できる


と思われます。

多神教世界は、一般的に生命が満ちあふれている
世界で発生しています。

至る所、生命が、つまり魂が満ちあふれている。
生命に、魂に人は不思議を感じ、神を感じるのです。

これに対して、ユダヤ教は砂漠の宗教です。
見渡す限り、生命など存在しません。

天に鳥なく、地に走獣なし、という世界です。

こういう所では一神教と親和性を持つのでは
ないでしょうか。
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そうだと信じているからです。

それが真実だと信じているからです。そうしたのが神ですから。
それ以外に理由なんてありますか?
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文献がないので推測するしかありませんが、有名なところでは、フロイトの立てた仮説があります。

ユダヤ教のルーツを古代エジプトに求める仮説です。

記録に残っている限りでは、最古の一神教は紀元前14世紀のエジプトで生まれました。アメンホテプ4世(アクエンアテン)が広めようとした「アテン信仰」がそれです。アテンは一種の太陽神でした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1 …
フロイトは、ユダヤ教のルーツも実はアテン信仰にあるという仮説を立てました。
http://sekibang.blogspot.jp/2009/06/blog-post_06 …
確証はありませんが、モーセをリーダーとするユダヤ人が古代エジプトにいたことは事実なので、可能性は充分ありそうにみえます。

アメンホテプ4世が一神教を創始した理由について、はっきりしたことはわかりません。おそらく、エジプト全土の宗教を統一し、ファラオの精神的な支配力を強めるのが主な狙いでしょう。ローマ帝国がキリスト教を国教にしたのも同じ理由ですし、広大な地域を支配する王は、どこでも似たようなことを考えるようです。
フロイトの仮説が正しければ、一神教(ユダヤ教を含む)は、主に政治的な理由から生まれたということになります。

ちなみに一神教は、エジプトやパレスチナなど、基本的には砂漠の宗教です。見渡す限り砂や岩で、信仰対象が少ないことも、一神教が生まれた一つの理由ではあるのでしょう。
キリスト教はヨーロッパに広まる過程で、マリア信仰・聖人信仰など、多神教的な要素をかなりとり入れています。ヨーロッパは砂漠地帯ではないので、唯一神の教義を厳格に守るのは難しかったようです。
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