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私は大学英文科を卒業し、正社員で店舗運営の仕事をしていましたが、去年に深夜勤務、残業過多が多く落ち着いた環境でと思い、営業事務職で2回転職をしました。

しかし一生自分がしていく仕事として、内勤の営業事務職で食べていく自分が想像できず、約1か月と2週間で短期離職を半年で2回しました。
営業事務職として2度目の転職で方向転換する方法もあったと思いますが、自分の変に真面目で頑固な所が悪い方向に出て、中途入社としてのスタンスや人間関係構築をやり直して克服する為に、もう一度同じ職で仕事をしなければと思い、3社目の会社では人事の方にほぼ素直に離職理由など伝えた上で営業事務職で入社しましたが・・・やはりせっかくのご縁でしたが、退社してしまいました。

正直、人生は何なのか。自分はどう生きるべきなのか。色々と考えました

私は英語や海外が好きだったので英文科に進み、その後は親族の影響もあり会社員として一生を終えるものと思い就職活動を頑張り、サラリーマンになりましたが・・・
机の上で淡々とルーチンワークをこなすよりも、ある程度自由に動けるところで成果を出せる仕事の方が馬力がでることに気づきました。
自分に何のプラス要素もなく働いていることにも、ふがいなさも感じていました。(私には普通のOLは出来ないことを、卒業してから4年間で気づかされました)

正社員で3社を経験し、今は無職という身です。
正直なところもう今後の正社員は難しいとわかっています。
ここまできたら、ある意味怖いものはもうないです。
どうせアルバイトで働くなら、その前に自分の本当に挑戦したい道に進んでみようと決めました。

そこで悩みに悩んで出てきたのが、【翻訳家(特に児童文学)】です。
私自身ピアノや詩集も出したことがあります。英語力を高めて感性を活かして、長い月日の苦しい時はあると思うけど、、私の人生の中で挑戦してみる価値はあると感じてます。

今はTOEICが450点、英検2級と翻訳家を目指すには屁のレベルです。

学生の時に短期留学に行き、旅行も3か国行ったことはありますが、まずは英語を自分のものにすることを軸に、来年の4月まで翻訳家学校に入学できるレベルまで大好きな英語を学びたいと思っています。
今後の流れとしては、自分の価値観や世界を広げる事、英語になじむ事を目的にして半年間ワーキングホリデーに行き、その後ホテルのアルバイト(外人と直接話せて英語を使える)をしながら、翻訳家の学校で勉強していきたく考えています。

ちなみに何故留学でなくワーキングホリデーなのかは、金銭面で数年後を考えると、留学に使える金額がないので、少額でも働きながら生きた英語に携わる為です。


私の考えは甘いでしょうか。
叱咤激励、様々なご意見下されば、とても有難いです。

A 回答 (4件)

年齢によって、まだできるとかもう遅いということはないでしょう。


本人のやる気次第だと思います。

たとえば、英語の文章を日本語に訳す場合は、英語力より日本語力が大事です。
その点、あなたの質問文はしっかりしていて見込みがあります。
ただひとつ、「私自身ピアノや詩集も出したことがあります」というのがわかりません。
ピアノを出すとはどういうことでしょうか。

とにかく、たった1度の人生です。夢をかなえようとしないまま、
諦めてしまうのは惜しいです
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確かに思いも定まらないまま、とりあえず就職してけど合わずに辞めたというのは、相手会社にも失礼な話ですしあなたを採用するにあたって他の方を落としているので迷惑はかかってますよね。


ただ、自分に合う仕事をしたいという気持ちはわかります。26ならば遅くはありません。
英文科を卒業し、短期留学経験もあるということを生かして仕事をするというのは妥当かと思われます。
次のお仕事では楽しく取り組めるといいですね、頑張ってください。
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「積み重ねる経験」というものが、どんな時でも大事なんだと思います。



逆に言えば、今までの職場に「それが無い」…積み重ねていくだけの足場が見つけられなかった、ということであれば、それはどんなに成績が優秀であっても、心の内には何も溜まりはしませんよね?。

何がしかのモノを積んでいく「足場」は、見つけていくものです。
ですから「環境を変えること」で、それが可能だと「自分が信じられる」のであれば…大きな確信は無くても、そうすべきだと自ら思えるのであれば、それは正しいことだと思います。

ただ「過去を否定することで、未来を肯定する」ことは、この場合は良いことではありません。
純粋に取り組めるなら、それが夢であれ、将来であれ、足場はちゃんと見え続けるでしょう。

私は「夢物語」を「甘い」とは言いません。
もし、誰かに対して「甘いよ」というのなら、それは「生き方の純度」についてのみ、そう言うと思います。
どんなに夢心地であっても、その純度が高いなら、その生き方には必ず「何か」あります。
逆に、いくらリアリティーを求めても、見る先があやふやであり、覚束ないのであれば、それは他人を納得はさせてくれないのです。

夢が成功するかしないかは、いかに他者の心をつかめるかで大方決まってしまうのです。
それは個人事業主でなくても同じで、信頼というものに勝る道具は無いのだし、その信頼を得ていくために必要なのは、その人の持つ「情熱」であり、その「純度」です。

フローチャートを描くことは、遣り甲斐という意味でも良いことでしょう。
しかしもし、それが上手く進まない時に「何を頼るか」頼れるものがあるかどうかで、夢が続くか、途絶するかが決定します。
自分の中に明確な指針を持つには「どれだけ夢に純粋でいられるか」が大事なんですね。

もっと「わがまま」で良いじゃないですか?。
そのほうが、夢にはずっと近づけるはずですよ?。
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life4is4さんへ



不思議なもので、実力もないのに、自分の望む人生を歩んでいる翻訳家が少なからずいるのはご存知でしょうか。私のまわりから、時々、噂で聞きます。半分はやっかみで、その私も「なぜ?」という言葉を心の中で言っていることがあります。

例えば、水野麻子さんという方がいらっしゃいます。
http://mbp-kanagawa.com/saglasie/
特許翻訳だというのですが、私は、これは挫折しました。
英検3級だとか。特許翻訳というのは、翻訳界でも、最高峰と言われるものなのです。この方は、著書も数冊出ていますから、読んで見ると面白いでしょう。ふつうの人は、特許翻訳と聞いただけで、尻込みしてしまいます。なぜなら、A4半分が、1行だったりするからです。特殊な翻訳方法が必要です。

私が、周りの人たちに「翻訳家」の話をすると、
「あなた、知っているの?ハリーポッターの翻訳家さんは、同時通訳が出来て、あなたなど及びもしないのです」と、手厳しい反応を示されます。

(面と向かってよく言えるなって思いましたし、私が手がけた翻訳など、そんなことを言う人に読んで理解できるものはひとつもない、と思いましたが、それは黙っていました。ただ、今は、私は翻訳の仕事はしていません。)

シドニー・シェルダン氏の日本の翻訳者がいます。その方の翻訳に文句をつけ、シェルダン氏に直接ご注進したどこかの大学の先生がいます。そうしたら、シェルダン氏から、「日本で売れているのだから、何の問題もない」と、逆に諭されました。

今の世の中、TOEICが何点、英検が何級以上で、翻訳の仕事を認めます、っていうような風潮があるけれども、ちょっと待って下さい、TOEICが800点を越えるとかいう人が、文法的には間違いのない英文を書いてはいても、相手の英文を少しも読めていないのではないか、と思うことがしばしばあるのです。それはなぜかというと、臨場感が欠如しているからに他ならないのです。

英文を見ても、それは、その向こうにいる人を理解して書かれていないような気がしているからなのです。なんでもかんでも、価値基準をそういうものに委ねるから、話がややこしくなるのです。

まず、翻訳というよりも、国内外の本をたくさん読むことでしょうね。

昨年、NHK朝ドラでやった『花子とアン』の村岡花子さんの例をみると、彼女には短歌の先生がいます。あの有名な佐佐木信綱先生というからには、押しも押されぬ万葉集の大家です。『赤毛のアン(Anne Of Green Gables)』は、何気ない地方の女学生の生活を描いたものでありながら、その言葉の使い方など、非常に鮮烈な印象を与えます。また、翻訳の登竜門とも言われます。

私は、翻訳には、語学とは別のセンスが必要だと思っています。

私の周りで噂される翻訳家さんは、あれっというほど、実は英語ができない人たちがいるのです。なのに、なぜ、仕事をしていられるのだろうか、と思います。

皆さんが一番分かる翻訳の例を一つ上げると、マイクロソフトの日本語があります。機械翻訳のものもあれば、そうでないものがあります。そうでないものの日本語は、下請けスタッフで作られています。私は、その日本語が間違いではないけれども、どこか変だなって感じます。実は、マイクロソフトの英文そのものが変だなって思うこともあります。それを忠実に訳している人たちの中には、英検2級を維持するのも難しい人もいるようです。

実力がなくても翻訳家になれるという本も出ていますが、ひとつは、社会的な経験と、もう一つ大事なのは、縁(人とのつながり)ではないか、と思うのです。

翻訳家の格言に、「辞書を買えるだけの実力」という言葉があります。口の悪い人は、「辞書はお金で買えるの実力」とも言います。

》「実力がないなら、せめて辞書だけはちゃんとしたものを使いなさい」
http://haken.issjp.com/cgi-bin/trend/detailcolum …

というようにとらえている向きが多いようですが、それは違うのです。
(ほぼ、ここに出ている辞書類は私と同じです。化学や看護医学、機械、歯科、もちろん、ステッドマンも購入しました。)

今は、インターネットがあるから平気と思っている人も多いようです。
ある日、別の意味に気がつく時がきます。経費対収入 のバランスを気にした時には、もう、辞書を容易に購入するような余裕がなくなっているのです。

学校に入って、翻訳の勉強をしたところで、過当競争に巻き込まれるだけかもしれません。数回、翻訳を紹介されて、それでおしまいかもしれません。むしろ、人とのつながりのほうが大事なのです。

そのように考えて、お進みになれば、必ず道は開けると思います。
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